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8話 overwhelm-16

 フィーリクスは、もたれた姿勢から更にずり落ちるようにして、フェリシティの太ももに頭を乗せる。膝枕の状態だ。その彼の顔に日光が当たり、目を細める。気温の上昇と共に天候の回復が見られた。上空に渦巻いていた黒雲は薄れ、あちこちに隙間ができている。そこから日差しが射し込んでいるのだ。彼女は彼の頭に手をやるとそっとなでる。


「無茶しすぎだよ」

「ははは、今回はちょっとやばかったかな。でも君も付き合ってくれたじゃないか」

「フィーリクス、あたし……」


 フェリシティが何かを言いかけたが、遮るように彼女に問いかける。


「ちょっと間、こうしてもいいかな?」

「あんたは……、いや、今はいいや。しょうがないね、好きにしなよ」


 もちろんわざとだ。何か今聞くべきことじゃないことを、話そうとしているように見えた。だから止めた。改めて、落ち着いた状態のときに聞く方がいい。彼女もそれに気が付いたのだろう、それ以上は何も言わずに口を閉じる。風が吹き渡る。二人の周りを吹き抜ける。風は彼女の長い髪を巻き上げ、フィーリクスの顔を覆い隠すように落とした。


「ぶはっ」


 フェリシティは、くすぐったそうに髪をかき分けるフィーリクスをじっと見つめる。困ったように眉を下げながら、くすりと笑う。


「……あんたも本当に変わってるよね」

「そんなことないって、それにそれをいうなら君も……、匂い嗅いでる?」

「嗅いでる」


 彼女は体を伏せるようにして、フィーリクスの頭の辺りに顔を近づけていた。鼻をスンと言わせている。


「満たされてる?」


 言い方が少し意地悪気になったかもしれない。彼はそう思いながら彼女の反応を待つ。


「正直に言うよ。満たされてる」

「やっぱり」


 彼女の答えは意外なものだった。答えの中身についてではない。彼女の言うとおり、正直に白状したのがにわかには信じられなかった。ただしそれはおくびにも出さないで、してやったりといった体で口の端を持ち上げてみせる。彼女に心境の変化があったのは、間違いなかった。それを見極めるのはすぐではないと思ったから、今は先ほど同様深入りしないつもりでいる。


「ふふっ」

「はははっ」


 小さく笑いあう。何があったにせよ何があるにせよ、ともかくフィーリクスはこのような瞬間が好きだった。


「今度、あんたの家に遊びに行っていい?」

「もちろん。歓迎するよ」

「お菓子とジュースはある?」

「適当に用意しとく」


 フィーリクス達は他愛のない会話を続けた。その二人から少し離れたところで、他のエージェント達が二人を見ながら話し合っている。


「フェチね、あれ」

「ああフェチだね、ありゃ。二人とも」


 グレースとスペンサーは、何かよく分かっている、というように頷いている。


「お互いに、いい相棒に恵まれたってところだね」


 セオが二人を眩しそうに見つめた。ダレンは首を軽く振って、真摯な表情をもって二人に視線を投げる。


「何にせよ、後で二人に謝らなきゃ。僕でもすぐにはできないことを、やってのけたんだからね。あの決断力は、新人レベルのものじゃない。バカにした分埋め合わせなきゃ、不名誉だ」


 感慨に耽るダレンに舌打ち三回、それに合わせ指を左右に振るのはラジーブだ。


「もちろん、彼らも手放しで誉められることばかりじゃないけどな。でもこれから更に伸びるぜ。……で、アイスでもおごるのか?」

「今皆が一番食べたくないだろうものを挙げるとは、さすがラジーブだな」


 ヴィンセントに突っ込まれるが、ラジーブは意表を突かれたようだ。目を丸くしている。


「え? 皆そうなのか!? 俺は寒いときにアイス食うのって、結構好きなんだけどな。だから言ってみたんだけど……」

「はいはいはい、ちょっとストップ。あんた達、何か忘れてない?」


 ラジーブの弁解を、ゾーイが手振りとセリフで割って入って強制停止させる。彼女が彼らの前に出てきた。フィーリクスとフェリシティも会話を止めて、彼女に注目する。


「ねぇ、あたしのアイデアがなかったら、あんた達はどうなってたと思う?」


 誰もが黙りこくる。視線はゾーイの目の前にいるラジーブに集まった。しょうがないという風に、彼が代表として彼女と話すようだ。


「そっ、それはだなぁ、……確かに、君の助言がなければ俺達は終わってた。認めるよ。ゾーイ、君は大した奴さ」

「当たり前だっての。でも、あたしの提案を聞いてくれたフィーリクスとフェリシティ、それに皆の力を合わせての成功だからね。別にどうこうってわけじゃないよ。それでも、少しはあたしのことを見直してくれたかな?」

