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HIPHOPはメスガキと共に


「いらっしゃい。……お一人ですかな?」


 薄汚いスラム街を抜けた先にその奴隷店はあった。


「ええ。何か問題でも?」


 今、その扉を開けたのはヒロコ・クズハラ、二十二歳。ストレス社会を戦い抜き三十四年の孤独な生涯の幕を下ろした現代の英霊、その生まれ変わりである。


「いえ……旅のお方で? 奴隷は粗悪品でもそれなりの値段はしますが」


 店主が訝しむのも無理はない。ヒロコは薄汚れた外套を羽織って、いかにも金のない旅人といった趣だ。


「これを」


 ヒロコは黙って巾着をカウンターの上に置いた。店主が覗き見ると、中にはギッシリと金貨が詰まっていた。


「おお、これは」


「あとこれも」


 二つ目の巾着が置かれた。


「こ、これは失礼を! すぐにご案内を」


 ヒロコは店主の反応に気分を良くして、ノリでもう一つ巾着を置いた。


「あわわわわ……大変なことだ! 開店以来最大のVIPさまがおいでなすった! 少々お待ちを!」


 ヒロコは微笑んでそれを見送った。


 巾着の中に入っているのはほとんどが違法に鋳造された悪銭だった。金貨は一番最初に見せた袋の表面部分に入った数十枚だけだ。ヒロコの居た世界では五世紀も前に編み出された詐欺の手法だった。


やれやれ、異世界人はこんな簡単なことも知らないのか。ヒロコは肩をすくめた。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 ヒロコはさっと巾着を懐に戻した。


「それで本日は、どのようなご用件で? 言っておきますが、うちはほとんどワケアリの商品しか扱ってませんが」


「男の子。できるだけ若いの」


「ははあ。労働力になるような若い男の奴隷は人気がありますからねぇ。言いづらいんですがうちには――」


「そうじゃなくて! 子ども! 一桁くらいの年齢の!!」


 ヒロコはショタコンだった。


「……ああ。これは失礼。変わった趣味をお持ちのようで」


「あと、できれば耳が四つ付いてる子」


「耳が四つ?」


「こう……人間の耳とは別に、犬とか猫とか、出来れば狼がベストなんだけど! 頭の上にそういう、動物の耳が付いてる子!」


 ヒロコはケモナーでもあった。


「つまり獣人族ということですか? うーん、そんなやついたかな……」


「いないなら帰る」


「ああ、ちょっとお待ち下さい! なにぶんお客さんなんて滅多に来ませんし、最近は奴隷も増える一方で……。正確に把握できてはいないんですが、ヒューマンの子どもなら、何匹かいたはずです」


 言うと、店主は地下への階段を手で示し、ヒロコを案内した。


「こいつはどうでしょう! 言葉はまともに話せませんが、年齢的にはお客さんの要望に叶うかと」


 地下牢の一室にいたのは一人の少女だった。年の頃は十歳ほどだろうか。少なくともヒロコには小学生程度に見えた。


「おねえさん、だあれ? さなに会いに来てくれたの?」


 少女が口を開いた。


「喋れるじゃん」


「え? お客さん、コイツの言ってることがわかるんで?」


 どうやら店主には理解できないらしい。そこでヒロコは、少女の出自に見当がついた。


(うーん、もしかしたらこの子も転生……いや、転移者なのかな。でもわたしには関係ないし……)


 ヒロコはひとまず、スキル《鑑定眼》で少女のステータスを覗いてみることにした。



 名前:サナ・ホズミ

 種族:人間

 職業:メスガキ

 スキル:《あおり》



(メスガキって職業なんだ)


