第150話 宍倉真理の告白 Ⅱ 彩音の記憶障害
「この記憶の封印、彩音は今までに白石影人さんの件も含めて3回くらいやってるの。」
それは多いのか?俺には判断がつかない話だった。
「最初は彩音を溺愛してたうちの夫の父、彩音から見るとおじいちゃんね、が死んだとき。これはさすがに死んだという事実は覚えてるんだけど、その前後の記憶が曖昧なの。そして、白石影人さんの件。」
「でも、死んだのは最近で、その4,5年位前に異動で習橋店勤務になったから、忘れてても仕方ないかもしれないんですけど。」
「そうね、普通はそう思うわ。でもね、彩音にとって悲しかったのは影人さんが死んだときではないの。異動で彩音の前から姿を消した時。」
(そんなに何も言わずにいなくなった私に思いがあったのか?)
(そんなに親しかったんだな、親父)
「その時期は彩音の環境が極端に変わってしまったの。彩音の祖父の死をきっかけに住み慣れたアパートからここに引っ越して、そのせいで学校も転校することになってしまって…。さらに大好きな影人おじちゃんもいなくなってしまった。立て続けに起きたことから彩音は、自分の心を守るために記憶を消した、いえ、記憶を閉じ込めてしまったみたいなの。」
あれ、1回足りない。
「真理さん、先程3回記憶を消したといってましたが…。」
「さっきも聞いたけど、スーパー大安のお嬢さん、鈴木伊乃莉ちゃんはもう顔なじみだったわよね、光人君。」
「はい、伊乃莉と光人と言えるくらいには。」
「え、二日で!そうか、彩音が名前呼びしてたのは、影人さんを思い出して、ではなく伊乃莉ちゃんにあてられてかー。まあ、そんなことでもないと、男子の名前を呼んだりはしないか…。まあ、納得だけど。で、彩音は伊乃莉ちゃんとどうやって仲良くなったとか、光人君には話したのかしら?」
「はい。話の流れで、自分が陰キャボッチだったのを変えてくれたって。」
「まあ、それは間違ってはいないんだけど…。初めて会ったのが何歳の時か、言ってた?」
「中学2年で同じクラスになったって。で、何故か陰キャの私にやけにグイグイ迫ってきたって、聞いてます。」
「やっぱりね。実はね、彩音と伊乃莉ちゃんの初めての出会いは小学校3年生。伊乃莉ちゃんが男子に苛められていたのを彩音が助けたの。それから転校するまで、親友と言っていいほど仲が良くなったのね。
伊乃莉ちゃんはその時の恩もあるから中学2年であったときに、あまりの変貌ぶりに驚いてね。ここで会計事務所をしているのは知ってたみたいで、すぐに駆け込んできて事情を説明したのよ。」
あまりの内容に、俺は何も言うことが出来なかった。
近くの薬局のおっちゃんを忘れたとしても全然おかしくない。
でも小学校の時に親友と言っていい友人を忘れてしまう。
伊乃莉はどんな心境だったのだろうか。
その時の伊乃莉の心を想像すると涙が出そうになってきた。
それでも、今でもあやねるを守ろうとしている。
自分の中で伊乃莉に対する認識が全く違うものに変わってしまった。
あの時の岡崎先生に対する態度、実はあやねるを守るためだったのだろうか?
「伊乃莉はその説明に納得したんですか?」
「本当に納得してたかどうかは解らないけど、彩音に対して頑張ってもう一度関係を構築したのは事実ね。だからこその今の関係よ。最近は、小学校の時を思い出したときにどんな態度をとるかを楽しみにしてるって言ってるくらい。強い子よ、伊乃莉ちゃんは。」
確かにそこまで思えるのなら、きっと強いのだろう。
本音は解らないが、今回のこの夕食への俺を招待することに絡んでいるのは間違いない。
それが、母親である真理さんからの事実の告白のためなのか、単純に引き合わせるためなのか?
それ以上に、電車通学において、伊乃莉以外の人間とも一緒に乗れる、しかも男性と乗れるようになるという事は、さっきの真理さんではないが、あやねるのリハビリの目覚ましい進歩なのだろう。
「伊乃莉は俺の親父と彩音さんの関係は知っているんですか?」
「それは流石に知らないと思うわ。ただ、彩音のことを本人以上に思ってるのは事実ね。今回の光人君に送らせたことも、その事実を私に伝えたのも、彩音を思ってのことだから。」
「それは、間違えないでしょうね。」
伊乃莉との関係を考えれば、親父のことを忘れる事くらいどうってことないな。
「で、白石君のお父さん、影人さんの事なんだけどね。」
「いや、伊乃莉のことを忘れるくらいなら、うちの親父なんか覚えてなくて大丈夫です。」
(光人、その雑な扱いはなんだ!私は可愛い彩ちゃんに忘れられててショックが大きいのに!)
(親父も忘れてたんなら、お相子)
「その続きがあるから、そう単純にも行かないのよ、光人君。」
「続き?」
何の続きがあるんだろうか?




