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6話 radiant-11

「やった!」

「何とかなったじゃない!」


 喜び勇んだフィーリクスとフェリシティがハイタッチをする。


「フィーリクス、フェリシティ油断はしないで! まだ倒したかどうか分からない!」

「今の爆発を見たでしょ!? 倒したに決まってる!」


 ニコの警告にフェリシティが気楽に答えた時だ。音がした。『メドゥーサ』がいた場所からだ。パキパキと音を立てて、何かが固まるような音だ。水が氷に変わって、更に冷えた時に鳴るような。あるいはそれより硬質の音。


「これって……」

「まずい?」

「二人とも早く下がって!」


 上ずった声を上げるフィーリクス達に、早くも隠れたニコが呼びかける。煙が収まっていく。魔法弾によるそれは、魔力の残骸だ。通常のものとは違い急速に拡散し消滅していく。間もなく視界が晴れた。全員が見る。蓬髪は更に乱れ、衣類にも破れが生じている。だが立つ位置は変わらず、無傷に近い状態で『メドゥーサ』がそこにいた。顔には明確に怒りの表情を湛えている。彼女の立つ場所を中心に、半径数メートルの床が結晶化していくのが見えた。聞こえてくるのはその音だった。


「……許せない。……許さない」


 声量は小さく、変わらず掠れた声だ。それなのに、『メドゥーサ』の呟く声が何故かよく聞き取れる。彼女の目の怪しい輝きが増していく。


 美しくも無慈悲な光が、無防備に姿を晒す二人を射す。


「あぅっ!」

「ぐぁっ!」


 今までよりも強力な光が飛来する。跳んで転がり、まともに攻撃を喰らうのは何とか避け得た。だがフィーリクスの右の二の腕から先が、フェリシティの左肘から先と左足の太ももから下が、輝くクリスタルへと変貌している。光がホールの壁に到達すると、その一面以上が全てクリスタルに置き換わった。恐ろしい威力を秘めた一撃だった。二人がまだ動けることにエイジは胸をなで下ろす。


「ありがと」

「詰めが甘かった。反省しなきゃ」

「それは、あいつを倒した後でね」


 フィーリクスはうまく歩けないフェリシティの肩を抱えて物陰へ退避する。散発的に怪光線を放ちその後を追おうとする『メドゥーサ』を狙って、エイジとニコが銃撃で足止めを行った。体勢を立て直したフィーリクス達も、代わる代わるお互いの隙を埋めるような立ち回りで攻撃を重ねている。


 たたらを踏み、それでも攻撃に耐える彼女は、今度は困惑の色を見せる。首を傾げ、エイジとニコを交互に見つめる。


「邪魔をするの……?」


 不思議そうに、本当に純粋に、何故なのか理由が分からないというように。その目からまた光が放たれ、エイジは慌てて首をひっこめた。魔法の応酬を繰り広げ、なるべく敵の前進を遅らせる。


「何か、嫌な感じだ」


 エイジには敵が不気味でたまらなかった。ニコを見れば彼女も顔をしかめている。いくら人の形をしていても、相容れない存在であるのは確かなようだ。だが、あまりそれを気にしない者がいる。


「おお! キラキラ輝いててちょっと素敵かも。クリスタルガール!」


 固まった左手を掲げるフェリシティに緊張感は少ない。不利になりつつある戦況をものともしない精神は、隣に彼がいるからこそだろう。エイジはそういうことなのだと確信した。


「んなこと言ってる場合じゃないって。全身そうなる前に何とかしないと」


 フィーリクスが苦笑しながらフェリシティに突っ込みを入れた。二人は寄り添い、敵の出方を窺っている。戦いの合間の僅かな時だったが、エイジはその様子を眩しいものでも見るように目を細めて見つめた。


「だよね。……でも、どうするの?」

「手はまだある。あんまり採用したくない手段なんだけど、この際言ってられない」


 何事かを相談する二人は奇しくも同じ表情をしている。示し合わせたわけではない。フィーリクスとフェリシティは、口の片方だけを吊り上げ不敵な笑みを浮かべている。


「悪そうな顔してる」

「君もね」

「ふふ。さて、ピンチよ?」

「でも、ここから何とかしてみせるのが俺達だ! エイジ、ニコ! 頼みがある!」


 エイジはこの瞬間、『メドゥーサ』と向き合うよりも嫌な予感がした。何故かはわからないが、直感というものだろう。


「ここに来る前に、ゾーイから借りたものがあるんだ」


 ほら来た。エイジは心の中でそう呟いた。あれに決まっている。


「あれを使うんだね」

「そう、あれ。二人で奴のヘイトを稼いでほしい。さっきみたいに特大のを放ってきたら、その時が奴の最後だ」

「分かった、やるよ」


 エイジは今までになく銃を乱射し、『メドゥーサ』の苛立ちが増すように仕向ける。ニコと二人で、がむしゃらに撃った。実際には時間にしてそれほど長くはなかっただろう。それでも随分と長く感じられた。それほどに『メドゥーサ』の憎悪が膨れ上がりつつあった。あの虚無を感じる悪意の源泉は何なのか。まるで死霊が生ける者に執着し、魂を奪おうとするような。エイジは昔見たホラー映画を思い出していた。


