開戦
冷たい盤を挟んで、私と婚約者は対峙していた。
「今日は……」
「うん」
「オセロで遊びましょう!」
私は、テラスの机のオセロ盤に、真ん中に石を4つ、慎重に、しかし自然な動作で並べた。
対戦相手は、ライラック公爵家嫡男、シリル・ライラック。私、アリシア・ブラウン侯爵令嬢の婚約者である。
「へえ、相手の石を挟んで陣地を広げるのか」
シリルはオセロのルールを知らない。当然だ、私の前世に存在していたボードゲームだから。簡単にルールを説明すると、シリルは頷いた。
ハンデだと言って、シリルに先に打たせる。シリルが盤の上に黒石を置き、既に置かれていた白石に手を伸ばした。
それが、死の石であるとも知らずに。
最初に置いた四つの石。そのうちの白石二つの表面に、毒を塗ってある。石をひっくり返すと指に毒がつき、経口摂取すれば時間差で息絶える。
私は盤を片付けるふりをして、毒付きの石を無害の石にすり替える予定だ。
表面を触ってひっくり返したことを確認し、私は机の上のチョコを一つ、口に放り込んだ。それから、シリルにチョコを薦める。
シリルが毒のついた指で、ゆっくりとチョコに手を伸ばす。私は一挙一動を逃すまいと、それをじっと見つめていた。
「おいしそうだね。はい、あーん」
シリルが笑顔でチョコを私の口元に持ってきた。
「食べないの?」
「……おおっとぉ虫がっ!」
虫嫌いな弱い女子のふりをしてチョコを払い落とした。一直線の正確な打撃により、チョコは花壇の土の中深くに埋まった。
土を犬が掘り返さないように祈ろう。
「虫苦手ですの……お見苦しい所をお見せして……」
「大丈夫かい?」
シリルが手をぬぐい、新しいチョコを自分の口に運ぶ。
失敗した。だが、大丈夫だ。もう一つの石をひっくり返らせてやる。私は結構、オセロには自信があるんだ。
戦いはあっという間に終わった。
盤は、1つ残った毒付き白石以外、真っ黒になっていた。
■■
あくる日、私はブラウン家の庭で、木に細工をしていた。
シリルを殺さなければいけないからだ。
将来、彼はこの国――コーラル王国を滅ぼす悪役になる。私はそれを知っていた。
この世界は、とある乙女ゲームの世界である。私の前世は日本人で、今はゲームの悪役令嬢、アリシアに生まれ変わっている。
シリルは攻略対象兼、悪役である。主人公をいじめたアリシアを殺し、最終的に国を滅ぼす。他キャラルートならシリルを倒してハッピーエンド。シリルルートなら、国を滅ぼされた後主人公は求婚され、新しい国を建設してハッピーエンド。
このゲームを前世で遊んだ私だけが、ストーリーを知っている。選択肢は二つだ。殺される前にシリルを殺し、国も救う。隣国に逃げて息を潜め、国を見殺しにする。
私はシリルを殺すことを選んだ。自分を含めた無数の命と、一人の命。どちらを救えばいいかは明白だからだ。
そういうわけで、幼少期から私は、遊びと称してシリルに暗殺を仕掛けている。……なぜだかは分からないが、いまだに成功していない。
シリルが私を殺し、国を滅ぼすのは、来年の夏。それまでに、必ず殺してみせる。
木に最後の細工が終わった。美しい出来だ。
まあ、幼少期から数十年行ってきた暗殺も、もう最後になるだろう。
今までは運良く助かっているだけなんだから!
満足げに笑っていると、メイドがシリルを庭に案内してきた。
私はいつもの様に、仁王立ちしてシリルに宣言した。
「今日の遊びは木登りですわ」
「そうなんだ」
「初心者シリルの為に、上り方を教えてあげますわ!」
上りやすそうな足場を探して、木の上の方まで登る。枝に腰掛け、シリルを見下ろした。
「さあ」
さあ早く、死の一歩を踏み出すがいい。
この木、上の方の足場には細工がされている。
一回力を加えただけでは崩れないが、二回力を加えると崩れるようになっている。まず右足の足場が崩れ、体勢を崩した瞬間に、また別の部分が力を受けて崩れるのだ。確実に壊すために強度計算して、庭の木という木で試作してデータを集めた。計画は完璧だ
シリルは足場に足をかけて―――するすると隣まで登ってきた。
……あれ?
ぽかんとしていると、シリルが隣に腰掛けた。空を見上げている。
「いい眺めだね。あ、お菓子持ってくるよ」
結構な高さを、ぴょんと飛び降りる。
残された私は、作った足場をしげしげと眺めた。
……気を取り直そう。まぐれまぐれ。もちろんバックアップを用意しているとも。
今から私は、足を滑らせたふりをして飛び降り、シリルの顔面に必殺頭突きを食らわせてやる。
私の靴はすごく滑りやすいように底がすり減っている。実に事故の起こりやすい状況だ。
助けようとしたシリルは死亡、私は、愛によって生き延びた悲運の令嬢として罪には問われない。婚約者を助けようとした末に起こった事故だ。完全犯罪の出来上がりである!
