8話 overwhelm-11
「そうだな、何て言えばいいか」
ダグラスは思案し、言葉を選ぶ。フィーリクスはその時間が待ち遠しくて仕方がなかった。彼は何度か地面を足でタップし、何か表現を思いついたようだ。
「この世の理を変えてやろうってんだよ」
「それは、どういうつもりで言ってるのかな?」
ゾーイの発言だ。彼女の言葉はもっともだ。理を変えるとは、随分と大げさな表現をしている。世の中の仕組み、枠組みを覆そうというのか。それとも、まさか物理法則などを変えられると考えているのか。いずれにせよ、そう簡単なことではないからだ。科学者として、気になる点、聞き捨てならない点に違いなかった。対して、ダグラスはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「お前さんは?」
「科学者よ」
「科学者、ね。……色々さ。これまでの常識をひっくり返す。死人が生き返るような騒ぎになるぜ」
「訳の分からないことを!」
ダレンが彼の、回答と思えぬ回答に、語気を荒らげる。ゾーイは呆れたと言わんばかりにため息をついていた。
「やはり、俺達を攪乱させるために、適当な嘘を吐いているようだ」
「だな」
ヴィンセントやラジーブ始め、一同似た感想を抱いたようだ。雰囲気が不穏な方向へ変わりつつある。
「それは、本当なの? 死んだ人間が生き返るって」
それを止めたのがフィーリクスだ。口をついて出た、半ば無意識的な彼の一言が、皆の注目を集めることになった。隣にいるフェリシティが、揺らぐ瞳で見つめてくる。
「そんなの嘘に決まってるじゃない。……ねぇ、フィーリクス?」
フェリシティには答えない。ダグラスとの会話に集中したかった。
「ふうん、なるほど。お前さんは興味がありそうだな」
「本当なのか答えてよ」
「どうやら蘇ってほしい知り合いでもいるようだな。そうさ、嘘や冗談で言ったわけじゃない。真実だ」
彼が『真実』という単語を口に出したとき、軽薄な態度が消え去っていた。一瞬だが、彼が苦い顔をしたのを皆が見ていた。それが、エージェント達に真実味を加えることとなっている。多少のざわつきがあったのが、固唾を呑んで静かにことの成り行きを見守るようになったのだ。
「こっち側に来るか? ボスには俺からうまく言ってやる。ボスがお前さんのことを、見所があるとか言ってたしな。俺にはよく分からんが。……あー、今のは気にするな。で、晴れてウィッチになれれば、そういう情報も教えてやれる」
「俺が、ウィッチに……? そうすれば、本当に?」
「そうだ。仲間になろうぜぇ?」
彼は、それが可能だというのか。普通の人間をウィッチに変え、それから言葉通り、死んだ人間を生き返らせる方法を持っているのか。
「ねぇフィーリクス、あんたまさか」
「フェリシティ、お願いだ。……俺がウィッチの仲間入りをすると思ってる?」
ダグラスは余裕の表情だ。自身の勧誘の仕方が完璧だとでも思っているのだろう。どういう答えをもたらせばいいのか、フィーリクスは考える。
「条件次第では、な。違うのか?」
「そうだね。……この国の初代大統領でも復活させてくれたら、考えるよ」
「はぁ?」
これには彼も多少面食らったようだ。ぽかりと口を開け、固まった。フィーリクスが何を言わんとしているか、分からない様子だった。
「場所が場所だしさ。ロッキングチェアに揺られて、パイプを燻らせる姿を眺めてみたいな」
「それは、もちろん冗談のつもりで言ってるんだろうな?」
あまり機嫌がよさそうじゃなくなったダグラスに、落ち着けといった意味のジェスチャーを送る。当然、挑発するための行為だ。
「もちろん冗談だよ。そんなに怒らないでほしいな。……生き返ってほしい人はいるよ。でも、今生きて、俺のそばにいてくれる人間が大事なんだ。その人達を裏切ってそっちに付くだなんて、考えられない」
