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7話 rebuild-10

 何故。どうしてこうなった。完全にまずった。油断はしてないつもりだった。そういえば、よくは分からないけど『プソグラフ』は二度、突然あたしのすぐそばに出現した。昼時と朝一、もといこの場所で最初に出会った時。そのことをちゃんと警戒しておくべきだったと、今になってようやく思い当たる。前に出会ったウィッチのアーウィンが同じようなことをしてたけど、それとはちょっと違う気がする。


「あ……」


 これだけの思考が一瞬で頭を巡り、次に真っ白になった。緊張が解け、全身の筋肉が弛緩する。もう何も考えられなかった。終わった。あたしは、ここで終わり。敵はやはりすぐにはとどめを刺してこない。あたしが怖がり、悔しがり、悲しむのを知っていて、それを楽しんでいるからだ。


「うっ……、ぐっ……」


 やれると思っていたのに。失敗した。肝心なところでドジっちゃった。涙が零れ落ちる。ここまで堪えてきたものが、溢れ出てくる。


「誰でも、誰でもいいから……、あたしのパソコンのデータを消して……」


 『プソグラフ』の息遣いが耳元で聞こえる。首に奴の涎がかかり不快な感触を得る。首筋に牙を突き立てられ、ゆっくりと肌に食い込んでいく。プツリという音と、痛み。皮膚が破られ、血が首元を伝う感覚がある。


「んっ……」


 固く目を閉じその瞬間を待った。けど、今度もそれは訪れなかった。


「ギャウッ!」


 突然の銃声と悲鳴のような鳴き声に驚き瞼を上げれば、地面に転がり苦しむ『プソグラフ』の姿があたしの目に映る。訳が分からなかったが、判断と動作はすぐだ。脱力していた体に指令を送る。飛び起きて、聞こえたのは今一番聞きたかった人物の声。


「諦めるなんて、フェリシティらしくないじゃないか」


 敵を前にしてまた視線を外す愚を犯すけど、でも。あたしは振り返って声の主の顔を見る。


「フィーリクス! でも、どうして……?」


 彼があたしのそばまで歩み寄ってくる。あたしはここで、一対一で『プソグラフ』との決着をつけると彼に言っていたのに。彼は、別の仕事があるとかいって、どこかへ去ったはずなのに。


「サシの勝負だって、誰が決めたのさ」

「それは……、あたしが既に体験してたからで」

「でも、その後の時間帯はまだ未消費のままだろ? だったらこっちの有利な方法で事を進めても、何の矛盾も発生しない。フェリシティ、君から聞いた報告内容とは干渉しないんだ」

「あっ、そうか!」


 そういうことだった。あたしが余計なことを言わなかった、というか言えなかった時間帯。つまり今現在。確定していない未来しかない状況でどう事を運ぼうと、自由だ。


「にしても何であの二人まで!?」


 銃声が聞こえたのはフィーリクスのいる場所とは別方向から。見れば観客席にライフルを構えるソーヤーがいた。それと、フィールドの別の入り口の近くにクライヴの姿もある。


「話は、モンスターを退治してからでもいいんじゃない?」

「それも、そうね。ここで奴を逃せば厄介なことになる。分かった」


 『プソグラフ』が起き上がる。新たに胴体に銃弾による傷を負っており、出血も少なくない。それでもまだ倒れない。それだけ強力な魔力が込められた個体だったってことだけど。それを認識して、あたしがいかに無謀な挑戦をしようとしていたのか、その浅はかさに我ながら情けなくなった。


 奴の目は爛々と輝き、あたしをじっと見据えている。そこに込められている感情は怒りか憎しみか。奴への恐怖がぶり返したけど、すぐに首を振って払拭する。もう怖がる必要なんかない。隣に相棒がいる。近くには仲間もいる。