 つまり非営利目的のメスガキは存在しないということだ。ヒロコは軽くショックを受けた。


「言葉がわかるならこいつは掘り出し物かもしれませんぜ。買いますか?」


「うーん」


 ヒロコはちらりと値札を見た。「金貨二百枚」とあった。


「たっか」


「ええ! おねえさんオトナなのに払えないの? なっさけな~い! ざーこ♡ ざこ♡ てーしょとくしゃ♡ ろーどーかいきゅー♡」


「は? 払えるが」


 ヒロコは金貨二百枚を支払った。予算の三分の二であった。


「まいどあり」


「ちがっ、今のは体が勝手に!」


『スキル《メスガキ耐性(小)》を獲得しました』


「誰だ今の」


「おね~さんっ♡ そんなにさなのこと気にいったの~? さっきからスゴイ顔してる♡ こわ~い♡」


「は? 気にいってないが?」


「うそつき♡ ほんとはさなのこと好きなんでしょ? 物欲しそーな顔してるもん」


「そんなわけないが? 大人は子どもに欲情しないんだが?」


 ヒロコは《メスガキ耐性(小)》の効果によりメスガキに屈することができなくなっていた。


「……そっ。おねえさんリッパだね」


 メスガキは寂しそうにうつむいた。ヒロコはいたたまれなくなった。


「ち、違うの。今のはスキルのせいで――素直になれなくて。ほんとはさなちゃんのこと好きだよ。さなちゃん可愛いから、お姉さん、お金ないのに奮発しちゃった!」


 メスガキはぱあっと表情を明るくした。


「そうだよね! おねえさん見るからにれんあいじゃくしゃだもん! さなの魅力にメロメロになっちゃったんだよね♡ きも♡ きも~い♡ まんねんはつじょうき♡ ばいぷれいやー♡」


「は? きもくないが?」


 抱きついてきたメスガキを、ヒロコはにべもなく振り払った。


「……ぐすっ」


 メスガキは牢の中に戻り膝を抱えて座り込んでしまった。


『《メスガキ耐性(小)》が《メスガキ耐性(中)》に変化しました』


 ヒロコの脳内にアナウンスが響き渡った。


「ああっ! 違うの!」


「……他の奴隷も見ていきますか」


 ヒロコは黙って頷いた。罪悪感を肉欲が上回ったのだった。




  ***




「思い出したんですが、獣人族、一匹いましたよ。オス」


「本当!?」


「ええ。犬でも猫でもなくヒツジですが」


「ヒツジ……ヒツジかあ。そうきたかー」


 ヒロコはニヤニヤと頬を緩めた。


「角はあるの? 耳は? 垂れてるやつ?」


「いやあ……ちょっと。私も顔は見たことがなくて」


 おかしな事を言う。顔も見たことがなくてなぜ、ヒツジの獣人だとわかるのか。ヒロコは尋ねた。


「いや、鳴き声が――」


「メエェェェェェンッッ! メエエエエェェェェェッッッッ!!」


 次なる牢では、防具で全身を覆った何者かが竹刀を振るって雄叫びを上げていた。ヒロコは《鑑定眼》を使った。



 名前:セイドー・タチゴリ

 種族:人間

 職業:剣道部

 スキル:《メン》



 果たして剣道部であった。


めんしか打てないんだ……」


「いかがでしょうお客さま。少し年齢は高いですが、魔族でないヒツジの獣人は珍しいですよ」


「これがヒツジに見えるの」


「……ェェェェエエエエンッッ! ……ェエエエエッッッ!!」


「もう『メ』って言ってないし」


「ちょっとうるさいことに目を瞑ればかなりの優良品ですよ。若いし健康なので労働力として期待できます」


 ちょっとどころではなくうるさかった。そもそもヒロコが欲するのは従順な年齢一桁のショタであった。剣道部はどう見ても高校生くらいの年齢で、そうなるとヒロコの要望のほぼ倍の年齢ということになる。ヒロコは脳内でそろばんを弾いた。


(わたしの生前の年齢が三十四歳。その時九歳のショタと結婚したら二十五歳差。今の年齢が二十二歳だから、三十四足す二十二で、わたしの実年齢は五十六歳。五十六引く二十五で――うん、三十一歳までは実質ショタ)


