第152話 慌てる父親 宍倉敏文氏
ドアを開けてその場で話していた敏文氏の後ろに、確かにあやねるのきつい目線があった。
「お父さん、私の友達を侮辱するのはやめて。お父さんがそんな態度取るなら、口きかないよ。」
あやねるの口調が厳しい。
敏文氏の体が一回り小さくなった気がするくらい、あやねるの口調に過敏に反応していた。
「いや、お父さんは彩音のお友達を侮辱したわけじゃなくて、お母さんがとんでもないことを言っていたから、止めただけだよ。」
「なあに、とんでもないことって?」
「いや、この少年を息子として迎えるとか、何とか…。」
「そうなの、お母さん?」
「そうね、光人君がうちの息子になったら楽しいかなってことは言ったわね。彩音も光人君のお嫁さんになったら楽しいと思わない?」
あれ、言うことが微妙に変わったような。
(真理さんは最初からそのつもりで言ってるよ。あやねると光人が結婚して義理の息子として宍倉家と関係を持つってことで)
(それは、あまりにも飛ばし過ぎ)
真理さんの言葉を聞いて、風呂上がりのせいなのか、あやねるの顔が赤くなっていく。
それに反して、敏文氏の顔が青くなっていく。
「ゆ、許さんぞ、お父さんは反対するからな!」
「お母さん、まだ、早いよ、そういうのは…。もうちょっと見守ってほしいかな。」
一応、二人共真理さんの言葉に反対の意を表しているようだが、中身があまりにも違い過ぎる。
「ほら、二人とも。そんなとこにいないで、こっちに来て座りなさい。料理が冷めちゃうよ。お父さんも上着ぐらい脱いできて、ね。」
薄く笑いながら、真理さんが二人に声をかけた。
「ああ、わかった。ちょっと着替えてくる。」
そう言って、敏文氏が退場。
代わりにあやねるが入ってきて、俺の隣に来る。
風呂上がりだが、髪はしっかり乾かして、きれいなショートボブにまとめられている。
服装はさすがにパジャマとか、部屋着といった感じではない。
というよりも初めて、制服以外の私服姿のあやねるに胸の鼓動がおかしくなるくらいに脈打ってる。
さっきの話が影響してるのかもしれない。
あやねるのウエディングドレス姿。
今の服は当然ウエディングドレスではない。
薄いピンクのワンピースの腰に赤いリボンのようなベルトがまかれ、胸の大きさを強調しながら、腰の括れも想像してしまう。
とにかく可愛い。
「あやねる、その服、可愛いね。」
少し照れつつそんな風に感想を述べた。
ボディーソープのにおいだろうか。
イチゴのような甘酸っぱいにおいが俺の鼻をくすぐった。
「あ、ありがとう、光人君。」
少し俯くようにして、俺の隣の椅子に座った。
そこがいつものあやねるの位置なのだろう。
「彩音、可愛い服を選んできたわね。なんか初々しいカップルみたいで、お母さん嬉しいわ。」
フランスパンだろうか。
長細いパンをナイフで切りながら、真理さんがそうあやねるに声をかけた。
と、思ったらまた慌ただしく敏文氏が入ってくる。
「だから、そういうことを言うんじゃないよ、母さん!」
「お父さん!本当に怒るわよ。私の大切な友達に無礼なことを言わないで。」
「うんぐ。」
変なうめき声をあげた敏文氏は黙った。
かなり心配だったのだろう。
スーツの上着とネクタイを外しただけで、ワイシャツとスラックスという格好だ。
ほとんど俺と一緒。
「ああ、忘れてたわ。光人君も上着とネクタイくらいは外して、少しはくつろいでね。まあ、目の前に不機嫌な顔があるんでそんなにくつろげないとは思うけど。」
真理さんがそう言って上着とネクタイを取るように言ってきた。
これは多分に敏文氏の格好によるところが大だ。
俺は立ち上がって、テーブルから少し離れたところに移動して、上着を脱いだ。
気づくと後ろにあやねるがいて、何気にその上着を受け取る。
これはまずいと思ったが、いまさらあやねるから取り上げるわけにもいかない。
刺すような視線を無理やり感じないふりをしつつ、ネクタイも外していると、凄い自然な動きであやねるの手がそのネクタイを奪っていった。
「ホント、新婚ほやほやの夫婦って感じね、あなた。」
うわあ、煽るね、真理さん。
そーっと、敏文さんに視線を向けると、明らかに歯ぎしりをしている。
それでも何か言うと、愛娘から厳しい口激を受けることがわかっているんで、耐え忍んでいるようだ。
「光人君の上着とネクタイ、ちょっと私の部屋につるしてくるね!」
とんでもない爆弾を投げて、あやねるがドアの向こうに走っていった。
「一体君は誰なんだ!」
そういえば、自己紹介、一切してなかったね。
「アッと、今更ですが、彩音さんと同じ高校の同級生の白石光人です。お世話になった白石影人の息子です。よろしくお願いします。」
俺の自己紹介に、さっきまですごくきつい顔をしていた敏文さんの顔が変な風にゆがんだ。
(これは今まで娘をさらおうとしていた極悪人が、実は最近亡くなった知り合いの息子ということを思い出して、どういう顔をしていいのかわからない表情だな、たぶん)
(あっ、確かにそんな感じ!)
敏文さんは、表情を一生懸命直して、神妙な面持ちに切り替えることに成功した。
「ああ、そうだったね。私はそれほど白石さんと顔を合わせることはなくて、妻や娘に頼んでいたもんで…。でも、この度の事故で御父上をなくされたことに、お悔やみを申し上げます。」
そう言って、深く俺に対して頭を下げた。