「今がチャンスね。畳んでやろう!」

「ああ、止めだ」


 相手に立て直す暇は与えない。フィーリクスの合図で、四人による銃撃を一斉に加える。『プソグラフ』は為す術なく複数の攻撃を浴びせられ、倒れ伏して、消滅した。


「終わった、よね……」


 素直には喜べなかった。最後の瞬間に、あいつはあたしを見てた。浮かべた表情は、嘲笑だった。それがどうにも不気味に感じられて、本当に倒せたのかどうか実感が得られなかった。フィーリクスが敵のいた場所に歩いていき、地面から何かを拾い上げる。


「終わったよ、フェリシティ。ほら」


 またあたしのそばに来た彼の手には、モンスターが落としたのであろう何かしらのジェム。それと犬の、いやどこだかの地域の伝説上の生き物、プソグラフの人形。


「良かった……」


 それを見た途端、あたしは脱力してその場に座り込んでしまった。やっと呪いとでも言うべき時間跳躍から解放されたのだ。安心して体に力が入らなくなっていた。今まで遠ざけていた疲れがどっと押し寄せてくる。何とか手を伸ばしてフィーリクスにタッチを求めると、彼は優しく応えてくた。


 しばらくして。クライヴやソーヤーも集まり、四人で状況の整理を行った。


「まず、何で三人がここにいるのか説明してよ」

「まあまあ、まずはこれをどうぞ」


 いつの間に仕入れてきたのか、フィーリクスがドリンクをあたしに差し入れる。紙パックのそれの中身はアップルジュース。付属のストローを差し込み一口飲む。甘露が、お昼ご飯抜きだったあたしの胃に染み渡っていく。


「……おいしい。ありがと」

「よかった。さてフェリシティ、我が相棒」

「なによ、改まって」

「消してほしいデータって何?」

「うぶっ!」


 飲んでいたドリンクを吹き出しかける。


「教える訳ないでしょ!」


 何を考えているのかこの男は。あんなの人に見られたら、あたしの人生終わっちゃうでしょうが。いや、そこまでえげつないデータがあるってことじゃないんだけど、あたしの築き上げてきたみんなに対するイメージが、って今はそんなこと考えてる場合じゃない。


「教えてくれないんだ」

「そんなことはどうでもいいの! それより、あたしの質問に答えるのが先でしょ!」


 何故かにやにやと笑う三人を前に、あたしはついムキになって話題を変えるよう努める。ちょっとばかり赤面してたかもしれない。……ん、ちょっと待って、昼の時といい今といい、こいつらあたしをからかって遊んでるんじゃないだろうか。


「もしかして、あんたらあたしをおちょくって楽しんでる?」

「お気付きになりましたか」

「今更理解したとかねぇぜ」

「見てて面白かったよ」


 フィーリクスがクライヴがソーヤーが、にやにや笑いを更に大きくする。隠す気もないな、これは。


「こっ、この……」


 思わず叫びそうになったのを寸前で留めた。ダメ、怒ったらダメ。怒ったらきっとあたしの負けだ。ここは堪えて大人の対応を見せるべき場面だと、あたしの直観が告げている。落ち着くのよ、あたし。深呼吸一つ、何とか荒ぶるものを抑え込むことに成功し、咳払いを一つ二つ。


「それじゃ、説明してくれる?」


 決まった。精一杯クールに見えるよう振る舞った。下瞼がヒクついてる気もするが、そこまで制御できなかった。これでダメならちょっと暴れよう。なんて考えてると、フィーリクスが一歩進み、あたしの前に出る。