「よし、今だフェリシティ!」

「やろう!」


 二人は再び敵の目の前に姿を晒す。フェリシティはフィーリクスにもたれながら立つ形だ。フィーリクスが左腕で銃を『メドゥーサ』に向ける。フェリシティが右腕でそれを支えた。


「さぁ、どっちが勝つか勝負だ! 撃ってこい!」


 面前で銃を向けられ、『メドゥーサ』がびくりと震える。強い意志を前に、怖じ気付いたかのように見えた。


「い、いや……やめて、やめ、やめろぉおおお!!」


 先程よりも強い光が両の眼孔から発せられる。その煌めきは一直線にフィーリクス達に飛び、またフィーリクス達も引き金を絞っている。銃から射出された青い光が真向から『メドゥーサ』の光に向かっていく。


 爆発は起きない。相殺もされない。青い光は薄く円盤状に広がり、煌めく光を飲み込んだ。フィーリクスが使ったのは、ゾーイが開発したポータルを作り出すモジュールだった。エイジには苦い思い出があるものだ。


「食らいなさい!」

「そっくりそのままお返しだ!」


 そして、フィーリクスは続けて第二射を放つ。二発目は上向きに、天井付近に撃ち込まれる。これもまた円盤状に広がって、そこから飲み込まれた煌めきが排出される。それが向かう先は、『メドゥーサ』だ。


「あ……、たすけ……」


 防がれはしなかった。何かを言いかけた言葉ごと、光が『メドゥーサ』を貫いた。パキリ、と音が響く。彼女はこれまで何人もそうしてきたように、今度は自分自身をクリスタルの像へ変えていた。最期は手を伸ばし、まるで誰かに救いを求めるような姿勢で固まっていた。


「今度こそやった!?」


 フェリシティが半信半疑の声を出す。皆が見守る中それの全体に罅が入り、やがて粉々に砕け散る。床に転がった欠片も蒸発するように霧散していく。透明な石を一つ残して、この世に彼女がいた痕跡を残さずに消え去る。それで終わりだった。石を拾い上げるとフィーリクスが宣言する。


「勝った!」


 不意にホール内の照明が全て点灯する。フィーリクスとフェリシティのクリスタル化していた部分が元に戻る。エイジの足も同様だ。ホールに、突然騒めきが戻る。固まっていた客や警察の特殊隊員達が元に戻っていた。店内は騒ぎが起きた最初の時と同様混乱に満ちている。フィーリクス達はその混乱を利用して、表から何食わぬ顔でゲームセンターを後にする。


「よくポータルを使う気になったね」


 エイジはフィーリクスに尋ねる。彼も自分が大変な目にあったところを目撃していたのだが、それでも使う決断をした。


「その話はちょっと長くなるんだけどね。前提として、実はスペンサーとグレースがクリスタルに変えられてたんだ」

「あの二人が? 道理で連絡が付かないわけだ」

「今頃は警察署で大騒ぎでしょうね」


 ニコが示唆するように、今までに見つかっているクリスタル像と共に一斉に元に戻っているはずだった。その様を想像すると、二人には失礼ながら笑いがこみ上げてくるのを抑えられない。四人とも小さく笑う。だがこうして笑っていられるということは、何も心配することがないということだ。


「それで、グレースのほうなんだけど、彼女は手に何かを持って前に突き出すポーズをしてた。それは何だと思う?」


 敵を前にして持つものといえば。


「銃じゃないの?」

「違う」

「分かった、鏡ね!」


 フェリシティは自信満々だ。フィーリクスに指をさしてそう答える。


「フェリシティ正解。グレースは神話になぞらえて鏡であの光を跳ね返そうとしたんだろうね。でも、鏡ではダメだった。俺はMBIから出る前にそれに気が付いて、ポータルならいけるんじゃないかって」


 エイジはポータルモジュールができたばかりの時、試しに使ったことがあった。その時ポータルが暴走して無限ループに陥り、死にそうな目に遭った。そのことは彼にとってまだ記憶に新しい。


