第163話 静海の想い Ⅱ
「友達。お兄ちゃんのことを言ったら、それは非モテ童貞陰キャボッチだって。」
「それを男子が言ってきたのか?」
もしそんなことを言うような男子は、探し出してその顔を拝見したいもんだ。
さぞかっこいいことだろう、女子にモテまくりやりまくりのゲス野郎。
「違う、女友達。確か麗愛だったと思う。」
「その子はもう経験あるのか、人のことをそういう風に言うくらいなら。」
「え、何の経験?」
「当然男性経験だよ。そういうことだろう、童貞と言って人を馬鹿にするくらいだから。」
この言葉は静海の琴線に触れたらしい。
「そんなことないよ。麗愛はいい子だし、人を見下したり、ばかにするような子じゃないもん。静海の友達をまるで男好きの淫乱みたいに言うのはやめて!」
うん、そういうとり方もあるのか。
別に男性経験があるからと言って淫乱娘と言ったつもりはなかったんだが…。
「言い方が悪いなら謝る。でもな、お前に童貞という単語と意味を教えて、俺のことを馬鹿にしてる単語を羅列したのなら、すでに処女を好きな人に捧げるくらいはあってもおかしくないと思ったんだ。」
言い方を変えてみる。
この言い方なら、恋愛に夢見る少女にはちょうどいい表現だろう。
「多分、麗愛にそんな人の話は聞いたことがないから、経験はないと思うけど…。正直解らない。さっきの童貞って単語は、前の兄貴を罵るようなときがあれば使ってみな、って感じの言葉だったから。」
「そうか、まあ、いいさ。高校卒業までにどれだけの男子が童貞を卒業するか知らないけど、女性経験がないことで侮蔑されることは別だと思うと言いたいだけさ。あまり女性が使っていい言葉ではないと思うよ。」
その言葉に、静海も素直にうなずいた。
もともと素直ないい子なのだ。
(うん、よかった。静海はやっぱりい子だ。)
(よかったね、静海がまだ男を知らなくて、親父)
(その言い方、明らかに私に毒を吐いてるだろう、光人)
「分かったわよ、お兄ちゃん。でも、お兄ちゃんはまだ童貞だよね。」
本当にわかってんのか、こいつ!
「そうだよ、悪かったな。人のこと言うからには、もう静海は経験したってことでいいんだな。」
自分でも意地悪な質問だと思っているが…。
もし、こちらの想定外の答えが返ってきたら、死ぬ、親父が。
(って、もう親父は死んでたっけ)
(精神的に死ぬ。いや、そいつを見つけて殺しに行く、光人の身体を使って!)
(物騒な事言うなよ!)
「んなわけないでしょ!処女よ!正真正銘の処女!まだファーストキスすらしてないもん!お兄ちゃんの意地悪。」
(うん、予想通り、良かったね、親父)
(お前も殺人を起こさなくて何より)
(それは親父が計画してたんだろうが!)
少し拗ねた静海が、横目で俺を見てきた。
「だって、もしかしたら、この帰ってこない時間に、宍倉さんとそういう関係になったのかも、って思ったんだもん。」
「ちょっと待て!さっきの静海じゃないが、俺の友達を男と見ればすぐヤルような人だと言ってるなら本気で怒るぞ。」
「そんなことは言ってないでしょう。でも、宍倉さんのお兄ちゃんに対する態度はおかしいよ。ベタ惚れ以外の言葉が思い浮かばないもん。だから、お兄ちゃんに求められたら唇どころか体まで許しそうな雰囲気、あったよ。」
「仮に、だ。仮にあやねるがそこまで俺に惚れていたとしても、逆に俺から行く勇気なんか、この身体のどこにもないわ!陰キャをなめんなよ!」
「まあ、今のお兄ちゃん見て、陰キャなんて言葉は誰も思いつかないとは思うけど…。だけど、それくらい心配だったって話。」
「ありえないことを心配されてもなあ。と、あと、何の話だっけ?」
「なんで西村さんと地下鉄のホームで会うことになったか。」
「ああ、そうだったな。まず、怖がらないようにあやねるの手を握って、大丈夫だと、態度で示したつもりだった。」
「だった?」
「そうしたらあやねるが握った俺の腕を抱きしめるように体を寄せてきた。ってとこを見た智ちゃんが見てあやねるを注意してきた。」
「ストップ。そこ!なんで西村さんがそのホームにいたかってとこ。」
「どうも俺たちを見つけてついてきたらしい。」
「それは、ストーカー?」
「とまではいわんが…。俺とあやねると、もう一人、学食で一緒に食べてた男いたろう。」
「ああ、うん。ちょっと前までのお兄ちゃんみたいな人。」
「まあ、間違えてはいない。須藤っていうんだけど、も、いっしょだったんだよ、駅まで。でその3人を智ちゃんが見つけたらしい。で、追いかけてたら、須藤は京空のホームに言って別れた。智ちゃんはそれが納得いかなかったようで、つけてきた。」
「なんとなく状況は分かった。それでさっきの電話でいきなり、西村さんにいつまでも友達だよって、冷酷に切り捨てること言ってるわけだ。あれじゃ、恋人になりたい、なんて言えないよね。なんかコミュ障と思ってたお兄ちゃんは、もう何処にもいないんだね。」
微妙に冷たい目をして俺を見る妹。
え、なにかい、コミュ障だと非モテ童貞陰キャボッチ野郎と言って、コミュニケーション力がよくなると冷たい目を向けられる俺って、何?
「で、その腕に大きな二つの柔らかい感触を味わったお兄ちゃんは、どんな感想を持ったの?宍倉さんに。」
え、何聞いてくんの、俺の妹は。
まさかその感触をもっと味わいたかったって本当のことを言わせたいわけ?
「西村さんはそんなに胸、大きくないもんね。宍倉さんは制服からでも大きく見えるもんね。あれ、Eくらいありそうだよね、お兄ちゃん。」
ちょっと待ってくれ、妹よ。
お前は何を言ってんだ?
「お兄ちゃんも、やっぱり男だよね。しかも女性経験が乏しい童貞君だもんね。お胸の大きな可愛い子に惹かれるのはしょうがないんだよね。」
さっき童貞などというなという言葉をあっさり無視されていやがる。
「でもね、私だって、胸は絶賛成長中なんだからね。明後日、いやもう明日だね。日曜にお母さんに付き合ってもらって、ブラ買いに行くんだから…。おっきくなってお兄ちゃんが惚れ直したって、遅いんだから。」
「いや、惚れ直すも何も、胸が云々言われても、静海は俺の実の妹なんだから、いつまでも可愛い妹に変わりはないよ。あやねるや智ちゃんと比べるのは変だろう。」
「今は宍倉さんにうつつを抜かしてても、私、もっと綺麗になるよ。よくない、こんなに可愛い子と同じ家に住んでんだよ。」
「いや、ごめん、よくわからないよ。俺は静海の実の兄だ。そんな気になることはない。もう遅いから、静海も自分の部屋に戻って寝ろ。」
「うん、今日は勘弁してあげるよ。おやすみ、お兄ちゃん。」
「ああ、おやすみ、静海。」
「明日も一緒に登校しようね‼」
時計は12時半を回ってる。
俺は大きく息をついた。
(お疲れ、光人)
(ああ、親父、良かったな、静海はまだ処女だそうだよ)
(当たり前だ、静海はまだ13なんだから)
あまり年齢は関係ないけどな、今の時代。
まあ、親父が納得してるし、良いか。
あ、他の奴のLIGNEどうしよう?
(私は寝るよ。おやすみ、光人)
はあ~。大きなため息が出た。




