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2話 fragileー2(挿絵あり)

「あたしたちはやってない!」


 フェリシティが机を強く叩いて鈍い音を立てる。フィーリクス達は留置所を出た後、案内された別の部屋にいた。彼女の行動はフィーリクスに次いで彼の隣の椅子に座った直後のものだ。部屋の中にはフィーリクスとフェリシティ、ヴィンセントにラジーブの四人がいる。ヴィンセントとラジーブはMBIのエージェントで、昨晩共にモンスターと戦った人物達だ。フィーリクス達を逮捕した人物でもある。


「まあ待て、実は事情が変わってな」

「え?」


 ヴィンセントの発言に、フェリシティは出鼻をくじかれ机に叩きつけていた拳を滑らせ体勢を崩した。彼の口調には昨晩フィーリクス達を逮捕した時のような厳しさはない。そもそもここは取調室ではなく、会議室だ。幾つもの長机と椅子が整然と並べられ、部屋の前面には大きなホワイトボードを設えている。フィーリクスとフェリシティは最も前側の席に付き、ヴィンセント達はホワイトボードの前にいる格好だ。


「一度こういうのやってみたかったのに」

「ふざけてる場合じゃないだろ」


 フィーリクスが苦笑しながら対応する。ラジーブも同じような表情で、ヴィンセントはあまり反応したようには見えなかった。


「新たな目撃証言が上がったんだ」


挿絵(By みてみん)


 真顔でことを進めようとするあたり、どうやら彼は真面目一辺倒な性格のようだ。


「それって何?」

「身長差だよ。男の方が身長が低かったそうだ。女の方は普通の背丈でね」


 フィーリクスが尋ねるとラジーブが回答する。彼も昨日あったピリピリした雰囲気はもうない。最初に会話した時のような、どこかおどけるようなところのある話し方に戻っていた。


挿絵(By みてみん)


「チビかガキね」

「まあそういうことになるな。複数の証言をまとめるとこうだ。二人はもうすぐ始まるバルーンパレードを見ていたそうだ。それから、持っていた荷物から妙なものを取り出したらしい。するとその妙なものからガスのようなものが溢れて広がり、バルーンへと流れていったかと思うとバルーンが自分で動き始めた。バルーンモンスターの出来上がりだ。ここまでは昨日も話したな」


 ヴィンセントがフィーリクス達を確認するように見回す。フェリシティはそんなことは分かってるとでも言いたげに先を急かした。


「ざっとはね。でそれからどうなったの?」

「モンスター騒ぎで正確に見て覚えているものはいない。まあ恐らくはその後例のクマ型のエア遊具にその妙なものを仕込み、そして行方をくらました、というところだろうな。他にも幾つか気になる点はあったが」


 それを聞いたフェリシティがヴィンセントの言葉を遮り、勝ち誇ったように彼に指を突き付ける。


「じゃあもういいでしょ、決まりじゃない。あたしよりフィーリクスの方が頭一つ分くらい背が高い。犯人はあたし達じゃないってことがわかったんだから」


 フェリシティが話は終わったとばかりに立ち上がったが、それを制したヴィンセントが再び口を開いた。まだ話は続くようだ。彼女は眉をひそめて彼の次の言葉を待っている。


「そう簡単に終わる話じゃない。まだ完全に容疑が晴れたわけじゃないんだ。人の記憶なんて曖昧なものでな。同じものを見ても五人いれば五人とも違う証言をしたりする。見間違いかもしれない。祭りという特殊な状況だったし、それにあの騒ぎなら一層だ」

「そんな!」

「だから落ち着けって。事情が変わったって言っただろ?」


 ラジーブが荒ぶる馬を抑えるかのような手つきでフェリシティを宥め、実際何か動こうとする兆候を見せていた彼女を再び座らせる。


「君達の荷物検査をさせてもらったが疑わしいものはなかった。強いて言えばフィーリクスのリュックに入ってた木の棒くらいか。そういえばあれは何なんだ?」

「あ、ああ、あれ? あれは、その、モンスターに襲われたとき用の護身のための物なんだ。お守りみたいなものだよ」

「ふうん、その割には使い込まれた感じだったけどな。まあいいか」


 フィーリクスは突然話を振られ焦る。まさか普段からあれでモンスターをぼこぼこにして報酬をもらってます、と答えるわけにはいかない。適当な言い訳で切り抜けようと試みたが、ラジーブがあまり興味を示さなかったのは幸いだった。


