6話 radiant-12
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「にしてもさ。さっきのスワットの隊長、リュカだっけ? の言葉聞いたよね!? 勇敢な戦士だって!」
「フェリ、浮かれてるね?」
「思い出したら、ちょっぴりね。……ねぇ、今『フェリ』って呼んだ?」
フェリシティは聞き逃していない。フィーリクスは確かに「フェリ」と呼んだ。このニックネームは彼に教えていないはずだったと記憶を探るが、定かでない。
「呼んでない。気のせいじゃない?」
「確かに聞いたよ」
MBIに戻った四人はヒューゴに簡単な報告だけ終わらせた。その後で再び捜査課に集まっている。
「いや、その実は……」
「まあいいや」
恐らく忘れているだけで実は既に話していた事柄なのだろう。そう一人納得する。だが悪い気はしない。自然と顔が綻んでいるのが自分でも分かった。
スペンサーとグレースは、予想通り警察署にて無事元に戻ったという報告があり、他の人々と共に警官から聴取を受けている、とヒューゴから聞いていた。これで今回の事件は解決となり、フェリシティは開放感に満たされていた。今日はこのままの気分で帰りたいところだった。
「さて、そろそろお開きって感じ?」
「そうね。もう用は全部済んだし、早く帰って寝なきゃ。ちょっと疲れたわ」
小さくあくびするニコには確かにあまり余力は残っていなさそうだ、とフェリシティには見えた。加えて彼女自身も疲れを感じている自覚がある。
「俺も帰る。ほんと今日は疲れたよ。相手はどう見ても人間ぽかったし。初めて見るタイプだった」
エイジの言葉に、フェリシティ含め三人とも答えない。フェリシティは考える。自分達がしたことが、モンスター退治ではなく。まるで、人を殺して……。
「ごめん! 変なこと言っちゃったね、忘れて。……にしてもさっきの戦い、君達のチームワークは最高だ」
エイジの視線がフェリシティとフィーリクスを行き来する。重苦しくなった空気をどうにかしようというのだろう、何か言いたげな顔をしている。フェリシティにはそんな風に見えた。
「ありがと」
「照れるな」
「俺達も、二人には負けないよ! ねぇ、ニコ。……ニコ?」
問われた彼女は、無言で立ち尽くしている。気のせいか、フィーリクスの方を見つめているような。フェリシティがそう思いかけたとき、彼女と目があった。彼女は微笑むと、視線をエイジのほうへ持っていき返答する。
「ごめんなさい。ちょっとぼうっとしちゃって。そうね、負けられないわね」
「よろしく頼むよ。ところでフェリシティ」
次はエイジがフェリシティに微笑む。ちょっと困ったように小さく笑う。
「今回はあまり楽しませてあげられなかったし、活躍できなくてごめん。でも、その……」
エイジの歯切れが悪い様子は珍しい。いつも陽気な彼が先程からやや曇り気味だ。だからこそ簡単に何が彼の中で引っかかっているのかがフェリシティは分かった。
「何言ってんの、的確に援護射撃をしてくれたじゃない。それにエイジと一緒に遊んで楽しかったのは本当よ? だからまた遊びましょ。そうだ。次はみんなで一緒に、なんてどう?」
「それはいいね!」
フェリシティの答えに、一転普段の様子に戻ったようだ。「じゃあ帰りましょ」それで会話を切り上げて家路につこうとした。が、フィーリクスが動かない。
「ちょっとだけ残してる仕事があったのを思い出したよ。といってもすぐ終わるからフェリシティ達は先に帰ってて」
「そうなの?」
「バアイ」
「じゃあね」
エイジとニコが先んじて捜査課を出て行く。手を振って見送り、ドアが閉じられるとフィーリクスに振り返る。
「大丈夫?」
少し気になるところだった。すぐ帰ると本人はそう言った。だが。
「え? な、何が?」
「何って、残してるっていう仕事だけど」
まじまじと彼の顔を見つめる。少し元気がないように見えるのは、更なる残業のためだろうか。
「本当にすぐ終わる、はずだから大丈夫。心配してくれてありがとう」
「いいのよ。相棒でしょ? それくらい当然よ」
フィーリクスが微笑みを向ける。フェリシティもそれに笑顔で応えた。
「そうだ。一つ分かったことがあったよ」
「それって?」
「フィーリクスといる時は、何ていうか楽なのよね。無理をしないでいいっていうか、飾らなくていいっていうか」
「急に、何だよそれ」
「信頼してるってこと!」