シリルがちょうどいい位置に来るのを黙って待つ。今だ、よっしゃやるぞと意気込んで、足に力をかけた、その時。
『兄上~!』
『やあレイ。ブラウン家に来るなんて珍しいね』
『近く通ったら馬車あったから!』
レイは、シリルの弟だ。今年5歳になる、元気いっぱい笑顔いっぱいの男の子である。
私は飛び降りるのをやめた。ゲームのキャラでも、子供の前でスプラッターはよろしくない。
ここにいたら、レイが木に登りたがるかもしれない。下りようと立ち上がった瞬間、つるりと足が滑った。
まずいまずい! 子供のトラウマになってしまう!
地面がぐんぐん近くなる。とりあえず受け身を取って、血が出ないように地面にぶつかろう。
そう思ってぎゅっと目をつぶった。しかし、予想していた痛みは来なかった。
そろりと目を開けると、どうやらシリルがお姫様抱っこで受け止めてくれたらしかった。
「危ないなあ、そんなすり減った靴で登るなんて」
「……ありがとうございます」
暗殺対象に助けられるなんて不甲斐ない。
修行が足りなかった。もっと暗殺のスキルを上げなければ、この強運の男は殺せないんだろう。
私は決意を新たにしながら、木に登りたがるレイをなだめていた。
■■
夜、父の執務室に呼ばれた。
綺麗に整えられた執務室。その真ん中で、父は質のいい椅子に座り、パイプをふかしていた。
私の現在の父、ブラウン侯爵家当主は、守銭奴である。
その昔、父は、騎士団では有能な参謀だった。ただ、どれだけ費用を抑えて戦に勝つか、を
ゲームみたいに楽しんでいたせいで追い出されてしまった。騎士団がまともで安心である。
「お前が欲しがっていた隣国への渡航券だが、取れなかった」
シリルを殺せなかった最悪の場合のバックアップとして、隣国であるパトに行き、失踪する作戦を進めていた。その為の渡航券を頼んでいたのである。
「なぜです?」
「元々、あの航路は人気で取りにくかっただろう」
「全て取れなかったなんてあり得ませんわ」
「事実だ」
「…………私への報酬はどうなりますの?」
この前、父の視察についていったアルバイト代のことである。
父は、他所のさびれた領地を奪って開拓する、という趣味があった。
散財で首が回らなくなっている貴族に、目当ての土地を担保に金を貸し、返済が少しでも遅れれば土地を巻き上げる。そして、父の手腕で栄えさせるのである。
最近では、父が選んだ土地、というだけで開拓しなくても高値で売れるようになっているらしい。
前に、どちらにするか迷っている、という土地の視察に連れていかれた。何を言っているかさっぱり分からなかったので、3日間ずっと、首を縦に振り続けて乗り越えた。
そのアルバイト代として、渡航券をねだった。取れなかったからといって、労働の対価を手放すつもりはない。
「後日、代わりの願いを聞こう」
父がパイプを置き、机の書類を取って仕事を始めた。もう話す気はないらしい。
私は頭を下げ、執務室を後にした。
大丈夫、まだ滅亡まで時間はあるはずだ。
廊下の柱時計が、ボーーンと重い音を鳴らした。
■■
ふふふ、今日の私は一味違う。なぜなら、仲間がいるからだ。
足元にいるのは、一年かけて仕込んだ暗殺犬である。狙った獲物に噛み付いたら、どちらかが死ぬまで離れない狂犬だ。
獲物はもちろん、シリル。
犬は、血走った目でよだれを垂らしている。そのリードをゆっくりと外した。
「それいけスーパー暗殺犬メガロドン号! 海を真っ赤に染めるのよ!!!」
メガロドン号が、はじかれたように地を蹴る。ふふふ、今に庭は真っ赤に染まるだろう。偽装の為にフリスビーを持って草陰に隠れていると、きゃっきゃと楽しそうな声が聞こえてきた。
慌てて立ち上がると、なんとシリルとメガロドン号が楽しそうに遊んでいるではないか!