「で、だ。フィーリクス達が犯人って線はまあかなり薄れているのは確かなんだ」

「よかったよ」


 彼はホッと胸をなでおろし、次のヴィンセントの言葉を聞いて今度は混乱することになる。


「そこで一つ提案がある。俺達に協力しないか? 俺達の管理下ではあるが、ここで働いてもらいたい。いわゆるスカウトってやつだ」

「もちろん二人は解放される。自由の身だ。身分も保証される」


 突然の提案にフィーリクスとフェリシティは目を見開く。二人はヴィンセント達が何を言っているのか理解が追い付かない。次の言葉を紡ぐまでに、ヴィンセントが現在時刻を確かめ、ラジーブが携帯端末を覗き込み何かをチェックする間が十分にあった。


「あの、俺達事件の容疑者が!? 何で!?」

「人材が不足していてな」

「そこはわかりやすい理由なのね」

「バスターズのメンバーにも優秀な人物があれば声をかけている。ところがこれが中々難しくてな」


 フィーリクスはMBIに関する情報を整理する。先ほども考えていたが、MBIは情報収集と分析が主な仕事のはずだ。それをなぜ昨日の自分達を見てスカウトしようと思ったのか。しかも重大犯罪に当たるような事件の容疑者にも関わらず、だ。


「年中募集はしてるんだがな、優秀なのがなかなか来ないんだ」

「その点で君達は合格だ。俺たちがその戦いぶりを見てる」

「最初は臨時職員の扱いでもちゃんと正規の給料も出るぞ。真犯人を見つければ晴れて正式にMBIのエージェントになれる」


 ヴィンセントとラジーブが次々にまくしたてる。フィーリクスはこれ以上話が勝手に進む前に事態の把握を図ることにした。


「いや、ちょ、ちょっと待って。人材不足なのは分かったけど、他がさっぱりだよ」

「何だ?」

「俺達をスカウトする理由さ。情報収集と分析がMBIの仕事でしょ? 戦闘力を見込んでって、MBIがモンスター達と戦ってるだなんて聞いたことがない」

「俺達が昨日戦ったのを見ただろ?」


 ヴィンセントが何故フィーリクス達が分からないのか不思議でたまらない、とでも言いたげな顔だ。


「それじゃ説明になってない。いや、待てよ。ここは本当にMBIなの?」

「そうだが?」

「おいおいヴィンセント、彼らにここに来るまでに説明したんじゃなかったのか」


 ラジーブが半ばあきれ顔でヴィンセントを見やる。フィーリクスはストッパーとなってくれた彼に内心で感謝した。これから一体何が起ころうというのか。しっかりと見聞きする必要がある肝心なポイントに来ている、と彼の直感が告げていた。


「そういやしてなかったか」

「だろうと思った。彼らの混乱ぶりを見れば分かったよ」

「いや、すまない二人とも。一から説明させてもらう」


 意外と抜けているところがあると判明したヴィンセントは、フィーリクスの疑問に答えてくれた。


 そもそもMBIの名称からして本来の物とは異なるということをまず初めに聞く。世間に広く知られているMechanical Basic Investigation、機械的基礎調査ではなく、Magical Bureau of Investigationの頭字語でMBI、魔法捜査局であるということ。


 MBIは表向き通りの仕事はもちろんあるが、ヴィンセント達が昨日行ったような裏の仕事、つまりモンスター退治やそれに付随する役務全般があり、どちらかと言えば後者の方が主な仕事内容となっているらしいこと。


「ちょっと待って、何だって? 魔法?」

「魔法だ。いいからまずは説明を最後まで聞いてくれ」


 戦闘や捜査を行うヴィンセント達も所属する魔法捜査部を筆頭に、情報部や技術部その他いくつかが部門別に別れ存在しており、フィーリクス達はその中で魔法捜査部の魔法捜査課に誘われているということを知った。


「魔法を使い敵を打ち倒す。これは秘密任務だ」

「「秘密任務ぅ!?」」


 フィーリクスとフェリシティが口を揃えて叫び、目を輝かせる。


「そうだ」

「「かっこいい!」」

「ちなみに誰かにバラせばお前達は消される」

「ははっ、またまたぁ。……あー、ヴィンセント? 何か言ってよ、怖いって」


 監視も名ばかりのもので心配するようなものではない、ということだった。プライバシー上の問題が一つだけあり、携帯端末を持たされ位置の把握だけはできるよう常に身に着ける必要がある。


「げぇっ、嘘でしょ?」


 そう聞かされたフェリシティが苦いものでも食べたように嫌そうな顔をし、フィーリクスにはそれがおかしくてつい失笑する。得られた結果はフェリシティからの鋭い睨みだった。

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