フィーリクスは眉を上げ、一呼吸置く。
「ありがとう?」
「そこは疑問符付けないの」
「オーケーオーケー。ありがとう」
「それでよし」
二人で笑いあう。そうだ、止められるものではない。思ったことを口に出すことを控えたりはできる。でも、心の奥底から沸き起こる気持ちを押し留めておくことはできない。あたしは、フィーリクスを……。
「フェリシティ。……また明日!」
「ええ、また明日ね!」
彼から特に何も聞けなかったが、きっと何も問題はないのだ。そう結論付けフェリシティも部屋を後にすると地下駐車場へ向かった。車に乗り込み、エンジンをかけようと手をスタートボタンに伸ばす。押そうとして手を止めた。小さな気がかりは、大きく膨れ上がっていた。
「問題は、あるよね」
彼は、何か悩みを抱えているかもしれない。たまに浮かない顔をするときが今までに何回かあった。そういうときは決まって重たい話題を持ち出してきたのだ。そして今も、そう言う顔をしていた。すぐにでも彼の元へ戻るべきだ。伸ばした手を引っ込めると、車を出る。それから捜査課へ戻った。
「フィーリクス、やっぱり手伝う……」
部屋にフィーリクスの姿はない。奥のドアから丁度ヒューゴが出てくるところで、彼と視線がかち合った。彼の部屋の照明は落とされている。彼ももう帰るところなのだろう。つまりフィーリクスはヒューゴと話をしていたわけでもないらしい。
「何だまだいたのか。どうした、忘れ物か?」
「そ、そうなの。すぐに帰るから心配しないで」
「心配なんかしとらん。……何か気がかりなことでもあったのか?」
「何でもないってば。電気は消しとくから。また明日ー」
「また明日」
ヒューゴは、やはり鋭い。立ち尽くすフェリシティのそばを通り過ぎ、捜査課の部屋を後にするまで、彼女の顔を訝し気に見つめていた。それでも何も言わないでいてくれたことに少し感謝する。腕を組んで、フィーリクスの行く先を考えた。
「ってことは、多分あっちね」
次にフェリシティが向かった先は給湯室だ。恐らくフィーリクスはコーヒーでも淹れに行ったのだろう。それから残った仕事とやらを片付けるつもりに違いない。そう思いついたからだ。給湯室に入ろうとして、足を止めた。話し声が聞こえた。フィーリクスと、もう一人。ニコだ。入口すぐの壁に背を付けて隠れ、気配を押し殺す。
「それで、どうするの?」
「……これはまだ、誰にも話さない方がいいと思う」
「分かった。二人だけの秘密にしておきましょう」
「そうだね。今はまだ。皆に話せば、ややこしいことになるかもしれない」
何の話をしてるのよ。そう言いながら二人の前に姿を表したかった。だができなかった。目を見開き、視線を虚空にさまよわせる。ニコは、帰ったはずではなかったのか。フィーリクスと何を、どのような秘密を共有しているのか。そう言えば、救援を呼んだ時にフィーリクスはニコと一緒に来た。それまで彼女と何をしていたのか、聞いていなかった。
「わたしが、あなたの背中を守る」
そっと中の様子を覗き見る。椅子に座ったフィーリクスと、その後ろに立つニコ。彼女はフィーリクスの両肩に手を置いている。何か決意に満ちた目をしていた。
「さて、もう落ち着いたみたいだし、帰った方がいいと思う。明日に差し支えるわよ」
「ありがとう。そうだね、帰ろう」
二人が動き出す気配にフェリシティはふと我に返る。二人に見つかる前に足早にその場を後にする。エレベーターを降りると駆け足で駐車場の自分の車に乗り込み、すぐに発進させた。家に向かう途中、二人の会話を反芻する。
「『もう落ち着いた』って、それまで落ち着いてない状態だったてこと? 一体何してたっていうのよ!? 秘密って何なの!? あたしには言えないのに、ニコには打ち明けられることって!?」
一人ぶちまける。疑問は次から次へと湧いてくる。フィーリクスは、自分を信頼してくれているはずではなかったのか。相棒だと、親友だと思っていた。それなのにどうして。……いいえ。
「そう、だよね。あたしが勝手にそう思ってただけ、だよね。ニックネームで呼ばれて浮かれて、あたしバカじゃないの」
ただ一人空回っていたのだ。なんてことはない、よくある話だ。そう自分に言い聞かせる。何度も何度も言い聞かせる。汗ではない何か、彼女の頬を伝って流れるものがあった。零れ落ちたそれは、車に差し込む街の明かりで輝いた。
今回で第六話終了となります。