「う、裏切り者ーー!!!」
絶叫に気付いたシリルがにこやかに近づいてきた
メガロドン号はその足元にピッタリと寄り添い、歩幅を合わせている。
「やあ、会えて嬉しいよ。今日は話があるんだ」
「話?」
手ごろな木陰を探して、並んで座る。メガロドン号は尻尾を振りながら、主人の隣に座った。
……なぜ私の隣じゃないんだ。
「アリシアは動物の扱いが上手いのかな? この子もよく仕込まれてるし」
びくりと動揺する。
「な、なにも仕込んでなどおりませんわ!」
「そう?よく躾を仕込まれてると思うよ」
「あ、躾……そうですわね……」
シリルはしばらくメガロドン号を撫でていたが、やがて口を開いた。
「両親が、そろそろ引退を考えているんだ」
「そうなんですの?」
「完全に引退するのは、俺が学園を卒業してからだけどね。元気なうちに、領地のことを俺に教えておきたいんだって」
シリルの祖父は、早くに亡くなった。そのせいで、現ライラック家の当主は、一人で苦労したらしい。シリルには苦労してほしくないんだろう。
「しばらくは学園と領地の仕事で忙しくなりそうなんだ。会いに来れなくなるかもしれない」
学園とは、春にシリルが入学する予定の、国立学園である。16歳の貴族子女が100名程度入学して、3年間学ぶ場所だ。
そう、乙女ゲームの舞台であり、私の断罪の場所である。
私は学園には行かない。アリシアを殺すのはシリルではあるが、他の攻略対象もアリシアを断罪してくるからだ。死にはしないが、すごい罵声とかすごい罰とかを与えてくる。行かずに暗殺を続けるのが、一番の安全策だった。
しかし、シリルが会いに来ないとなると、暗殺の機会が減ってしまう。
返事をしかねていると、シリルが腕をとった。
「学園に入学したら時間も取れなくなるし、今日はゆっくり街に出かけない?」
ブラウン領は全体的に穏やかな場所だ。地域による貧富の差は少なく、犯罪率も低い。町はよく整備され、人で賑わっている。
馬車から降りて、貴族向けの店が集まった道を歩く。ショーウィンドウに商品が並べられているが、買い物をするための店ではない。
ここは、平民の真似をして歩く場所である。気に入った服やブランドがあれば、屋敷に帰ってそこの商人を呼びつけ、オーダーメイドを頼む。最近、そういう遊びが貴族に流行っていた。
二人でのんびり歩いていると、馬車道を挟んだ反対側を歩いている女性達に、目が留まった。
二人の女性は、仲睦まじそうに話しながら歩いている。片方の、16歳ぐらいの女の子、あの顔をゲームで見た。ゲームのヒロイン――フェリスだ。
なら、もう一人は、ヒロインを養子にする男爵夫人だろう。そう思って夫人の顔を見て、息をのんだ。
男爵夫人じゃない。
確かめなければいけない。そう思って走り出したとき、ぐいっと腕を引かれた。
「危ない!」
鼻の先を、馬車が通り過ぎていった。引かれた勢いで、尻餅をつく。
「相変わらず周り見ずにつっぱしるんだから……」
「す、すみません」
フェリス達のいた方を見たが、もう姿はなかった。
シリルが手を取って、立ち上がらせてくれた。ぼんやりしながら、シリルの後ろをついていく。
「ほら、この店だよ」
「え、ええ……」
カランカランというベルの音を聞きながら、店に入る。ずっと頭に浮かぶのは、ヒロイン隣の女性。
あの方は、ネブラ公爵夫人である。彼女が、父に金を貸りに来ていたのを見たことがある。
ゲームでは、ヒロインは男爵家に養子に入っていた。血を重視する高位貴族が、平民を養子にするなんて聞いたことがない。
ストーリーが変わったのだろうか?
しかし、ヒロイン可愛かったな。真ん丸な大きな目。花が咲くような笑顔。青いリボンで留めたハーフアップには、天使の輪が浮かんでいた。声優も有名な人だし、モテモテ設定にも納得だ。
あの笑顔に微笑まれれば、悪役令嬢を断罪することにも躊躇しないだろう。
ほら、ショーウインドウの白いドレスが似合いそうな姿だったし。
あ、こっちのベールつきドレスもいいな! このブーケを持たせて……
……なんだ? なんの店だここは?
「それで、式はいつにする?」
隣でシリルが楽しそうに言った。
「……はい?」
「結婚式の日程」
「ケッコン?」
「うん。君は学園に入学しないんだろう? なら、早くうちに来てほしくて」
シリルの従者が、紙をシリルに渡した。ぴらりと広げられたその紙には、婚姻届けの文字が輝いている。
シリルがペンを手に押し付けてきた。
「急に言われても困りますわ!」
「うんそうだよね。帰ってからゆっくり考えればいいよ。それで日程はいつにする?」
「話聞いてらっしゃる?!」
結婚の可能性なんてあったのか?! そんなの考えてなかった!
だめだ、結婚はだめだ。もしシリルを殺した場合、未亡人になって教会に監禁されることになる!(この国の未亡人の扱いはひどいのだ!)
殺せなかった場合でも、結婚したら他国の永住権が取れなくなるので、国の崩壊から逃げられなくなる! 結婚は、破滅確定ルートだ。
「新婚旅行はパトがいいなあ。あ、もう渡航券取っちゃったからね。君がパトで迷って行方不明になったら困るから、なるべく一緒に行動しようね」
突っ込みどころが多すぎて思考が間に合わない。
しかも正面では、店員さんが次々とドレスを持ってきてセールストークをぶつけてくるし、隣ではシリルが紙とペンを押し付けてくる。挙句に後ろでは、さっきぶつけたお尻の痛みがぶり返している!
