第117話 柊先輩の贈り物
俺たち3人は仕方なく、高校棟への方向に行こうとした時、今日初めて見知ったギャル先輩がこちらに向かってくるのが見えた。
さっきからいろんな人と話しているのはその格好故、俺の視界にきっちりと入っていた。
「有坂先輩、さっきはすいませんでした!」
近づいたところで、知り合った後輩としては当然のように挨拶をした。
が!
「記憶を消去しろと言ったはずだ。」
かなりきつい目付きで睨まれた。
さらに、先ほどの俺とあやねるの行為を見ていたようで、
「怒っている女を抱きしめて黙らせるとは本当に「クズ野郎」だな。」
と、きつい口調で罵倒され、そのまま去っていった。
「なあ、須藤。やっぱり、文芸部の見学の話さ、なかったことにしてくんないかな。有坂先輩に当分会いたくないんですけど。」
かなりの嫌われように、俺は自分の心が壊れそうになっている。
その思いを須藤に言ってみた。
「今の言葉で心折れそうなのは解るけど、俺一人で行く勇気はないんだよ。そうかといって、俺、文芸部自体には、すんごく興味あるからさ、頼むよ。」
「後日じゃだめか?」
「有坂先輩が文芸部を引っ張っているのは間違いないじゃん。今日行かなかったら、絶対後で行きづらいよ。あの先輩はさ、あんな格好してるにもかかわらず、凄くうぶっぽいと思わない?しかも各部と一緒に何かをしようとしてるところなんか、良い人でなければ無理だと思うんだよ。だから、早いうちに会っておきたいんだ。白石が会いづらいのは解るけど、とても一人で行く勇気ないから、お願い、助けると思って、さあ。」
俺は一つ大きなため息をついた。
また、罵倒されんのかな。
(光人。しっかりと謝って、おだてれば、あの有坂って子は大丈夫だと思うよ。お前があの先輩を嫌っていないなら、文芸部に顔を出してみろ。須藤君のためにもな)
親父まで俺と有坂先輩をもう一度会わせたいらしい。
微妙に底意地悪く面白がっているような気がするが…。
「分かったよ。約束は守る。」
「ありがとう、白石。」
俺たち二人のやり取りを見ていたあやねるが、少し不思議そうに聞いてきた。
「光人君と須藤君、文芸部に見学に行くの?」
「ああ、俺は別に興味ないんだけどさ。須藤が見たいんだって。ただ、さっきの先輩とトラブっちゃって、一人じゃ行きにくいって言うんで、付き添いを頼まれた。なあ、須藤。」
「うん、宍倉さん。おれさ、小説を読むのも書くのも好きなんだよ。女子だけだから、俺みたいなのには敷居が高いんだけど。さっきの先輩が言ってた、「作家になるべき」って投稿サイトでの口コミでここの文芸部の噂を知ってね。入るかどうかは別にして、見学くらいはしたいかなあ、って思ってたんだ。」
須藤の見学理由を真剣に聞くあやねる。
うん、あやねるはやっぱり可愛い。
あれ、でも俺、さっき、こんな可愛い子を抱きしめちゃったんだよなあ。
俺はさっきの自分の行動に、また全身が熱を帯びてくるのを感じていた。
「最初は友人なんてそんなに短期でできるなんて思ってなかったから、当然一人で行く気だったんだ。したら、さっきの部活動紹介の騒ぎで俺達、目えつけられちゃったから、白石に一緒に来てもらうことにしたんだ。」
須藤が文芸部に行きたい思いが語られて、本当にやりたいことがある奴が羨ましくなっていた。
(光人はやりたいことはないのか。アニメやラノベ、漫画なんか好きだろう。中学の時は嫌な思い出とはいえ、陸上に結構本気で打ち込んでいたんだし)
(わからない。やりたいことと言われても、今は思いつかないよ。たださ、親父がなくなってからいろいろ考えたりはしたけど、まだ形になってないし)
(悩むのも青春の特権だがな。まあ、気長に行こう。ただ、機会は逃さないほうがいいとは思う)
親父の説教じみた言葉を今は胸に刻んでおこう。
須藤の言葉に、うん、うん、って感じで頷いていたあやねるが、その可愛らしい瞳を須藤に向けた。
「私も一緒に行っていいかな、須藤君、光人君」
「興味あるの、文芸部?」
あやねるの突然の言葉に、須藤が聞き返した。
「文芸部と言うか、あのギャルっぽい先輩に興味があるの。なんかいろんな部活動と提携してるじゃない?」
「うん、そうだね。なんか、アグレッシブだよね。」
「だから、ちょっと会って話をしてみたいんだ。ダメかな?」
そう言って上目遣いで須藤と俺を見てきた。
単純に、ずるい!
