第14話 西村智子 Ⅱ
第一体育館は、教室のある普通棟のすぐ横にある体育棟の2階にある。
入学式や卒業式、講演会などによく使われるのが大きい第一体育館である。
1階には武道館・第二体育館・ダンスルームがある。
さらに第二体育棟が最近増設され、そのなかに、第三体育館・屋内テニスコート、屋内ゴルフ練習場があり、さらに地下にプールができた。
普通の生徒があまり足を向けるところではないらしい。
少し緊張しつつ、椅子に座った。
私は両脇の背の高い男女に挟まれている。
なんか、自分だけ子供みたいだ。
でも、星那はこの雰囲気にのまれてガチガチに固まっている。ちょっと面白い。
視線を前に戻す。
その視界に前の列のクラスの女の子が振り向いてる姿が入った。
どうもコウくんのあたりの席の子に話しかけてる感じ。
なんだか、この高校に入学してから、コウくんの周りに女の子が増えてる気がするけど、気のせい?
「えー、宍倉さん、それひどくない」
ひときわ大きな声が聞こえてきた。
その声に対して司会の教頭先生の注意する声が響いた。
どこにでも浮ついたやつはいるもんだ。
昔、高校受験の本番の試験会場で窓ガラスを割る受験生がいたそうだ。
ママが高校受験した時の同級生のことだ。
ありえない、その時はそう思ったが、どこにでもそういうやつはいるものだと実感した。
校長の挨拶が始まった。
そういえば岡崎先生から自己紹介を考えるように言われていたっけ。
言うことなんてそんなにあるわけもないし、変にウケを取ろうとすれば滑っておかしな空気になるのは火を見るより明らかだ。
いわゆる陽キャと呼ばれる人たちはそのバランスが非常に優れている。
もともとその感覚が優れている人もいるとは思う。
だが高校生でその力を持っているような人は、たぶん、私のように、いくつもの失敗を経験した人だ。
そう、細かく傷ついている。
それでも、傷つくのが怖くて他人を排除するより、他人とかかわる方が断然楽しい!
どのくらいのクラスメイトが真剣にお偉いさんの話を聞いているのかしら。
岡崎先生の聞いてもしゃあないみたいな発言は、先生としては如何なものかと思うけど、内容の正しさは理解できた。
絶対に、日照大の不祥事については、私たち学生にも、その保護者にもしっかり説明するべきだろう。
その上で、この学校ではそのようなことがないことを口頭でも構わないから保証すべきだと思う。
校長たちこの学校の管理職の好感度はかなり低くなることだろう。
そんなことを考えていたら、気になる言葉を使う来賓に気づいた。
宇宙開発事業団の若尾茂。この高校のOBで大学はつくばみらい大学出身とのことだ。
「事故などで家族を失った人の悲しみに寄り添える優しさを持った大人になることを期待します。」
まるで白石光人を指しているように感じた。
私の心のまだ地味に出血しているような箇所が、ゆっくりと絞められていくような感覚だった。自分ではどうしようもできない感覚。
その人の祝辞が終わり、入学式は終了となった。
「引き続き、新中学生退場後、新高校生はこのままのこってください。高校生徒会の挨拶があります」
この言葉に、左横の星那の無駄に入っていた力が緩むのが感じられる。
「緊張した、星那?」
「私ダメなの、こういうの。緊張なんかする必要がないのに、ね」
卒業式で、名前を呼ばれたり、壇上まで行って卒業証書を受け取ったりすることに比べればどうってことないと思うのだが。
「でもね、さっき塩入君が怒られてたじゃない。それで少し緊張がほぐれた。こんな時でも余裕なんだな~って」
「塩入君?」
「HRで、岡崎先生に質問してた男子だよ。ちょっとカッコ良くなかった?」
「ああ、あいつか。でも星那はよく名前知ってたね。」
「え、いや、なんとなく、なんとなくだよ」
そう言うと、両手を頬に持って行った。
星那の顔がほんのりと朱色に色づく。
きっと瞳の中にはハートマークが浮かんでいるのに違いない。
星那、分かりやすいなあ。
その塩入君とやらの顔をよくは覚えていないが、きっとイケメンなのだろう。
しかし、その先生に怒られたときに聞こえてきた内容は、道端でナンパして、無視されているチャラ男さんがよく吐く言葉だった気がするのだが。
まあ、静かに見守ろう、うん。
それが節度を持ったお付き合いというやつだ。
いつの間にか司会が学生に変わって、この高校の生徒会長が壇上に立っていた。
威風堂々。
生徒会長のバックにそんな文字が大きく映し出されるような堂々とした立ち姿である。
私は目を見張ってしまった。
また、あいさつの内容が、先のお偉方と真っ向から反発するような内容で、新入生の心をガッチリ鷲掴みといった感じ。
校長先生たちの時はお座なりの拍手しかなかったが、今は割れんばかりの拍手が体育館を包んでいる。単純に感心した。3-Aといえば特進文系コース。将来は政治家になるつもりなのかしら。
星那もただ、ただ、呆けている。
「なんだかすごかったね、ともちゃん」
「ホント、そうだね」
高校の生徒会長はどこの高校もこんなに凄い人たちが、やっている者だろうか。
「斎藤会長の挨拶並びに、新入生への激励の言葉でした。続いて副会長大月理仁より、生徒会・文化祭実行委員・新聞委員会・放送委員会の活動を説明します」
続いて数名の先輩方が壇上に現れて、あつらえてある椅子にみな座っていく。
生徒会の先輩方は、みんなできる人感が半端ない。
