7話 rebuild-3(挿絵あり)
あたしとフィーリクスはとある緑地公園にいた。MBIから向かうこと東へ数キロ。街を東西に分断する大きな川に合流する支流の内、特に大きなものを渡ってすぐの場所。この公園は中心からやや外れているとはいえ、街中にありながらそれなりの面積を持つ。鬱蒼と茂る森に囲まれており、トレイル用の道が整備されて散策しやすくなっている。野外ステージや広場もあり、何かしらイベントを行うにもうってつけだ。日中は管理人が常駐していて、スポーツ施設などの使用許可などの手続きをしているとか。
「よう嬢ちゃん、また会ったな」
まあ今のは全部フィーリクスの受け売りなんだけどね。前に彼に聞いたことがあったのを思い出したのだ。今は入口すぐの管理人室がある場所にいる。もう退避済みでいないけど、モンスター出現の通報をしたのはここの管理人らしい。MBIの索敵では引っかからないが、今までにない類型のモンスターだってことであたし達の出番になったって寸法。ここに来るまでの車の中では、あたしもフィーリクスもむっとした表情のまま。ほとんど会話らしい会話はなかった。
「おーい」
辺りを見渡す。あたしは初めて来た場所なんだけど、結構いい所じゃない。将来子供ができたら、ここで家族みんなでのんびりするのもいいかも。気を取り直してそんなことを考えてたけど、ゆったり構えていられる事態じゃないみたい。
「聞こえてねぇとかねぇよな」
ここにいるのはあたしとフィーリクスだけじゃなかった。ちょっと離れたところで、なんかチンピラが騒いでる。あたし、あんな人と知り合いだったっけ。癖のある茶髪をぼうぼうに伸び散らかしたような頭で、背丈は中背。体型はちょっと痩せ気味かな。こっちを向いて、どうもあたしに話しかけているようだ。彼の隣にももう一人。背の低い男性だ。アタッシュケースを足元に置いている。こちらにはあまり興味なさげに明後日のほうを向いていた。フィーリクスを見ると、何かあたしに言いたげな顔してる。あんたが対応しなさいよ。
「おい返事くらいしろやこらぁ!」
全く騒がしい。しょうがないな。さっきから叫んでるのは、確か警察の対モンスターチーム、スワットの一員。名前は……。
「ハ、ハロー。太陽が眩しい、いい天気ね。こんな日にはピクニックなんか最適じゃない? それで、お二人さん。えーと、その……」
「まさか名前を覚えてないとか言わねぇよな」
「忘れたっていうよりそもそも覚えてない」
「クライヴだ! ちゃんと覚えてくれよ嬢ちゃんよぉ」
そうそう、そんな名前だっけ。もう一人はソーヤーだったかな。前に会ったときは、大した活躍もなくすぐに退場しちゃったし印象薄いんだよね。今こうして話してみると、クライヴは柄の悪いその辺のあんちゃんって感じだけど。それにしても正直に話したのになんで怒られなきゃならないのか。
「あたしの名前はフェリシティよ。あんたも覚えときなさい。で、何しに来たの? 男二人で。デート?」
「て、てんめぇ……」
あたしは別にすっとぼけていない。純粋に彼らが何故いるのか知らなかっただけ。なのにクライヴったら随分と睨んできちゃって、なんて考えてると。
「フェリシティ、君やっぱり聞いてなかったんだね。ヒューゴが前に話をしたろ?」
フィーリクスが事情を説明してくれた。
ちょっと前にあたし達のボスやMBI支局長、それと市長含む警察署上層部など裏の事情を知る者達による協議の結果、MBIと特殊チームは協力体制を取ることになった。互いの持つ情報を交換し、抜け駆けはなるべくしないように、ということになったそうだ。ただそれは表向きのお話。
実際にはどちらが先にモンスターを倒すか早い者勝ちの競争だと思ってる。何でもここウィルチェスターシティだけの話だけではなく、この国全体でそういう流れになりつつあるらしい。曰わく、時代遅れの魔法に頼るのは国家の威信が下がるとかなんとか。難しい話は聞き飛ばしたけど、科学全盛の現代社会に相応しい体制づくりが必要だということで。何とかして最先端の科学や戦術でモンスターに打ち勝って実績を積みたいらしい。そして将来的にMBIの解体も視野に入れているとか噂されている、と。何か前に聞いたこともあるような気がするけど、どうだったか。で、その話を聞いた上で。
ふざけた政府だぜ。
フィーリクスの話を聞き終わる頃には腹が立ってしょうがなかった。せっかくあたしの天職だって思って、MBIで張り切って働いてるのに、解体だなんてそんなの許せない。
というわけで今回この場にいる二人の隊員、クライヴとソーヤーに指をさし、あたしは宣言する。
「つまり、あんた達は敵ね!!」
「「はあ!?」」
ちょっと待って。何でクライヴとソーヤーだけじゃなくて、フィーリクスまで一緒に驚いてるの。そんな変なことは言ってないでしょ。……よね?