「それで次の話なんだけど、前にウィッチと戦った時。彼らが立ち去る時にポータルを使ってたでしょ?」

「それはあたし達も見てたわ」


 しばらく前、フィーリクス達がウィッチ達との戦闘時。エイジやニコ、他のエージェントは隠れて狙撃の用意をしていた。エイジはその時のことを思い出し足を止める。三人も彼に倣い、その場に立ち止まる。


「彼らの魔法に対する見識はMBIの一段上を行ってるね」

「後でゾーイにそのことを言ったら凄く張り切っちゃってさ。『ウィッチなんかには負けられない』って。それで何とか使えるところまで出来てたんだ」


 フェリシティが腕を組んで感心したように言う。


「科学者の鑑ね」

「天才科学者、でしょ?」


 エイジが訂正すると、ニコが人差し指を立てて更に付け加えた。


「自称では美人天才科学者」

「……マッドサイエンティスト」


 最後に言ったのはフィーリクスだ。それを聞いて皆笑い出した。どうやら、全員同じ印象をゾーイに抱いていたようだ。ひとしきり笑い、また歩き出す。


「待ってくれ!」


 背後からの突然の声に振り向く。特殊チームの隊長以下四人が後を追いかけてきていた。それに対して戸惑いをもって対応するのはフィーリクスだ。


「ええっと、誰? もしかしてフェリシティが言ってた変な人?」


 フィーリクスとニコは知らないはずだ。二人が駆けつけた時には、もう全員話すことができない状態になっていたためだ。


「君も、MBIのエージェントか……。モンスターを倒してくれたみたいだな」

「そうだけど、あなたは?」


 MBIの実態を知っている人間と分かり、フィーリクスにもピンと来たらしい。訝しげな表情を一転引き締めて対応を切り替える。


「変な人ではない。警察の、特殊武器対モンスターチーム(Special Weapons Anti-Monster Team)、スワットだ。私はその隊長を務めるリュカ」

「副長のサラと言います」

「平隊員のクライヴ」

「同じくリリアン」

「ソーヤー」


 褐色で細身の女性。くしゃくしゃの茶髪の、どこかディリオンを彷彿とさせる男性。体格がよく低めのよく通る声の女性。最後は五人の中で最も小柄な男性。その順番で名乗りを上げた。


「君がリーダーか?」

「俺が?」


 フィーリクスは隊長、リュカの言葉に若干照れ気味に対応している。エイジやニコを振り返って見る様子は返事に迷っているようだ。


「ちょぉっと待った! 自己紹介は済んだ。あんた達、戻って市長に伝えなさい! 専門的なことは専門家に任せるようにってね!」


 フェリシティが前に出る。リーダー格と見なされ少しばかり悦に入っていたらしいフィーリクスは、彼女の対応に驚き止めに入ろうとした。


「フェリシティ、あまり強く言わない方が……」

「君達を侮っていた。謝罪したい」


 ところが意外な反応が相手方から返ってくる。どうやらリュカはリーダーはフェリシティのほうらしいと判断したか、彼女に向き直った。


「へぇ、素直に謝るの? 殊勝なところもあるじゃない」

「ちょっと!」


 再度止めようとしたフィーリクスに、リュカが自嘲気味な微笑みを浮かべて首を振る。


「いや構わない。すまなかった。君達は、勇敢な戦士だ」

「おおぅ……」


 エイジ達四人は、随分な褒め言葉をいただいたものだと囁きあう。


「アーティストの自首の件なんだが、確かに若い男がうちに来た。だが、ただの売名行為だったんだ。俺達はそれを利用した。MBI、あんたらを攪乱するための材料としてな」

「でしょうね。卑怯よ!」

「そうだ。卑怯な手段だった。だから謝罪したんだ」


 チーム五人全員がかしこまった態度を取ったため、フェリシティもそれ以上は何も言わない。言えばMBIの名折れになる。


「今回は引けを取った。だが次からは分からないぞ」


 リュカは終わりにそう言い残すと、隊員達を連れ帰還していった。四人はしばし無言でその場に立ち尽くす。


「これは案外、次に会った時マジでやばいかもよ?」


 エイジは場を和ませようと、茶化す意味も込めてそう言ってみる。


「そう? けっこう簡単にやられちゃってたよ?」


 フェリシティが反論を試みる。彼らの実際の行動を見ていたのはエイジと彼女だけだ。だが何か思うところがあるらしいフィーリクスが彼女へ指摘する。


「……いや、反省できる人間は伸びる。経験あるだろ?」

「確かに、前の失敗を教訓にして次に活かすってのは、あるわね」


 ニコもフィーリクスの考えを支持するようだ。三対一の構図になったフェリシティは、流石に折れたようだ。ため息を一つ付いて両手を小さく上げた。


「分かった、降参よ。警戒するに越したことはないよね」

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