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6話 radiant-9

「はぁ!? 何!? 停電!? 何が起きたの!?」

「全部真っ暗じゃないか!」


 この施設に窓はない。遮光タイプの自動ドアの為、出入り口から差し込む明かりもない。通常なら停電時でも点くはずの誘導灯すら光を放っていない。何も見えない状態の中、ホールにあるのは人々の話し声だけだ。混乱した、心配そうな声。怒りを含んだスタッフに対する文句。何かのイベントだと思っているのか、状況を楽観視する者もいた。


「端末は、良かった電源生きてる! ん?」


 フェリシティは咄嗟に自身の端末を取り出し明かりとして辺りに向ける。目の前に死にそうな男の顔が照らし出された。


「うわぁ!」

「ああああ!」


 とりあえず殴った。改めて照らせば相手は、エイジだった。慌てて助け起こし、彼からろくに見えないだろうが、しなを作って取り繕ってみせる。死にそうに見えたのは、彼がひどく不安そうにしていたからだろう。


「あー、ごめんね、エイジ」

「いや、いいんだ。俺だってびっくりして叫んだし。それより、これはどういう状況なんだろう」

「さっぱりね。店のスタッフが早く直してれればいいんだけど」


 周りを見ればちらほらと携帯電話を取り出して、照明代わりにしている者が見られた。その数は次第に増えていく。電力がすぐに復旧しない。それを見て不安に思うほうへ皆の感情が流れていくのが、騒めきの質から判断できた。とその時、何かが光る。それは一瞬のことで、最初何が起きたのか分からなかった。ただ、携帯の光とは違うもののようにフェリシティには感じられた。


「何だ、これ?」

「こんなのあったっけ?」


 他の客の声で更なる異変が起きているらしいことが分かった。何が『あった』のか、確かめようと声がした方へ皆が携帯電話のライトを向ける。照らされた場所には、一体のクリスタル製の像が佇んでいた。


「ちょっ、ちょっと! エイジ! あれってもしかして……、まさか……」

「……うん。例のクリスタル像だね。つまりこれは、どうやら、非常にまずい!」


 また光る。どこからその光が来たのか、光源の特定ができない。更に何度か光った後、決定的瞬間が二人の目に飛び込んでくることになる。


「何よ! 何なのよ! 早くどうにかして!!」


 この状態に耐えられなくなったか、ヒステリックに叫ぶ女性の声があった。何人かの人間が何事かと彼女へライトを向ける。そこへ煌めく淡い色の光が飛来し、彼女がそれを浴びた瞬間。見る間にクリスタルへと変貌し固まってしまったのを、大勢の人間が目撃した。


「きゃああ!」

「何だよこれ!」

「逃げろ!」

「出口は!?」


 そこからはパニックだった。出口もわからず、ろくに見えもせず、四方八方に逃げ惑う人々が次々と謎の光を浴び、クリスタルに変えられていく。フェリシティは群集に押されに押されてエイジと離れてしまい、彼の居場所が分からなくなっていた。


「エイジどこなの!? ちょっと、あんたら落ち着きなさいよ! うわっ、押さないで!」


 叫べども誰も言うことを聞くような状態ではない。皆小さな光を頼りに、逃げるのに必死だった。得体のしれない光を浴びてオブジェになるのは、誰しも避けたい事態だろう。


「もう!!」


 彼女がMBIで教わったことがある。こういう時こそ事態を冷静に見ることが重要だ、と。バスターズにいた時も同じようなことを言われ続けていた。壁際に下がるともたれる。一度深呼吸すると、ほんの少し落ち着いた。辺りの観察を開始する。


「出口があった! ……でも開かないぞ! うわあああ!」


 出口をこじ開けようとしてクリスタルに変えられた者がいた。出口は電源が落ちている今すぐには開けられないようだ。あちこちで人々がやられている。どうやら謎の光の発信源は移動しているらしい。そして光が狙うのは、光だ。携帯電話のライトが的になっているのをフェリシティは発見した。


「エイジ! 聞こえてたなら、今すぐに端末のライトを消して! それから、戦闘準備よ!」

「オーケー!」


 声は、意外とすぐ近くに聞こえた。フェリシティと同じ考えを持っていたらしい。暗闇から壁を伝いながら近づくエイジの姿が、ちらちらと僅かに照らす他の人間のライトから判別できた。


「エイジ、無事だった!」

「フェリシティも! よかった」


 二人とも、ボディアーマーを着込み銃を構えている。迎撃の準備はできていた。


「反撃に出るわよ」


 状況は、悪化しているようだ。逃げ、隠れ、怯える人影に次々と怪光線が飛び、悲鳴と共にクリスタルへと変えられていく。最初大勢いた客たちも、残っている人数はざっと見たところで、もはや十人以下にまで減っていた。


「でもこう暗くちゃ、敵がどこにいるか分からないよ」

「だからといってライトを照らせばいい的になる。どうしたら……。そうだ、エイジ。あんたが囮になるって作戦はどう?」

「俺がそれにイエスって答えるって本気で思ってる?」

「はは、だよね。聞いてみただけー」

「でも、どうしようもなくなったら、俺は……」

「ん? 何か言った?」


 どうこの状況を打開すればいいのか、フェリシティは考える。不安が彼女を支配しつつあった。とにかく、応援を呼ぶ必要があるだろうと思えた。胸ポケットにしまわれている端末をHUD経由で視線操作し、助けを呼ぶためエージェントのリストを開く。真っ先に目に飛び込んだのは、フィーリクスの名前だ。


