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8話 overwhelm-12

 フィーリクスは敵、『イタカ』の動きに神経を集中させる。既に立ち上がり彼らの方を向く『イタカ』は棒立ちに近い。瘦身で、長い手足を持つ。背骨が歪んでいるのか猫背気味の歪な姿勢だ。ところどころ毛皮と皮膚がはげ落ち、筋組織が露出しているのが見えた。後頭部、首の付け根近くに、左右両方から捻じくれた角が生えているのが確認できる。


「グロい」


 一言で切り捨てるフェリシティだが、フィーリクスもそれに同意する。


「グロいね」


 何かの獣の頭骨のように見えた顔面には、薄く肉と皮が張り付いている。その顔の、口が裂けんばかりに大きく開かれる。そこから人のような何かの動物のような、形容しがたい、この世のものとは思えないようなおぞましい咆哮が発せられた。総毛立つようなその響きに、フィーリクスは本能的に委縮する。胃が縮こまるような感覚を得た。


「SAN値が下がるな」


 唐突にスペンサーが言った。


「何て?」


 フィーリクスは何のことだか分からず、思わず聞き返す。彼はそれに首を軽く振った。


「いや、何でもない。相手は、ウェンディゴっていう別名でも知られてる、とある怪物がモチーフみたいだな。俺が知ってるデザインじゃないが」

「ウェンディゴなら知ってるわ。この国に古くから伝わる伝承に出てくるモンスター。人に取り憑いて飢餓や死をもたらすものとかって、前に本で読んだことがある」


 グレースが補足説明をしてくれた。そうしてる内に、いよいよ『イタカ』が次の行動、攻撃態勢に入る。軽く腰を沈め足を片方後ろに下げる。突進でもしようというのだろう。


「そして、取り憑かれた者もやがてウェンディゴになる」


 フェリシティが、フィーリクスにだけ聞こえるような小さな声でぼそぼそと言った。「フェリ?」発言の真意を確かめようと彼女を見て、彼女が小さく震えているのに気が付いた。どうしたのかと聞こうとしたが、それより先にラジーブが声を張って皆の指揮を執る。


「何にせよ、ウィッチ特製となれば話はまた別だ。現に魔法が効かないっていう厄介な奴だしな。……来るぞ。皆、直接的な魔法じゃなく、何か別の手を使って攻撃をしてくれ」

「別のって、どうやって……」

「散開!!」


 どうやって有効策を見出せばいいのか聞けぬまま、『イタカ』が攻勢に出る。真っすぐに突進し、固まっていたエージェント達の真ん中に突っ込んでくる。ラジーブの声と同時に左右にばらけ、フィーリクスはフェリシティと離れる格好になった。


 皆がまず試みたのは、敵の足止めだ。渾身の体当たりを避けられた『イタカ』は急制動をかける。止まりきるかきらないかというタイミングで、グレースが銃弾を放つ。それは命中する直前で爆発を起こし、炎と風の暴力が『イタカ』の背中に襲い掛かる。爆炎そのものはすぐに消され効かないが、爆風の勢いまでは失われていない。バランスを崩してたたらを踏んだ。間を置かずスペンサーが跳び上がり、身体強化による蹴りを追加する。これには『イタカ』もこらえきれず、地響きと共に俯せに倒れることになった。


「身体強化なら通じる!?」


 期待を寄せフィーリクスがそう叫ぶ。


「いや、インパクトの瞬間にほとんど無力化される。手応えがないんだ。単にこけさせたに過ぎない」


 すぐにスペンサーに否定されてしまった。だが、今みたいなこと程度なら可能であると判明しただけでも、大きな収穫に思えた。


「すぐに起きるぞ!」


 スペンサーの警告の直後、言葉通り意外に素早い動きで体勢を立て直した『イタカ』が再び攻撃を仕掛ける。手のひらを突き出し、そこから何かが発せられる。向けられたのはグレースだ。己が復讐のためか彼女を狙い定め放たれたのは、冷気の固まりだ。吹雪を伴い飛来するそれを、グレースは即座に飛びずさって回避に移る。


