1話 burstー7
フィーリクスとフェリシティの二人が通常サイズのバルーンモンスター達と戦う中、MBIの二人と巨大クマ型モンスターとの戦いもまた始まっていた。フィーリクス達は自らの戦闘のさなか彼らの戦いにも注目する。
MBIエージェントの二人が何かを呟くと、それぞれが何もない空間から武器を取り出し構えたのをフィーリクスは見た。がたいのいい青年は拳銃型の武器で、もう一人は刃のない剣の柄のようなものを握っている。否、その柄の先から青色で半透明の刃が出現した。それはエネルギーソードだ。二人は左右に散開すると一人が銃を散発的に発砲し、もう一人は剣を構えてモンスターの隙を窺う。
「あの武器は一体……?」
彼らは、基本的にはフィーリクス達が恐竜型モンスターと戦った時と同じような連携攻撃だった。では何が違うかと言うと、その内容ほぼすべてだ。
「速い!」
フェリシティが叫ぶ。彼らのスピードを見てのことだ。フィーリクスにも遠目からでもその異様な速さが分かった。二人とも自分達とは比べ物にならない速度で移動している。フィーリクスは、自分達とてもちろん遅いわけではない。でなければここまで戦い抜いてこられなかっただろう、と自身を慰めるほどに彼らのスピードは突出していた。
「ワゥ!」
またも彼女が叫ぶ。次に攻撃力の差だ。銃から放たれる赤い光を放つ弾丸、エネルギー弾は『巨大グマ』の脚部に集中して射出されていた。的確に撃ち込まれた弾丸は小さな穴と、どういうわけか大きな衝撃を与え、『巨大グマ』の足止めに成功している。その隙を狙ってもう一人が切りつける。対象が大きいため傷は小さいが、恐るべき切れ味でダメージを重ねていた。
「「ウーフー!!」」
今度はフィーリクスも一緒に叫んだ。更に連携力だ。巨大グマが剣士の方を踏みつけようと足を持ち上げれば、その足裏に銃士が即座に数発弾丸を撃ち込み敵のバランスを崩して剣士の逃げる間を作る。銃士の方へ気を向け、その圧倒的な質量で殴りかかろうと身をかがめれば、剣士が飛び上がって腹を大きく切り裂き敵の攻撃を躊躇させる。お互いのフォローをきっちりこなし敵への攻撃も繰り返した。
この戦闘が高速で途切れなく行われており、フィーリクスの見ている範囲内だけでもそのレベルの高さが伝わってくる。
「凄い」
「滅茶苦茶強いじゃない!」
フィーリクスとフェリシティは思わず顔を見合わせた。彼はお互いに考えていることは同じだと直感する。
「ねぇ、MBIって」
「かっこいい!」
「ずるい!」
違ったようだ。
「え?」
「は? 何言ってんの!? あの二人どう見ても普通じゃないでしょ! 何なのあの動き! 武器だって急にどっかから出てきたし、ずるしたに決まってる!」
「いや、ずるって。もちろんあれには何か理由はあるんだろうけど。でも、かっこいいだろ?」
「……確かに、かっこいい。あたしもあんな風に戦ってみたい」
「俺も。戦いが終わったら二人に聞いてみよう。あの強さの秘密をね」
それから『巨大グマ』は防戦一方となり、次第に全身が傷つけられていく。特に脚部への被害は甚大だ。必要な空気圧を維持することができないのか片膝を付いてその場に留まり、MBIの攻撃によるダメージを少しでも軽減しようと腕を振り回すのみだ。
「なかなかしぶといのね。あたし達あんなのに突っ込まなくて正解だった。簡単に返り討ちにされてたよ」
もはや通常個体もあまり数は残っていない。時折突っ込んでくるモンスターを処理するだけで、大分余裕のできたフィーリクスとフェリシティはエージェントと『巨大グマ』の戦いの行く末を見守っていた。
「ああ。あんな武装をもってしてもまだ仕留めきれないなんて、すごいタフなやつだ。あんなのは初めてだ」
「ん、ねぇちょっと待って。あそこ、さっきより傷が小さくなってない?」
「え? どこ?」
フェリシティが指さす先、そこは先ほど大きく裂かれた敵の腹部だ。フィーリクスは見るが、彼には特に異変は感じられない。
「気のせいじゃないの?」
「気のせいじゃない! ほら、もっと近づいてよく見て!」
そう言うとフェリシティはフィーリクスの手を握ってずんずんと前方、激しい戦いの場へと進みだした。
「いやいやいや、待って、待ってくれ!」
「ちゃんと見なさい、ほらあれよ! あそこも!」
もはや至近距離と言っていい場所まで移動し、辛うじてまだ無事だった店舗の陰に隠れた二人は様子を見る。フィーリクスはフェリシティに言われた箇所を目を凝らしてよく見た。