「今あんたの連れが説明してただろ。協力して敵を倒すんだから味方だろうが! どういう思考回路してたらそういう結論に行き着くってんだ、ああ? ……それでもどうしても、ってんなら訓練も兼ねて、一戦交えてもいいけどよ?」
クライヴって目つき悪いし、見た目通り短絡的だけど、そこそこノリがいいじゃない。ちょっと気に入った。
「何よやろうっての? いいよ、かかってきたら?」
「後悔するぜ?」
あたしの挑発に、クライヴが何か構えをとる。一見拳闘のようだと思えたが、果たして素直にそのスタイルで来るや否や。対するあたしも既に臨戦態勢だ。いつでも相手を蹴っ飛ばす準備はできてる。
「まあまあ二人とも。まずは今目の前にある障害を取り除くことを考えよう。ええと、ソーヤー」
「何?」
いいところなのに。フィーリクスが間に入って邪魔をして、……訂正。仲裁に入る。それにしても、ソーヤーは口数が少なく何とも掴みづらい性格のようだ。ふむ、近くで見ると案外幼く可愛らしい顔立ちをしてるかも。背の低さと相まって少年といっても差し支えなく見える。
「君の得物は?」
「これだよ」
ソーヤーの荷物がさっきから気になってたんだよね。彼はケースを地面に寝かせると、蓋を開ける。中身は組み立て式の、恐らくスナイパーライフルだ。モデルとかは全然知らないけど。非力そうだが、彼に扱えるのだろうか。
「接近戦もできるけど、こっちが得意」
「分かった。バックは任せる」
フィーリクスは頷いて、何か考え事をしている。この四人での戦い方を組み立てているのかもしれない。彼はそういうのが好きだからね。あたしは勢いに任せた戦い方が好きだけど、彼の作戦に救われたことは何回もある。だから、こういう時のフィーリクスは嫌いじゃない。考えすぎてフリーズする時もあるから油断できないけど。前に複数のウィッチに攻められた時も固まってた。あの時は自分を犠牲にしてあたしを逃がそうとしてたっけ。それを思い出して嬉しくもある反面、苛立ちも感じた。まあ理由は分かってるけど。
「じゃあ行くよ!」
そう言ってあたしは歩き出す。三人は、ちゃんと付いてくる気配はあった。
「何で嬢ちゃんが仕切るんだよ! ……無視かよ! ったく、おいあんた、よくこんなのと組んでるな」
「我慢強いね」
「はは、まあ」
何が「まあ」なのか。ソーヤーまで加わった後ろの男性陣の会話は、気に食わないから聞いてあげない。それはさておき、モンスターがいる場所へと移動を開始する。管理人からの情報によると、木立の中にそれはいたらしい。その場でじっと佇み一歩も動かなかったそうだ。獣タイプのモンスターで、最初はどこかの飼い犬か何かが迷い込んだものと思って近づいたところ実は、というパターン。管理人が近づいて尚動かなかったため無事だったわけだけど、その理由は分からない。聞いた特徴とMBIなどのデータベースとを照らし合わせたが、一致するものがいなかった。つまりは新タイプのモンスターってことになる。最近多いけど、多分そのほとんどはウィッチの仕業だと思う。フィーリクスも他のMBIエージェントもそう言ってたし。なんならウィッチ本人が作り出すのを目の前で見たこともある。
「静かに。いたよ」
フィーリクスが皆を制する。森の中を歩き、程なくして。件のモンスターはいた。距離にして数十メートル程を残し、あたし達は立ち止まる。一部は木の陰に隠れて見えないが分かった。敵は、こちらの方を向いていない。ただこちらの接近には気が付いているはずだ。聞いた通りじっとしている。でも、耳がピクリと動いたのを、この距離でもあたしは見逃さなかった。確かに、犬とか狼っぽい姿をしている。毛並みは焦げ茶色。大型犬並みの大きさで、何か歪な体格だ。……ちょっと待って。なんか見たことあるような気がするんだけど、気のせいかな。もうちょっと全体を見れば分かると思うんだけど。
