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第11話 宍倉彩音 Ⅰ

 私は友達と呼べる人が少ない。あまり人とかかわることがうまくできない。


 私の部屋で、私の好きなものに囲まれて、好きなことをしていたい。

 大好きなクマやウサギのぬいぐるみに囲まれて、小説を読んで、アニメを見ていたい、と思う。


 両親は住居と同じマンションの1階で会計事務所を経営しているので、かなり裕福な暮らしであることは自覚している。


 場所が東京ということから、同じ中学の女の子たちは垢ぬけて可愛い。


 彼女たちは私とは違う人種だと思ってしまう。


 彼女たちが私に向ける視線は、かわいそうな野良猫を見るそれだ。

 私自身もそれは過大な被害妄想だと思っているのだが。


 特別嫌がらせを受けたわけではない。


 ただ、人が怖かった。


 中学に上がり、自分の体が大きく変わっていくことを実感することが怖かった。


 外を歩いてる時に感じる男性の好奇の視線、同性の嫉妬の視線は私には恐怖以外の何物でもなかった。


 それを忘れさせてくれたのは、ライトノベルやアニメで明るくかわいい女の子たちの積極的な行動だった。


 漫画や小説に出てくるひたむきに頑張る男の子達であった。


 そして、親友と呼べるただ一人の友達、アニメから出てきたような可愛い明るい鈴木伊乃莉(スズキイノリ)の存在だった。


 同じ中学で2年生の時に出会った鈴木伊乃莉は、私の変化する体を誉めまっくた。


 ガリガリだった体に肉がついて、ほほが膨らみ、顔の輪郭が丸くなってきた。


 肌の張りがよくなり、胸が大きくなった。


 腰のくびれがはっきりしてきた。


 ただ、単純に、「女」になっていくのが怖い。


 私の変化に伊乃莉は敏感に反応した。


「肌キレイにったね」

「あれ、顔がやさしくなったよ」

「唇プルプルで食べちゃいたい」

「胸が大きくなってる。くやしい」


 髪の毛は切らずに無造作に束ねていたのだが、伊乃莉から熱心に勧められ、母親の通ってる美容院に連れて行ってもらった。


 美容院のことを母、宍倉真理に頼むと、一気に破顔して(この顔が破れるってすごくない?でもこれで「顔がほころぶ」って意味なんだって)、私の気が変わらないうちにって、その日のうちに予約して連れて行ってもらった。


 美容師さんは20代くらいの清楚な感じのお姉さん。

 巷にあふれるすごい髪形したギャルっぽい人でなくてすごい安心したのを覚えてる。


「どんな髪型にしたい?」


 この質問に、「短めで、手入れが簡単なやつ」といった気がする。


 今考えると、ぶっきらぼうにもほどがあるって感じだ。


 その結果、今のボブカットに落ち着いた。

 定期的に髪は切らなければならいが、ほぼ手入れをしなくてもいいのが気に入った。

 とはいえ、お姉さんから最低限の髪の毛の手入れを指導されたが。

 

