7話 rebuild-5
犬型は警戒体勢のまま、あたし達の間合いの範囲外で左右を行ったり来たりしていた。こちらが少しでも動きを見せれば機敏に反応し、距離を詰めさせない。それは狩りをする獣が獲物の隙を窺うかのようだ。それでいて魔術的な生き物、モンスター故の知恵だか知識だかも動員して、狡猾にあたし達を狩るつもりなのだろう。
「ソーヤー、援護頼む」
「射撃は任せて」
フィーリクスはソーヤーに指示すると、あたしを見る。あたしは彼に頷いて彼の合図を待つ。さっきの敵とのやり取りだけでも分かったが、妙な能力はなくとも決して油断できる相手ではなかった。身体能力は高く、頭も回るようだ。一度失敗している以上、彼に指揮を任せた方がいい。……思ったよりも自分が冷静だなとか考えたけど、そうじゃないよね。これって熱くなるだけの活力がないだけかも。ナーバスになってる。ってダメダメ。集中よ集中。
「挟み撃ちだ、ソーヤーの射線に気を付けて」
「了解、相棒」
「今だ!」
タイミングを見計らったフィーリクスの合図でそれぞれ左右に展開する。あたしが右。敵は一瞬どちらを狙うか迷ったようだが、すぐにあたしを選んだ。弱った奴から仕留める。いい選択ね。でも、ただ相手を倒すだけならあたしに迷いはない。いつも通りに動けばいいだけよ。
「やる。やってやる」
ソーヤーの援護射撃をあらかじめ分かっていたかのように、ジグザグに避けながら犬型が迫る。でも関係ない。今度こそ一撃入れてやる。銃を構えカウンターを入れられるよう備える。至近距離であたしと奴の目が合った、その瞬間。今度こそあたしの攻撃がヒットした。
「ギャウン!!」
悲鳴を上げて犬型が吹っ飛ぶ。あたしとフィーリクス、そしてソーヤーとを結ぶ三角形の内側にくるように相手を蹴り飛ばしてやった。お、感触からすると意外に脆い? 地面に横っ腹から落ちた犬型はすぐに起き上がれない。
「いいぞフェリシティ!」
フィーリクスが追撃に出る。ソーヤーも銃を構え撃つ。銃弾は犬型の後ろ足付け根に着弾する。モンスター特有の真っ青な血が散った。動きのある的に正確に当てるとは、言うだけあって巧いぞソーヤー。フィーリクスはあたしより射撃の腕が上だけど、彼といい勝負するんじゃないだろうか。と、そんなあたしの思考は余所に、すかさずフィーリクスがブレードを敵目掛けて振り下ろす。素早い連携といえた。が、ブレードの切っ先は地面を抉ったに過ぎない。
「うわっ!」
犬型は瞬時に体勢を立て直し、フィーリクスの脇腹を蹴って距離を取っていた。どうもやられたフリだったか、足を引きずる様子もない。やはり通常武器では威力が足りないのだ。傷は浅い。加えて、相手は獣以上の知恵は持ち合わせているみたい。
敵の動きはまだ止まらない。フィーリクスの方が与し易しと捉えたのだろうか。今度は彼に飛びかかる。だけどそれは予想の内。あたしも既にフィーリクスの元に走り込んでる。また蹴ってやる。そのつもりで跳び上がり空中で迎え撃つ。タイミングは合ってる。相手の腹部に直撃する、ハズだったあたしの足を躱した。
「なっ!?」
犬型は空中で身を翻すとあたしの太股を後ろ足で蹴りつける。蹄なだけあって結構痛い。強化魔法を使用していなければ骨が砕けるんじゃないだろうか。あたしはバランスを崩しながらも何とか着地する。
敵は跳んだ勢いを利用して、ソーヤーのいる方に進路を変える。まずい、それは予想してなかった。銃を撃とうにもあたしもフィーリクスも射線上にソーヤーがいる。外せば彼に当たってしまう。まさか、そこまで計算してたっていうんだろうか。
「ソーヤー!」
心臓が止まりそうになる。ソーヤーの近くに着地した犬型が、彼に覆い被さるように立ち上がる。このまま悲惨な結末を迎えるよりは撃つべきかとも思ったが、突然犬型が後ろ、あたしたちのいる方へ吹っ飛んだ。無事な姿のソーヤーが握っているのは、口径のでかいリボルバー!? 彼は思ったほど華奢じゃないみたい。
