6話 radiant-10(挿絵あり)
隊長が前へ出る。後ろに副長も続く。茶髪の男性と残り二人が別方向に散ると、各自敵への警戒を行った。
「あんた、大丈夫かい?」
もう一人の女性隊員、大柄で声が太めの人物がまだ無事な客を発見し、保護している。茶髪の隊員と、小柄な男性隊員が彼女らを守るように手にしたライト付きの銃で周りを見渡す。スタッフルームへ通じるドアへと誘導していくようだ。他にも幾人か逃げ延びた客たちを、手際よく逃していった。
「い、一応真面目に仕事するのね」
彼らの活動の様子を目の当たりにしたフェリシティは、僅かながらも危機感を覚える。これは早くしないと先を越されるかもしれないと、焦りが生まれ始めていた。
「隊長、こちらにも無事な市民がいます!」
「よし、保護だ。裏口から逃がすんだ!」
「はい! さぁ、あなた。立てる?」
「う、うぅ、あ……」
副長が手を差し伸べたのは女性客らしい。ライトで照らされた彼女は眩しそうに手で顔を覆い、俯いている。か細い、かすれ気味のうめき声を上げた。
「さぁ早く。今なら無事に逃げられるわ。……あの、どうしたの?」
「……しに、……いで」
「え?」
「私に……、近寄らないで」
「あ、あなた、それ……」
その女性客が顔を上げる。副長が何か言いかけたとき、例の光を浴びた。光を発したのはその女性客、いや、そうだと思われていた何かだった。副長はたちまちクリスタルと化し、手を差し伸べた状態のまま固まった。
「副長!」
少し離れた場所にいた隊長が咄嗟に物陰に隠れる。寸前までいた空間を光が通り過ぎた。光はゲームの筐体に当たると、その部分がクリスタルに変わる。それを見た隊長が唸った。
「モンスターなの、ウィッチなの?」
フェリシティは見た。相手は人のような形をしており、言葉を喋っていた。だが。
「エイジは? 見た?」
「ごめん、見てない。何を見たの?」
フェリシティは副長のライトに照らされたそれを見た。顔の細かな作りまでは一瞬のことで分からなかった。だが、目が人間のそれではなかった。人や物をクリスタルに変える光線は、それの目から放たれていた。異様な煌めきを持ち、複雑に輝くそれは何かの宝玉のようだ。とても美しく、危険な災厄をまき散らす。
「うぅ……、うああああ!!」
先程まで呻くだけだったそれが、突然獣のような叫びを上げる。耳に触るその声に、フェリシティはなぜか悲哀を感じ取った。彼女の背筋に冷たいものが走る。
「隊長、無事ですか!? 副長は!?」
客の誘導を終えた隊員三人が隊長のライトを目指し、駆け寄っていく。彼らには突然の出来事に、辺りの警戒をする余裕が失われていた。
「待て、迂闊にこっちに来るな!」
それゆえ、隊長の警告は功を奏しなかった。先頭にいた小柄な男性隊員が光をまともに浴びて固まってしまう。
「そこの女だ! 人間じゃない、モンスターだ! 撃て!」
隊長が照らすそれに、残る隊員が銃を構えると一斉掃射する。これで決まる、フェリシティにはそう思えたが、そうはならなかった。そこには依然無傷のそれが佇んでいる。それの前の床に、クリスタルの欠片となった銃弾が複数落ちていた。
「はは、こりゃやべぇや」
そう言った茶髪の隊員が、「ぐぅっ!」大柄な女性隊員が、物言わぬオブジェとなり果てた。
「客を逃がしたまではいいけど。敵を倒すどころか、自分の身を守れてないじゃない」
フェリシティのぼやきが聞こえたのだろう。隊長が叫ぶ。
「面目ない! だが、敵の正体は判明した! ここは共闘してモンスターを……」
倒そうではないか。彼はそう言いたかったのだろう。だが叶わなかった。
「私は……、違う!」
それが彼に台詞を最後まで言わせなかった。特殊チームの五人は、敢え無くアート作品の仲間入りを果たすことになった。
「あっけなさすぎでしょ。でもあたし達も気を抜けば簡単にこうなるのよね」
「フェリシティ、昔話にこういうモンスターっていなかった?」
「いた。……今思いだした。これは、まるで神話に出てくるメドゥーサね」
ホールに残ったのは、フェリシティとエイジ。そして人なのかウィッチなのか、それともモンスターなのか。『メドゥーサ』だけだ。