この攻撃に耐えられる男子高校生がいるだろうか?いや、いない(反語)。
「俺は良いよ、宍倉さん。」
須藤に選択権なんかないから、答えはこの一択。
一瞬、あやねるが須藤と文芸部に行くんなら、俺、行かなくていいんじゃないかな、なんて考えが湧いてきた。
(この状況でその答えが許されると、本当に思っているのか、我が息子よ)
(理屈の上では、一人では行きたくない須藤。有坂先輩に会ってみたいあやねる。逆に有坂先輩に会いたくない俺。答えは合っているように思えるんですが、親父殿)
(前提が間違ってることには気づいてるんだろう。あやねるはお前がいなければ、他の男子生徒と一緒にはいられないという事を)
(はい、存じ上げておりまする)
「分かった、生徒会室行った後で文芸部ってことで、いいかな。」
俺は悟りの境地でその言葉を紡ぎ出した。
「ありがとう、須藤君、光人君。」
「じゃあそう言うことで。」
須藤が言うと、あやねるがその笑顔を俺たちに向けて、一緒に教室に歩き出した。
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3人で第一体育館を出たところで、急に肩をたたかれた。
「探したよ、白石君!」
鈴を転がしたような耳に心地よい、少し高めの声が俺の耳をくすぐる。
この2日の間ですっかりお馴染みになった生徒会書記の3年生、柊夏帆さんの声だ。
「部活動紹介、お疲れ様です。」
「あ、宍倉さんと、えーと…。」
「あ、す、須藤と言います。柊しぇんぱい。」
あ、嚙んだ。
緊張してるね、須藤。
「そう、須藤君。確か白石君の後ろの席だよね。」
「は、はい、そうです。」
なかなか緊張がほぐれないらしい。
「柊先輩、やっぱり先輩は凄い人だったんですね。」
「え、急に、なに。」
先輩が俺の言葉にびっくりしてる。
「単純に、やっぱり綺麗なんだなあと思ったんで…。」
(おい、光人、あやねるが凄い目つきで睨んどるが!)
(わたくしは全く気付いておりません!)
「さっきの写真部でのプロのカメラマンの撮ったという写真は、感動もんでした。昨日、今日と先輩を見てきましたが、柊先輩の美しさとカメラマンの技術が合わさると異次元レベルの感動になるって、凄いなあと単純に思ったんですよ。」
自分が一言、柊先輩を誉めるごとに、あやねるの凶器と化した視線の剣が俺の心を切り刻んでくのがわかる。
「もお、やだなあ、白石君。そんなこと言ってるから「女泣かせのクズ野郎」なんて言われちゃうんだよ。でも…。」
俺の褒め殺しのような賛辞に、少し体をクネクネしてるのはなんででしょう。
半分は照れ、でしょうね。
「白石君にそう言われると、ちょっと嬉しいな。さっきの教室じゃ、全く私なんか眼中にないって感じだったから、ね。」
全くこの人は、絶対的な美麗に合わせて、こんな可愛いことを言うんじゃ、そこら辺の男(例えば横に入る須藤)は、完全に悶絶死するだろう、主に精神的に。
面白そうなので隣の須藤に目をやると、思った通り胸を押さえて、息が荒くなってる。
ただし、反対方向には視線を転じることはしない。
狂的な凶器となった視線と言う名の重火器が俺を狙っているのが分かってるから。
「で、なんで俺を探してたんですか?」
「あ、そうだった。白石君に絶世の美女なんて言われて、舞い上がってて忘れるとこだった。はい、これ」
え、誰もそこまでは言ってなかったと思うんですけど!
柊先輩がSDカードを差し出してきた。
「本当は1-Gのイベント、参加したいんだけど、さすがに岡崎先生に大激怒されちゃうから、ね。これ、先生の恋人の向井純菜さんの高校の時や最近遊びに来た時の写真のデーターあるから、みんなで見てもらって欲しいな」
「あ、ありがとうございます!じゃあ、あとで生徒会室に行ったときにお返しするという事で、いいですか?」
「うん、それでお願い。」
「では、後程。」
俺が言うと、あやねるが俺に向けていた殺気を消し、柊先輩に向かって言った。
「柊先輩、あとで宜しくお願いします。」
「宍倉さん、待ってるね‼」
手を振りながら、第一体育館に戻っていった。
「光人君、柊先輩にデレデレしすぎだよ。」
去っていく先輩に手を振っていたら、あやねるから言われた。
「全くだ、みっともない!」
須藤があやねるの言葉に乗っかってきた。
おい、さっき噛んでいたのは誰だよ!
「早く行こう、岡崎先生待ってると思うよ。」
あやねるが言いたいことを言えて、すっきりしたようで、そう俺たちに言葉を投げかけてきた。