しかも女子の皆さんはみんな綺麗に見えた。
その中でも生徒会長さんの横の横の席にいるダークブランの特徴的なロングヘアーの先輩は神の寵愛を独り占めしているみたいに、暗い壇上で輝いて見えた。
最後に歩いてきた人がそのまま演壇に来て、立ち止まり、かるく礼をした。
「ただいま紹介された生徒会副会長の大月理仁です。生徒会、各委員会の説明をさせて頂きます」
前の生徒会長の姿が目に焼き付いて、副会長さんの存在がすごく霞んで見えてしまう。
「まず我々の生徒会です。生徒会はほぼ生徒主体で行われる行事すべてに対しての責を負います。体育祭、文化祭、2年次の修学旅行、1年時のスキー合宿、予餞会、などの行事の管理や、各委員会の補佐的業務。例をあげれば、新聞委員会や放送委員会が行う通信関連の学校側との交渉の補佐や、校舎の各掲示板や、ネット掲示板の管理です。また、部活動、委員会活動の予算の管理も行っています。そして、一番重要となるのが、年1回開催される生徒総会の運営となります。これは生徒全員の総意を学校側に問いかける重要な会議となります。皆さんは、ただ集まって各部活の活動状況や、予算の使われ方の発表くらいしか認識はないと思いますが、生徒の学校に対する不満や不安を公にできる機会でもあることを理解してください。会長の挨拶にもありましたが、全校生徒の総意をもってすれば、学校も聞かないわけにないかなくなるのです。この点を肝に銘じておいてください。
また生徒会は会長、副会長、書記、会計が主な役員となります。その下部組織として全クラスから選出されているクラス委員長が所属する評議会があります。また、生徒会役員はその特性上、1年に1回の選挙により決定されます。役員は会長、副会長、書記、会計が各1名ずつ選挙により決定し、その状況により、評議会の許可を受けそれ以外の役員を任命できます。後ほど自己紹介をさせて頂きますが、現生徒会では選挙で選出された役員以外に書記、会計、広報、庶務各1名が、評議会の許可を受け働いております。選挙を経ずとも生徒会の仕事に興味を持たれた方がいらっしゃればいつでも生徒会にお越しください。また、当然ではありますが、相談等あれば生徒会の扉をたたいてください。我々はいつでも待っております。」
完全に勧誘だね、これは。
私は少しシニカルに考える。
基本的には組織の継続性は絶対に必要である。選挙の名目により、全役員総とっかえとなれば、すべてを1から始めなければならない。改革は必要でも、最低限の運営方法は確立していないと混乱の極みだろう。全役員を選挙にするのではなく、選挙を必要としないものを残しておくことにより、継続性を担保するということか。基本的には、残留する中から、メインとなる役員を立候補させるのだろう。
最低限、生徒会がそのような形で運営されていけば、他の委員会が機能不全になっても、生徒会が補完するといったところだろう。
「続いて文化祭実行委員会です。その名の通り、当行の文化祭「翔智祭」の企画立案、スケジュール作成管理、校内外との交渉、安全確保、緊急時の対応などです。新聞委員会は月1回の校内新聞の発行、校内イントラネットでのネット新聞の発行、校内各掲示板における各部活、各委員会の告知及び、発行物に対する補佐・助言。各行事での写真動画などの記録担当、地域に対する本校の活動報告などが主な仕事となります。また活動の一環で、全国新聞コンクールにも出品しております。最後に放送委員会ですが、通信業務一般になります。今現在もこの入学式などで校内の音響に関する調整などを担っております。また昼の校内放送や、体育祭、文化祭などの放送、また校内イントラネットの設定などのメンテナンス業務も活動の一部です。放送委員会も全国の放送コンクールが開催されていて、ラジオドラマ部門や、アナウンス部門に積極的に参加しています。他にも委員会はありますが、この3つの委員会をこの場で紹介したのは、特別な理由があります。各委員会とも、今後クラス内で委員を選出すると思いますが、今回紹介した委員会は、そのほかにも委員を募集しています。文化祭実行委員などはいつも人手不足ですので、興味のある方は委員会室まで気軽に尋ねてみてください。よろしくお願いします。」
大月副会長が軽く一礼をすると、後方に空いている席に腰を落ち付けた。
「大月副会長、丁寧な説明ありがとうございました。それではほかの生徒会役員の紹介をいたします」
告げると、今座った先輩の横に座っていた女子の先輩がスッと立ち上がった。
ダークブラウンの綺麗に流れる長い髪がよく似合っているそのきれいな先輩が演壇の前に背筋を伸ばしてこちらを見つめた。
ああ、こんなに綺麗なら、きっといろいろなことが楽しんだろうな。
自分が望んでも得られないものを当然のように持っている女性に、憧れと嫉妬が渦巻いていることに私は、自分自身を嫌悪した。
私は今十分に幸せだ。
そう強がってみたが、目の前の光に照らされ、焼かれていくような劣等感が込み上げてくる。
「書記を務めております、3年A組の柊夏帆です」
しかも特進クラスか。知らずにため息が出た。
その瞬間、
「白石君!」
ガタンという音とともに、私の幼馴染を呼ぶ可憐な声が耳に飛び込んできた。
声が聞こえた方を瞬時に振り返る。
隣の男子に抱き起されている、まぎれもない幼馴染、真っ青なコウくんがいた。