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異世界に転生した男の作った国の子孫が、男の元居た世界に転生してきた話

作者: 干しマヨ

 日本から異世界に転生し、転生神から与えられた強大な祝福の力で成功を収めた男が居た。彼は前世の知識とその祝福と合わせて異世界では革新的といえる発想と技術をもって覇を唱え、やがて遂には大陸を統べる王にまで成り上がる。


 その後に時は流れ、男の存在がもはや伝説と化した頃。男が興した国の子孫に一人の王女が生まれた。彼女はその世界では極めて珍しい初代の外見的特徴を持ち、産まれた当初は英雄の再来と謳われ周囲の期待を一身に集めた。しかし彼女には初代が持っていた人知を超える祝福などなく、非凡ではあったがただ優秀なだけの少女に過ぎなかった。


 期待の大きさは、裏切られた時にそれ以上の失望に変わる。王女は初代と常に比較されながら成長してゆくが、どれだけ初代に似通った特徴を持っていても男が有したような能力はなかったから。


 それまで王女に向けられていた期待の目が、蔑みの瞳へと変わるのにそれ程時間は掛からなかった。謂れなき中傷、侮蔑の言葉は鋭い刃となって王女の幼い心を無惨に切り裂いてゆく。初代の偉大さを知る彼女は、初めはそれに耐え必死の努力を重ねた。だがそれが、周囲を認める程の結果に最期まで辿り着くことはなかった。


 遂に張り詰めた糸が切れた様に、全ての気力を失った王女は自室で首を括りひっそりと命を断つ事となる。誰も彼もが王女を避けていたせいでその発見は遅れ、異様な臭気に訝しんだメイドの一人がそれを見つけた時、その部屋のなかは腐り堕ちて床に広がる腐肉と汚物そしてそこから漂う異臭で凄惨たる有様だったという。王族に相応しき美貌は見る影もなく、メイド曰く「まるでゴブリンの巣穴の中に転がる食べ残しのようだった」と評された彼女の遺体は、部屋の周囲に結界を張り、中にある何もかもを巻き込む超高温の焼却魔法で骨ごと焼き尽くされた。


 享年14歳、あまりに若過ぎるその訃報に悼む言葉を捧げるものは誰一人として居なかったと言う。




 そして、これこそが初代と同じ運命を有する証明であったのだろうか。自ら命を絶った王女は転生したのだ。初代国王の生まれ故郷、日本へと。




 王女は初代の活躍から五百年後に生まれた子孫だった。


 初代の逸話はもはや建国神話的な扱いであり、様々な脚色を経ているが事実も多かった。周りの期待に応える意味でも王女はそれらを散々読み込んで丸暗記していた。


 王女が転生したのは、何故か初代が転生した直後の日本であった。


「ここは……まさか……!」


 意識を取り戻した王女の目に飛び込んで来た光景は。


「馬も魔力も必要なく、火の力で動く鉄の車……天を衝く巨大な建造物が並ぶ街並み……間違いない、ここは初代様の故郷……日本……!」


 彼女が読み漁った建国王の遺した、その文献に記された内容の通りの光景であったのだ。


「でも、どうして……?」


 自分の身に起きた不可思議な現象。何故、命を絶った筈の自分がまだ生きているのか。何故に伝承でしか知られていない伝説の地、日本に自分は立っているのか。理解が追い付かず動揺するあまり呆然とした頭で周囲を見回すと、ふと目の前に誰かが倒れている事に気付く。


 それは、どうやら若い男のようだった。自分とそう歳が離れていない様に思える。怪我でもしているのだろうかと思い、ぴくりとも動かないそれに声を掛けようとした王女は、背筋にぞわりとした悪寒を覚えた。その男は白目を剥いて夥しい量の血を口から溢れさせており、生気を全く感じなかったからだ。


 強い怖気を感じて思わず後ずさりする王女。だが、そこである事に気付いてしまった。


「え……初代様!?」


 その男が、かつて見た建国王の肖像画に瓜二つであることに。慌てて傍に寄って、治癒魔法を行使し始める王女。彼女は人よりも多くの努力と研鑽を積んだ非常に優秀な魔法使いだった。だが。


