8話 overwhelm-5
「待ってたよー」
フィーリクス達を出迎えたのはヒューゴの他に三人いた。ゾーイとディーナ、それとゾーイの部下のネイサンだ。捜査課の部屋に入った二人を最初にゾーイが見つけ、声をかけたものである。
「かっ飛ばしてきたよ」
「早く現場に行かせてよね」
「はしゃぎすぎだ二人とも。急ぐのは確かだが、まずは今から支給する新しい装備についての説明を聞いてからだ」
ヒューゴの言うとおり二人は少々舞い上がり気味ではあった。が、普段気難しい彼に期待されているのだ。他のエージェント達の安否が不明とはいえ多少は仕方がない、とフィーリクスは内心で独りごちる。そこへゾーイが一歩フィーリクスの前に歩み出た。
「まあまあヒューゴ。……フェリシティ、それにフィーリクス。あんた達があたしの、いえ、あたし達の新しい装備を前にして、興奮せずにいられない気持ちはよく分かる」
「うげっ、何だか嫌な予感がしてきたよ」
「俺も……」
以前までは彼女の作品ができあがるのが楽しみだった。以前までは。ゾーイの自信満々な態度に過去の思い出が蘇る。これまでいくつかの『新装備』を試したが、そのどれもがどこかに欠陥がありひどい目に遭ってきた。既に開発、調整中だったポータルで鉄塔の天辺に飛ばされる。今でこそまともに使えているが、MDDで探知したモンスターが、前方にいるはずが真後ろにいて襲われた。現在開発中の新たなモデルの銃火器が試射中に暴発。ボディアーマーの自動調節機能の不調で、フェリシティのハグ並みに締め付けられ窒息。他にもいくつかあったが思い出すのはやめた。
「何よ君達。変な顔しちゃってさ」
ディーナが軽く睨むような表情で横入りしてくる。確かに自分の開発したものに対して不審がる二人に、いい気分はしないだろう。
「ディ、ディーナ。その、君を信用してないわけじゃないんだけど、ほら、その……」
「ふうん、つまりあんた達は、あたしが、信用できないってわけね!?」
「お、落ち着いてゾーイ。あたし達は別にそんなこと思ってないって。……フィーリクス、理由はあんたに任せる」
「ちょっと、そんな……」
ゾーイに詰め寄られ、フィーリクスは焦りに焦った。フェリシティも同様のようだ。今回はディーナも開発に加わっているのだ。それほど変なものは見せてこないだろうと、希望的観測を胸に抱くが、不安を拭いきれるものではなかった。かといって事実を言うにも勇気が足りず、どうしようかまごまごしていると、一歩彼らの前に歩み出る者がいる。それはネイサンだ。フィーリクスは思わぬところから助け船が出たものだと僅かな驚きを覚えつつ、彼の発言を黙って待った。
「皆さん、落ち着いてください。僕が思うに、二人とも感動の余り胸が詰まり呼吸しにくくなったんですよ。結果酸欠に陥り、妙な振る舞いをしているのでしょう。内心では感謝感激の念に絶えないはずです。何て言ったってゾーイさんの画期的な発明品なんですから。僕には分かります」
ゾーイ信者だった。ネイサンに期待したのが間違いだった。そう言えば、彼が技術部に入ったのも、彼女の開発したものを見て感銘を受けたからだという話を聞いた気がする。フィーリクスには理解しがたいものがあったが。
「あのー、あたしも結構尽力したんだけどな」
やんわりと言うディーナだが、ネイサンの視界には入っていない。
「いや、そこまで言われちゃしょうがないな」
「まだ言い足りないですよ」
二人だけの世界に入り込んでいるようだ。フィーリクスにとってあまり見たくはない光景だ。見ていて気持ちのいいものではなかった。
「まあでも、さすがにやりすぎちゃってる面があるのも否めないのよね」
「何事も犠牲なくして進歩はありません!」
「そうはっきり言われると、あたしでも引くわ……」
嫌そうに眉をひそめるフェリシティが無言で見つめてくる。フィーリクスは分かってるという風に頷いて見せた。