うわやめろ!店員をもう一人増やそうとするな!
どうにか、どうにかして、結婚を遅らせなければいけない。混乱した私に、選択肢はなかった。
「わ、私! 学園に行きますわ!」
「え?」
「学のない侯爵令嬢なんて笑われるだけですもの。立派に学園を卒業して、貴方の妻になります!」
シリルは不満げな顔をした。
「……アリシアが、学園に行きたいの?」
「そうです! あっそれに! 毎日シリルと一緒に居られるでしょう?」
「……じゃあ、しょうがないか」
シリルはそう言って、店員を見た。
「悪いけど……」
「お気になさらないでくださいませ。またいつでもお待ちしております」
店員は爽やかに微笑んだ。
直近の危機は去った。しかし、断罪の可能性が、未来で膨らみ始めた。
■■
春から学園に入学し、それから一週間ほど経った、放課後。学園の3階、南向きの一室で、私とシリルはにらみ合っていた。
「今日の遊びは、カルタですわ」
「へえ」
教室には大きな窓があり、そこからの春の陽気が、教室に充満していた。一つの窓だけ、ステンドグラスでドラゴンが描かれており、光を通して美しく輝いていた。
私たちの前には、表向きに並べられた札がある。
私は、相手より早く札を取るのが大事、と強めに主張しながら、カルタの説明をした。
私はすでに読み札を暗記している。いざ正々堂々勝負である。
シリルが用意した執事が、札を読む役だ。執事は興味津々に読み札を見ながら、口を開いた。
一言目を聞いた瞬間、札に向かって最短距離で手刀を繰り出した。はじかれた札が、時速150キロで一直線にシリルの首元に飛んでいく。頸動脈を掻き切って窓の外に消える、計算された角度だ。
窓の外に壊れるような障害物がないことも、実地で確認済みだ。ばれるわけにはいかない。
「これかな?」
札を探して、シリルが横にずれた。札が空に消えていった。
「……私、取りましたわ」
事前に袖に隠していた札をこっそり手に出し、取ったふりをする。読み札はランダムの為、全部の札を袖に入れてある。重い。
「早いね。俺も本気出そうかな」
シリルがネクタイを外して腕をまくり、絵札を見回している。
学園の服装は、女子は自由で、男子はジャケットとネクタイが指定されている。ネクタイはしてない男子も多いが、シリルはきちんと付けていた。
「君も腕まくりしない?」
「肌を見せるなんて淑女にあるまじき行為ですわ」
ふふん、これからずっと私のターンだ。残念だったな!
戦いはあっという間に終わった。
札は一枚も取れなかった。
■■
あくる日の朝。珍しくすっきり目覚めたので、張り切って準備をした。
「制服よし、教材よし、筆記用具よし、眠剤よし、自白剤よし、煙玉よし」
学園で注意しないといけないのは、フェリスと攻略対象と、悪役令嬢的冤罪である。なるべく生徒の心証を良くするように心がけているが、ゲームの強制力に逆らえる自信はない。
だから、冤罪を吹っ掛けられたとき用に、護身グッズは欠かせない。毒薬などの暗殺セットとともに、胸元に隠す。
今日は生徒の発表がある。一人一人が好きなテーマで資料をまとめ、壇上に立って(前世でいう)プレゼンをするのだ。
鏡の前に立って、壇上のイメージトレーニングをする。婚約者がいるから社交も特にしなかったし、暗殺訓練ばかりしてたから、人前に立つのは始めてだ。
メイドが呼びに来たので、外に出る。緊張しながら、深呼吸して一歩踏み出した。
■■
午前の授業で、発表は行われた。
私の発表はフェリスの後だった。時間節約のため、次発表者は壇の端っこに置かれた椅子に座って待つように言われた。
プロジェクターなどはないので、数枚の大きな紙に手書きでまとめて、黒板に張り付けるやり方だ。準備を終えたフェリスが、壇上で話し始める。私は、フェリスが動くたびに揺れる、青リボンの金の刺繍を見ていた。
題材は『ウレイユでの噴火と地震の関係性』。
ウレイユはネブラ領の一区画で、荒れた地だ。大小さまざまな火山がしょっちゅう噴火していて、同時に地震も多発する地区である。
前に父と視察に行った場所だ。ウレイユとラブラ谷のどちらにするか、父は迷っていた。最終的にはラブラ谷が選ばれ、谷はネブラ領からブラウン領になった。
「ネブラ領でもっとも枯れた地を問うと、皆がウレイユを上げます」
フェリスが言うと、生徒たちからどっと笑い声が上がった。
私は生徒たちを見た。笑ってないのは、シリルと、そのほか数名の生徒だけだ。
フェリスは笑顔で発表を進めていく。内容はしっかりしていて、下調べと現地での記録が子細に、分かりやすくまとめられていた。
ゲーム中に、ヒロインが勉強している描写はなかった。結構優秀だったのか。
ネブラ公爵は、領民を締め上げて豪遊する領主だと有名だ。でもフェリスは、その影響を受けていないようだった。私は安心した。
フェリスが発表を終え、席に戻る。私の番がやってきた。
私の発表は、メガロドン生存説だ。自信作である。
半分ぐらい進んだところで約半数の生徒は寝ていて、父が金を貸している家の子女だけが最後まで起きていた。権力者の悲哀を感じた。
シリルも寝ていた。次の暗殺で確実に仕留めると誓った。
■■
放課後、教室で帰る準備をしていたら、廊下に攻略対象を見かけた。正統派イケメンの王子である。攻略対象の動向は探っておかなければ。私は、気配を消して後を付けた。
角を曲がったところで、王子とフェリスがぶつかった。しりもちをついたフェリスに、王子が手を差し出す。
恋が始まる最初のイベント! これゲームで見たやつだ!
