8話 overwhelm-6
「へぇ」
「おおぅ」
端末のインベントリに収納した装備は、呼び出しに応じて自動で装着することができる。しばらく前に実装された機能の一つだ。レティを早速着込んだ二人はその感触を確かめていた。首から下、手のひらも含めてすっぽりと覆うタイプだ。その上からいつものボディアーマーも装着している。むき出しの頭部はどうなのかとゾーイ達に聞いたところ、目には見えずともまた別の技術を用いて魔法防御をしっかりと働くようにしている、と聞かされている。全身その技術でいいんじゃ、とは言わぬが花と言うものだろう。フィーリクスはその言葉を胸の内に留める。
「着心地は悪くないでしょ? 頭だけなしにするのに苦労したんだ。……何? 燃費悪くなるから、できるだけこれで覆った方がいいの。本当だからね?」
本人も気にしているらしかった。MBIの地下駐車場、車の傍。フィーリクスは拳を幾度か開閉して、ゾーイのほうを向いた。
「ああ確かに。何かもちもちしてて、面白い感触だね」
「触ってて気持ちいいかも、って何で手も覆われてるのに触ったものの感触が分かるの?」
フェリシティの質問にゾーイは嬉々として補足説明をする。
「それがこいつの凄いところなんだ。手のひらには触覚フィードバック機能も付加してるからね。細やかな作業もお手の物ってなわけ」
ゾーイの言葉を聞いて頷く。これは確かに使えるようだ。素材の感触はフェリシティの言うとおり触っていて気持ちがいい。それに着ている者のボディにぴったりと吸い着くようにフィットしており、シルエットもいい。フェリシティの尻と太股がより強調される形となっている。そこは彼にとって重要な部分だ。そんなことを考えながら運転席に座る。
「へぇ確かに凄いや。さて、それじゃ行こうか」
「ええ、そうね。場所は、初代大統領の家だっけ。どんなところなの?」
「今から数百年前の時代に建てられた建物ね」
フェリシティの疑問にゾーイが答える。車の発進と共に説明を開始した。MBIから一度川を西側に越えて、川沿いに南に車で三十分と少しほど下った場所。広大な敷地の中に、彼らが住むこの国U.C.Aの初代大統領がかつて住んでいた邸宅がある。河川の堤部分、大きな庭の周りに幾棟もの建物が建っている。どれも白壁に赤茶色の屋根だ。国の重要な歴史建造物として指定されているそこは、当時の暮らしぶりを知る資料でもあり、現在は観光地として一部の部屋を含めて一般解放されている。
「説明ありがとうゾーイ。そっか、フェリシティは行ったことないわけか」
「ない。事件が終わったらついでに案内してよ」
「いいよ」
「ありがと。……えーと、ところで何でゾーイが車に乗ってるの? いつの間にかレティも着てるし」
フィーリクスが車を急停止させた。地上に出てしばらく進んだところだ。後続車にクラクションを鳴らされたため、慌てて路肩に車を止め直す。
「ドアを開けて座ったからだね。レティを着たのは乗る直前。うん、よかった、突っ込んでくれて」
助手席にフェリシティ、後部座席にゾーイが乗り込んでいる。彼女はフィーリクス達に付いて来て、見送りでもするかと思いきやそうではなかったようだ。
「いや、ナチュラルに座ったから、違和感なかったんだ」
「あたしも」
「で、次の質問はまだ?」
ゾーイが後ろから身を乗り出してくる。目を見開き二人を幾度も交互に見つめる。期待をもって答えを待っている。
「それって?」
「ああもう、鈍いわねあんた達。何で付いてくるのか、に決まってるじゃない」
じれったそうに、少年のようにはしゃぐ彼女はそれはそれで魅力があるかもしれない。が、中身はマッドサイエンティストなのでは、という疑念がある限り素直に彼女を評価できないフィーリクスだった。
「ああうん、じゃあ、何で付いてくるの? 危険だよ?」
「よくぞ聞いてくれた!」
「うわっ、急に大声出さないでよ」
フェリシティが座席から腰を浮かせている。気を抜いていたらしい。
「あたしも、さっきのネイサンとのやりとりで思うところがあったわけよ。後方支援として安全なところから見てるだけなのはどうなんだろうってね。その、ちょっぴりアイテムが異常をきたしたりするし。たまには前線に立つ君らの傍で、この眼で、戦いをよく見ておくことも重要なんじゃないかって」
「だからといって、何も今回みたいな特に危なそうなときに行かなくても」
やはり彼女は自分の作品の危険性についてちゃんと分かっているようだ。ただ彼女が普段どうあれ、大事な仲間であることには違いない。それに彼女の申し出は、フィーリクスにとって心を動かされるものがあった。ちなみに単純すぎるとは自分でも考えていたが、そういう性分なのだから仕方ないという開き直りもまた存在している。
「頼むよフィーリクス、フェリシティ」
ともかく、戦闘能力もないのに、モンスターの攻撃に晒されるかもしれない場所に連れて行くわけには行かなかった。
「ヒューゴは? 彼の許可は取ったの?」
「取った」
「うっ……」
「無茶はしないし大丈夫。いざとなったらすぐに逃げるし。それに加速の魔法くらいは使えるようにしてるからさ」
ゾーイが自身の端末を二人に突き付ける。確かにインベントリには加速魔法のジェムが収納されているようだ。ヒューゴにも何か考えがあっての事なのだろうが、彼の許可まであるとなればもはや断る理由はなかった。
「降参するよ、連れて行く。ここで言い合いしてる暇もないしね」
「そうこなくっちゃね! フィーリクス大好き!」
突然ゾーイがフィーリクスに抱き付く。その様を見たフェリシティが呟いた。
「何やってんだか」
「何? 妬いてるの?」
「そんな訳ないでしょ。フィーリクス、車出さないの?」
「あらら、こりゃ脈ないわ。つまんなーい」
フェリシティは何らかの感情を表に出すでなく、素のままだ。その乏しい反応にゾーイは不満のようだったが、フィーリクスは気を使う余裕はなかった。実際のところ、心拍数が跳ね上がり、顔面が紅潮する事態となっていた。フェリシティとは正反対の状態だ。
「……出発する」
硬い声で一言発するのが精一杯だった。原因はゾーイのある発言にある。今までの人生で彼は面と向かって誰かに、特に異性に、たとえ冗談でも『大好き』などと言われたことがなかった。その手のことに対して平気だったり得意でもない。即ち免疫がないのだ。フェリシティにも言われたことのない言葉に、フィーリクスは緊張しきっていた。そういう場合ではないというのは、重々承知していても尚のことだった。
「どうかしたの?」
理由は分からなかったが、何故かフェリシティを見つめしまう。それを彼女に気付かれたようだ。
「な、何でもないよ」
彼女は、どうにも今の一連の出来事に全く反応していない。怒るか何かするとフィーリクスは思っていたのだが、何もない。むしろ僅かに微笑み彼の出発を待っている。これもまた理由は分からなかったが、ほっと胸をなで下ろして、また同時に残念だという気持ちも内包して、そろそろと車を走らせ始めた。
「そう、何でもない」
目的地までの道程は、当初順調だった。途中フィーリクスの家のそばを通り掛かり、それをフェリシティに知らせたが、「そうなんだ」興味なさげな答えしかもらえなかったことがあったくらいだ。車のダッシュボード、インパネに表示される気温がぐんぐん下がっていくのを三人とも不気味がったが、途中までは大きな問題はなかった。異変が現れたのは到着まであと十分ほどというときだ。ゾーイがポツリと漏らす。
「雪、吹雪いてきたね」




