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プロローグ 看護師から見たとある珍しい患者の話

いきなり主人公以外の視点。

次話から主人公視点です。

「あの……。なんで私なんですか? この患者さんは、私の担当じゃないんですけど」


 看護師になってから半年、唐突に先輩からとある患者の採血を頼まれた私は、困惑気味に尋ねる。


「いいから、やっておきなさい。今後の看護師人生に役に立つから」


 先輩は有無を言わせない調子でそう言って、私を病室に送り出した。


 不承不承ながらも、私はそれに従う。


 看護師の社会というものは、なかなかどうして、人間関係というものがめんどくさい。


「失礼します。担当の萩村に代わって、今日だけ、私、東雲が担当させて頂くことになりました」


 病室に一歩踏み入れると、空気が変わる。


 程度の差こそあれ、どこか陰気さが漂う病室の中で、そこだけは異質だった。


 蛍光色に近い青と紫の内装。


 どのような人生も『病人』の枠に押し込めて均質化したがる病院という機関でわがままを通すために、いくら費やしたのだろうか。


「やあ。聞いているよ。わざわざ俺のためにありがとう。これは、お近づきの印に」


 ベッドに横たわる男が、私に薔薇の花束を差し出してきた。


 男の役者じみた気取った笑み。


 花束は患者がもらうものであって、看護師がもらうものではない。


 でも、不自然な自然さを有する男のそのユーモラスな仕草に、思わず私の口元もほころんだ。


「私は採血をするだけですから……、そのように気を遣って頂かなくても」


 私は愛想笑いを浮かべながら患者に近づいた。


「そんなに警戒しないでくれ。先輩から君の好きなものを事前に聞いていただけだ。病室にいると出会いも少なくてね」


「私には、お付き合いしている男性がいるので」


「そうか。だとしても、今、この部屋にいる間だけは俺の恋人のつもりで接してくれないか。これはそのための賄賂だと思ってくれ」


「わかりました――実は、私新人なんで採血も下手なんです。でも、恋人なら許してくれますよね」


 私は花束を一旦受け取ってから改めて脇に置き、そう軽口を叩く。


 それなりのコミュニケーション能力がなくては、看護師としてはやっていけない。


「ああ。女性から受ける痛みは、男にとっての勲章だ」


 男はそう言って満面の笑みを浮かべた。


 決して上手いとはいえない私の採血の間、男はただひたすらしゃべり続けた。


 まさしく口から産まれたのではないかと思うほど巧みな話術を繰る男。


 どちらかといえば寡黙な私も、その僅かの間に、彼氏にでも打ち明けないようなプライベートな悩みを明かしてしまっていた。


「あの……先輩。307号室の患者さん、素敵な人でしたね」


 スタッフルームに戻った私は、先輩に思わずそう話しかけていた。


「でしょう!? すごいわよね。あの人、余命一か月もないのに」


「え!? え!? 余命一か月? とてもそうは見えませんでしたよ」


 私は顔をひきつらせた。


 あの、今にも退院しそうなほど元気で活力に満ちた男がそんな状況になるなんて、いくつもの死に立ち会ってきた私にも想像がつかない。


「毎朝、私たちよりも早く起きて、専属のメイクアップアーティストに化粧させているらしいわよ。この職業をやってると色んな人間に出会うけど、あの患者さんは中でも特別だと思うわ。政治家だとか、どこぞの社長だとか言われるような人でもね、最期は悲惨なものよ。弱気になったり、不機嫌になったり、命乞いをしたり。でも、あの人は覚悟が違うんでしょうね。なんでも、有名なホストらしいんだけど」


 拙作をお読み頂き、ありがとうございます。

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