ダグラスをまっすぐ見据える。言葉だけでなく態度でも伝わるように、強く意志を込めた眼差しを向けた。
「フィーリクス」
フェリシティの心配そうに、かつ嬉しそうに名を呼ぶ声が、とてもありがたいものに聞こえる。
「分かったような口を利くじゃないか」
ダグラスは苛立ちが増したようで、彼の頬が軽く痙攣を起こすのが確認できた。フィーリクスはそこへ更に言葉を重ねていく。
「それに、どうせ叶わないんだろ? うまい餌に釣られてのこのこと、いいように使われて捨てられるだけ。そう分かってて。それでもウィッチになるだなんて。俺達が考えると、本気で思ってる?」
「何を……」
図星だったのだろう。彼は怒りを忘れてか、真顔になる。フィーリクスの次のセリフを待っている。そう思えた。だから、言った。
「そんな訳がないだろう」
フィーリクスの言葉は、その響きは、この凍える空間でそれと同等の低い温度しかない。そんな声色だった。それが証拠にしばらくの間、敵も味方も凍り付いたように動かず、一言も発しなかった。フェリシティもびくりと小さく震えた後、俯いてフィーリクスを見上げるだけだ。音も風もない空間に、幾つもの人を模したオブジェが立っている。そう錯覚させるような、異様な光景だった。そこから一番回復が早かったのは、ダグラスだ。
「……お前、もしかするとロッドが探してる奴なのかもな。まあ今はいい。それで、他の連中はどうだ? 俺と来る奴はいるか?」
「残念ながら、俺もフィーリクスと同じ意見だ。遠慮しとくよ」
ラジーブが肩をすくめた。他の面々も互いに頷き合う。
「何があろうと、ウィッチとは相容れない。それが俺達の答えだ」
「全面的に同意する」
「新人に、言いたいこと言われちゃったな」
そんな彼らを見て、ダグラスは嫌そうに首を振っている。だが怒りはすっかりと身を潜め、冷静さを取り戻しているように見えた。
「あーあ、こんなことだろうと思ったよ。仕方ない、今回の収穫はなしだ。俺は、帰る。後は適当にやって、せいぜい生き残ってみせろよ。行け『イタカ』」
彼はそうモンスターに命令すると、ポータルを開く。
「逃すか!」
ラジーブが咄嗟に攻撃を仕掛けたが、極低温のモンスター『イタカ』が伸ばした腕がそれを防ぐ。銃から放たれた魔法弾が手のひらに当たるや否や、あっけなく散らされた。
「なっ!?」
「そんなっ!」
驚きの声を上げたのは、フィーリクスとフェリシティのみ。
「またどこかで会うことがあれば、改めて声をかけるぜ」
そう言い残して、ダグラスがポータルの向こう側へと姿を消す。代わりに命令を受けた『イタカ』が動き出す。
「ごめん、皆。勝手にウィッチとやり取りしちゃって。他に手はあったかもしれないのに」
フィーリクスはここにいる全員の命がかかった状況で、一人突っ走ってしまったことを後悔していた。ウィッチとの交渉を進展させ仲間になるフリをすれば、少なくともこの局面を安全に切り抜けられた可能性があったのだ。それをふいにした以上は、どうにかしてモンスターを倒し、この冷凍領域を破るしか選択肢はない。
「どうせこうなってたと思うよ。俺も、同じ対応しかしなかっただろうしね」
セオの、フィーリクスに対する態度が軟化していた。言葉の節々にあった棘がなくなっている。
「そう言ってもらえると気が和らぐよ」
地面に手をつき、『イタカ』が立ち上がる。各員それを視認しながら武器を手にし構えを取った。
「僕達こそ、フィーリクスを下に見てた。言うときは言うんだな。ヒューゴが君をここへ寄越した理由が分かったよ」
ダレンが笑顔を見せる。先程あった皮肉気なものはない。親しみを感じさせる柔和さがある。だが次の瞬間には口元を引き締め、『イタカ』に鋭い目線を送っている。
「ようやく分かってくれたのね!」
「フィーリクスだけ。君はまだ未評価」
「あっそ……」
フェリシティとセオのやり取りを耳にしながら、全員が臨戦態勢に入った。