……なんか違うな。
立ち上がったフェリスは素っ気ないし、王子も余所行きの笑顔のままだ。恋が始まるような、そんな雰囲気ではない。
そこに、一人の先生が通りかかった。
この学園で数十年教鞭を執っていながら、お姉さんのように若い顔をしたキャラである。眼鏡と胸がとても輝いている。
王子がぱあっと破顔して先生に寄っていく。ゲームで、ヒロインにしか見せない笑顔である。
嘘だろ王子様、年上好きなのか。そんな設定だったっけ?!
愕然としていたら、フェリスが踵を返して立ち去ろうとしていた。その後ろ姿を見て、首をかしげる。
青いリボンがない。ゲームでは、あのリボンは母親の形見で、いつでもつけているはずだった。午前の授業でもつけていたのに。
さっきのあれはいったいどういう事だろうか、と考えながら廊下を歩いていると、声を掛けられた。
攻略対象の脳筋キャラである。父親である騎士団長に反発して、文官を目指している設定だ。ヒロインに心を解かされ、父と和解し、ラストは騎士団長になる。
「君! 君すごいな! そんなに鍛えてるの?! 騎士団入らない?!」
「あの……?」
「失礼、淑女相手につい興奮してしまった! いや淑女だからというべきか! 君の筋肉には驚いた! 二度三度の修羅場では足りないほどだな! 安心してくれ、女性騎士は最近増えてるから、心細くはないぞ!」
いつでも入団希望だ!と目を輝かせている。
私は尋ねた。
「あの、貴方フェリスと仲はよろしいの?」
「フェリス? ああ、フェリス・ネブラか! 彼女も騎士団に勧誘したが、フラれてしまった! 骨のある令嬢だな!」
つまり、フェリスに会う前から騎士団に所属しているということだ。
私は勧誘をかわしながら、もう一人の攻略対象を訪ねることにした。
攻略対象は四人。王子と筋肉と悪役と、もう一人が、養護教諭――いわゆる保健室の先生である。
保健室の中はしんとしていた。不在かもしれないので、適当な椅子に座った。
5分ぐらいして保健室奥の扉が開き、薬瓶を抱えた白衣の先生が出てきた。先生は私を見て驚いたらしい。慌てて扉に鍵をかけると、薬瓶を棚に置いてこちらに来た。
「失礼、仮眠しておりまして。仕事が終わらなくて泊まり込みだったものですから」
「大変ですね……」
先生は社畜キャラである。研究者気質で、集中すると何日も徹夜で没頭する設定だ。ちなみに実家も医者だ。しかも儲かっている。
あくびをする先生の髪はぼさぼさで、カッターシャツはボタンを掛け違えていた。
そうそう、これだよ。なんだかずれた攻略対象を見ていたから、少し安心する。
「それで、今日はどうされました?」
「頭痛がするんです」
「ふむ……寝不足かもしれませんな。心当たりは?」
先生が私の顔を覗き込んで言った。しかしイケメンだな。堀の深い、渋めの顔だ。
「少し気になることがあり、眠れないことが多いんです」
「寝不足はよろしくないですな。お肌に悪いし。ほら私の肌カサカサでしょう?」
「つやつやじゃないですか」と言いながら、私はぷっと吹き出した。
「安眠にはお風呂が効きますな。あと好きな香りを嗅ぐとか。あ、しばらくそこのベッドで寝ていただいて構いませんよ。今日はもう誰も来なさそうですから」
好きな香りか。今度、柚子の香りでも探してみよう。
私はお礼を言って、一番近くのベッドを使うことにした。
予想通りのキャラがやっと出てきたおかげか、ぐっすり仮眠をとることができた。
■■
次の日の昼休み。ナイスな暗殺場所を探すためにうろうろしていたら、旧校舎に人影を見つけた。
旧校舎は、昔使われていた理科実験棟だ。今は使われていない。敷地の一番端っこにあるせいで、理系の怠け者学生が実験棟に住み着いている、と問題になったのである。
無人になった旧校舎の周りには暗い雰囲気が漂っていた。屋根には真っ黒いカラスが無数にとまっていて、ひどく不気味だった。
無駄に大きくて豪勢な建物は、2週に一度の清掃時以外は施錠されている。
その扉の前で、女子生徒が鎖をガチャガチャ揺らしていた。
「何やっているの?」
「ブ、ブラウン令嬢?」
