7話 rebuild-11
クライヴ達と別れMBIに帰る途中の車の中で、あたしは運転を任せるフィーリクスに、最も気になることを質問した。これを聞けなければ、あたしが今日まで悶々と悩んでいたことが解消されない。だからどうしても聞き出す必要がある事柄だった。
「ねぇフィーリクス」
「何?」
「教えてよ。ここ最近、ニコと二人で何をしてたのか」
あたしがじっと彼を見据えて待つと、渋々といった感じだったけど、話をし始めた。
「随分と君を困らせたみたいだしね。分かった」
聞いたことを後悔したかどうかと問われれば、そうではないと答えられる。でも聞きたい内容じゃなかったのは確かだった。その内容に正直、ひどく衝撃を受けることになった。
「警察から仕入れた情報になる」
しばらく前、一人の少女が失踪した。少女は現在まだ発見されておらず、依然行方不明者リストに載せられたままだということだった。ただ、この情報だけではフィーリクスが何を言いたいのか分からない。
「早く見つかればいいのはもちろんなんだけど、その女の子がどうかしたっていうの?」
「『メドゥーサ』を倒した時のことをはっきりと覚えてるかい? あのモンスターの顔をしっかりと見た?」
急な話の転換に少し混乱するが、言われた事件のことを思い出す。あたし達はしばらく前に、ゲームセンターで人や物を結晶化してしまう力を持ったモンスターと戦い、勝利した。苦戦したけど、フィーリクスの機転で何とか倒せたんだっけ。一見すると、人間にしか見えない相手だからちょっと躊躇したんだよね。……息を飲んだ。体中汗が吹き出るのを感じる。この流れからいうと、嫌な予感しかないんだけど。
「実は、ね」
そのモンスターの正体が行方不明の少女だった可能性があると、フィーリクスははっきりと言った。あたし達は、人を殺したのかもしれない。彼にそう告げられたのだ。
「……ほ、本当なの? ウィッチだったって可能性は?」
絞り出すような声で聞く。重苦しいものが胸にのしかかった。息がしづらくなって、目の前が少し暗くなった気がした。ウィッチならやっつけてもいいのかと問われれば、単純にはそうじゃないと答えられる。でもあいつらは明確に敵で、人々の命を脅かす存在だ。逮捕に至る過程でこちらの生存が危ぶまれれば、最悪殺害もやむなしだと捉えている。MBIの権限や法規でも許されていることだけど、それだけじゃない。それがあたしにできる線引きの仕方、正義のあり方、心のバランスの取り方でもある。
「アーウィン達と戦ったから分かる。彼らとはまた違う感じだったんだ。明らかに妙な態度だったのもあるし。方法は分からないけど、もしかするとウィッチに利用されていた可能性がある」
「そんな……。あ、あたしは……」
あたしにはどう違うのかはよく分かんなかったけど、フィーリクスが言うんならそうなのかもしれない。でも、そうするとあたしは、罪もない少女を、殺人を……。
「早まらないでフェリシティ。まだ完全にそうだと決まった訳じゃない」
あたしは、ろくでもない顔でフィーリクスのことを見つめていたのだろう。不安を解消させるように、彼は優しい口調で話し続ける。
「俺とニコは、その少女がどうなったかの追跡調査を続けてる。ヒューゴの知り合いの警部、ダニエルを覚えてる? 彼にも協力してもらってるんだ。でもまだ答えは出ていない。ひょっこり見つかるかもしれないだろ?」
「そう、ね。そうなることを祈ってる」
悪いけど、フィーリクスの言葉は気休め程度にしかならなかった。敵を倒せてようやく晴れた気が、また塞がっちゃったな。何も考えないでただモンスターを退治してたバスターズの頃とは、違う。引き返せないところまで来てしまったのだと、ここに至ってようやく理解する。それだけじゃない。見えない先のことだけじゃなくて、もう一つあたしの心を乱すものがある。それは、あたしが過去に置いてきてしまったもの。……いや、よそう。今はあのことを思い出したくない。今現在のことだけで手一杯だよ。あたしはフィーリクスを見て、少しだけ甘えた調子を混ぜて、ポツリと言う。
「不安だよ」
「俺もだよ。……それに、今まで君に黙っていたことを、どう謝って挽回しようかって考えるだけで、すごく不安が増すんだ」
「ちょっと! それどういうことよ!?」
「ごめん、冗談だって」
フィーリクスに詰め寄って怒るふりをする。嘘、少し怒った。ほんの少しだけ。彼が今まで少女のことを伏せていたのは、無用なショックを与えたくなかったからなんだって分かったから。でも、あたしのことを信頼して、ちゃんと最初から話しておいてほしかったから。
「ぷっ、ははは!」
「はは、笑ってくれた、って何か俺のこと馬鹿にしてない?」
フィーリクスの情けない顔を見て思わず吹き出す。ま、確かに彼のふざけた冗談とやらで多少は気が紛れた。軽く息を吸って吐いて。あたしは、ある覚悟を決める。それはあたしの矜持ともいえること。すなわち、くよくよしない、させないこと。あたしらしさを失わないこと。昔決めたことのうちの一つ。それを改めて決意し直す。
「気のせいよ。それで、フィーリクス」
「何?」
前にフィーリクスに言ったことを思いだした。『立ち止まって俯いてるとき、後ろからそっと背中を押したげる』と。立ち止まってたのはあたしのほうだった。これじゃまるっきり逆だよ。だから、今回の一連の出来事はいい契機になったんじゃないかな。でも、ね。
「ごめん、それからありがとう。あんたは今まであたしに気を使ってくれてた」
「いいんだ、相棒なら当然のことだよ」
爽やかにほほ笑むフィーリクスがいる。彼に関して、あたしの胸に最後まで留まったままの、予感みたいなものがある。それはいいものじゃなかった。あたしは知ってる。普段は優し気な彼のその瞳の奥に、時折狂気じみたものが見え隠れするのを。さっき肩を掴まれたときもそうだった。すぐに元の表情に戻るけど、それを目にする度にあたしは不安になる。いつか、取り返しのつかない何かが起きるんじゃないかって。だから、あたしはできる限り彼の傍にいようと思った。あたしにできることがどれだけあるかは分からないけど、なるべくあたしの大切なバディの力になれるように。
「……考え過ぎかな」
「何が?」
「何でもないよー」
思わず口をついて出た言葉をフィーリクスに聞かれて、ちょっとだけ焦った。すぐに返事は返せたから、妙な勘ぐりはされずに済んだみたいでよかったけど。……それはさておき、取り敢えず今からやるべきことは決まった。
「ね、フィーリクス。一緒にご飯食べよ?」
「いいね。今日までの埋め合わせとして、食事代は俺が出すよ」
窓の外の曇り空を見る。こんな天気でもご飯のことを考えると、やる気に満ちてくる。そんな単純な、と言われるかもしれないけど、人間って意外と現金なものだし、実際単純だ。ただ、だからこそ効果が大きいんだよね。それに彼のほうを見るときは、なるべく笑顔でありたい。彼の笑顔を見たい。そう思ってまた彼のほうに振り返る。
「いいの?」
「一品だけね」
「だと思った」
あたしを見て返ってきたフィーリクスの反応は、笑顔。二人で同時に頷いた。二人で少しの間笑いあう。
「じゃあお願いするね」
「オーケー、相棒」
今回で第七話終了となります。