「あたし達がやるしかない」
「そんな感じだね……」
エイジの声に元気はない。フェリシティとて、万全のメンタルではなかった。だが、やるしかない。再び暗闇に戻ったホールに、何か目印となるものが二つ。『メドゥーサ』の目が爛々としている。フェリシティはそこを目掛けて衝撃弾を撃ち込む。光る銃弾は当たる少し手前で何かに弾かれたように散らされた。威力はほとんど殺され、『メドゥーサ』の髪を多少揺らしたに過ぎない。即座にフェリシティがいた場所に光線が返されるが、彼女も立ち止まっていない。既に数メートル移動していた彼女が違う種類、氷魔法の力が込められた弾丸を放つ。だがこれも結果は同じようなものだった。やはり手前で砕け散る。恐らくは多少冷たい風が『メドゥーサ』の頬を撫でた程度だろう。
「これはどう!?」
火炎の魔法は屋内のため使えない。三度目は、粘着弾。これまでも実績のある魔法だ。フィーリクスが前にやっていたように、相手に着弾する前に展開するように設定している。相手に向かって飛び、期待通り展開した粘着物質のネットは、そのままの形でクリスタルへと変えられる。床に落ちて砕けると消滅してしまった。
「何か、力場みたいなのを発生させて、近づくものを全部クリスタルに変えちゃうみたいね」
「一体どうやって倒したらいいんだ!」
エイジが甲高い声でそう叫ぶ。パニック一歩手前なのだろう。
「分かんない! とにかく撃つのよ! 色んな魔法を試すの! 止まらずに撃ちまくりなさい!」
フェリシティもパニック寸前だった。攻撃を無効化され、接近することもできない。今までにないタイプの敵に冷静さを失っていた。それでも自分で言った言葉は実行する。暗闇を走り抜け、敵の怪光線を躱し、隠れて撃ちまた移動する。エイジも必死に応戦しているようだ。やや離れた場所から、幾筋も銃弾が『メドゥーサ』の目を目掛けて飛んでいく。
「ああっ!」
「エイジ!?」
彼の短い叫びがフェリシティに聞こえた。やられてしまったのか。遂に一人だけになってしまったのだろうか。フィーリクスが到着しない今、どうしたらいいのか。こうなったら一か八か、敵の懐に飛び込んで……。
「ま、まだ大丈夫。ちょっと足をやられちゃったけど」
「それ大丈夫なの!?」
思考が吹っ飛びそうになる寸前でエイジの声を聞き、何とか最低限の落ち着きを取り戻す。もう少しで、何も考えずに『メドゥーサ』に向かって突進するところだった。フェリシティは自分の無意識に取ろうとした行動と、予想される結末に恐れを抱いた。
「でも、こうなったら……。エイジ! あたしが敵に突っ込んで隙を作るから、あんたがとどめを刺しなさい!」
だが、それも悪くはない。次に、繋げられるならば。
「いや、フェリシティ! それはだめだよ! 思いとどまって!」
「やるしかないの!」
物陰から飛び出そうとした瞬間、今一番聞きたかった声が聞こえた。
「いいや、その必要はないよ!」
フィーリクスがスタッフルームの扉から飛び出すと、『メドゥーサ』に向かって魔法弾を放つ。フェリシティはそれは無駄に終わると思えたが、「目をつむって!!」フィーリクスの声に従いしっかりと目を閉じる。その瞬間眩い光がホール全体を満たした。
* * *
物陰に隠れながら、エイジは見た。フィーリクスの声の通り目を閉じ、一瞬の閃光の後再び開く。フィーリクスは続けて、今度は天井付近にもう一発銃弾を放つ。すると光り輝く魔法弾がホールを照らし出した。先のような強い光ではない。すぐに消えないところを見ると照明用としてのもので、持続時間も長いようだ。敵はどうなったかと覗き見ると、フィーリクスの初弾で目をやられたらしい。手で顔を覆って苦しんでいた。
「待たせたわね、エイジ」
「ニコ! 待ちわびたよ」
「足、やられたみたいね。痛みは?」
「痛くはない。不幸中の幸いかな」
フィーリクスに続いてホールに突入したニコが、クリスタル化した右足を看る。この状況では自分は援護射撃くらいしかできないが、ニコとフェリシティとフィーリクス。この三人がいれば何とか敵を倒せるだろう、と安心している自分がいることに気が付く。
「俺も現金なものだね」
