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8話 overwhelm-13

「ファイヤ!」


 それぞれが充分な魔力を銃弾に込め、ヴィンセントのオーダーで一斉に『イタカ』に向けて攻撃を開始する。頭部に集中して穿たれた魔法弾が炸裂し、その威力を解放する。ヴィンセントとラジーブのそれは取り分け強大だ。だが、その片端から敵により分解吸収されるため、相手に触れる前に魔法が消されていく。ただ、それは最初の一瞬だけだ。分解が追いつかなくなったか頭部に直接魔法が到達し、激しく燃え盛る爆炎に包まれる。


「よっしゃー!!」


 フェリシティが叫ぶ。『イタカ』は地面に手足を埋めたまま沈黙していた。爆炎と煙が急速に晴れ上がっていく。敵は首をうなだれた状態で動かない。四つん這いでもなお見上げる高さにある頭部、及び首回りのあちこちにダメージが見られた。毛皮が焼け焦げ、顔面の筋組織は一部が剥離し、骨が露出している。


「やったでしょ、やったよね? なんで倒れないの? バリアが消えないの? ほら早く!」


 フェリシティは左右を見回し、モンスターとヴィンセントに視線を何往復もさせる。何故か焦っている彼女に、彼は首を振る。


「ダメだ。やったなら、消滅するからな。残念ながら、思ったよりも効いていない。大部分が吸収されたようだ」


 ヴィンセントの言葉が終わるか終わらないか、頭の後ろの二本の角から、蒸気を大量に排出した『イタカ』が再起動する。首をもたげ、落ち窪んだ眼窩から覗く瞳に、妖しい光が灯る。それは見る者に絶望を与える、死の輝きだ。


「これは……」


 気が付いたのはダレンだった。周辺の大気が煌めいている。急激な冷却により、先程の戦いで宙を漂っていた大量の水分子が凍結したのだ。先程浴びた魔法を分解し、魔力を吸収して冷気に変えたのだろう。気温が、更に下がっていた。


「なんてこった」


 それを見たエージェント達が失望の吐息をつく。その中でもとりわけ反応の激しい者がいた。


「い、いやぁあ!」


 それはフェリシティだった。彼女は目に涙を浮かべながら、銃を構え乱射を始める。それは全て空しく分解され、何ら敵に影響を及ばさないというのに、構わず撃ち続ける。彼女は目の前の相手を見ているようで、そうではない。軽い恐慌状態に陥っていた。驚いたのはフィーリクスだ。


「フェリシティ、よせ!」

「はっ、離して!」


 彼女を羽交い絞めにして、無理やり攻撃を止めさせる。腕の中で暴れる彼女が、やけに弱弱しく感じられた。そのようなことは今までほとんどなかった。やがて、諦めたか落ち着いたか、彼女が大人しくなる。


「どうしたんだよ? 思えば、ずっと様子が変だった」

「へっ、変じゃ、ない。あたしはまだ、やれるよ!」

「君は何をそんなに……」


 気にかかる点があったため、フェリシティを観察するようにしていたフィーリクスには分かっていた。彼女は何かに怯えたように震えている。


「ほ、ほら、モンスターが来るよ?」


 『イタカ』が、地面から抜け出そうというのだろう。筋肉の蠢きが毛皮の上からでも読み取れる。地面に僅かに揺らぎが生じていた。自由になるまでそう時間はないかもしれない。確かに言い合いをしている場合ではないようだった。ただ、確認はしなくてはならない。彼女を振り向かせる。彼女の両肩に手を置いて向き合った。


「前に似たような敵か、状況か分からないけど遭遇したんだろ? その時、何か良くないことが起こった」

「何を根拠にそんな……」

「さっきは、結局否定しなかった」

「あ……」


 フィーリクスに、彼女の動揺が手に取るように感じられた。視線をさまよわせ、意味なく指を何度も開閉する。体の重心を移動させ、首を縮こまらせる。問いかけ自体はカマかけだったが、彼女の態度がこれだけあからさまなら誰でも分かる、とは言わないでおいた。


