第136話 有坂裕美と日向雅 Ⅱ
「お礼って、お前たち、雅に何をしたんだ。」
大塚先輩をはじめ、他の文芸部員は俺たちと有坂先輩の会話を、少し驚いたような顔で聞いていた。
有坂先輩の雰囲気が、いつもとあまりにも違うのかもしれない。
この人たちは日向雅のことを知っているのだろうか?
「電脳部の部活紹介で有坂先輩が真面目に紹介をして、拍手が起こったのを覚えてますか?」
「ああ、変なタイミングで拍手されたな。あれってこの文芸部の連中がやったんじゃないのか?」
「最終的にはみんなで拍手を送ったけど、最初はうちらじゃないよ、ねえ、詩織。」
「そうね、つぐみ。私たちはあのムーブに乗っかっただけ。」
大塚先輩が有坂先輩にコクリって感じで頷いた。
「最初に拍手をしたのは、日向雅さんです。真剣な目で拍手を送っていました。俺たちはすぐにその拍手に同調しました。日向さんはそれがすごく嬉しかったと言ってました。」
「ふ、雅らしいな。あいつ、真面目で、頑張ってるやつ見ると黙ってられない熱い奴なんだよ。」
クールに人を拒絶する日向雅。
今、そんなイメージが崩れていく。
「さっきから、有坂先輩の話を聞いていて、お互いがお互いのことをよく解ってるんだなあと思うんですけど…。」
「ちょっと待て、白石!あいつ、私のこと、なんて言ってた?」
「根はいい奴なのに、結構正論吐いて周りから煙たがられたり、とか。」
「まあ、その通りなんだけど、他にもいってそうだな。」
そう言って、俺を、睨んできた。
もう、俺をその眼で睨むのやめて。
今日、何回睨まれたことか。
とはいえ、もう一つのことはどういったものか。
言い方次第だと、また嫌な顔で見られるもんな。もしくは…。
「ああ言うギャルっぽい格好が好きだけど、凄く初心で、…。」
「何、言いづらそうにしてる。」
「「女泣かせのクズ野郎」なんて言いながらも、男子にあんなに絡んでいくのはかなり珍しい。いやならあいつは近づかない。そんな有坂をしっかり受け止めてくれてありがとうと…。」
またもや有坂先輩が体全体を震わせ、肌が赤くなっていく。
有坂先輩の毛細血管大丈夫だろうか。
1日のうちに何度その細い血管を膨らませている事やら。
「いいか、白石!決してそんなことはない!その言い方では、まるで、まるで、私が、お、お前のことを……。」
そう言って、プシューって感じて座り込み、さらに机の下にもぐっていく。
うーん、こんな風になるだろうと予想はしていたんだけどね。
まだ肝心なこと、聞いてないんですけど。
(こうなるのわかってんなら、言わなきゃいいのに)
(でもね、日向さんが言ってたことが半信半疑だったから、確かめたかったんだよ)
(ほら、光人の今の言葉と有坂さんのあんな態度で、君の愛するあやねるの態度はおかしいぞ)
あやねるが顔は下向きだが眼だけで俺を睨んでる。
須藤も俺を見下ろすように見てる。
あのさ、二人とも、日向さんがそう言ってた時一緒にいたよね。
「裕美、本当に男慣れしてないからね。さっきみたいなチャラ男相手には堂々とできるくせに、そうじゃない男子相手だと。」
「だから、そんなんじゃない!詩織、いい加減にして。」
「まだ、聞きたいことありそうよ、白石君。」
机の下から目だけ出して俺を見る。
睨んでいるとも、照れている感じでもある。
「有坂先輩、日向さんは俺だけにそんな話したわけじゃないんですよ。この須藤が小説を書いてるって話で、作品を読みたいって言って来たしな、須藤。」
「え、ああ、来た、よ。」
やっと体を机の下から持ち上げて椅子に座りなおした有坂先輩が、須藤に視線を向けた。
「そうか、やっぱり、そういうのあいつ好きなのは変わってないな。ジャンルが違っても、興味があると突っ走るからな。」
「ジャンルが違うんですか。実はここで見てもらおうと持ってきた小説を、そのまま彼女に渡したんですけど、その時、代わりに彼女の作品を見せてくれるって。」
「そこまで君たちに近づいてるのか。ああ、よかった。ああいうやつだから、別に一人でもいいって言ってたんだけど、友人を作ろうとしてるんだな、安心したよ。」
有坂先輩はそう言いながら、ハンカチを目元に持って行った。
泣いてるの?そこまで日向さんの事心配してるんだ。
「先輩、聞いていいですか?あ、先走らないでくださいね‼」
「さきば…、ばか、しねえよ!」
「中学受験の戦友って、どういう意味ですか。」
俺は有坂先輩の目をしっかりとらえて、外さない。
それだけ、これが真剣だという意思表示。
「まあ、何が聞きたいかは理解しているよ。私と雅は、小学校で同級生だった。」
今、有坂先輩は2年生で、日向さんは俺と同じ1-G。
「そして、中学を受験する目的をもって、同じ中学受験塾に通っていた。うちのクラスで中学受験する人間は何人かいたが、同じ塾に行っていたのは私たち二人だけだった。」
「先輩と、日向さんは同い年、でよろしいんですね。」
ほとんど俺を睨むことに時間を使っていたようなあやねるが確認してきた。
「そうだ。私は7月で17になるが、雅はもうすぐ4月10日で17歳だ。」
そうだろうと思っていたが、具体的な年齢を言われると、一気に現実味を帯びてきた。