「ギャウウ!」
また悲鳴を上げて犬型が地面を転がる。今度は演技ではなさそうだ。胸と足から血を流し、もがき苦しんでいる。このままとどめを刺さなくては。再び三人で犬型を取り囲む。敵は一つしかない目で辺りを見回し、あたしを見つけるとじっと見つめてきた。うーん、単眼ってどうにも苦手。神話に出てくるサイクロプスとかそういうの。なんとも落ち着かない相手だ。そんなことをふと思っていると、突如相手が視界から消え去った。
「消えた……?」
「一体どうやって……」
まさか、また時間跳躍をした!? ……じゃない。連続してる。今のセリフはフィーリクスとソーヤーのもの。あたしが何回か体験した不可思議な現象ではない。そして四人とも犬型から目を離してはいなかった。それなのに、煙のように消え失せたのだ。最後に、笑ってたような気がした。それが不気味で、思わず両腕で自分を抱きしめた。
「さっきは本当にありがとう。そしてごめんなさい」
「気にすんなって、好きでやったことだしよ」
「後でMBIに寄って。その傷をすぐに治せる魔法があるから」
敵が消えてからすぐに辺りを捜索したが、気配は全くなかった。完全に痕跡を残さず掻き消えた。あたし達は仕方なく公園の駐車場近くまで戻り、設置されていたベンチに一列に座って話をしていた。
「マジかよ。そんな便利なもんがあるのか。ズルいじゃねーか!」
「負った傷の深さに応じて寿命が縮むけどねー」
「いっ!?」
うん、目を剥いてる、効果的に驚いてる。このデメリットがあるから、治癒魔法を気軽に使うわけにはいかない。例えば致命傷を負えば、治療できる代わりに寿命が大幅に縮むことになる。何回か繰り返せば、寿命を使い果たして近いうちに死ぬってわけ。骨折とか今回のクライヴの傷くらいなら大した影響はない、と前に聞いていたけど。要は使いどころが限定されたものなんだよね。
「やっぱやめとくわ」
「その傷なら大丈夫よ。脅かしただけ」
「本当だろうな?」
「疑り深い奴ね!」
まるっきり信用していない顔をするクライヴに、顔を寄せて迫る。たじろいだのか、後ろへ仰け反った。
「わ、分かった。あとで寄らしてもらうぜ」
「よろしい」
実のところ、協力体制にあるとはいえ、部外者に使用してもいいものかどうかは分からなかった。ヒューゴに連絡を取ってみたところ、あっさりと許可が下りたのでクライヴに提案したのだけど。ヒューゴにその意図も聞いたら、魔法の有用性を知らしめるのに丁度いい、だって。彼もちゃっかりしてる。
「ところで、あたしがどうしてあのタイミングで棒立ちになってたのか、説明しなきゃね」
あたしは立ち上がる。何歩か前に出て振り返った。三人を前にこの半日であたしにの身に起こった出来事を説明する。こういう話は苦手だけど、なるべく分かりやすく伝えたつもりだ。
「ああ、つまりフェリシティは未来から来た謎の美少女ってわけか。俺達を正しく導いてくれるんだよな」
名前で呼んでくれたのはいいんだけど。クライヴが妙なことを言って、勝手に納得という風に何度も首を縦に振る。
「いや違うでしょ。過去からの滅びの使者だって。黒雲を掻き分け降りてくる邪神の代弁者」
ソーヤーがしたり顔で訂正を入れた。彼からは絶対に自分に間違いはないという自信が感じられる。えーと、二人は何の話をしてるんだろう。
「何言ってるんだ二人とも。どっちも違うよ」
フィーリクスが二人に向かって人差し指を左右に振る。よかった、彼はまともだ。
「フェリシティの正体は時空を司る異次元生命体の片割れで、もう半分がさっきの犬型だって。合体すると狂気にまみれた真の姿になって世界に破壊と再生の渦を……」
あたし!? 期待したあたしが悪いの!?