「本当だ。傷が、ちょっとずつだけど塞がってきてる!」
「あんたってものをよく見てるかと思いきや、肝心なところは見落とすのね」
彼女に指摘された通りだった。確かに再生している。『巨大グマ』の腹部や、ずたずたに裂かれていたはずの脚部も再生を始め、空気圧が高まったか動きを見せ始めた。フィーリクスは小さく呟く。
「あのモンスターは何か特別なのか?」
MBIエージェントも敵が再生していることは承知だったようだ。『巨大グマ』とやや距離を置き、何やら相談している内容がフィーリクスの耳に入る。
「このままじゃ埒が明かないぜ」
「ああ。あれを使うか」
「了解」
「ねぇ、あれって何?」
「うわっ! びっくりさせるな。いつのまに近づいたんた?」
浅黒い肌の青年が驚き飛び上がりそうになる。驚いたのはフィーリクスも同じだ。彼のすぐ隣にいたはずなのに、いつの間にかMBIエージェントの前に移動して質問をしているのだ。フィーリクスもため息をつくと隠れるのはやめて三人の前に出る。
「ちょっと前だよ。戦闘を見させてもらってた」
「ったく、やっかいな一般人だな」
浅黒い肌の青年がめんどくさそうな顔をする。
「そういうことを言うんじゃない、ラジーブ」
もう一人がラジーブをたしなめるが、あまり聞いたような感じはない。
「だってよ、ヴィンス。ここは超が付く危険な場所なんだ。下がっててもらわないと」
「それは確かに彼の言うとおりだ。見学するのは結構。だがすまないが、少し距離を取ってくれ。今からやばいのをやる」
あれ、の詳細が聞けずに不満そうなフェリシティを引きずるようにしてフィーリクスが後退を始める。ヴィンスの言うやばいの、とやらに大人しく指示に従った方がいいという直感を得たからだ。
「分かった、すぐに下がるよ」
「あとで、ちゃんとわけを説明しなさいよ!」
二人が十分な距離を取ったころには『巨大グマ』も立ち上がっている。ヴィンス達に反撃を加えようとその巨大な前脚を大きく振りかぶっていた。
「オーバードライブ」
ヴィンスの持つ銃が変形、大型化し両手持ちになった。彼はそれを構えると、撃つ。高速で射出された特大のエネルギー光線が敵の胴体に大きな風穴をあけ、空の彼方へと抜ける。
「オーバードライブ」
ラジーブの持つエネルギーソードが突然長大な刃渡りを持つ大剣と化す。跳びあがって敵に袈裟懸けに切りつけると、硬く巨大な金属質のものを破壊する音が聞こえた。敵の背部に備わっている送風機も一緒に切断したのをフィーリクスは見る。MBIの二人の攻撃に彼とフェリシティは大興奮だ。
「すっげぇ!」
「かっこいい!」
いくら再生すると入っても限度はあるだろう。それも真っ二つに切られては耐えられるはずもなかった。『巨大グマ』は断末魔として最大限に空気をまき散らし、大きく破裂音を響かせ消滅する。残っていた僅かな小型バルーンモンスター達もあおりを受けて全て破裂、消滅した。特大モンスターのいた場所には、本来のサイズに戻ったクマ型のエア遊具があるだけだ。
戦闘が終わり、MBIのエージェント、ヴィンスとラジーブはそれぞれ武器をどこへともなく消し去った。その後何故か二人はエア遊具の周辺を調べ始める。ヴィンスがエア遊具の中に入りしばらくして出てくると手に何かを持っていた。
「ラジーブ、見つけたぞ」
「オーケー。これで仕事は一段落だ」
ヴィンスは拾ったらしい煌めく何かを掲げラジーブに確認させるとさっさと懐にしまい込む。彼らはフィーリクス達の所へ戻ると話しかけた。
「お前たち結構やるな。もしかしてバスターズか?」
ヴィンスの質問にフェリシティが胸を張る。
「何を隠そう、そうなの! フィーリクス、あんたもそうなんでしょ?」
「いや、おれはまだ違うんだ」
「何だ違うの? あ、でもまだってことは」
「ああ。資格は取ろうと思ってる。ただあとちょっと、年齢的な問題でできないんだ」
営利目的としてモンスターを退治する、有資格者による集まりがあった。それは単にバスターズと呼ばれている。フィーリクスに必要なものは、その団体に所属するために必要な免許だった。フェリシティは既にそのバスターズのその一員だという。フィーリクスは彼女を改めて観察し、考える。やはりいい足の持ち主だ。
「それってどのくらい?」
「三カ月」
「なんだ、もうすぐじゃない。その時はよろしくね!」