「引くのね」
「やっぱり分かっててやってたんだよ」
「あたしも混ぜてよ。開発中はやりにくくってしょうがなかったんだから。あの二人いつもあんな調子でさ。はぁ……」
ディーナが二人の間に割り込み、両腕をそれぞれの肩に回して抱える。
「ディーナも大変だったのね」
しみじみとディーナを労うフェリシティは、肩に回された彼女の手を両手でそっと包み込み機嫌を窺っている。どうもフェリシティはディーナを前にすると態度が妙になるようだ。ところで、愁いを帯びたディーナも確かにまた魅力的だと、フィーリクスは肩を抱かれながら頬を若干赤く染めつつ口を開く。
「どんなことがあったのか教えてよ」
「それは……、ねぇ、時間がないんじゃなかったっけ?」
ディーナが我に返ったようだ。そこへわざとらしい咳払いが響く。ヒューゴが痺れを切らしたのだろう。
「そうだ。落ち着いたところで話を戻していいか」
「「了解」」
威圧が少々混じった彼の言葉に、各員とも態度を真面目なものに切り替える。こういうところはよく訓練されている。
「新装備に関して、ゾーイとディーナの二人に説明してもらおう。短めで頼む」
短めに、という単語に不満を見せるゾーイとディーナだったがそこはプロだ。すぐにその色を隠し、用意していた実物をフィーリクスとフェリシティの前に出す。服だ。色は黒色が基本で、所々にボディに沿った流線形の青いラインが入れられている。それを広げて二人の手に持たせ、話をし始めた。
「今回のは、ボディアーマーの下に着てもらうアンダーウェアの一種になってるんだけどね。モンスターの体表組織に着想を得て作ったものなんだ」
話を要約するとこうだ。以前、エージェントのスペンサーとグレースが生きたままモンスターを捕えることに成功した。温度変化に強いタイプだったそうだ。暴れるモンスターを抑え、なんとか微細な皮膚組織の構造を解析するに至ったらしい。その後モンスターが逃げ出して研究室が荒らされ、職員達が逃げ惑い騒ぎ立てる事態となったらしいが、それはまた別の話だと詳細は省かれた。
「今度ゆっくり聞かせてよね、ゾーイ」
「やだよ。騒いだ職員の内の一人はあたしだし」
詳しいことは割愛されたが、そのモンスターの表皮には熱を遮断する機能があり、魔力を流すことでそれが働くということだった。それを元に新素材を開発し、使えるものまでに昇華させたのが今回のアンダーウェア、熱絶縁強化表皮だ。リーンフォースエピダーミス・ウィズ・サーマルインスレーション:Retiと名付けられたそれは、早速実践配備される運びとなった。
「先に行った連中は、皆それを身に着けてたのよね?」
フェリシティがゾーイに質問する。確認しておかなくてはならない事項で、彼女が聞かないなら自分で聞こうとフィーリクスが思っていたことだ。
「そうだよ」
「それで、行った先で、皆音信不通になった」
「そう、だね」
「つまり、それって効果がなか……」
「ちょっと、ちょっと待ってフェリシティ」
待ったをかけたのはディーナだ。フェリシティの言葉を遮ったのは、それ以上言われると自身の沽券に関わるからだろう。焦ったような表情からもそれが読み取れた。
「効果はある。あたしが断言する。実験は何度もしたし、簡易ではあるけど出発前に試着しての試験も行った。その上で皆納得して身に着けていったんだからね」
「でも」
「でもはなし。何なら今その効果を試してみてもいいんだけど?」
「分かった、分かったってば」
ディーナに迫られフェリシティが珍しく押され気味になっている。彼女相手だと、やはり弱いようだ。彼女には男女問わず魅了するところがある。フィーリクスはヒューゴと共に感慨深げにその風景を見つめていた。その彼がフィーリクスの肩に手を置き一言のたまう。
「ま、そんなわけでよろしく頼む」




