表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/152

2話 fragileー1

「いっててて」


 フィーリクスは目を覚ます。静かだった。窓はなく、薄明るい照明が付いたままの狭い部屋だ。硬く薄い簡易ベッドに薄い毛布にカギなしのトイレ。部屋には他に余計なものは置いておらず、おまけに壁の四面の内一面は鉄格子だ。


 ここは、MBIの一角にある留置所だ。昨夜の戦いの後、エージェントにここへと連れてこられたのだ。彼一人で連行されたわけではない。彼には連れがおり、その人物も一緒にここにいるはずだった。彼は耳を澄ます。静かな息遣いが一つ、寝息だ。連れはどうやらまだ寝ているようだった。恐らくはこの部屋の隣にでも放り込まれているのだろう。


 彼は起き上がりベッドに腰掛ける。彼は今は恐らく朝なのだろうと予想するが、窓がどこにもなく時計などももちろん置かれていないため時間が分からなかった。


「昨夜は大変な戦いだった。中々にハードだった」


 フィーリクスは小さく呟く。ここには二人の他には誰もいないようだった。彼はまるでこの空間だけが世界から切り取られて隔離され、この場所以外にはどこにも行けないのでは、などという想像が浮かんだ。だが、隣の部屋にいる人物が彼を現実へと引き戻す。その人物は「んん」小さく唸ると衣擦れの音を立てる。寝返りを打ったのだろうとフィーリクスは推察した。だが、ここのベッドは狭い。つまり寝返りなどを打てば。


「んぎゃっ!」


 短い悲鳴とともにドサリと何かが落ちる音が響いた。フィーリクスは言わんこっちゃない、と口にこそ出さなかったもののそういう顔をする。


「ね、ねぇフィーリクス。起きてる?」


 連れはしっかりと目が覚めたらしい。慌てたような気配があり、ベッドがきしむ音が聞こえる。フィーリクス同様ベッドに座ったのだろう。その後連れが彼に話しかけてきた。そこには恥じらいが多分に含まれている。


「ああ、起きてたよ。おはようフェリシティ」

「そっか、おはよう。じゃなくて、今あたしのこと馬鹿にしてる顔してるでしょ!」

「君はエスパーか!?」


 彼女に自分の表情など分かるはずもない。実は知らずに短い己のセリフにそのようなニュアンスを含ませてしまったか、それとも妙な力が、などとフィーリクスは驚愕する。


「いや、そんなに驚かないでよ。ただの勘よ。で、やっぱりそうなのね?」

「うん。あー、えーと、ごめん。そのつもりはなかったんだけど、ここは音の通りがいいみたいで」

「そうみたい。別にいいわよ。今のあたし達の状況に比べれば小さなことだもんね」


 そう言うと彼女は黙り込む。フィーリクスは彼女にどう言葉をかけるべきか、彼女の気持ちを汲み取ろうとしたがどうにも考えあぐねた。


「あんたと組むべきじゃなかった」


 彼女の唐突な発言は、本気ではなかったのかもしれない。だがその言葉はフィーリクスに臓腑を抉るような衝撃を与えた。平たく言えば彼をへこますのに十分な威力を持つ一撃だった。昨日共に命を預けて戦った仲だと彼はそう思っていたのだが。


「そ、それはひどいよ」


 彼の声はしわがれていた。急な緊張と焦りがそうさせている。一体自分は急にどうしたのかと自問するが答えは出ない。そればかりか彼女からの追撃が入った。


「だってそうじゃない! あんたと一緒じゃなかったら変な疑いをかけられて、こんな場所に押し込まれて、人生最悪な目覚めを迎えたりしないでしょ!」


 彼女の声からは怒りの成分を多大に含んだ、興奮した様子が伝わってくる。フィーリクスは彼女にまくしたてられ、元々いい気の持ちようではないところが更に悪くなる。


「それはそうかもしれないけど、傷つくなそれ」


 彼女がハッと息を呑む声がフィーリクスの耳に聞こえた。


「おぅ、ええと。違うのよ。そうじゃない。そんなつもりで言ったんじゃないの、ごめんね」


 彼女はフィーリクスを責めているわけではなかった。ただ愚痴を言っているに過ぎなかったのだ。そして彼女は自分の発言が全てフィーリクスへの個人攻撃として聞こえていた可能性に思い当たったのだろう。彼女がすぐに素直に謝ったことで、それらのことが彼には分かった。気を取り直すと、苦笑しながら彼もこぼす。


「いやいいよ。俺も同じ気持ちだ。全く運が向いてないっていうか」


 巡り合わせが悪かったのだ。うまくいくこともあればそれをすぐに打ち消す、いやそれ以上に悪いことも起きる。人生往々にしてそういうものだと彼はまだ十八年に満たない半生で気付いていた。


「そう、そうなの! でもフィーリクスとスコアを競ってる時や、いや、あれはちょっといらっときたのもあったけど。それと、一緒にモンスターどもを蹴散らしてる時は正直、とても楽しかった」


 彼女の声の調子が和らいだものになる。フィーリクスは彼女がどんな表情をしているのかが気になった。彼女が言葉を続ける。


「あたし、ダメね。またやっちゃった。ママによく言われてたのに。人の気持ちを考えて物を言い、行動しなさいって。それがどんなに大切なことかよく分かってなかった。あんたはあたしの命を救ってくれた。あたしもそう。あんたを助けた。そんな大事な相手なのに」


