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第177話 有坂裕美 Ⅲ

 部誌の方は、私以外は数編の作品を乗せるという事で調整を付けた。

 と同時に推しの作品の発表は私は頑張って2つ出した。


 文化祭があと1週間というところでその事件が起きた。


 珍しく顧問の副島(ソエジマ)先生が差し入れを持ってきた。

 この匂いを嗅ぎつけた、2年の先輩がそそくさと部室に入り、早速、差し入れをパクついている。

 何もしていないのに。


 私は差し入れてもらった和菓子が何もしない先輩の胃袋にたまっているのが不思議に覚えた。


 この人たちは何者なのだろうか?


 なんでこの場にいるのだろうか?


「先輩たち、何しにここに来てんすか?」


 ニコニコして、いつも柔らかく話す顧問の副島先生は、やっぱり文芸部が似合いそうな20代後半の独身女性だ。

 でも担当科目は物理と科学。

 なんでも理学部でだそうで、立派な理系女子である。

 それでも、小説は趣味で書いていて、自分で読んで喜んでいたらしい。


 今回の部誌に1篇の恋愛小説を上梓したそうだ。


 その副島先生の顔が今、引き攣っている。


 そう、私はこの文芸部の暗黙の了解を否定した質問をしているのだ。


「副島先生が差し入れで買ってきたのは、文化祭で頑張っている部員に対してだと思います。全く何もしていない、部費すら入れていない先輩方は、このお菓子を食べる資格があると思っているんですが?」


 この言葉に3年の先輩と、詩織があたしを止めようと席から立ち上がった。


 副島先生は完全に固まっている。


「おい、1年!自分が何言ってんのか分かってんのかよ!」


 2年の先輩の中でリーダー格の飯田萌(イイダモエ)が立ち上がってあたしに挑みかかってきた。

「はい、何もしていない先輩方が、先生の差し入れを食べる資格があると思ってるのか、って聞いてます。」


「はあ、俺らは、木津部長の頼みで、何もしなくていい、って条件でこの部に籍置いてんだよ!おめえなんかに文句を言われる筋合いはねえんだよ!」


 顔を歪めて、あたしを睨みつけてきた。

 こんな程度で、普通の生徒が怖がると思っているこの人が滑稽に思えてくる。


 つい、軽く笑ってしまった。


「はあ、なに人を馬鹿にしてんだよ!」


 あたしの笑いがお気に召さなかったのか、そう凄んできた。

 その態度をとる人間に知性の欠片など見えるわけがない。

 そんな奴は馬鹿にされて当たり前だと思うのだが。


 あたしは勝手にエキサイトする2年の飯田萌を前に、涼しげに冷たい麦茶を啜る。


 その態度も気に入らないのだろう、私の持っていた紙コップを思いっきりはたかれた。


 まだ少し残っていた麦茶がこぼれ、紙コップは床に転がっている。かすかな痛みが右手の甲に感じる。


「あたしは別に先輩方が、幽霊部員でいることを否定していません。幽霊部員なら幽霊部員らしく、活動している部員の邪魔をしないで下さいと、暗に言ったつもりだったんですが、まあ、先輩方にはこういったオブラートに包んだいい方じゃ気付かないですね。ごめんなさい。」


 言葉では謝っているようだが、明らかに煽っている、と自分でも自覚している。


 おかしいな、あたし、こんなキャラじゃないのに。


 今の発言に、3年の先輩が動けなくなった。

 ある意味では、3年の先輩の批判でもあるからだという事に、遅ればせながら気づいた。


 あたしの煽り文句に、とうとう飯田先輩が座っている私の胸ぐらを机越しに掴んできて、私を立たせるように引っ張て来た。


「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」


 言い負けした時の頭の悪い奴の典型的な態度だな。


 こういう時のあたしは、やっぱり、頭に血が上ってくるようだ。

 掴まれている先輩の手を右手で、結構力を入れて振りほどいた。


「お菓子を食べた後の汚い手で、人の服を掴むのは止めて頂けませんか?」


 しっかりお菓子で手を汚してる、と言ってあげたのに、飯田先輩は自分を汚いと思われたらしい。

 でも、まあ、真意はその通りなんだけど…。


「何、すかしてんだよ、1年!お前らがやっていることは単なる時間の無駄、自己満なんだよ!オ〇ニーしてんのといっしょだろうが。」


 まあ下品な言い方ですこと。


「あら、先輩方は、女性なのにそういう下品なこと、してるんですね‼」


 まあ、あたしもたまにしちゃうけど、ね。


 この言葉のやり取りに、上品そうなお嬢様といった感じの副島先生の顔が赤くなってきてる。

 緊迫しているこの空気の中、あたしはそんな感想を抱いてしまった。


 あ、まだあたしってば、余裕あるんだ。


 でも飯田先輩は、先ほどの自分を慰める行為に思い当ることがあるのか、顔が真っ赤になって、文字にするにはかなりお下劣な言葉を並べた。


 その言葉に、全く動じないあたしに業を煮やしたのか、近くに置いていた、3年の先輩が製作途中の展示用「推し作家」の案内のポスターを乱雑につかみ、あろうことか破り去ったのだ!


 この行為は、私の怒りの心に完全に火をつけた。


 何もしないどころか、一生懸命頑張っている人の制作した作品を無残に破壊した。


 あたしの心は怒り以外の感情がなくなった。


「人の作品を冒涜するな!」


 私はそう叫んで、飯田先輩の場所に駆け寄った。


 破り捨てたことに少しはうさが晴れたのか、そこで動きが止まっていた飯田先輩の右手を引っ張り、その崩れたメイクの顔に、あたしは人生初めて力いっぱい左頬にビンタをかましていた。


 全くあたしの行為に対して、身構えのなかった飯田萌先輩はそのまま体が、机と椅子がある場所に倒れこんでいく。

 机と椅子が崩れ、相当な音はこの部室棟全体に響き渡った。


 その音に他の部室や、文化祭の準備をしていた生徒たちが集まってくる。


 あたしはそんな中に立ち尽くし、涙があふれ出てくるに任せていた。



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