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物語03 異界伝聞禄に選ばれました。

 どこでもないどこかにある不思議な場所。

 ここは不思議な魔女の家。見る者によって違う顔を見せる家です。

 今日もまた特別な、あるいは風変わりな、いえいえ至極普通な来客を待っています。運命に導かれて現れる、そんなお客様を――。



 ある日、また一人誰かがここを訪れました。

 導かれるように迷い込んできた青年。ええ、男の方です。

 年のころは15・6歳と言ったところでしょうか。どこにでもいるような黒い髪に、空の如く澄んだ色素が薄めの青い瞳をしていました。東洋人っぽい顔で人が好さそうな雰囲気を受けます。

 服装のほうもとりわけ目立つ部分が御座いません。よくあるシャツにチェック柄のズボン、これは学校の制服でしょうか。まあ、そんな感じです。


「あっれぇ、ここどこだよ。迷ったかなぁ」


 そう呟きながら何度も来た道を振り返っています。

 あまり困っている風には聞こえない声でした。でも本人はとても困っていたのです。

 彼はいつも通りの道を歩いてきたつもりでした。けれど、いつの間にか知らない場所に来てしまっていたのです。


 青年の目の前には一軒の家屋。もちろんこの魔女の家です。

 門の入り口でチラチラと中を伺い、誰も見当たらないのを見て更に困り果てます。仕方がないとばかりにそっと中まで足を運びました。

 コンコン、と扉に着いた金具を握ってノックします。

 青年は誰かが来るのを扉の前でじっと待ちました。少しやんちゃそうにも見えるのに、勝手に扉を開けるなんてことはしません。


「どうしよう。誰もいないのかな?」


 待てども人が出てくる様子はありませんでした。返事も返ってこないので、青年は諦めてその場を立ち去ろうと踵を返します。

 その時です、扉が静かに開いたのは。背後にそれらしい気配を感じて振り返りました。

 随分と音のしない家主の登場……と思いきや、振り返った先には誰もいなかったのです。扉だけが誘うように開いていて不気味でした。そうは思うのに足が自然と動いてしまいます。


「な、なんで……」


 ダメだとわかっているのに止まりません。止められません。

 人の家に勝手に上がり込むのはいけないことだ。頭の中で浮かぶ言葉に警報が鳴っています。

 抗いようもない何らかの力が発動しているのか、青年の足はスタスタと奥に進んでいきました。扉の隙間や窓から差し込む外光が合っても少しくらい通路を歩いていきます。

 すると唐突に物が落ちる音が響きました。耳に届く音にビクリと肩が跳ねます。


「な、なに? ま、ままさか曰くつきの物件とかじゃ……」


 いやいやそんな筈はない、と自身に囁きかけ音のしたほうへ視線を向けました。

 もしかしたら家主かもしれません。彼は怒られる覚悟で恐る恐る確認してみました。しかし、そこにあったのは一冊の本のみ。部屋の内装からみて書斎のようです。

 部屋の中央にポツンと転がっている本。あまりに不自然な光景を目にして不信感が高まって仕方がありません。


「どうしてこんな所に一冊だけ」


 失礼します、と小さく言いながら部屋に入ります。

 そうして本が収まっていたであろう個所を探しました。視線を右に左にと動かし、これまた不自然な隙間を見てつけます。明らかに「そこに入ってました」と言わんばかりのスペースがありました。きっちり1冊分です。厚みも図ったのようにピッタリな感じでした。


「い、一応戻しておいたほうがいいよね」


 誰に言うでもなく声に出し身体を曲げて本に手を伸ばします。

 青年の手が本に触れた途端。脳裏に不思議な感覚が走り、手に持つソレが眩い光を放ちました。思わず力を緩めてしまい、風もないのにパラパラと開いてページが捲れていきます。


 その様子を耳に届く音で辛うじて判断し無意識に足を交代させました。本能的に危機感を感じたのでしょう。とにかくヤバい、逃げなきゃ……そんな心境だったに違いありません。

 しかし手遅れでした。身体の感覚が束縛されているのを感じ、その直後に彼の意識は果てない闇の底へと沈んでいきます。


 書斎から青年の姿は消えました。一冊の書物とともに。

 どのくらい時間が経ったのでしょう。コツコツと次第に近づく足音が通路側から響きます。やがて一人の若い男性が書斎に足を踏み入れました。執事のような服を着ています。

 彼はぐるりと室内の様子を見まわしながら微笑みました。


「気の所為だったのでしょうか」


 何か気配を感じたきがするのですが……。そんな呟きの声が零れます。


「おや?」


 そして彼の視線はある一点で止まりました。眉間にうっすらと皺が寄ります。

 記憶が確かならばあそこには異界伝聞禄があった筈でした。それがないことに僅かな疑問が浮かび上がります。けれど、この気持ち些細なものに過ぎないのでした。

 いつも何かしらのことが起きる魔女の家。本の一冊が消えた所でこれもまた日常です。それになによりも、男には思い当たる節が最初からありました。はぁ、とため息が零れます。


「またですか。相変わらず旅がお好きなようで」


 異界伝聞禄……別名、旅する書物。

 とても気まぐれで、やんちゃで、冒険心に溢れ、唐突にいずこかへと旅に出る稀な一品。あれは不定期に姿を消すことで知られる物だったのです。

 ふと視線が床に向かいました。些細なことでしたが、微かに違和感を覚えます。


「どうやら気の所為、ではなかったみたいですねぇ」


 すぅーっと靴の裏で床をひと撫でしました。物をどけるようにも、埃を払うようにも見れる動き。何らかの痕跡をなぞる仕草にも見て取れます。

 決して大きな動作ではありません。本当にちょっと動いただけです。


「状況から察するに不運にも好かれてしまったのでしょう」


 やれやれと言った体で考察し、答えに行きついてまたひとつため息を吐きました。

 あの書物はとても気まぐれです。気まぐれに誰かを誘いたがります。選ばれたと言われれば聞こえがいいですが、実質は気に入った相手を拉致していると言っていいでしょう。

 今回気に入られたのは人間か、それとも人ならざる何かか。どちらにしても同じことです。


「次にここを訪れる日は来るのでしょうか? でもまあ、関係ありませんね」


 そう関係のないことなのです。この家に住まう者にとっては日常。とりわけ騒ぐ必要のない出来事なのですから。

 巻き込まれたかもしれない方には申し訳ありませんが……。

 でも、そんなことはどうすることのできないもの。天災の如く起きる現象のひとつひとつを治める術はご主人だけが持っています。


「さて、掃除をしないといけませんね。道具を取りにいかなくては」


 独り言のように言葉を口ずさみながら歩き去っていく男。

 彼の声は最初から最後まで飄々としていました。何も大事はおきなかった、今日もまた平穏であると証明するかのように……。



 その後、異界伝聞禄とともに消えた青年・悠仁(ゆうと)の行方を知る人はいません。

 もしかしたら元の世界に帰れたかもしれませんし、未だどこかの世界を漂流しているのかもしれないですね。旅をする本に選ばれた仲間として――。

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