フェリシティがフィーリクスの背中を一つ叩く。やはり力加減ができていないようで彼は咳き込んだ。
「どっちにしろ有望株だな。今後の活躍に期待してるぞ」
「げほっ、ありがとう。ええっと、ヴィンス?」
「あー、ヴィンセントだ」
「ありがとう、ヴィンセント」
「ヴィンスって呼んでいいのは俺だけなんだ」
横から割り込んだのはラジーブだ。にやにやしながら三人の反応を待っているようだった。
「お前が勝手に呼んでいるだけだろう」
「ところでさっき拾ったのは何?」
フェリシティがヴィンセントに聞く。フィーリクスもその答えが知りたくてたまらなかった。彼らはそれがあることを知っていて探していたのだ。モンスターの再生能力とも関わりがあるかもしれない。
「それはだな、って言いたいところだがこっちの質問が先だ」
ラジーブはニヤリと笑って両手を前に軽く突き出し二人を制する。答えが聞けるものとばかり思っていたフィーリクスは肩透かしを喰らう。期待に満ちた表情はそのままに両眉をピクリと跳ね上げた。
「質問って、あたし達に何を聞くの?」
「そりゃあ色々さ。君たちが何者なのか、ここで一体何をしていたのか気になる点がいくつかある」
「そう警戒しなくていい。形式的なものだから安心して答えてくれればすぐに終わる」
フェリシティの疑問にラジーブとヴィンセントが諭すような口調で答える。それを受けた彼女は真顔でフィーリクスの方を見た。彼女はどうやらフィーリクスに説明を押し付けるつもりのようだ。彼は仕方なしに彼女の分まで説明することにした。
「実は、まあこれにはもちろん事情があって」
ヴィンセント達に聞かれたことを答える対話形式で、フィーリクスはこれまでの出来事をかいつまんで話した。
「説明ありがとう!」
「いや、何で君が言うんだよ」
フェリシティが満足げな表情で彼の話の終わりにそう言い放ち、苦笑する彼の肩をポンと叩く。
「だって、説明ってめんどくさいじゃない? それを代わりにやってもらったんだし、お礼くらいは言わないと」
「それが分かってるんなら自分でもやってくれよ」
「それは断る」
即答するフェリシティと絶句するフィーリクスを見てヴィンセントとラジーブが笑い出す。最初は小さくこらえるように、その後堰を切ったかのように笑った。
「君たち二人、いいコンビだな」
「ああ、実に見ていて面白い。ああ、ところで説明ありがとう。大体の事情は分かった」
「じゃあ!」
「ここからはお前達の質問に答えよう。もちろん答えられる範囲内で、だが」
フィーリクスとフェリシティは跳んで喜ぶ。
「やった! じゃああたしから」
「そんなのありかよ」
「早いもん勝ちだもんね。で、どうしてMBIがここにきて、モンスターと戦って、しかも強いのよ?」
「質問は一つずつにしてくれ。まずは」
ヴィンセントが答えようとしたとき、携帯電話の呼び出し音が鳴る。それはヴィンセントとラジーブの両方から聞こえてきた。
「全く間が悪いわね」
フェリシティが唸る。ヴィンセントとラジーブがスマートフォン型の黒い携帯端末を取り出し電話に出る。同様の内容を聞いているようで同じ反応をしている。どうやら三者間通話であるらしかった。
「そうか、ちょっと待ってくれ。フィーリクス、フェリシティ。後方支援の別動隊からの連絡だ。お前たちの証言の裏が取れた。今、彼らはモンスターから逃げ出した人々を救急隊や警察と共にケアしているらしい」
ヴィンセントは二人の反応を見ながらセリフを続ける。
「逃げ出す際に、フードをかぶった男性、もしくは女性に助けられたという証言が複数得られたそうだ。今はかぶってないようだがその服のフードを見るに、お前達だよな?」
彼が確認を取るとフィーリクスは頷く。またフェリシティも同様だ。フィーリクスは自分はともかく、彼女がフードをかぶっていた理由を考える。その答えはすぐに来た。
「普段はしないんだけどね。かっこいいかなって思ってやってたんだけど。フィーリクスもかぶってるもんだから、しらけちゃって脱いだ」
「そんな理由だったの!?」
フィーリクスの想定外の理由にしかし、確かに彼女に否定的な理由で顔を隠す必要はない、と思い改める。
「いいかな? 負傷者は多少いる模様だが、死者は出ていないそうだ。君達がここで踏ん張ってモンスターを食い止めてくれたおかげだ。お手柄だよ」