女の子は驚いたようにこちらを見た。私を捉えた真ん丸の目が、嫌悪で細められた。
この子、ルルだ。
ルルは、ゲーム序盤の説明キャラである。設定や操作の説明をしてくれたり、攻略対象の情報をくれる。序盤では主人公と一緒に行動するが、終盤では空気だ。
ルルは私にいい感情を持っていないようだ。別に気にしてない。ちっとも気にしてないとも。
そういえば、この子がフェリスと一緒に居る所を見ていないな、と思った。
「アリシアでいいわ。どうなさったの?」
「その……」
ルルは男爵家の令嬢である。学生とはいえ、高位の貴族を無視するわけにはいかない。私はルルが口を開くまで待っていた。
どこからか、にゃあにゃあ、とかすかに声がした。
ルルがためらいがちに言った。
「子猫がいるんです」
「子猫?」
ルルは猫が苦手なキャラだったはずだ。
いや、今はそんなことはいい。それより子猫だ。
『この学園には噂がいっぱいあるんだよ。図書館の呪いの本とか、女子トイレの情報屋とか、旧校舎の幽霊とかね』
この前、シリルが言っていた言葉が蘇ってくる。
私は幽霊が苦手なのだ。
旧校舎の扉には、重い鎖と大きな南京錠がかかっていた。窓も鍵が掛けられている。見る限り、人が入れそうな隙間はなさそうだ。
鍵をピッキングするのは簡単だが、ルルに見られるのはまずい。ルルを帰してから鍵を開けて、先生を読んでこよう。
「朝、親猫が馬車にひかれて死んでいて……」
「あら鍵開いていたわ!」
驚いた顔を作って、南京錠を外す。振り返ってルルに言った。
「入りましょう!」
中はホコリっぽかった。掃除夫がサボっているんだろう。
二人で、薄暗い廊下を進んでいく。ホコリでぼんやり白くなった床に、大きめの靴跡が残っていた。
私はぎゃあっと叫んだ。
「幽霊の足跡だわ! 怖い!」
「幽霊の足跡なら素足では……」
「靴を履いて歩いたのよ! 怖がらせるために!」
腰が引けて動けなくなった私を、ルルが追い越した。振り返って、手を握ってくる。
「これで進みましょう」
私は、嬉しさと怖さが混ざったお礼を言った。
「幽霊苦手なんですか?」
「だって勝てないんだもの」
「アリシアさんは、勝てないものが怖い……」
その通りだ。そういえばシリルにも勝てない……シリル、すでに死んで幽霊なのか?!
そうだったら、シリルは絶対に殺せない。国が滅ぶことが確定してしまう。
「あ、いました!」
ある教室の棚の後ろに、3匹の子猫が身を寄せ合っていた。小さな体が、ふるふる震えている。
ハンカチで二匹の子猫たちを包み、抱き上げた。もう一匹はルルが抱く。
ひとまず外に出るため、来た道を戻ることにした。
「どうしよう……うちでは飼えないし……」
「私が引き取るわ。早退して家に連れて帰らなきゃ」
そう言うと、ルルは目を丸くした。
「アリシアさんって不思議な人ですね。私みたいな貴族に話しかけるし、野良猫を飼おうとするし」
ルルの言う、『私みたいな貴族』というのはおそらく、領地や爵位をお金で買った貴族のことだろう。男爵家や子爵家にはそういった貴族が多く、高位貴族から見下されている。
合法で売っているものを買って何が悪い。グレーな方法で土地を奪う侯爵家もいるというのに。
「普通よ。ねえ、ルルさん。あなた猫好きなの?」
「ええ、好きです。あっでも、昔は苦手でした」
「そうなの。どうやって克服したの?」
「うーん克服っていうか……。昔、猫に噛まれてから苦手になったんです。でも……」
ルルは子猫の背を撫でながら言った。
「後で、ふと思ったんです。私が猫に嫌な事されて猫が嫌いになったように、あの猫も人に嫌な事されたことがあったんじゃないかって」
「ええ」
「相手のことを知ると、嫌えなくなっちゃうんです」
ルルはそう呟いて、私を見た。
「あの、遊びに行ってもいいですか? 子猫に会いに……」
「もちろんよ!いつでも来て!」
私はニコニコした。ルルも顔を赤くして、嬉しそうだった。
■■
数日後、ルルと図書館にいると、フェリスに会った。私は、チャンスだ、とフェリスに絡んだ。ルルがいるなら、意図せず冤罪を掛けられることはない。
