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8話 overwhelm-10

「うわっ、さっきより気温が下がってるじゃないか」

「領域の範囲も相当広がっているようだ」


 外に出たラジーブとヴィンセントがそれぞれ感想を言い合う。フィーリクスもHUDの表示で気温を確認していた。大した時間は経っていないのに、気温がさらに数度下がっている。もはや大気は零下五十度近くまで冷えていた。レティなしでは、まともに戦うことなど不可能だろう。だがそれも魔力の尽きぬ内だ。全員それは分かっている。ヴィンセントが言った場所を目指し、歩き出す。


「早く来いよ」


 声が聞こえた。遠くで聞こえたような、もしくはすぐ近くで。全員足を止めた。


「誰かなんか言った?」

「俺は言ってない。けど聞こえた」

「俺も」

「あたしも聞こえたわ。男性の声だった」


 皆口々に言う。この場の誰のものでもない声を皆が聞いた。この不可解な現象に関して、原因として考えられるのは、ただ一つ。


「この先にはモンスターだけじゃなく、ウィッチもいる可能性が高い」


 スペンサーが乾いた声で呟く。それは静かな空間において、小声でもはっきりとフィーリクスの耳に届いた。一同歩きを再開するが、足取りは重い。だがそれこそがウィッチの目的かもしれない。敵の不安を煽り、戦意を削ぐ。


「そういうことだよね」


 フェリシティが発した同意の声は元気のないものだ。彼女の様子が少しばかりおかしいように思えた。肩を落とし、小さく俯いている。


「どうしたんだよフェリシティ。君らしくないじゃないか」

「どうもしない、って言いたいけど。ウィッチだよ? 何か嫌な予感がして」

「そりゃ、あいつらにいい思い出ないからね」


 そういえば、車から出たときも何か調子が悪そうなところが彼女にあった。その時はすぐに回復していたが。


「もしかしてここに来る前も?」

「あー、その何て言うか、まあ大体そんなとこ」

「なんだ、そんなの俺なんかここに来る前、フェリシティの家を出て、あの黒い雲を見たときから、ずっと嫌な予感がしてたよ」

「……そうだった。気の弱さでは、早々あんたに敵うわけがないよね」

「どういう言い回しだよ」


 二人で小さく笑う。そうでもしなければ、不安に押しつぶされそうだった。


「そうそう、こっちだ。よく戻ってきてくれたな」


 また先程の声が聞こえた。やはりどこから発せられたのか特定はできない。今度は誰も何も言わなかった。初代大統領邸の正面に到着すると、そこからは皆迅速に動く。横手に回り込んで裏へ出る。裏手側は表側の広場よりも、はるかに開けた場所が広がっていた。雑木林が敷地の周りを取り囲んでいるが、地面には傾斜が付けられており、川へ近づくほど下がっている。そのため木立の上側から、凍りついた大河が横たわっているのが覗けて見えた。地面はやや荒れた芝が茂っているが、完全に凍っている。踏みしめる度に砕け散った。


「逃げ回って時間切れ、とかにならなくて安心したよ」


 二度聞こえた声が、今度は本人の口から直接聞くことができた。広場の中央に、彼はいた。巨大な体躯を持つモンスターに、騎士がそうするようなポーズで、跪かれながら。


「なんか悪趣味」


 フェリシティにはまだ軽口を叩ける余裕が残っていたらしい。フィーリクスに小さく呟く。相手は覚えのある人物だ。以前一度に何人ものウィッチが現れたときにいた内の一人だった。背が高く痩身で、軽蔑するような目つきでフィーリクス達を見下す男性。


「でかい」


 うずくまるようにしているせいで、全容は分からない。だがモンスターは、立ち上がれば優に十メートルを超えるだろう。白い毛で覆われた、二足歩行で歪な人型のタイプだ。フェリシティの予想していたイエティとはまた違う。顔面は毛が無く、仮面のような、獣の骸骨のような、曰く言い難い不気味な相貌をしていた。


「ダンギラス、だったっけ?」


 わざとかどうか、フェリシティが適当な名前で呼ぶ。


「ダグラスだ」


 相手は、静かだが僅かに苛立ちを滲ませた口調で答える。ただし表情にそれは表れていない。焦れたような響きがあったが、思ったよりは冷静だ。


「いきなり挑発するとか、なかなかの度胸だねフェリシティ。さっきの不安そうなのが嘘みたいだ」

「ちゃんと名前を覚えてなかっただけなんだよね……」

「あ、そう」


 フィーリクス達二人の会話を無視して、ダグラスは泰然とエージェント達を見回す。フィーリクスとフェリシティがウィッチと正面から対峙するのは、これで二度目だ。


「そこそこ集まったようで何より、かな」

「お前、さっきはいなかったよな」


 ヴィンセントの言うさっきとは、一度目の戦闘を指しているのだろう。ダグラスは彼を一瞥すると小さく笑う。


「正解だな。確かにさっきはいなかった。見てはいたけどな。で、今はいる。お前さんの目の前に」

「ふざけてるのか!」

「ふざけちゃいないさぁ。大事な用があって、ここに立ってるんだ。大真面目よ」


 ダグラスの人を食ったような対応に、ヴィンセントが語気を強めている。それだけ焦りがあるということだ。ただ、ウィッチの言う大事な用とは一体何なのか。


「皆理由が分からないって顔だな。まあ落ち着け、ちゃんと説明してやるって。あー、でもその前に、皆このモンスターが気になるって顔してるよなぁ」


 そんな顔をしているのか。とりあえずフェリシティを見てみると、目があった。同じことを思ったらしいが、彼女に特に変わった点はない。


「こいつは特別製でな。周りにバリアみたいなのがあるだろ? あれが今までのとは違うところだ」


 確かに、今まで倒してきたモンスターとは違うタイプだった。ただ、前にも似たようなのがいたような気がして、あることを思い出す。もう一度フェリシティに目を向けると、果たして彼女も何か思い付いたようだ。