「君は下がってて。ゾーイを守っていてほしい」

「何で!?」

「いや、彼の言う通りだフェリシティ。態度が妙だぞ。動きも悪いようだし、うまく連携できなければ、仲間に危険が及ぶ。下がっていてくれ」


 ヴィンセントも彼女の説得に回ってくれるようだ。彼の助言なら、命令なら、彼女も従うはずだった。


「……分かったよ。下がる」


 フェリシティは二人に言われ、渋々といった体で動く。下がった彼女はゾーイと何かを話しているようだった。ゾーイが訳を聞いて慰めているのかもしれない。フィーリクスにはフェリシティに、どこか安堵の色が見えた気がした。この戦闘から抜ける口実ができてよかった、とでもいうような。だが、そんなことは後で確認すればいいことだ。今は目の前の問題に対処することが重要だった。すなわち、最高威力の魔法を無防備な状態の所に一斉にぶちかましても倒せない相手に、有効策を思いつくこと。それと、攻撃するにも魔力に限りがあるということだ。


「皆のバッテリー残量は?」

「残り四十くらい」

「俺も」

「あたしも」


 ラジーブが確認を取ったところによれば、先に来たメンバーは大体同じくらいの残量らしい。フィーリクスは残り六十以上はまだあった。フェリシティも同程度だろう。だが、攻撃用に加えて身体強化やレティに回さなくてはいけない分も考えると、そう多くはない。とかく外との通信を遮断する『イタカ』の領域が厄介だった。


「大きいのは撃てて二回ぐらい。それでも勝てなければ、奴の巨体に押しつぶされるか、つららにやられるか、凍死か」


 ヴィンセントが何かを考えこむ。だが、すぐにはうまく作戦を思いつかないようだ。フィーリクスとて同様だ。今回の敵を前に、どうすれば現状を打開できるか策を思いつかなかった。そうこうするうちに音が響く。地盤が崩れ、敵が這い出てくる音だ。


「猶予はない。方法を誤れば、待っているのは死だ」

「だよね。どうする?」


 ヴィンセントの隣に立って聞く。彼はエージェント達を見渡して、力強く宣言する。


「完全無欠の生物などいない。必ずどこかに弱点があるはずだ。それを見つけて叩く。各自それを念頭に、まずは生き延びることを優先してくれ」

「「了解!」」


 皆の返事と共に、戦闘が再開される。先に腕から自由になった『イタカ』が、またもやつららの砲弾をばら撒いた。エージェント達が避けるのに気を取られた隙を逃さず、両足も地盤ごと力任せに引き抜く。


「くそっ!」


 ラジーブが毒づく。高所からの攻撃はそれだけで対処がしづらい。相手に動き回られては尚更だ。防戦一方になってはまずいと、各自小出しに近い形で魔法弾を放ち続ける。とはいえそれは敵に何らの影響も与えられず、時間稼ぎにもならないのが実情だ。セオとダレンがもう一度地面に縫い留めようと試みたが、学習されたらしい。巨体に見合わないフットワークで避けられる。


「ねぇ、ちょっと」


 追い詰められている。先が、見えない。『イタカ』を倒して無事この場所から脱出するビジョンが、思い浮かばない。これまでにも幾度かあった、全滅の予感だけがあった。それでも持ちこたえる。


「ちょっとってば、誰か」

「え?」


 はっと声に気付く。ゾーイが、建物の陰から身を乗り出して手招きしている。


「ゾーイ! 隠れてて! フェリシティも何やってるんだ!」

「ちょっとでいいからこっち来て」


 このままでは彼女が敵の気を引いて襲われかねない。そう判断すると、素早く下がってゾーイの元へと駆け寄った。建物の陰に寄り、問い詰めるように彼女に迫る。


「こんな時に一体何だよ!」

「ごめんフィーリクス、ゾーイが急にどうしてもって」


 申し訳なさそうなフェリシティはともかく、ゾーイは何を考えているのか。


「頼むから大人しくしててよ!」

「ずっと見て、考えてたけど。敵の弱点が分かったよ」

「そんなこと言ってる場合じゃ、……何だって!?」


 救いの手は、意外なところからもたらされた。

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