「ネブラ令嬢! これ呪いの本だと思うんですの!」
「えっ、えっと……違いますよ」
戸惑いながら完全否定されてしまった。
「呪い系は大丈夫なんですね……」
隣でルルが呆れていた。
「失礼、名乗りもしませんでしたわね。私は」
「ブラウン令嬢ですよね? お気になさらないでください」
ヒロインに名前を知られているとは。断罪の足音が聞こえてきそうだ。
フェリスの腕の中には、地学の本と農耕の本がたくさん乗っていた。力持ちだなあ、と私は思った。
「リボンはどうなさったの? 素敵な青いリボン」
「え、ああ、汚れちゃって。洗濯中なんです」
敬語なのは、平民だったころの名残だろうか。
「ネブラ令嬢はどうしてこの学園に来たのですか?」
「この学園の卒業生に、国王補佐についた人がいると聞いたんです」
フェリスが言った。ゲームの設定では、周りの環境に流されるように入学していた。
「国王補佐なら、爵位と領地が与えられるでしょう? 領地経営をしたいんです。この国の領主教育は最悪です。苦しんでる人たちが沢山いるのに」
そう言って、フェリスは唇をかんだ。
「ねえ、アリシアさん。アリシアさんは幸せですか?」
「え? ええ、そうですわね」
フェリスは笑った。
「よかったです」
私は、ずっと燻り続ける違和感を無視して、曖昧に笑った。
■■
「今日は子猫と遊ばせてあげますわ! 特別ですわよ!」
私は、子猫の可愛さにふにゃふにゃしながら宣言した。
今日は休校日だったので、子猫を見せるためにシリルを家に呼んだ。
「この子たちは、私が幽霊に打ち勝った成果ですわ!」
「子猫を育てることで命の大切さを知れる、いい機会だね」
命の大切さならよく知ってるとも。
家のみんなに可愛がられてつやつやになった子猫たちは、高い絨毯の上で遊んでいた。抱き上げると暖かくて、ふわふわだ。
メガロドン号も子猫を気に入ったようで、くっついて甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「もふもふ~」
アホな声で子猫と戯れながら、シリルの幽霊度をチェックする。
足よし、透明度よし、血行よし。あとは体温のみ。
「私もその子撫でたいですわ!」
猫のお腹を撫でているシリルの手に、偶然を装って自然に手を重ねる。それをシリルがじっと見つめていた。
うん、平均体温! シリルは幽霊じゃない。ちゃんと、生きてる。
満足したので、「すみません」などと言って他の猫を撫でる。
「調子狂うなあ」
シリルがぽつりと言った。
……今、暗殺のチャンスだった!
何たる失態か。もう一度シリルの手に触れたその時、執事がやってきて時間を告げた。シリルが帰る時間である。
最近任せられる仕事が多くなって、忙しいらしい。
シリルが名残惜しそうに立ち去ろうとする。体温がゆっくり離れていく。
扉が閉まり、部屋に一人になった。私はぼんやりしながら子猫を撫でた。
急に、一匹の子猫がげえげえし始めた。元気だが、食欲のない子だった。
何か飲み込んでしまったのだろうか? 焦りながら背中を擦ると、うえっと何かを吐き出した。
よだれにまみれた、ブルーのリボン。金の刺繍に見覚えがある。
「フェリスのリボンだわ……」
とりあえず、メイドを呼んで対処してもらい、思索にふける。
なぜ、フェリスのリボンが子猫から出てくるのだろう。
……このリボンは、ゲームで重要なアイテムだ。
断罪シーン。そこでいじめ疑惑をかけられたアリシアは、容疑を否定する。しかし主人公が無くしたリボンが、アリシアの持ち物から見つかり、いじめの決定的証拠となるのだ。
子猫が外で飲み込んだだけならいい。でももし、旧校舎にあったなら?
リボンが自分で歩くわけないから、誰かが旧校舎に置いたことになる。
鍵を持った誰かか、ピッキング修得者か。
あの南京錠はただの生徒に開けられるものじゃなかった。無理やりこじ開けられた形跡はなかったから、ピッキングなら相当の熟練者ということになる。
でもなんのために? 旧校舎で何をしていたのだろう?