 この髪形を見た伊乃莉は大絶賛だった。


 可愛いを連発して、クラスの女の子のとこに連れまわされた。


 そして、人の視線を極端に恐れるボッチの子はその髪型もさることながら、公にされたこの顔にも好意的な表現が集まった。


「今まで長い髪でよくわからなかったけど、整った顔してるじゃん」


 人からの好意に慣れないボッチの子は、その言葉もお世辞だと思った。

 だが、伊乃莉の言葉は自分の考えを劇的に変えた。


「ずっと思ってたんだけど、この髪形にしたらそっくりだよ」


 そう言って、自分の名前と同じ「あやね」という名を持つ声優をあげた。


 数々の有名なアニメの声を充てていたその声優は、非常に才能にあふれた人物だった。


 声優の画像をググり、自分の顔と比べると確かに似ていた。


 興味をもって検索すると、昔の動画をyoutubeで貪るように見続けた。


 その時の自分の驚きをどう表現していいのか、今でも判らない。


 ただ、その声優は自分にとっての光となった。

 憧れになった。そんな声優に似てると言われることは、誇りであり、喜びでもあった。

 そして、会うことのない彼女を汚すことのない自分でありたいと思った。


 とはいえ、すぐにコミュ障が治るわけではない。


 さらに、中3の夏休みに事件は開きかけていた私の心に影を落とした。


 できれば、今の中学の近くから離れたい。

 特にその事件を機に男性に対する過度の警戒感が大きくなった。


 そんな時、伊乃莉から日照大千歳高校に誘われた。

 なんでも伊乃莉の弟が中学に通っていて、雰囲気も知ることができたのが大きい。


 私は伊乃莉と一緒に日照大千歳高校を受けることを希望した。

 偏差値的にも、十分受かりそうだったというのもある。


 日照大は、不祥事を起こし、イメージ的にはいいとは言えないが、付属校のメリットを生かせば、多少楽に大学に行けるのではないかという打算も働いた。


 両親もそれには賛同してくれた。


 いつも独りぼっちだった自分に素敵な友達ができ、少しは明るくなってきたことを父も母も喜んでくれていた。


 あの事件のときも、いつも私を守ってくれた友だちに両親は絶対の信頼を持っていたのだ。


 通学時間が長くなることには父の敏史は少し心配していたが、伊乃莉と一緒であることが心配を上回った。


 宍倉彩音はこうして日照大千歳高校を受験、合格し、入学に至った。


 そして、私はここで2度目の自分の転機になる人と出会う。


 白石光人(シライシライト)。「しらいし」なぜか私の心の奥を揺さぶる語感。


「かわいい」どうやら本人は私に向かって言った言葉に気づいていない雰囲気だった。


 いきなり好意をぶつけられ、どうしていいかわからず、とりあえず名前の確認をした。


 そこで白石光人君は決定的な名前を挙げた。「えっ、あやねる」


 この時、私はあの時から男性に対し、恐怖感を抱いていたはずなのに、この少年に好感を感じてしまっていたのだ。


 別にとりわけイケメンということはないが、清潔感のある佇まいは好ましく思う。


 纏っている雰囲気は優しく、幼いころの父親を連想させた。


 可愛いとつぶやいたときに見つめた私の視線に赤くなっていたのも私から彼に対し可愛いと思ってしまった。


 たぶん、同世代の男性にこんな感情を抱いたのは初めてであったと思う。


 初めて会った異性と普通に話せることがこんなに楽しいこととは思わなかった。

 また、趣味や価値観が近しいものであったことも大きい。


 こんなに自分の好きなことを話せる男子はいなかった。


 白石君の後ろの男子は見るからにオタクっぽい。

 たぶんこの男の子とも熱い話ができるかもしれない。


 この時、これからの高校生活が楽しみになってきた。


 少し気分が浮ついちたのかもしれない。チャイムが鳴った。

「あ、またね、光人君」


 つい、名前を読んでしまった。


 白石君の顔がみるみる赤くなっていくが、前を向いた自分の顔も同様であった。


 はずかし~。


「デスノート」の話題がいけなかった。なれなれしすぎだ~。


 担任の岡崎先生の合図でクラスのみんなが廊下に向かう。


 私はつい先ほどの出来事に、少し憂鬱になった。


 先生の冗談めいた発言に、上げ足を取るようなことを言った生徒が、前の席の男子だったからだ。

 遠い席なら気にしないのだが、今後妙な圧で絡まれたら困る。


 この髪形にしてから、気分的には明るくなった。


 女子の友達もそれなりに増えたが、それにつれて、変に声をかけてくる男子も増えた。


「告白」はされたことがなかったが、それに近いようなことはあった。


「宍倉さんって、可愛いよね。今度遊びに行こうよ」

「俺、楽しいとこ知ってるからさ、みんなで行こう」

「俺らと一緒に、このあとご飯食べに行かない」等々。


 伊乃莉がいつもいてくれたので助けてくれたし、いないときは事情を察知して他の女子が強い調子で否してくれたこともある。


 だが、新しい環境で伊乃莉は別のクラスだ。

 助けてくれるほど親しい女子の友達はいない。


「俺、塩入海翔(シオイリカイト)ってんだ、よろしく、宍倉さん」


 不安は的中した。


 明るく爽やかに、その男子生徒は私に声をかけてきた。


 悪寒が走る。ひきつった笑みを顔に張り付け、塩入という男子生徒に目を向けた。


 満面に笑みをたたえ、爽やかさを纏った異性が視界に入る。


 小さく、「はい」と答えた。


 自分の気持ちが拒否反応を訴えている。


 なぜ、白石君と、この男子とでこんなに感情が異なるのだろう。


 塩入君は色々話しかけてきたが、耳に入ってくる言葉の意味を理解することを、心が拒否している。


「ええ」と「いえ」だけ、自分の口から発せられている。


 自分の感情に対して、原因はすでに分かっていた。


 単純な話だ。その態度に欲望が露になっているからだ。


 気持ち悪い。


 あの事件を思い出す。


 白石君からはその態度が表に出ていなかった。


 私に対する気持ちは、たぶん純粋に女の子への照れである。


 彼は間違いなく私と同じで異性へのコミュニケーションが苦手なのだ。


 それと同時に、なぜかまだ高1なのに纏っている父性。不思議な感覚だった。

 

 白石君と後ろの男子との会話が耳に入ってきた。


 塩入君の声はほとんど意識しないのに、本当に都合のいい耳をもって幸せである。


「白石の親父さんは生協とかに勤めてんのかい」


 その男子生徒の発言は自分の過去の読書の記憶に触れた。


(生協の白石さんだ)


 多分、もう刊行されてから数十年にはなる単行本だ。

 母の本棚から引っ張り出して読んだ記憶がある。


「俺は白石なんだよ。その手の話は今まで腐るほどされてんの」


 白石君の答えに自然と反応してしまった。


「それ、私も知ってる」


 塩入君を完全に無視してしまう形になった。


 体ごと振り向き、白石君とその男子の会話に強引に入っていく。


 塩入君を無視する態度は少し悪いかなとは思ったが、先ほどまでの嫌な感覚がスーッと消えていった。


「さあ、行くぞ、しっかり並べよ」


 岡崎先生の声で、少しざわついていた声が消え、みんなが歩き始めた。

 塩入君も前に向いたのでその表情はわからなかった。




少しでも興味を持ってもらえると嬉しいです。

応援してもらえると、執筆の励みになります。

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