第10話 岡崎慎哉 Ⅲ
入学式が始まった。
式自体は打ち合わせ通り恙無く進行した。
日照大不祥事には一切触れない。大人たちだ。
教頭の進行で新入中学生が退場、保護者が解散し、マイクの前に高校生が立つ。2年の辺見はよく通る声で新高校生に話し始めた。
「まずは本校の生徒会会長斎藤総司より挨拶をさせていただきます。」
ある意味日照大千歳高校、近隣の同世代から「ニッチ高」と揶揄される本校の一番の問題児の登場である。
威風堂々としたその体躯は、その性格も反映している。
中学でラグビー部に所属し、高校からアメフト部に所属。恵まれた体格と努力により、確実に実力を上げてきた。また、学力も優秀で、1年生より特進クラスに入り、定期テストにおいて30位以下に落ちたことがない。
だが、日照大で起こった一連の不祥事の発端ともなった運動部監督の不誠実極まりない部員への対応、その結果の傷害事件が起こると、アメフト部を退部。
そして生徒会の会長選挙に立候補し当選した人物である。
学力優秀、正義漢である非の打ちどころのない彼を、学校側としては表向きには非難する材料がない。
また、父親の齋藤正臣は航空自衛隊幕僚本部に所属する空将でもある。その親の個人的なコネクションを考えれば、下手に生徒会長を圧迫することもできず、応援する以外の選択肢がない。
まったく日照大の不祥事に関してのコメントを封じる手立てはないだけに、職員会議では生徒会長の挨拶文の校閲(いや検閲)については触れなかったわけだ。
一応日照大千歳高校の職員である信哉としては表立って口にすることはできないが、是非にとも日照大についての彼の考え方を聞きたいと思っている。
「入学おめでとう!本校生徒会の会長をしている3年A組、斎藤総司だ。この顔はなかなか特徴があるので覚えやすいだろう」
そう言って始まった彼の演説は、信哉の期待に十分こたえるものだった。
隣の石井教諭も面白そうにしているが、その向こうの1年主任の山脇智や校長の三ツ谷信彦、副校長の矢野武則、教頭の大和田悠人はそろって苦い顔をしていた。
この場に来賓のお偉いさん方がいないのがせめてもの幸運といったところか。
逆に新入生には受けがいいらしい。
大きな拍手が起こっている。信哉もつい一緒に拍手したくなる気分にとらわれたが、隣の副担任に辛く睨まれて、浮きそうになった両手を引っ込めた。
引き続き3年F組の大月理仁が話し始めた。
あくの強い会長の陰で存在感の薄い生徒に思われる。生徒会長選挙で負けた経緯もあるが、実務能力、特に事務能力は非常に高いとの評判だ。
ブルドーザーのような会長を補佐し、細かいところを埋めていく手腕。それでいて一歩下がって俯瞰して物事を見ることが出きて、会長の暴走しそうなときにブレーキとなれる性格は、今の生徒会運営の核となるものだそうだ。
これは体育の教官で1-Hの担任になった大友裕太教諭の弁だ。
彼は今期の生徒会の顧問でもある。
彼は陸上部の顧問も兼任することになっているが、中学の体育教官である浅利達也も顧問兼コーチとして陸上部の面倒を見ているため、お鉢が回ってきた。
当然今回の生徒会の顧問は外様に押し付けてきた結果である。
大友裕太は早智大学卒である。
大月理仁による各委員会の説明が終わり、続いて役員紹介に入った時に異変が訪れた。
書記である3年生の柊夏帆が、涼しくも凛とした耳に心地良い声で自己紹介を行った時、ガタンと大きな音が響いた。
男子学生が倒れていた。
座っていたはずなのに倒れるというのも変な話だが、事実前のめりに椅子から転げ落ちたその生徒を、両脇の男女の生徒が声をかけている。
壇上では、音に驚いた柊夏帆が硬直し、その倒れた生徒に視線を向けていた。
自分の担当するG組の生徒だ。
白石光人だった。
信哉は慌てて立ち上がり、光人に駆け寄った。