「あの障壁にはいろんな設定ができてな。今回は、特定の人物以外、出られないようにした。ポータルを使っても、外側に出口を作ることができないはずだ」


 前にこちらの魔法を無効化する敵がいた。それは規模は遥かに小さいながら、断続的に発生させながらのものだったが、確かに障壁らしきものを張っていた。


「前にも試作型を一体作ったんだが、そいつに逃げられてよ。お前さんらの誰かが倒してくれたみたいで、腹立たしい反面感謝もしてるんだ」


 ダグラスは得意げに説明する。フィーリクスはその内容を聞いて、恐る恐るだが、事実を確かめずにはいられない。


「もしかして、クリスタルの奴じゃ、ないよね?」

「そうだ。お前さんが倒したのか」

「そうだよ」

「ふうん。……ああ、思い出したぜ、前にアーウィンと戦ってた奴だ。そうか、お前さんかぁ」


 その敵は、素体に人間を使っている可能性があった。それを倒したことで、殺人を犯してしまったのではないかと、フィーリクスとフェリシティ、及び同僚のニコの三人は、しばらくの間思い悩んでいたのだ。ただ、しばらく前にその疑いは晴れることとなっていた。


「君が、あのモンスターを作り出したのか」

「そうだ。楽しめたか?」

「いいや」


 ヒューゴの知り合いの警部から、その知らせは入った。件のモンスターとそっくりな、行方不明だったある少女が見つかった、と連絡があったのは、つい数日前のこと。警部が少女の家族に、未だ発見できていないと定期連絡を入れたとき、既に家に帰っていると知らされたらしい。そのことにフィーリクス達三人は、大いに安堵したものだった。ただ、少女にいなくなっていた間の記憶が残っていない、という点と、どうしてモンスターが彼女の姿をとっていたのかという点が、不可解ではあった。


「さて、話を戻そうか。……うちもほら、人数少ないだろ? 他の街にもいるらしいが、ほとんど交流ないしな」

「それがどうしたっていうんだ?」


 次にラジーブが口を開く。フィーリクスにもまだダグラスの意図は掴めない。ただ、人数が少ない、という情報は非常に有用だ。もちろん本当とは限らない。だが、それが真実ならば。戦力の質は高くとも、量的にMBIが勝っていれば、いつかは彼らに打ち勝つことが可能だからだ。それを彼は分かって喋っているのだろうか。彼は気にした風もなく、話を続ける。


「こうやってモンスターを用意して、お前さんらをここから出られなくして。色々準備したのはよ、ちゃんと理由があるんだ」

「それは?」

「うちのボス、ロッドがよ、言うんだよ。人を集めろって」

「お前、まさか」


 またヴィンセント。彼の言いたいことが分かったようだ。フィーリクスも直感する。これは、どうやら楽しい事柄ではなさそうだ。


「あー要するにだな。リクルートってやつだ。ここに来れるような力を持った奴。お前さん達みたいなのを募集してる」


 戦力を欲している。彼はそう言っている。正確には、彼の後ろにいるリーダーのロッドが。現在に至るまで、彼らの活動の目的は判明していない。ヒューゴは、何か知っているようだったが、まだ話す時ではないとの判断だろう、黙したままだ。ウィッチはその何かを、さらに推し進めようとしているのではないか。


「ある程度なら色々喋ってもいいっていうんで、話す」


 ダグラスは、何かのサークル活動にでも勧誘するような、気軽な口調でことを進めていく。


「モンスターの生まれ方は知ってるだろ?」


 いきなり核心を突いたような話を、常識であるかのように聞いてくる。彼の問いの答えは、フィーリクスも知りたいことだ。人類の歴史上、モンスターの出現する原理は未解明のまま、というのが定説だからだ。諸説あったが、単なる推測の域を出たものはない。


「知ってる?」

「知らない」


 フェリシティに脇をつつかれながら聞かれたが、正直にそう答えるほかない。他のエージェント達も、首を振って彼と同じであると示した。


「モンスターは物じゃなくて、物に宿った残留思念に宿るんだよ」


 ダグラスの答えを聞いて、全員が黙り込む。だが静寂が支配できた時間は短い。


「あいつ、なんか凄く重要なこと喋ってないか?」

「あたしもそう思う」

「本当なのかな?」

「いや、ダレン。仲間を集めてるってのも、モンスターの発生原因も、俺達の油断を誘うためのブラフじゃないのかと思うけど」

「その線が濃厚だろうな」


 一斉に、口々に好き勝手言うが、ダグラスは意に介さない。


「なんだ初耳だったのか? これって、喋っちゃまずかったかな」

「……いや、いいんじゃないか?」

「ああ。情報提供はありがたい」

「その調子で、じゃんじゃん喋ってくれ」

「お前さんらも大概ふざけてないか?」


 さすがに気にしたようだ。どうも、最初の酷薄な印象と違って、話好きのタイプの彼に対する緊張が、皆から失われつつあった。それが彼にも伝わったらしい。それでも咳払い一つで収めてしまう。


「これ以上は仲間になるやつにしか言えないんだが……」

「君達の、目的は何なんだ?」


 今度はフィーリクスが聞く。また重要そうなことを言いかけたダグラスの話を途切れさせ静かに、しかし強く聞く。一瞬むっとした表情を見せる彼に構わず、質問を続けた。


「そうやって、いたずらにモンスターを作り出し、仲間を集めて、何がしたいんだよ」

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