8話 overwhelm-14
「それ本当なの!?」
「この期に及んで嘘つく理由はないでしょ」
ゾーイにまじまじと見つめ返され、フィーリクスはばつが悪くなった。確かに今この場で嘘や冗談をいうのは、敵対する者くらいだろう。彼女がそんなわけはないのだ。それでも、にわかには信じがたいことだった。
「それもそうだよね、ごめん。それで弱点って、何?」
「潜熱よ」
「えーと、それって何?」
残念ながら、彼は彼女の言った単語について、学校の授業や何かで習ったかどうか、覚えていない。
「詳しく説明してる暇はないけど、気化熱とか知ってる?」
「それなら」
水などが蒸発するときに、温度が下がる現象だ。それなら、彼も何となく覚えている。
「あいつは吸収した魔力はもちろん、自前の魔力も使って、冷気を出してる。そりゃあもう大量に」
「ってことはつまり」
「そう、魔法を浴びせれば浴びせるほど、冷えていく」
「で、それと弱点ってどう関係するのさ」
この時点では彼女の主張が分からない。だが、無駄な話を始めたとも思えない。何が話の核心なのか、早く聞き出す必要がある。
「落ち着きなさい。あいつの頭の後ろに角があるでしょ?」
「ああ。あれからたまに、蒸気みたいなの出てるけど」
「あれは、殺しきれない圧力と熱量を排出してるんだと思う」
「うん、よく分からない」
魔法で冷却してるならば、熱が生じる原因は何か。
「多分あいつ、『イタカ』は魔法を吸収して、分解して魔力として再利用するための器官が備わってるんだと思う。ただし、分解するとき、その器官で副次的に生じる熱が、それなりにあるはず。だからその器官がオーバーヒートしないように、何かしらの仕組みで、多分ヒートパイプみたいなもんだと思うけど、熱を運搬してるんじゃないかな。あの角がまさしくその先端部分なんだと思う」
「ヒートパイプか、なるほど」
「そう、気化熱を利用した熱の輸送方法。対象の熱をどんどん奪う、つまり冷やす仕組みだよ」
「その気化熱が、潜熱ってやつ?」
「そのうちの一つだね」
ゾーイはフィーリクスの理解度を確認しながら説明を続ける。何となくの範囲内でなら、付いていくことができた。彼女に頷いてみせる。
「そういうのをあいつも持ってて、食らった魔法の威力が大きくて、発生した熱も大きかったとき。一気に冷却液の蒸発が進んで、管の中の圧力が高まりすぎた場合。管が破裂したりとかして損傷を受けないように、一時的に管が開く。んで、あの角から外に余分な熱と圧力を逃してる、んだと思う」
ゾーイは恐らくかなり噛み砕いて話してくれているのだろう。時間をかければそれなりに理解できるのだろうが、状況が状況だ。彼女の説明が異様に早口だったこともある。
「何となく、凄くキモい生き物だってことは分かった」
「あたしも」
そういうことしか分からなかった。だがゾーイに不満そうなところはない。
「そりゃまあモンスターだし。……えーと、要はあの角から出る蒸気を止められれば、体内の熱と圧力が行き場を失って、大変なことになる」
結果がどうなるかの想像はできる。あまりいい心持ちではなくなったフィーリクスは、同じ感想を抱いたのだろう、眉をしかめるフェリシティと顔を見合わせる。
「グロいことに?」
「なるよね?」
「言わせないで」
二人ともゾーイに肩を押さえられる。圧力を感じたフィーリクスは、確認するのはやめておくことにした。
「ありがとう。……信じていいんだよね?」
「当たり前でしょ。あたしを信じなさい」
「分かった。君を、信じるよ」
やると決まった。そうなれば後はやり方だが、どうやって『イタカ』の排気口を塞げばいいのか、既に方法もほぼ決めている。
「それと、もう一つ聞きたいんだけど」