「どうしたの?」
「何でもない。……俺は援護に徹する。ニコもフィーリクス達を助けてあげて」
「分かった。無茶はしないでね」
「はは、俺がそんなことするわけないよ」
ニコは心配そうにエイジのことを見ていたが、エイジが微笑んで見せると頷いて笑顔を返した。その後フィーリクスとフェリシティの傍へ移動していく。フィーリクスは二発の銃弾を放った後、すぐにフェリシティの元へ駆け寄っていたようだ。
「思ったより早かったわね」
「MBIから近かったからね」
「本当に?」
「本当に」
フェリシティの顔が喜びに満ちていた。フィーリクスが来た途端のことだ。今まであった心配そうな、弱気な雰囲気が彼女から綺麗に消え去っていた。エイジが見たかったのは、その表情だ。自分では、成し得なかったものだ。
「さぁ、モンスターをやっつけようか」
「ええ。よろしく頼むわ、相棒!」
「それで、作戦はあるのかしら?」
ニコが二人の会話に割って入る。フィーリクスと一緒に来たが、事前の打ち合わせの類をやる時間は、「ない」彼の短い答えによると、なかったらしい。
「さっき、エイジと色んな魔法弾を撃ちまくったけど、効果が全然なかった。あたし達の攻撃が効かないの。バリアみたいなのを張ってるみたい。で、そのせいで近づけない」
「なるほど。じゃあ、四人ならどうかな?」
「結局それになるのね」
フェリシティがフィーリクスをジト目で見つめる。だがニコは違った感想を持ったようだ。二人の肩に手を置き、片眉を上げて微笑んだ。
「でも、悪くないわよ。物量は立派な力。強いんだから」
彼女はハンドサインでエイジに射撃準備の合図を送る。エイジはそれに頷くと銃を構えた。敵は、未だ目へのダメージから回復しきっていない。チャンスだった。
「ゴー!!」
フィーリクスの合図で各自散開し、複数の方向から『メドゥーサ』に仕掛けていく。エイジはその場から撃ち続ける。目こそ見えていないものの、自動制御されているのか『メドゥーサ』の防御は機能している。全ての銃弾を無効化し、散らしていく。彼女は回復してきたのか、腕を下ろしその顔を見せた。
「人間……?」
明るくなって初めて分かったことだった。衣類はよれが生じているが、まともなものを着ている。蓬髪を晒し背筋を丸めているが、思った以上に人間のような作りをしていた。いや、目を除けば人間そのものにしか見えない。少女の顔をしたそのモンスターは怒りと、怯えが見える。それから、悲しみの色も。少なくともエイジにはそう感じられた。そのため、ためらいが生じる。引き金を引く指に力が入らない。それは他のメンバーも同じことだったようで、弾幕が一時弱まった。
「あれは、モンスターだ! このままにはしておけない!」
フィーリクスが叫ぶ。その檄に奮い立たされる。
「こんなのが相手だなんて、やりづらいったらないよ……。いや、大丈夫! 撃ちまくるよ!」
考えるのは、後にした。後半の言葉はフィーリクスに対してというよりは、自分自身に対しての宣言だ。首を振り、しっかりと銃を構え直す。援護を弱めればすぐに敵の結晶化攻撃がくることが予想された。つまりそれは、全員を危険にさらすことになるのだ。今はただ引き金を絞る。それだけだ。
「ここからどうする!?」
エイジは声を張り上げる。目論見通り敵は防戦一方になっているが、こちらからの決め手もない。押しているようにも見えたが、敵のバリアが弱まった様子はない。膠着状態に陥っていた。
「タイミングを合わせよう! 強力なやつを一斉に放つんだ!」
「オーケー!」
「乗った!」
フェリシティとニコが相次いでフィーリクスの案を承諾する。エイジも異論はない。
「合図よろしく!」
「オーケー。チャージショットだ! エネルギーを貯めて! ……321、シュート!!」
四人の射撃が途絶えた瞬間『メドゥーサ』が機と見たか、反撃をするそぶりを見せる。だが、それだけの間は与えられなかった。
エイジはその場から、残る三人は敵の前に出て。四人が同時に発射する。四発の高威力の魔法を内包した光弾が、違うことなく敵に飛翔していく。『メドゥーサ』に着弾すると爆発し煙を巻き起こした。