「うあっ!」


 右足に掠ったらしい。それだけで彼女の足が氷に覆われてしまった。ただレティを越えて生身部分まではやられていないようだ。地面を勢いよく踏みしめる。氷のほとんどが衝撃で剥がれ落ち、右足が無事機能する様が見られた。


「安心した。本当に大した装備だよ、レティは」

「ね、言ったでしょ?」


 ゾーイが、やや離れた場所からフィーリクスの声に反応する。ややではダメだ。


「もっと離れて! 建物の陰にでも隠れてて! そう! ……顔出しちゃダメ!」


 ゾーイを下がらせた後、離れていたフェリシティと合流する。『イタカ』は冷気弾に効果がなかったと見るや、別の方法に切り替える。両の腕を突き出し、四本ある指の先に、左右で計八本のつららを形成した。


「あれが刺さるのは嫌だな」


 ラジーブがぼやく。太さが女性の腰回りくらいはあるつららが、エージェント達に向けて勢いよく射出される。ある者は避け、またある者はブレードで斬り捨て、もしくは弾く。が、一度では終わらない。次々に形成され撃ち出され続けるつららが、的を変え、タイミングを変え、何度もフィーリクス達を襲う。エージェントの体を貫き、全員の息の根を止めるまで続けようというのか、一向に止まる気配がない。


「これ以上はやばいよ!? どうするの!?」


 ダレンが叫ぶ。地面に多数のつららが突き刺さり、足許が悪くなった場所を少しずつ移動していく。敵の足止め程度ならある程度できる。だがダメージを与える方法は。


「分からん。だが、そうだな。人数も増えたことだ。今一度、全員で同時に攻撃するぞ!」


 ヴィンセントはつららを最小限の動きで巧みに避けながら、皆を誘導する。


「セオ、ダレン。チャージショットを撃つだけの隙を作れるか?」

「任せて」

「やってみる」


 二人は何か短く打ち合わせをした後、敵に対して左右に分かれ接近を開始する。二人が放った魔法弾は『イタカ』ではなく、その足元に着弾した。


「何を……?」


 フィーリクスが疑問を口にしかけたとき、それは起きる。突如として地面がぬかるみ、『イタカ』の両足が地面に深く沈み込む。これには敵もたまらず姿勢を保てない。屈むような状態になり地面に手をつく。その手も手首までが地面の中に潜り込んだ。おそらくセオとダレンの二人は、振動と水の二つの魔法を組み合わせることによって、液状化現象の効果をもたらしたのだろう。フィーリクスはそう分析した。強制的に土壌に水を染み込ませ、そこへ強振動を加える。そうすることによって固形のはずの地盤が、液体のような振る舞いを見せたのだ。恐るべき連携力と、魔法の精密操作の賜物だった。


「狙い通り!」


 セオが叫ぶ。すぐに抜け出してくるかと思われた『イタカ』だが、このモンスターの特性は、魔法を吸収することだ。それが仇となった。魔法によって液状化した地面に、しっかりとはまった状態だ。そこで周りの魔法を無効化すればどうなるか。答えは火を見るより明らかだった。再び固形化した地盤に、四つん這い状態でがっちりと抑え込まれれば、すぐに立て直せるものではない。


「今だ! 各自魔法を火炎弾に切り替え! バーストダメージを与えられる攻撃を!」

「「了解!」」


 オーバードライブと呼ばれる、端末の出力限界まで魔力を放出する攻撃がある。銃が変形し、特大の魔法弾をその銃口から放てるようになる。それをフィーリクスとフェリシティは、初めて彼らに出会った時に見たことがあった。その攻撃はMBIにおいて、職員レベル3の者にしか許可されていない。使い方を誤れば、街に多大なる被害を出すことになる。そのため経験と実績を積んだものにしか扱えないことになっていた。それをヴィンセントとラジーブが再び行おうとしていた。

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