「見直したさ、嘘じゃない。君が立派な科学者だってことを、今日の経験で理解できた。繰り返すよ、君は本当に大した奴だ」

「本当かなぁ?」

「いや、疑うだなんて人が悪いぜゾーイ」

「それでゾーイは何を言いたいんだ?」


 グダグダになりそうだと判断したか、ヴィンセントが問う。それに対してゾーイはどこか得意げに、腰に手を当て胸を張る。皆一様に微妙な表情をするのが垣間見えたが、彼女の主張には正当性がある。それが為に誰も彼女を止めない。


「そうね。『イタカ』は、今までにないタイプの敵だった。そして、そんな敵が少しずつ増えてる。ウィッチの動向も随分怪しげだよね。目的も相当でかいことを狙ってるみたい。今回みたいなイレギュラーが、またいつ発生するか分からない。MBIの皆が真に力を合わせなきゃ、奴らに打ち勝つことができないかもしれない」

「確かにそうだな。今後の対策を練るにあたって、部署内はもちろん、各部署間での連携を強化するのは必須だろう。ゾーイやディーナから助言を聞く機会だって、これから増えるものと思われるな」


 ヴィンセントがもっともらしく頷き、ゾーイに全面的に同意する旨を伝えている。


「そうよね。で、まずはあたしから一つ提案があるんだけど」

「それは?」

「それはね、ちょっと皆の力を借りたいんだ。なにかといえば、あたしの新装備の実験、じゃなかった、モニターテストをお願いしたいんだよ。新しいアイデアがあってさ。既に、また幾つか試作してあるんだ。それをタイプ別に、扱えそうな人に使ってもらってレポート作成をすると共に……」

「うぇ……」

「やっぱりか」

「私具合悪くなってきたわ」


 彼女が何やらよろしくないことを喋り始め、皆がそれに辟易する。ある意味通常の流れとなったが、それを喜んでいるのはゾーイだけだ。とそこに、全員の端末に一斉に着信が入った。ヒューゴからだ。流石にゾーイも話を止め、彼のセリフを待った。


「全員無事か? こうして通信が回復したということは、モンスターは倒せたようだな」

「ええ、ボス。経緯を説明します」


 ヴィンセントが、冷凍領域内で起こった出来事を簡潔に報告する。彼の分かりやすい説明をヒューゴは終わりまできっちりと聞いた。


「そうか。ウィッチめ、勧誘などと何を考えている。……ともかく皆、よくやってくれた。特にフィーリクスとフェリシティ、二人は期待以上の働きをしてくれたようだな」


 フィーリクスは息を呑む。ヒューゴの反応を聞いて、彼が他意なく本当に自分達を信頼して、今回の事件に派遣したのだと理解したのだ。胸に熱いものが去来するのを感じていた。


「皆落ち着いたら帰還してくれ。ああ、ところでその前に。どうやってゾーイから作戦の内容を聞いたんだ。彼女は連絡を取る手段を見つけたのか? 探しているんだが、さっきからずっと彼女の姿が見えん」


 ヴィンセントの説明では、ゾーイがフィーリクス達に付いてきた旨は省いていた。その許可を出したのは他ならない、ヒューゴ本人だったはずだからだ。


「は? いやゾーイならここにいますが」

「何? 何だと!? 誰がそこへ連れて行った!?」

「え? いや、俺とフェリシティだけど」

「何で怒ってるのよ?」


 面食らったのはフィーリクスとフェリシティの二人だ。彼らは顔を見合わせ、ヒューゴに急いで確認を取る。


「貴様ら、勝手なことを……」


 そうでなければ、ヒューゴの怒りが今にも爆発しそうになっているのが、通話越しに分かったからだ。


「ちょっと待って! ゾーイがヒューゴから一緒に行ってもいいっていう許可を得た、って言ったんだ!」

「そうよ! あたし達はそれを聞いて連れていったんだから!」

「……それは本当か? ゾーイ。私はそんな許可、出した覚えはないぞ」


 彼のドスの効いた低い声に、ゾーイが応えるまでには若干の間があった。覚悟を決めるための時間、もしくは言い訳を考える時間ということかもしれないとフィーリクスは想像する。


「ほ、本当だよヒューゴ。でもさ、あたしがいなかったら、皆全滅してたかもしれないわけだし。結果的にはよかった訳でさ。ここはひとつ、大目に見てくれない?」

「ダメだ。帰ったら私の部屋まで来い。たっぷり説教してやる」

「そんなああぁぁぁ!!」


 その場に、その日一番の大声があがった。

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