「早く出て、早く出て」


 音が、響く。表のほうではなく、裏。スタッフルームのものだろう。扉が開け放たれ、ホールに飛び込んできた人物がいた。


「フィーリク……違う。誰?」


 暗く、顔は判別できないが体格からしてフィーリクスではない。その彼の後に続いて数人がホールになだれ込んでくる。計五名の侵入者は、MBIのエージェントの誰かではない。五人ともフェリシティの知らない人物のようだった。


「もしもし! 俺だ! フィーリクスだ。フェリシティ、大丈夫!?」

「やっと出た! フィーリクス、大変なのよ!」

「人をクリスタルに変える化け物が出た、だろ?」

「どうして!? いや、それだけじゃなくて、何か知らない変な人達が……」

「何それ? まあいいや。とにかく、今そっちに向かってる最中だよ。すぐに行くから何とか踏ん張ってくれ!」

「分かった。待ってる」


 フィーリクスとの会話を終えた頃、新手の五人組も次の行動を取り終えている。


「うわ、すんごく目立ってる」


 エイジが呟く。最初に入ってきた男性を頂点に三角形になるよう列を組んでいる。


「あいつらバカじゃないの」


 フェリシティは声を抑えることはない。彼らの動きが分かったのは、彼らがホールへ入ってきた時に、後ろの四人が四方に設置した何かが光を放ち、五人組をライトアップしたためだ。男性が三人と女性が二人。それぞれ何かしら戦闘用の服装と装備を身につけ、ライトの取り付けられた銃を手に持ち、構えている。


「諸君! 我々が来たからにはもう安全だ!」

「隊長! 守るべき市民の姿がほとんどありません」


 斜め右後ろの褐色の肌のスリムな女性が、隊長と呼んだ頂点の体格のいい男性に話しかける。


「何! 出遅れたか! くそっ、モンスターめ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! いきなり脈絡もなくしゃしゃり出てきて何!? 誰なのあんた達!?」

「フェリシティ、ちょっと落ち着いて」


 エイジの言葉は耳に入らない。フェリシティは訳が分からなかった。元々既に混乱気味だったところに加えて、妙な五人組が突然現れ妙な陣形を取っている。どういう状況なのだこれは。彼女の不安が苛立ちへと転化されつつあった。


「おお見ろ、副長。無事な市民がいたぞ! 君達、もう大丈夫。我々は警察の対モンスター特殊チームだ。さぁ、私の胸に飛び込んできなさい」

「あー、おぅ? はぁ? 何言ってんの?」


 フェリシティの苛立ちが増す。誰が会ったばかりの人間の胸に飛び込むというのか。


「隊長、どうやら彼女らの姿を見る限り、資料にあった我々のライバル、MBIのエージェントだと見受けられます」


 隊長と会話する女性が副長のようだ。彼女の言を受けて、隊長がフェリシティ達を睨め回す。


「なるほど、君達が……。見たところ君達には荷が重いようだな。事態は悪化の一途を辿っている。この場は我々に任せて、残った市民を避難させてくれ。このような状況で混乱するのは分かるが、それくらいはできるだろう?」

「な、……く、こ、このっ……!」


 いきなり現れて、こいつらは何を言っているのだろう。確かヒューゴが警察の特殊チームだか何だかが結成されたと言っていた。隊長とやらの言葉によれば、それが彼らのようだ。そうだ、恐らくこの状況で出てくる人物といえばそれくらいなもの。彼らは随分と自信があるようだ。もしかしたらモンスターへの有効打を持っているのかもしれない。でも待って、ヒューゴが彼らを不安視しているというのなら。今自分がやらなくてはならないことは……。フェリシティの思考が僅かな時間に目まぐるしく流れていく。


「冗談でしょ!? MBIの現場よ、ここは! あんたらに出番はない!」


 彼らに好き勝手はさせないこと。かつモンスターを倒すまではいかなくとも、フィーリクスが来るまで耐えしのぐこと。それが自分が今やらねばならない責務だと捉えた。


「よせよ嬢ちゃん。無理はするなって。今も、現に市民を守れてないじゃねぇか」


 三人目、くしゃくしゃの茶髪の若い男性が、皮肉げに顔を歪めフェリシティを挑発する。反論できない内容にフェリシティは下唇を噛んだ。


「それは、そうかもしれないけど」


 あの状況でどうすれば正解だったのか分からない。フィーリクスなら、何かいい案を思いついただろうか。


「さて、悠長に会話している場合ではない。今度こそ奴の犯行を止め、街に平和を取り戻す」

「了解!」

「待ちなさいっ!」


 彼らはフェリシティには応じない。隊長に歯切れよく答えた隊員達が動き出す。各自散開し、闇の中を突き進んでいく。このままじっとしている場合ではなくなってしまった。


「エイジ! 分かってるよね!?」

「うん。今の内に逃げよう!」


 ずっこけそうになるが、気を取り直し彼に向き合う。


「あんたのほうがキャリアが長いでしょ。いい? ここで彼らに好き勝手されて、もしモンスターを倒されちゃったら」

「たら?」

「あたし達がMBIの顔に泥を塗っちゃうことになるのよ!? だから、あたし達がモンスターを倒すの! ……その、応援が到着したらだけどねー、はは」

「フェリシティ……」

「何も言わないで」

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