気になるが、下手に動くわけにはいかない。リボンがこちらにあるとバレれば、自動的に断罪行きかもしれないからだ。
私は心を鎮めるため、猫との戯れを再開した。
■■
シリルは、仕事で学園を休むことが多くなった。
週末に、遊ばないかと手紙を出した。返事は、領地に行かなければいけないから遊べない、とのことだった。
また今度と返事しておいたが、こっそり領地に行って暗殺してやろうと思う。
さて、シリルはライラック領のどこにいるだろうか。断片的に聞いた仕事の話から、いくつかの町に目途をつけた。早速、馬車で向かう。
町に着き、私は、別の領地の平民の格好に着替えた。懐に暗殺セットを忍ばせて馬車から降りる。人ごみに紛れながら、町を歩いていく。
少しして、首をひねった。
前に来た時より人が多くて、綺麗になっていた。前回壊れていた石橋が直されて、広くて歩きやすいように改良されていたり、壊れていた看板や標識が新品になっていたりするのだ。
今日はフリーマーケットの日らしい。配られたビラによれば、第一回目らしく、力が入っているようだ。
道に並べられたカラフルなシートの上には、いろいろな商品が並べられていた。楽しそうな声と音楽がかかり、そこにいるだけでスキップしてしまいそうな雰囲気だった。
商品を見る風を装って、裕福そうな商人に声をかけた。前に来た時よりも活気がありますね、と言うと、商人は嬉しそうに答えた。
「領主の息子さんが、後を継ぐために頑張ってらっしゃるせいかな。まだ若くて経験は足りていませんけど、頭がよくて、平民の話もしっかり聞いてくださいます。あと、一生懸命さが伝わっているのでしょうね。難しい顔した職人たちが、若いものに負けるかと奮起していますよ」
商人がふふふと笑った。
あいずちを打ちながら、私は月の形をしたネクタイピンを手に取った。
「それは愛しい人へのプレゼントにもってこいですよ! 昔から、この辺りでは恋人を月になぞらえることが多いので!」
「うーんでも、こっちの方が可愛いわ」
私は『元気の出るトーテムポール(小)』を指して言った。商人は少しも表情を崩すことなく、「ほんとですね! お似合いですよ!」と言った。
夜中、父の枕元においてやるとしよう。元気な声が聞けそうだ。
■■
シリルは見つからなかった。ただ、彼の噂だけは沢山聞いた。
日が暮れたころ、私はライラック公爵家に忍び込むことにした。
心の中の疑問を否定したかったからだ。この気持ちを無かったことにして、早く忘れたかったから、直接確認することにした。
屋敷に入るために、公爵家の庭の抜け穴を使わせてもらう事にする。
これは、幼少期に、シリルと私がいつでも遊べるようにという目的で、シリルが作ったものだ。
これでいつでも暗殺できる、と幼い私はほくそ笑んだ。
……なぜまだ殺せていないのだろう。
公爵家には結構な数の家人がいる。しかし、各人の行動パターンは正確に把握しているので、簡単にシリルの執務室にたどり着くことができた。
執務室の中はごちゃごちゃだった。部屋中に本が積み上げられており、まるで本の森の中にいるようだ。
ざっと背表紙を確認していく。ライラック領や隣接領の過去数十年分の資料に、気候の本、農作家畜の本、交易の本、製鉄の本、金融の本。どれも大量だ
ライラック領は広くて縦に長い領なので、場所ごとに特色が違う。端と端では、気候も領民の特色も正反対だったりするから、幅広い知識をそろえておかなければいけない。
机の上に、今日の分、と赤文字でメモられた書類の山があった。しかし、椅子は空っぽだ。
森の中に、シリルはいない。寝室だろうか。
そろりと寝室につながる扉に近づく。ピッキングして扉を開けると、中は真っ暗だった。
忍び足で、ベッドに近づく。寝息とともに、小さな声が聞こえてきた。
「……は…………収穫量……低……」
足を止めた。
「……の……疫病……原因……」
何か言っている。そっとベッドの端に近づいた。
シリルは、ベッドの上で、倒れたようにうつぶせになって寝ていた。眉間にしわを寄せ、ぶつぶつと寝言を言っている。
「……」
シリルにその辺の毛布をかけてやって、私は黙って寝室を出た。執務室を後にしようとして――机に近寄ってトーテムポールを置いた。ちょうどいい角度を探して何度か置きなおす。満足したので、そっと人のいない廊下に出た。
屋敷から出る途中で、レイの部屋の前を通りかかった。
『レイ様、最近本をよくお読みになっておりますね』
『そう! いっぱい読んで、兄上お手伝いする!』
『あらあら、きっとシリル様も喜ばれますよ』
私はそろそろ、向き合わなければいけなかった。
ライラック家の敷地から出て、馬車まで歩きながら考える。
多分、この世界はゲームの世界で、でも私の思っているゲームの世界ではないのだ。
みんなこの世界で、決まったストーリーでもキャラクターでもなく、自分の人生を生きている。自分で考え、決断して、行動している。
それはシリルも例外ではない。彼には悪役以外の道があった。そして、彼はそちらを選んだのではないか?
彼を殺す理由はなかったのだ。
私に、正義など無かった。生きるべき人を殺そうとした、悪役だった。