 落ち込んだ様子のフェリシティの言葉が静かな空間に流れる。彼女も何か思うところがあるようだ。


「落ち着いて、フェリシティ。なんとなく君のことが分かってきたよ」

「昨日今日のこの短時間で何かあたしについて分かったっての?」


 不思議そうに彼女が問う。フィーリクスは小さく微笑むと、思いついた小さな仕返しをすることにした。


「ああ。君は確かに無遠慮で不躾で無防備で無鉄砲なところがある」

「うっ、言い返せない」

「だけど裏を返せば、気持ちがいいくらいはっきりしてて真っすぐで、面白くて強くてキュートだ」

「やだ、こんな朝っぱらから口説かないでよ」

「いや、口説いてない。単に褒めてるだけだよ」

「あ、そう。それでも、その、恥ずかしい。でもありがと。……人に褒められるのってあまり慣れてなくて、なんか調子狂うわね」


 フィーリクスは彼女との会話の中でそれに気が付いた。彼女と初めて会った時から彼女のことを気に入っていたのだ。知らず知らずのうちに、彼女のことを同志かもしれないと、そう思ったのだ。彼には友達はいる。だが志を同じくするような仲間がいないと常々感じていた。周りに多数の人間がいたとしても、どこかに孤独を感じていた。フィーリクスは彼女がその穴を埋めてくれる存在かもしれないと、そう思い始めていた。ところで仕返しは成功したようだと彼は内心で小さくガッツポーズを取った。


「ああ、きっとママが心配してる。早く連絡しなくっちゃ。友達にも」

「俺もそうだ。友達をほったらかしたまんまだった。あと仕事先に電話しないと。無断欠勤しちゃったよ」


 フィーリクスはそのことを思い出し嫌な汗が一斉に噴き出るのを感じた。そう、彼の表向きの仕事、飲食店でのアルバイトのシフトが昨夜入っていたのだ。本来であれば祭りが終わった後にすぐ行けば間に合うタイミングだったが、結果として無断欠勤となってしまった。


「それは大変ね。フィーリクスは、家族は?」

「いや、いないよ」

「あっ、ごめんなさい」


 フェリシティがまた、という感じで謝るがフィーリクスは特に気にしてはいない。もう、慣れたことだ。


「大丈夫」

「そう、よかった。あ、じゃあこれは聞いていい? どうしてバスターズになりたいのかってこと」

「そうだな。アレは俺がまだ小さい頃の話なんだけどね。モンスターに襲われたことがあったんだけど、その時助けてくれた人がいたんだ」


 フィーリクスは幼少期の記憶を引っ張り出し、かいつまんで話すことにした。


「それがバスターズの人だった?」

「小さい頃だから正直よくは分からない。でも、その後バスターズの存在を知って興味を持ったんだ。フェリシティ、君は? どうしてバスターズをやってるの?」

「あたしの家はパパの家系が代々バスターズをやってたのよ。パパもそう。ママは違うけどね」

「そりゃ凄いな」


 フィーリクスは彼女の話に素直に感心していた。自身がなりたい職業の先人の言葉であるため、少しでもそれに関する情報が欲しいのだ。


「ありがと。であたしも当然バスターズになるものとばかりにパパがあたしを鍛えたのよね。で、そのままバスターズに。ママは大反対してたけど、あたしはそれが合ってるって思ったの」

「そうなのか。筋金入りのバスターズ魂を持ってるんだね」

「その言い方なんか古臭い」

「ははは、手厳しいな」


 フィーリクスは苦笑する。確かにそうかもしれない、と独りごちる。


「ところで、昨日の事件。テレビや新聞や、その、SNSなんかはどうなってるだろう?」

「そりゃあ、えらい騒ぎなんじゃない?」


 喜ぶフェリシティと対照的にフィーリクスは気持ちが沈みがちだった。


「俺のこと載ってなきゃいいんだけど」

「あらどうして? 活躍出来ていいじゃない。バスターズになったら仕事がたくさん来るかもよ?」

「あまり目立ちたくないんだ」

「ふうん、事情があるのね」


 彼女はそれ以上は追及するつもりはないようだ。フィーリクスはその気遣いに胸が温まり、この静けさも悪くはないかもと小さく口の端を上げる。


「ありがとう。さて、これからどうしよう、どうやったらこの状況から抜け出せるんだ」

「疑いを晴らせばいいのよ。でも、そもそもモンスターを作り出す、なんてことができるもんなの?」


 それに関してはフィーリクスもさっぱりだった。昔話では魔法使いだか魔女だかがそういうことをしていた、などという記述があるにはあるが、眉唾ものだと彼は思っていた。


「さあ、それは分からない。分からないけど、MBIはそれができる連中を追ってる。そして俺達がそうだと思われてる」


 彼は考える。MBIには何か色々とありそうだ。表向きは地味な情報収集や分析などの仕事をする行政機関だということになっている。だが実際にはそうではないようだ。超人的な身体能力と超常的な武器を用いてモンスターと戦い、モンスター発生のその原因を探っている。


「だから祭りを台無しにしたクソ野郎の代わりに、あたし達がここにいるのよね」

「そういうこと」

「なら話は簡単じゃない。真犯人を見つけ出してとっちめるわよ!」

「でも、一体どうやって?」

「決まってるでしょ、まずはここを脱出するのよ!」


 ガシャリと金属同士がぶつかり擦れるが響いた。彼女が鉄格子を力強く掴んだのだろう。彼女は何やら熱く固い決意に満ちているようだ。フィーリクスは彼女の熱気が壁越しに伝わってくるような気がした。


「それは困るな、話があるんだ」

「「ヴィンセント!!」」


 フィーリクスとフェリシティは同時に、間に割って入った人物の名を叫んだ。


「まずはここを出てもらう」


 気配は感じなかった。話に割り込んできたのは昨夜二人を逮捕した人物、MBIエージェントの一人であるヴィンセントだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