「何?」
「このレティはさ。寒さはもちろん、暑さも耐えられる、んだよね?」
「まだ疑う余地があった?」
ゾーイは何を今更、とでも言わんばかりだ。彼女とディーナの共同開発品は、本当に優れものだったのだから。
「いや、ない」
「ええ、実力はもう味わってるだろうしね」
フィーリクスも、もはやそこは疑っていない。彼の聞きたいことは、この次にする質問にこそある。
「相当な高温にも、耐えられるかな」
ゾーイの顔つきが一瞬険しいものに変わる。その後穏やかな、しかし自信に溢れた笑みを見せた。それは励ましを与えられるような、温もりのあるもの。そんな笑顔をしていた。
「レティへの出力を最大にすれば、そこそこ耐えられるとは思う。思うけど。それから、……何を考えてるのかは分からないけど」
していたのだが、今し方の素晴らしい笑顔が、セリフの途中からまた趣の違った、何か企んででもいそうな笑みに変化する。右手でピースサインを作るとフィーリクスに突き出した。
「あたしを信じなさいパート2」
それは、思いつきで作った新しい装備を手渡され、使えばまず不具合を起こしてひどい目に合う。そういうときに見られる笑みだ。
「し、信じるよ。はは、は……」
フィーリクスは顔が引きつるのを止められず、ゾーイに睨まれた。無事ことが済んでも、後でいじられる。そんな予感を胸に、戦いを終わらせる決意を漲らせる。
「フィーリクス」
ここまでほとんど口を挟まなかったフェリシティが、心配そうに名前を呼ぶ。視線を下に落とし、肩と眉尻を大きく落としている。
「大丈夫。やれるよ。ゾーイと、主にディーナを信じてる」
「おい」
横からつっこみが入るが気にしない。フェリシティを真っ直ぐに見る。
「君は、どう? いけそう?」
「ごめんなさい。やっぱり、足が竦んじゃって」
「そっか、無理しなくていい。でもできれば総攻撃に参加してくれると嬉しい。それと、いざとなったら、ゾーイを連れて何とか逃げ回ってくれ。粘れば、HQから増援を送ってくれるかもしれない。そうなれば生き延びるチャンスがある」
フェリシティは、伏せがちにした目をフィーリクスに向けることはない。それどころか、彼の言葉を聞いて、俯いてしまった。これは相当根が深いところに問題があるのでは。そう思えたが、もう悠長にしている時間はなかった。今もって仲間がモンスターの攻撃を耐えしのぎ、命を削っている。皆の所に早く戻り、ゾーイの提案を実行しなくてはならない。
「じゃあ、行ってくるよ」
フィーリクスはそれだけ言って建物の陰から飛び出すと、戦闘に舞い戻った。第一に、戦場の現状把握のため当たりを素早く見渡す。地面は荒れ果て、仲間は散り散りになって戦っていた。隙を見ては攻撃をしかけ、なるべく時間を稼ぐようにしている。芳しくはない。このままではじり貧になっていずれ負ける。そう思えたのは、エージェント達から、どこか諦めの雰囲気を感じ取ってしまったからだ。
「フィーリクス、こっちだ」
ラジーブの呼びかけに応じ、彼の近くまで寄る。彼の顔にもまた、隠しきれない疲れが見え始めていた。
「ラジーブ、聞いて。作戦があるんだ」
「ゾーイに何か聞かされたのか?」
飛び来るつららをかわしながら、言葉を続ける。
「俺は彼女を信じる。そう決めたんだ」
「そうか、話してくれ」
彼に手短に作戦の概要を伝えた。『イタカ』の二本の角、ヒートパイプを何らかの手段で塞ぎ、その後全員で残った魔力を全て攻撃に使う。オーバーヒートかそれ以上の効果を狙ってのことだ。うまく行けば、ギリギリ倒せるかもしれない。塞ぐ役目は、フィーリクスだ。彼は我ながら、大雑把でお粗末な作戦だと思いつつ話したが、ラジーブは黙って聞いていた。