「どれも違うでしょうが!!!」
この男どもは何を聞いていたのか。特にフィーリクス。こともあろうか一番とんでもないことを言い出した。抑えきれない怒りに、わなわなと肩が震える。三人が若干怯えているように見えるが気にしない。
「いやいや、落ち着けよ。場を和ませるための冗談に決まってんだろ、多分」
「そうだよ、きっと」
「フェリシティ、ほら君ちょっと元気なかったからさ。知らないけど」
それはフォローのつもりか。それでリカバリーできてると思ってるのか。三人は近づく破滅の影から少しでも遠ざかろうと、座っている場所を地味に移動する。……破滅の影は言いすぎか、あたしのことだし。にしてもソーヤーの意外な顔が見られたのでよしとしよう。もっと他人に興味がない奴かと思ってたけど、そうでもないみたい。クライヴはあたしを助けてくれたし。今も、苛つきは増した気もするが、結構気が紛れたのも事実。こいつらいい奴じゃない。あたしは一転微笑むと更に彼らに一歩近づいた。
「そう、ありがとう」
ここまで考えて、短い時間で結構彼らと馴染んでいることに気が付いた。そう、別に仲良くしたっていいわけよね。志は一緒。モンスターから市民を守るっていう目的は一致してる。ほんの少し手段は違えどね。あたしはそんな簡単なことも分からないくらい、思考力が鈍っていたのだ。それを彼らがほぐしてくれた。感謝の一つでもしないと。
「こっ、来ないで!」
「その笑顔はあれか? にこやかに笑いながら人を殺す、ドラマとか映画でよく見るやつだろ!?」
「待ってくれフェリシティ、話せば分かる!」
やっぱり時には残酷な処罰が必要ね。物わかりの悪い者は相応の痛みがないと覚えないのよ。
「覚悟はできてるんだよねぇ?」
なるべく甘くかわいらしい声で言ったと思う。にこやかなまま闘志を剥き出しにして、彼らに更に接近する。
「やめろっ!」
「ひいいっ!」
「ああっ、ああああ!!」
ややあって。三人組を相手に、あたしはもう一度説明をするはめになった。……何もしてないよ? 勝手に彼らが怯えてくれたので溜飲が下がって、それで満足したからね。
「いい!? 要はあたしは精神だけのタイムトラベル、時間跳躍ともいうべき現象に見舞われてる。そしてそれにはさっきのモンスターが関係してるっぽい」
「寝ぼけてるだけだろ」
「職務怠慢をごまかそうとしている?」
「まあまあ。ここはフェリシティを信じよう。疑わしいけど」
「……足りなかった?」
何が、とは言わない。握り拳を肩の辺りの高さまで持ち上げ、体を小刻みに震わせているだけ。表情は、鏡は持ってきてないしどんな顔してるのか自分では確認できない。
「大丈夫! 足りる、足ります!」
「すごくよく分かったよ!」
「すいませんでした」
オーケー、十分効果を発揮しているみたい。あたしの前に座る愚かな三人は、結果としてさっきより大きな恐怖を味わうことになった。よし、ちょっとすっきりした。
「とにかく、逃げた敵の追跡は手分けして、でいいんだよな?」
「それで頼むよ」
フィーリクスとクライヴが今後の打ち合わせをする。逃げたモンスターの追跡調査は、できれば索敵担当のMBIがやれればよかったんだけど。何しろ今回の敵の魔力は、MBIの探査能力の検出できる値を下回っていた。そのため目撃情報、人海戦術に頼るしかないのだ。こればかりは装置の改良を待つのみ。今あたしたちにできることは特にない。自然と一度解散の流れになった。
「じゃあね」
「また後でな」
「……また後? また今度の間違いじゃないのかな」
去っていくクライヴとソーヤーを見送りながら、あたしは先程説明した内容を頭の中でおさらいする。朝起きたと思ったら、見知らぬスタジアムでキモいモンスターに襲われた。次の瞬間には自分の部屋のベッドで寝転がってて、それは夢の出来事だと考えた。出勤したらしたで急に朝から昼になり、ランチが床に散乱してるっていう悲しい事態にも直面した。怒り気味のフィーリクスに急かされてしょうがなくモンスターと戦い、殴りつけたと思ったら相手はフィーリクスで、時間は朝に戻ってる。直後にまた昼になって、モンスターにやられそうになったところをクライヴに助けられた。反撃に出たところでモンスターが消え去り、今に至る。
「全く、何がどうなってんだか」
見上げれば、先程まで晴れていた空に雲が陰り始めていた。一足先に車で待ってるフィーリクスを追って、あたしもドアを開け乗り込む。これからどうしようか彼に相談しよう。ドアを閉めて、そこが車の中でないことに気が付いた。