「エクスヒールでも駄目……! ああ、そんな……初代様ぁ……!」


 自分が修めた数々の治癒魔法を片っ端から使用したが、目の前の男には何ひとつ効果を及ぼす事はなかった。それは彼女の力量が不足していた訳ではない。生命活動を停止した人間に、あらゆる治癒魔法は意味をなさない。既に手遅れだったのだ。


 その場に崩れ落ち、幼子のように泣き喚く王女。それに気付いた者たちが集まって周囲に人だかりが出来始め、更にしばらくしてけたたましい音を鳴り響かせながら眩い赤い光を放つ鉄の車がやって来た。その中から幾人かの白衣の男達が降りてくる。その中の一人が、倒れた男の様子を見つつ王女に話しかけてきた。


「ご家族か、お知り合いの方ですか?」


 王女は泣き腫らす顔を上げることなく無言で頷いた。


 その後王女は男達と初代の亡骸と共に鉄の車へと乗り合わせて幾つかの問答を受けることになるが、王女が記憶する文献に記された初代の遺した言葉が役に立つこととなった。初代がかつて住んでいたという家の場所や、電話番号という謎の文字列を伝えると男達は頷き、礼を言うのだった。


 男達と言葉を交わす内にある程度の冷静さを取り戻した王女は、流石に男が自分の祖先だとは言えず友人であると答えるに留める。それと共に、男達が口にする言葉が日本語……初代に少しでも近づこうと思って学んだ言語である事に気付く。王女はこれ以上ここに残ると手に負えないような厄介事になるかも知れないと考え、一旦その場を離れる事に決めた。


 病院と呼ばれる施設に到着し、初代の家族がやってきたのを確認すると王女は無言でそこを出る。憧れであり、目標であり、そして憎悪の対象でもあった建国王。その家族に色々と訊ねてみたい気持ちもあったが、それをぐっと抑え足早に走り去る。


「何をするにも、まずは現状を把握し情報を集めなくては……」


 王女には、ここに住む者が持たない力である魔法があった。そのお陰であまり苦労する事なく情報を集める事が出来た。生きる為に必要な情報や環境を揃えるべく行動し、数日後には戸籍を獲得し住居まで得ていた。魔法はこの世界では余りに強力な力だった。


「魔法はこの日本の常識と余りにかけ離れた力のよう。けれど、だからこそ他人に知られない様にしないと」


 王女は日本で生きる為に、その後も多くの事を必死に学んだ。魔法に頼らない手段で生活の糧を得る方法も得て、日本という社会の中に溶け込む努力を重ねた。彼女がかつて居た世界では奇異なものであった初代の外見的特徴。それを備えた王女は、日本の社会に於いて優れた容姿ではあるものの異端と言う程ではなく、王女の秘密を秘匿するのにはとても都合の良いものだった。


 怒涛の様に過ぎ去った日々だったが、どうにか落ち着ける所に落ち着いた王女。ふと、彼女は苦笑してしまった。ここまで必死に行動していて気付かなかったが、自分はかつて生きる気力を失い、何もかもを諦めて命を手放した筈だったのに。


「周囲の目が無いというだけで、こんなにも気が楽になるなんて思いもしなかった」


 王女は元の世界での死の先によってようやく、誰にも気兼ねすることのない、真に落ち着ける安住の地を手に入れる事が出来たのだ。


 そして環境の落ち着いた彼女は初代の情報を集め、彼もまた生きる事に絶望し自ら命を絶っていた事を知った。


「この世界は、貴方が健やかに生きる事を認めなかったから……初代は自ら命を絶ってしまい、そして転生した。私がこの日本に、初代が命を絶った時代にやって来た理由はもしかして……」


 それは演者の交代とでも言うのだろうか。こちらの世界で居場所がなかった初代と、あちらの世界に居場所がなかった自分との。だからこそ、時間を超えて二人の運命が交差したのだろうか。初代の外見と似た王女の見た目が、正しく日本人そのものであるという事もまた運命を感じた。


「考えるべきことは色々ありますけど、今の私がまず為さねばならないのは……」


 初代の末路を知ってしまった、彼の子孫たる自分に与えられた役割とは? その問いの答えを求めて王女は、一歩前へと足を踏み出すのであった。

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