第127話 柊夏帆と白石静海 Ⅰ
そう言って岡林先輩は生徒会室のドアを開けた。
まず最初にこちらを向いてにこにこしている柊先輩の顔が目に入った。
相変わらず人を惹きつける笑顔だ。
そして、その隣りくらいに辺見先輩、辺見先輩の対角線上に昨日の紹介で壇上にいた大月先輩がいた。
ほかには辺見先輩の横で少しふっくらした感じの優しそうな女子と大月先輩の横に座っていてドアを開けた音でこちらを振り返った男子の先輩の計5人がいた。
斎藤会長は不在らしい。
「ほら、あんたたち。大きな声で話してるからこの生徒会室に入ろうとした新入生が帰ろうとしてたわよ。」
岡林先輩が先程の俺らの行動を、今いる人に報告するような口調で文句を言った。
その言葉にあやねると静海は恐縮したように少し縮こまっている。
「お忙しいところすいません。先日この高校に入学した白石光人と申します。同級生の宍倉彩音さんが柊先輩に生徒会に誘われたので、見学に来る付き添いとしてまいりました。今、時間が取れないようであれば日を改めてうかがうつもりですが。今は大丈夫でしょうか?」
俺はそう言って、その場にいる先輩たちをうかがった。
立って柊先輩について話し込んでいた二人の先輩は、気まずそうに着席した。
代わりに、今しがた糾弾されていたはずの柊先輩が涼しげな笑顔を浮かべ、立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。
辺見先輩が隣の女子に「彼が例の白石君だよ」と小声で言ったいるのが聞こえた。
「ようこそ!日照大千歳高校生徒会へ。待ってたよ、宍倉さんと白石君。あれ、後ろにいる美少女は中学生、だよね。」
俺の後ろに隠れるようにして、俺のワイシャツを両手で握りしめている静海を目ざとく発見した柊先輩が、声をかけてくる。
「あ、は、はい。中学2年D組の白石静海です。白石光人の妹です。」
ああD組になったのね。
と思っていると、柊先輩の目が開かれ、大きく開いた口を右手で覆い隠している。
「白石君の妹?うちの中学だったの?え、本当?本当に会いに来てくれたの?影人さんのお譲さん。」
柊先輩が、静海の自己紹介に過敏に反応した。
俺の後ろに回り込み俺のワイシャツを掴んでいた静海の手を握った。
「お兄さんに聞いてると思うけど、お父さん、白石影人さんに救われた浅見蓮の親戚の柊夏帆です。ルナちゃん?でいいのかな、こっちに来てもらえる?」
柊先輩の強い懇願に、静海は俺のワイシャツから手を放し、柊先輩に従った。
柊先輩は座っていたところとは別に置いてあるソファに静海を招き、座らせた。
その横に溢れるばかりの笑顔を振りまいて柊先輩が座る。
俺を含め、宍倉さんもほかの生徒会役員の先輩も置いてきぼりだ。
仕方なく二人の様子をうかがう。
静海の表情は複雑だ。
日照大千歳中学ではすでに伝説の域に達しようとしている、柊夏帆と狩野瑠衣、二人の読者モデルを現役でやっている女子高校生。
その一人、憧れの先輩でもある柊夏帆を目の前にしながら、自分の父親が死ぬきっかけになった小学生の親戚にあたる高校生としての柊夏帆。
当然、この柊夏帆に俺たちの父親の死の原因があるわけではない。
父、白石影人の死は、それだけを見れば非常に悲しいことだが、未来ある小学生を助けることが出来たことに対しては、誇りに感じていいはずだ。
(静海、大丈夫かな?父さんは心配だよ)
(もう、自分の心の中では決着はついてるようなんだけど…。でも、本人を目の前にしたらどうかってのは、ね)
「光人君にも伝えたんだけど、私の家、柊のものも、浅見の家のものも、白石影人さんには感謝しても感謝しきれない想いでいっぱいです。許されることなら、墓前に一度お礼に行きたいと思っているの。光人君も、静海ちゃんも、私たちには複雑な思いを抱いてることは重々承知しています。それでも、私たちは、白石影人さんの家族の方とは真摯な気持ちでお付き合いをしていきたい。今後、ずっと。」
柊先輩は、自分の中にある思いを懸命に静海に伝えようとしている。
昨日の俺に対する言葉より、さらに強い想いであるように思えた。
その言葉は、ここにいるすべての人の胸に伝わったとは思う。
俺はもう、自分の父の考えを理解しているつもりだ。
浅見蓮君に関しては何のわだかまりもない。
柊先輩の想いは充分に理解はしている。
ただ、そうは思っても隠している事実が一つあることを知っている。
そしてそれ以外にも何か俺にはわからない秘密を隠しているようで、すべてを信じられるような状態ではなかった。
(光人の考えは充分に理解できる。それはしっかりと持って、その機会を逃さずに話すべきなんだと思うよ)
親父の意見はしっかりと俺の心にしみこんでくる。
現時点、柊先輩に対して悪意を抱くことはない。
まずは誠意ある親交を続けるべきだろう。
静海も柊先輩の言葉をよく考えているように思う。
昨夜のような感情が暴走するような感じではない。
「柊先輩、一つ聞いていいですか?」
先輩の話を一言も漏らさず聞いていた静海が、話し終わったタイミングで口を開いた。