「今のを耐えるとは、成長したね。そろそろおふざけはやめようか。さて、今回のことなんだけど、要は、みんな知ってたんだよ」


 よかった、話がやっと進んだ。んだけど、フィーリクスがいきなり重要なことを言った気がする。


「ん、それってつまり?」

「つまり、朝君と喧嘩して仲直りしたその後。皆に情報共有を求めたんだ。君には内緒でね」


 これは、もしかしなくても恥ずかしいやつだ。あたしひとりが慌てふためいて、から回ってたやつだ。顔が熱くなってる。でも一応念のために確認をしておこうか。


「皆って?」

「君以外の全員だよ。全員で協力体制を敷いて事に当たったんだ。朝の君の話だけでは確証は持てなかったけど、君の態度や消耗した感じは嘘じゃなかった。それと」

「それと?」

「俺の『お願い』を覚えてる?」


 フィーリクスの車から降りる直前に彼からあるお願いをされた。それは短い文章の書かれたメモを彼に渡すこと。


「うん。あれって結局何だったの? メモの中身はどういう意味?」

「内容自体はどうでもいいものだったんだ。ただ、俺にしかわからないものだって点を除いてね」

「そっか、それで確信が持てたのね。あたしの時間跳躍が本当だってこと」

「そう、それで策を練った。皆に君の様子を注意深く見ていてほしいって頼んでね」


 今までのことが全て合点がいった。全てフィーリクスが根回ししていた。だからあたしの拙い説明でも皆聞いて理解して、うまくことが運んだのだ。ようやく今日一日の流れを理解し、恥ずかしさも忘れていた。


「ろくに説明できてなかったのに、あんたも皆も何か妙にスムーズに動いてたのは、そのせいだったのね」

「そうなるね。……ああそうだ、大事なことを一つ。ニコが謝りたいってさ。事情も知らずにひどいことを言っちゃったって、後悔してたよ。君の邪魔するようなまねしてごめん、とも。そっちのはよく分からないけど」


 気掛かりだったことの内の二つだ。ニコに嫌われてなかった。そして、彼女はあたしのポジションを奪うつもりなんてなかった。


「謝らなきゃいけないのは、あたしのほうだよ」

「そうなの? あー、で、話がしたいってさ。甘いもの奢るからって」

「それはいいね」


 甘いもの、という単語に思わず顔がにやけてしまう。


「次に俺やクライヴとソーヤーがここにいる理由だけど」

「自分で言い出したとはいえ、一人で心細かった。……三人が来てくれて、助けてくれてどれだけ心強かったか」

「ごめんよ。今回の敵は最初に遭遇した時を除いて、君が一人の時を狙って出現してたみたいなんだ」

「確かにそうだった」


 お昼の時と、昼過ぎとつい先程。時間がシャッフルされたから分からなかったけど、昼過ぎの時が奴との最初の遭遇だったのだ。その後すぐに行方をくらましたのは、恐らくどうにかしてあたしに取り憑いたのだ。理屈は分からないけど、奴の好きなタイミングで出現できるような何か。それからあたしが一人になるタイミングを見計らっていた、というところだろう。


「俺はここに戻ってきた後二人と合流、君に気づかれないように配置についた。そして案の定モンスターが現れた」

「あいつは、完全にターゲットをあたしに絞ってた」

「これは言わないほうがいいかもしれないけど、君を精神的に痛めつけて、楽しんでたんじゃないかな」


 フィーリクスの言葉を聞いて身震いする。


「分かってる。身をもって体験したもの。敵にやられて、あんたとはこれっきりになるんだって、何回も思っちゃったよ」

「そんなことには絶対にさせない。君を一人にはしないし、させない」


 あたしの鼓動が跳ね上がる。……彼のセリフに舞い上がったってんじゃないからね。彼の態度に、その、ちょっとびびった。いきなり両肩を掴まれて、迫られて。妙な迫力があるっていうか。すごく真剣な表情であたしを見つめてくるし。仲直りの時も、こんなだった。


「お熱いねぇ、お二人さん」

「そういうの、できれば僕らと別れてからにしてほしい」


 クライヴ達の揶揄にフィーリクスがすぐに手を離した。どことなく気まずくて、彼から視線を外してしまう。ちらっとだけ見れば、彼も同様のようだ。


「照れてる風じゃないんだ、反応が思ってたのと違う。変」

「お前ら本当面白いな」

「見せ物じゃない! ……もう限界」

「お、落ち着いてフェリシティ!」


 飛び出そうとしたところをフィーリクスに抑えられ、もがく。あたしを見るフィーリクスの顔が引きつっていたのはきっと気のせい。戒めが少し弛んだのを幸いに彼の腕から抜け出す。ちょっとの間二人を追い回してやった。気まずさを解消するための演出で、あたしが凶暴ってわけじゃないことは皆分かってると思うけどね。

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