 ヒロコは寛容なショタコンであった。


「買う。いくら?」


「金貨百二十になります」


「……ぼったくってない?」


「いえいえ。先刻申した通り、労働力となる若いオスは需要がありますから」


 現在の所持金は金貨百枚と悪銭少々。仕方なく、ヒロコはスキル《後払い》を使用した。


 ヒロコの手中に銀色のクレジット・カードが現れた。ヒロコはカードを振るって空間を引き裂いた。キャッシング上限いっぱい、金貨百枚を借り入れた。次元の裂け目から金貨が吹き出すように現れた。


「これでよし。足りるでしょ?」


 店主は呆気にとられていたが、金貨を見るとすぐさま我に返り、ヒロコの差し出した金を受け取った。


「まいど」


「これからよろしくね、剣道部」


 ヒロコは剣道部に微笑みかけた。


「……ッエエ!!」


「それしか喋れんのか」


「それじゃあ、一旦さっきの商品と同じ牢に入れておきましょう」


 店主は剣道部をメスガキの牢まで連れて行き、牢の奥に押し込んだ。


「おにーさんだれ? ……くさっ。くっさ♡ おにーさんくさーい♡ 何日お風呂入ってないの? さな、そっとーしちゃいそー♡」


「エッッッッッッ」


「うるせえなこいつら」




 ***




「こっちはまたメスのヒューマンです。ちょっと情緒不安定ですが、さっきのやつよりも幼いかと」


「ふぇぇ……。おねえちゃんだれぇ? フゥのこといじめるの……? ふぇぇ、こわいよぅ……」


 メスガキよりも三、四歳下だろうか。ヒロコはとにかく《鑑定眼》スキルを使った。



 名前:フゥ・エンドリン

 種族:ヒューマン

 職業:ようじょ

 スキル:《パンチラ》



「っしゃあ!」


 ヒロコはガッツポーズを決めた。ヒロコはロリコンでは無かった。しかし臀部にキャラクターのプリントがなされたパンツがようじょのスカートから仄見ほのみえる光景に対しては、並々ならぬ偏執を抱いていた。


 ヒロコの《鑑定眼》スキルではプライバシー保護の観点から年齢を表示することができなかった。しかし職業欄に『ようじょ』とあるので、きっとようじょなのだろうとヒロコは納得した。


 ようじょの値は金貨九十枚とあり、ヒロコの持ち金は現在、金貨八十枚だった。仕方なくヒロコはスキル《限界超越》を使った。髪は銀に染まり、背中からは二対四枚の翼のような青白い光が放たれた。


「その姿は……一体?」


「《限界超越》……この姿でいるあいだ、わたしのステータスは大幅に上昇し、支払い能力を超えた借り入れが可能となるの」


 ヒロコが触れると、銀のクレジット・カードは黄金に染まった。スキル《限界超越》は自身だけでなく武器や道具にもその権能を発揮するのである。ヒロコは金貨五十枚を新たに借り入れた。


「急いでね。この姿は長く持たない」


「まいど」


「さあ、かわいこちゃん。こっちにおいで」


「ふぇぇ……おねえちゃん、目がこわいよぅ。フゥ、行きたくない……」


「そういうわけにはいかないからね! お姉ちゃんお金払っちゃったから! フゥちゃんはもうお姉ちゃんのモノなの! 拒否権なんか、ないんだよ~? ドゥヒッ!」


 ヒロコは檻越しにようじょの頭を撫でた。瞬間、ようじょの背中から人間の両腕を模した光の奔流が現れた。スキル《限界超越》が発動したのだった。


「WHOO! Yeah!!」


 光の両腕が大地を打ち鳴らしエイト・ビートを奏でる。重たいサウンドとは対照的な子供らしい声でリリックが綴られた。


「オレがお前のモノって言ったか? ふざけんじゃねぇ オレはもともとMONOモノ! SOLOソロ! で生きてきたこのSEKAIセカイ 誰の助けにも縋らないで今も! 戦ってるオレこそがオレのBROブロ!」