「ソーヤー」
「残念だけど、今回はこれは使えないよ」
クライヴが何を言おうとしたのか分かってたみたい。木立の中、長距離での武器は有効ではない。ソーヤーは箱を一瞥して首を振ったあと地面に置いた。そもそも森の中で戦うって分かってて、何であんな武器を携行していたのかは謎だけどね。代わりに彼が取り出したのは拳銃だ。あたし達も同様に拳銃タイプの魔法武器を取り出す。各自構えると上に向けて待機する。
「あたしさっきあいつが耳を動かしたの見たよ。こっちに向けてた。あたし達に気付いてる」
「それなのに動かない。妙だね」
フィーリクスはあくまで慎重。クライヴは、違う意見を持っているようだ。
「なんにせよチャンスじゃないか? 今の内に仕掛けようぜ」
「あたしもそうすべきだと思う」
これに関してはクライヴに同意見。彼らがどれくらいモンスターとの戦いの経験があるかは知らない。警察にもバスターズから転向してくる者もいるから、多少はあるかもしれない。だけど、あたし達MBIが戦うような特殊な相手との戦闘経験はまずないはず。
えーと、あたしが言いたいのは、単純にあたしがそう戦いたいのだ、ってこと。モチベーション維持は戦いにおいて大事な要素だ。クライヴとソーヤーには悪いけど、実のところ二人のことを最初から戦力とみなしていなかったりする。
「フェリシティ、君は……」
「やるよ」
フィーリクスが何か言いかけたけど遮ってやった。眉根を寄せてこっちを見てる。彼にも考えはあるだろうけど、相手は獣タイプ。妙な技とか持ってないだろうし、大丈夫でしょ多分。そう思って敵に近づこうと一歩前に踏み出して、目を疑った。敵が、いたはずの場所にいない。姿が消えたってわけじゃない。やはりこちらの接近には気付いていたらしい、木の影から出てきてこちらを向いて座っている。それだけ。では何に対して驚いたかと言えば。
大体は犬の形をしてる。そうじゃない特徴として、目が眉間の真ん中に一つ。通常よりも大きめの眼球がこちらに向いている。隠れて見えなかった後ろ足が確認できた。足の先が馬の蹄のようだった。全身は毛皮で覆われてるけど、これって。
「夢で見た奴に似てる……」
「フェリシティ?」
恐怖がぶり返す。夢とはいえ余りに生々しく、本気で恐ろしかったのだ。でも待って、あれは気持ち悪かったけど、これならまだいける。
犬型モンスターはこちらを、特にあたしを見つめているように見えた。その口元が歪められる。気が付いた。あれは、……笑っているのだ。モンスターは上を向くと、遠吠えをする。よく響く鳴き声だった。まるで、体の内側からも外側からも両方から聞こえるような。何かわからないけど、その遠吠えに不快な感覚を覚える。
「この、クソ犬!」
怖れを抑えて変わりに表に出した感情があった。心の底に押さえつけていたものが急に、静かに、浮かび上がってくる。そう、あたしは今、非常に怒っている。相手のあの笑いも、遠吠えもあたし達に対する挑発だ。でもこの怒りの感情はそれに由来するものだけではない。夢で恐怖を覚えたことも今それを思い出したことも。今日朝からの訳の分からない現象にも、ここ最近フィーリクスとの関係がうまくいってないのも。もう煩わしい事柄に振り回されるのはうんざりだった。
「今すんごくムカついてるのよね。取り敢えずあんたをぶっ飛ばす!」




