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幼馴染みが青ざめた表情になっていた件

 昼下がりも雨は止んではいなかった。

 テレビでは既に、梅雨入りがどうだの一週間は続くだのニュースでいっぱいいっぱいだ。

 音楽祭が梅雨入り前にギリギリ間に合って本当に良かった。


 そんな雨の音をBGMにしてパソコンを打ち続ける俺の肩に、布団から顔だけ出して美月はポンと顎を乗せた。


「なにやってるの和くん」


「あぁ、おはよう美月。曲作ってるんだよ」


「おぉぉ。和くんが曲作ってる現場、初めて見たかも。てゆかあれ? 使ってるのパソコンだけ?」


「譜面さえ書けるなら、頭ん中に鍵盤張り巡らせておけば何とかな。言っても、雛形作ってるだけだ。それにコードも和音もある程度は入ってるしそう難しい話じゃない」


「そ、それが出来るの和くんくらいじゃないかな……?」


 美月の苦笑が肩越しから伝わってくる。


 主旋律はト長調。

 エネルギッシュで、活発で、それでいて気分も乗りやすい旋律だ。

 彼女(・・)の性格にも合っているだろう。

 

「ところでさ、何の曲?」


 ごそごそと布団から這い出てきて俺の隣に腰を下ろす。

 掛け布団を二人が覆い被さるようにかけて美月は、コテンと甘えるように肩に顔を乗せた。

 寝起きで(ぬく)もった美月の体温がダイレクトに伝わってくる。


「セナに向けてな」


 俺は温もりを冷やすべく、冷たい麦茶を口に含んだ。


「……! 和くんの後ろにいた、あの後輩ちゃんだ?」


「あぁ。音楽祭じゃずいぶん世話になったからな。お礼に何でもするって言ったらこんなメッセージが帰ってきた」


 そう言って携帯を美月に見せる。

 寝起きの美月は、寝ぼけ眼を擦りながらポツ、ポツと文面を読み上げる。


「『今の先パイの全力の曲を、カガリに下さいっス。カガリの一生の思い出にするっスから』。……なるほど?」


「ト長調を軸にしてテンポは8拍子、変拍用いながら最後はホ短調に転調。メジャーなコードだけども、王道が似合うセナにはピッタリだろうからな」


 セナは基本的に音楽能力も非常に高い。

 弾けと言われたものは、その作曲家の性質に倣って弾くことが出来るし、その上で自分の世界に引きずり込むことも出来る。

 歌・演奏力・創造力。どれを取っても一流にこなすセナだが、唯一の難点は気分屋な所だろう。

 自分が乗れなければ演奏にも現れるほどに凡ミスが増えるし、声の通りも悪くなる。


 だが前期中間の実技試験のように自分の好きな音楽を好きなように披露するとなると、こと学内でも随一の実力者になる。

 

 俺が目指すは、そんなセナが極限までに気分が乗るであろう曲を作ってアシストしてやることだ。

 そこは2年間、先輩として一番近くでセナを見続けたからこそ分かることも多いだろう。


「むぅ」


 肩の上では美月がぷくっと頬を膨らませた。

 俺たち二人に掛かって、梅雨の湿気と合わさって少々暑苦しくなってきた掛け布団をさらに深く重ねる。


「むぅ~~~~……」


 ぐりぐりと俺の肩にねじ込んでくる美月。

 空いている左手の方で美月の額を抑えてみると、彼女は何を思ったかもっと額を押し込んできた。


「お、おい美月、まだ酔ってるのか? 昼過ぎだぞ。一旦こっちは区切りついたし……水、持ってこようか?」


「いらないもん。わたしは和くんがおんぶしてくれるまで帰らないって決めたもん。がしっ」


「相変わらず駄々のこね方が昔と変わんないな」


 ただでさえ暑苦しいというのに、布団と合わせて温もりを持った細い腕でガッシリと俺の身体をホールドしてくる。


 そういえば昔から何か美月が我を通そうとするとき、妙に幼児退行するんだっけ。

 こうなってくると自分の力ではテコでも動かなくなるのが美月だ。


 ……まぁ、美月に頼られて嫌な気分になったことなんて一度もないけどな。


「ま、いいけどさ。美月、明日からまた忙しくなるんだろ?」


「……うん」


「8月から始まる全国ツアーに、アイドル総選挙。くわえて新曲発表に最新シングルの発売もあるだろう? それと後あるものと言えば――」


 これからのTRUE MIRAGEの活動を指折り数えていく俺。

 そんな最中、俺の肩に顔を埋めた美月がタイミングを見計らったかのようにポツリと呟いた。


「……あと、お料理番組」


「オリョウリバングミ? 誰が」


「……わたしが」


「わたしが」


 あまりのカミングアウトに思わず反応がオウム返しだ。

 

 俺はふと、ビニール袋に包まれた暗黒物質(ダークマター)に目をやった。


 ……はっはっは。卵も、肉も、野菜も何もかもが黒に染まったそれ(・・)の存在を美月さんはお忘れになっているようだ。


 とはいえこれまで美月のバラエティ番組進出はそう多くない。

 なぜならば、「氷のクールさ」とまで言われるほどにクールビューティーのイメージを保つ美月と、笑顔や華やかさ、面白さが重視されるバラエティ番組ではあまりにも毛色が違いすぎるからだ。


 出演するとしてもネット番組の深夜帯ってのが――。


「『キューティーキッチン』っていう番組なんだけど」


「まさかの地上波ゴールデンだと!?」


 『キューティーキッチン』。

 それは地上波ゴールデンタイムに放送される、今旬な芸能人をゲストに呼んで料理対決をさせ、それを辛口評論家に審査してもらうという番組だ。

 いかにも料理が出来なさそうなタレントが多彩な料理スキルを発揮したり、軽快なトークで場を湧かしたりと新たなギャップを押し出すきっかけになる側面もある。


 あの激戦区であるゴールデン帯で10年変わらず安定した視聴率を稼ぐ化け物番組に出演することで、タレントの認知度、評価も一気に変わると言っても良い。


 というかこの番組を機にバラエティに引っ張りだこになることすらある超有名番組だ。


なんでか(・・・・)、スケジュールが抑えられてるみたいで……」


 美月が首を傾げながら携帯を見せつけてくる。

 そこには二週間後に収録のスケジュールを控えた『キューティーキッチン』の仕事が鮮明と刻まれていた。


「――和くん、どーしよ……」


 サァッと青ざめた表情の美月を前に、俺は苦笑いを浮かべるしか出来ずにいたのだった。

面白い、続きも頑張れと思って頂けたら評価感想宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] カクヨムで読んでました コミカライズ見かけてググってみたらなろうにもあるしカクヨムにない話あるし!
[一言] 曲を捧げてもらう。昔なら、最上級の愛情の表現だったかもしれないけれど。 さてさて、収録はどうなりますか。この後、付け焼刃の特訓でもするのかな。
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