 リリックは真空波となってヒロコと店主を襲う。ヒロコはとっさに店主をかばった。


「お客さん! これは一体!?」


「まさか」


 ヒロコは再度、スキル《鑑定眼》を使った。



 名前:フゥ・エンドリン a.k.a Yojo

 種族:HIPHOPがオレの親

 職業:MC

 スキル:《パンチライン》



「やっぱり! スキルが進化してる!」


「オレのSKILLスキル? それはマジでILLイル! だからならねえお前の犬! 迸るこのRHYMEライム! お前の神経まで食い入る!」


 ヒロコの言葉アンサーにようじょはさらなるリリックで返答した。言葉はいらない。己が語るのではなくHIPHOPに語らせるのだ。真のアンダーグラウンドが生んだHIPHOPの寵児、その生誕の瞬間であった。


「あの子は元に戻らないんですか!」


「《限界超越》の効果時間が切れるまで耐えるしかない……でも、このままじゃその前にやられる!」


「お客さん……ラップにはラップで返すんですよ! MCバトルで打ち負かせば、あの攻撃も止まるかも!」


「なるほど! え~っと」


 ヒロコは渾身のリリックをひねり出した。


「布団がYO……吹っ飛んでYO……」


「それはダジャレです」


 ヒロコは陰キャであった。インターネット生まれボカロ育ちであった。


 四枚の翼では到底防ぎきれない数の真空波が迫る。もうダメだ。ヒロコと店主が思ったその時であった。


「やっぱり、おねーさんはよわよわだね♡」


 声の主はメスガキであった。その後ろでは剣道部が竹刀を振るって鉄柵を叩き、ようじょの奏でる単調なエイト・ビートに繊細なリズムをもたらした。


「ニューエイジ♡ 聴いてるみたいで眠くなるそのFLOWフロウ♡ 苦労知らずの乳幼児♡ が作ってるような既視の歌詞♡ でもそれもしょうがないよね♡ まだ吸ってるんだもんね♡ 乳の先♡」


 独特のフロウはシャボン玉のような球体を生み出しヒロコたちを真空波から守った。


「すごい……《限界超越》無しであの子と渡り合ってる……!」


 剣道部はメスガキの背後で「Eh」だの「menメン?」だの「Amenエーメン」だのと合いの手を入れている。「え」と「め」と「ん」しか発音できないなりに奮闘していた。そう、HIPHOPは魂の拍動。人種も国籍もハンディキャップの差もない。ステージの上では誰もが平等であった。


「誰が吸ってるってママの乳!? キチガイにはわからねえこのオレのSTYLEスタイル! ただ一人ここで握るマイク! この……シット! マザファカ!!」


 急にキレすぎだろとヒロコは思った。それこそがメスガキの《煽り》スキルの効果であるとは知る由もなかった。


 ようじょのフロウに呼応して、真空波のキレも急激に落ちた。この機を逃すメスガキではない。


「天涯孤独はわたしも同じ♡ ここにいる人みんなが同じ♡ おっきい傷を誰もが抱えてる♡ なのにMC・Yojoは悲劇に浸ってる♡ かわいそうな自分に酔ってる♡ いつまでも自分の殻にこもって他人を避けてるだけでしょ♡ この先もずっとそうしてればいいよ♡ 一度しかないいっしょー♡ 棒に振るもいっきょー♡」


「――っ!」


 パンチラインに込められているのはディスでありエールでもあった。バトルとは決して中傷を重ねることではない。フリースタイルはお互いの魂をさらけ出し合う儀式なのだ。


「オレは――うぅ、フゥは――」


 ようじょの仮面が剥がれ落ちようとしていた。自分を偽るラッパーなどラッパーではない。見栄も虚勢も、それと気づかぬ内には表現たり得ないのだ。ようじょは今、自らの殻を破ろうとしていた。今宵また、この地の底から本物のヒップホッパーが羽化しようとしているのだ。


 店主はいつしか涙していた。奇妙な予感があった。「伝説が幕を開ける」。レペゼン奴隷、このアンダーグラウンドを照らすスターが今、かすかな産声をあげ始めていた。

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