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8話 overwhelm-15

「他に方法がない以上、やるしかないな」

「ゾーイを信じてくれるの!?」

「それは、……そうだな。なんだかんだ言っても、彼女のことは信頼してるさ」


 ラジーブはウィンクしてニヤリと笑ってみせると、ヴィンセント達に作戦を伝えるため、早急に行動を開始する。皆に話が伝わる過程で、全員がフィーリクスに驚愕の眼差しを送ってきたのが気掛かりだったが、誰も提案を拒むものはいなかった。それどころか、皆の瞳に失われつつあった輝き、活気が戻ってきている。それは、この極寒の世界に取り込まれずに済むかもしれないという希望の温度を持っている。


「フィーリクス! まさか君が犠牲となって、突破口を開こうだなんて!! そうだよ、どうせ死ぬなら試せるものは試さないとね!!」


 まくるように声をかけてくるセオに、同じ勢いでは返せない。


「いや、ちょっと、まだ死ぬと決まったわけじゃ……」

「僕達の内、生き残った誰かが君の墓前に立派な花を供えよう! そういう誓いを立てる!」

「短い付き合いだった! できれば一度でいいから一緒に食事でもしたかったんだが!」

「そうよ! この中でも一番若いのに、死に急ぐだなんて!」

「みんな?」


 皆そういう性格だったろうか。恐らくは、追い詰められてテンパっているだけ。フィーリクスはそういうことにする。


「お前達は何を言ってるんだ」


 ヴィンセントの反応は違った。ラジーブの簡単な説明だけでもちゃんと理解している。彼は、やはり頼りにできる人物だ。暖かい春の陽光を思わせる印象を抱かせる。フィーリクスにはそう思えた。


「作戦実行前に妙なことを言えば士気が落ち、覚悟が鈍る。これから死に行く者に対しても、変わらず接するのがコツだぞ」

「ヴィンセントも十分妙だって、うわぁあ!」


 フィーリクスは、理解できていなかったヴィンセントに気を取られ、飛んでくる一本のつららに直前まで気がつかなかった。寸前で避け得たものの、これでは命がいくつあっても足りない。


「危うく、今死ぬところだった……」


 恐怖心を抱いた状態で発した声は、自然と震えたものになる。あまり楽しいとは言えない状態で死に直面したため、思うところもあるが何とか気を取り直す。


「今死んだら、作戦が台無しだからな」


 再びフィーリクスのそばに寄ったラジーブの言葉で、彼が皆の勘違いの元凶であると気付いた。思うところが増えたが、それも堪えれば作戦を決行する時だ。ヴィンセントに目で合図を送る。彼と、他のメンバーが『イタカ』の気を引くよう、威力は弱いが連続した攻撃を煙幕代わりにばら撒く。それと同時にフィーリクスは『イタカ』の死角に回り込んでいる。十数メートルの身長がある敵の背に身体強化を使い飛びつき、よじ登って頭部に到達する。


「ふぅ、……やるぞ!」


 心配事は三つある。だが躊躇はできない。首付近に取り付く。足を首回りに絡ませ体を固定する。意を決して『イタカ』の角の尖端部分、空いている穴に、まずは右腕を突っ込む。穴は浅く手首までしか入らない。穴の底は、平らではない。恐らく、分解する魔法が一定以上になれば、その部分が開いて圧力を開放するのだろうと思われた。もう一本の角にも左腕を入れ、塞ぐと叫ぶ。


「今だ!!」


 攻撃は、すぐに来た。陽動のための攻撃を放った後、皆すぐにチャージショットの準備をしていたが故だ。少しでも時間が空けば、当然『イタカ』の抵抗によりフィーリクスが排除される。そのためタイムラグがあってはならないものだったが、その心配は無用だった。『イタカ』が取り付いたフィーリクスに気付き、その巨大な両手を彼の方に向け近づけようとしたところで、一斉攻撃が到来する。