ラジーブが話の続きをし、フィーリクスとフェリシティは顔を見合わせて双方得意げに微笑みあう。話が中断されたのは興がそがれるところだが、その原因となったことの内容は彼らにとって悪くないものだ。
ただ一つ、電話で話を聞き続けているヴィンセントとラジーブの目つきが鋭くなる瞬間があった。フィーリクスはそれが何なのか気になったが、彼らはすぐに元の表情に戻ってしまった。
通話を終えた二人がフィーリクス達に改めて向き直る。
「お前たちの質問に答える前にもう一つ用事ができた。実はな、二人に人々を助けた褒賞が出ることが決まった。で、それに先んじて渡したいものがある。まあご褒美みたいなものだ。さ、両手を出してくれ」
「本当に!? やったー!」
フェリシティは親指を立てた拳を横薙ぎに突き出して喜ぶ。その様は純粋な少年のようだとフィーリクスは思う。
「ついでに目をつむってくれ。目を開けた時に驚きが二倍になるぞ?」
ラジーブにそう言われ二人は素直に目をつむる。
「何くれるんだろ」
「そりゃいいものに違いないでしょ。祭りはダメになっちゃったけど、人々や街を救ったのよ?」
ややあって二人は手首に冷たく重い金属の感触と、カシャリという音を得た。
「もう目を開けていいぞ」
ヴィンセントの声に二人が目を開け見たものは、手錠だ。
「え、なにこれ」
「ヴィンセント、ラジーブ。冗談はよしてくれ」
困惑する二人を、ヴィンセントとラジーブは先ほどまでとは打って変わって冷たく鋭い目つきで見つめていた。
「さっきの電話の内容の続きなんだがな。他にもある証言があったんだ」
ヴィンセントが言う。そこには今まで見せていた優しさはかき消えていた。
「二人とも、目深にパーカーを被っていたいて顔は分からなかったそうだ。だが聞こえた声からすると、男と女だったらしい」
ラジーブも冷たく言い放つ。先ほどまで言葉の端々にあったユーモアのニュアンスは含まれていない。
「何言ってるの? 何のことよ?」
「俺達が何をしたって言うんだ」
二人の疑問にヴィンセントとラジーブは交互に話し出す。
「お前たちはゲームのスコアを競ってたんだよな」
ヴィンセントが二人に確認を取り、二人はそれに頷いた。それは嘘などではないからだ。
「ある女性からの証言だ。男が、『今度こそは記録を破ってやる』、それに対して女は『無理ね』と答えたとか。だがどのゲームをするでもなく、その二人はパレードの方へと向かった。まだモンスター騒ぎが起こる前のことだ」
ヴィンセントが言い終わると、ラジーブが後を続ける。
「こっちは複数の目撃者から。モンスター騒ぎが起こる直前、フードをかぶった怪しげな二人組がいたので何気なしに見ていたところ、妙な物を取り出して呪文のようなものを唱えたそうだ。すると、妙なことが起こってモンスター騒ぎが起きた」
ここまでくるとフィーリクスとフェリシティにも察しがついた。二人は慌ててその確認を取る。
「ちょちょちょっと待った! もしかしてなんだけど」
「あたし達を今回のモンスター騒ぎの犯人か何かだって疑ってる!?」
ヴィンセントとラジーブは顔を見合わせ、またフィーリクス達の方を見る。そこにはふざけた様子は一切ない。
「通常のゲームで競うだけでは飽きたらず、より刺激を求めてモンスターを生み出し、倒した数を競った。筋が通ってるな」
「それは祭りを台無しにし、周りの客を危険にさらした重大な犯罪行為に値する」
ヴィンセントとラジーブの追及に二人は放心しかけていた。
「ちょっと待ってくれ、俺達のわけがないだろ!」
「そうよ! あたし達はただモンスター達を楽しんで退治し、……あ、違った。一刻も早く驚異を取り除くべく、ちょっとだけ楽しみながら必死に戦ったのよ!」
「フェリシティ、言い方」
フェリシティの言い様にフィーリクスが思わず突っ込みを入れる。
「と、とにかく少なくともあたし達じゃない。モンスターなんて作れない、よねフィーリクス?」
「当り前だろ!」
ヴィンセント達は二人の言うことを一切信じていないような態度で接する。現時点で聞く耳は持っていないようだ。
「そういう話はうちに来てからにしてもらおうか。お前達を逮捕する」
「大人しくしてくれればこっちも手荒な真似はしないぜ」
「「ええええ!」」
二人は抵抗しても無駄だと悟る。彼らに従うしか選択肢はないようだ。近くで屋台の残骸に引っかかって風に揺られていた風船がパンと音を立てて割れた。
今回で第一話終了となります。
第二話以降鋭意執筆中!