「ぐぁっ! くそっ!」


 次の心配事はその攻撃にフィーリクスが、彼の装備レティが耐えられるかどうかだ。既にレティに回している出力は全開状態だ。これで凌げなければ、攻撃の威力に負けてダメージを負うばかりか、力尽きれば『イタカ』を倒す算段がなくなってしまう。何としても成功させなければならないものだ。魔法が炸裂して目を開けていられないほどの光が彼を襲う。熱もあるはずだ。それでもむき出しの頭部は無事だった。体も無事なようだ。魔法が咲き乱れ、恐ろしい魔力と光と熱が暴れ狂っているが、それらから守られている。訳の分からない状態だったが、魔法防御は、事足りていた。


「っ!!」


 最後の心配。それは、『イタカ』が角の開放弁を開いて圧力を逃がそうとした時、抑えきれるかどうかということだった。身体強化とレティの防御機能により、耐久力は高い。腕が破壊され、圧力が逃げるということはないだろうと踏んでいた。ところが、フィーリクスには誤算が一つあった。左右の角の距離が思ったよりも開いていたことがそれだ。それぞれに両手を手首まで入れたのはいいが、それが限界だった。それ以上は腕の長さが足りず、圧力便が開いた時により深く手を突き入れられない。その状態で敵の体内で器官が損傷するまで、圧力を逃がさないよう耐えきらなければならなかった。そして、その瞬間は訪れる。


 攻撃は一瞬では終わらない。最大威力のまま、魔力が尽きるまで撃ち続けられる。『イタカ』の魔法分解によって発生した熱の処理が限界を迎えたらしく、開放弁が開いた。高温高圧の蒸気が吹き出そうとするが、それを抑え込む。耐える。耐えなければ、全てが終わる。レティに回していた魔力を、僅かに身体強化につぎ込む。それだけで熱が来た。全身が焼かれるような熱さが襲う。一瞬ひるんだが、次の瞬間にはより一層力を込めた。次第に強くなる圧力は留まるところを知らない。それでも抑え込む。抑え込もうとして、左腕が外れた。「あ……」力の抜けた声が漏れた。右腕も抜けそうになる。


 その腕をぎゅっと掴んだ者がいた。


「フェリ!?」


 爆炎で姿はほとんど見えない。それでも、フィーリクスの腕を掴む感触からそれが彼女だと分かった。穴に深く腕を突き入れさせられる。フィーリクスは左腕も動員してそれを維持した。もう片方の穴は、彼女が塞いでくれる。そう信じてのことだ。そのまま攻撃は続き、圧力は高まり続ける。恐怖はなかった。僅かな間だったが、随分と長く感じられた。だがやはり束の間のことだ。


 『イタカ』の角、頭部や頸部に次いで胸部付近までが急激に、異様に膨れ上がる。内部から爆発を起こし、盛大に爆ぜた。


「うわっ!!」

「ぐぁっ!!」


 エージェント達の魔法と、『イタカ』の自壊により、二人は後方へ吹き飛ばされる。宙を飛び、地面を幾度か転がった。うつ伏せに倒れたフィーリクスはすぐに向きを変え、上半身を起こすと左右を見回す。彼のすぐ隣には、彼と仲良く地面を転がった人物、仰向けに倒れるフェリシティがいる。目を瞑っているが、胸は上下している。


「フェリ、やっぱり君だった!」

「それより、敵は!?」


 彼女は目を見開くと、勢いよく上体を起こす。吹き飛んできた方角、『イタカ』のいた場所に目をやる。フィーリクスも見たその光景は、上半身の大部分を失い、命をも失った敵が、正しく地面に倒れ込む瞬間だった。ボシュウといった音を立てて『イタカ』が消滅するのを見届ける。異変は周辺にも生じている。彼らを囲んでいた冷凍領域が音もなく消滅していく。魔力により生成されていた冷気も拡散していくようだ。徐々に気温が上がっていくのがHUDの表示で確認できた。そのHUDの表示に、もう一つ皆にとって喜ばしいものがある。バッテリー残量が急速に回復していくのが見て取れた。


「お、終わった……」

「勝ったよ。あたし達、勝った。生き残れた……」


 二人とも、へたり込んだまま見つめ合う。力ないハイタッチをすると、共に大きなため息をつく。お互いにもたれ合った。レティの機能により、そうとは感じられないはずだった。それなのに、なぜかフィーリクスにはフェリシティの温もりが感じられた。

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