6話 radiant-8
ニコの言葉にフィーリクスが凍りついた。彼女の言葉の意味は、何だろうか。
「フリーズしちゃった、驚き過ぎでしょ」
スペンサー達は街を離れていなかった。加えて、思い出す。先程頭にたたき込んだ資料。今回クリスタル像が発見されたのは、街の繁華街が中心だったはずだ。まだマップ上に並べておらず、各発見場所とその関連性ははっきりしていないが。
「おーい、反応してよ」
フィーリクスは、ニコの両肩を力強く捕まえた。いきなりの行動にニコが目を見開き、無言で口を開閉させる。
「……び、びっくりするじゃない」
「すぐに捜査課に戻ろう! 手伝ってもらいたいことがあるんだ」
「ええ、急に、何?」
「いいから」
「強引ね」
来た道を引き返し、捜査課の部屋に戻る。皆帰ったか、既に誰もいない。壁に設置されている大型マップの前に立つと、繁華街を中心に表示する。次に自身の端末の資料をコピーしてニコの端末に送信した。
「何をすればいいの?」
「今回見つかったクリスタル像の発見場所に印と、日時を入れてほしい」
「何となく狙いが分かったかも」
資料を元に、マップを操作し印を付けていく。集中しており、途中ニコとぶつかったのはご愛嬌だ。全て並べ終え、点と点の間にラインを引いていく。
「発見時間だから、見つかりにくい場所とかで多少ばらつきがあるのは当然だけど、大体繋がったわね。こう見ると、けっこう連続してる。こう、何かがちょっとずつ移動してるような」
フィーリクスが見たかったのはまさにそれだった。
「あれ、この色の違う点は? 資料にはなかったけど。場所は、シンプソンさんのカフェのそばじゃない。時間は、誕生パーティーがあった頃? それってつまり……」
フィーリクスがニコの疑問に答えようとした時、捜査課の奥、ヒューゴの執務室のドアが突然開かれる。
「おい、みんなまだいるか!? 何だ、フィーリクスとニコだけか。にしても珍しい組み合わせだな。何をしてるんだ」
室内を見渡したヒューゴがフィーリクス達のそばに近づいた。二人を無遠慮にジロジロと眺め回していたが、やがて興味を失ったようだ。
「聞いて驚け。今ダニエルから連絡があった。追加で新たに発見されたクリスタル像の画像を送ってきたんだが、それが」
「それがスペンサーとグレースのものだった、でしょ?」
「何だ、何で知ってるんだフィーリクス」
ヒューゴが疑わしげな視線をフィーリクスに寄越す。フィーリクスとしては苦笑するしかない。この状況は意図してやったことではなく、全ては偶然によるものだからだ。
「さっきニコが教えてくれたんだ。スペンサー達は街を出ていないってね」
「どういうことだ。……取り敢えず二人の端末に資料を送った」
「ありがとう」
フィーリクスはヒューゴにもらった追加資料を元に、色の違う点の位置を調整する。それから色を他のものと同じに変更すると、地図を指さした。
「これは……」
ヒューゴが唸る。
「これで繋がった。モンスターの通り道だ。スペンサーとグレースに連絡が付かないのも当然だよ。方法は分からない。けど二人は、ここでクリスタル像に変えられたんだ」
フィーリクスの指先が、小さく震える。
「俺達がパーティーを楽しんでいる時に、ふざけたまねをしてくれた」
「だが待て、フィーリクス。確かにこれは疑わしいが、これだけではなんとも」
「まだ弱いかな……、そうだ!」
まだ足りない。もう一押し、MBIが動くには何か材料が必要だった。
「最近の行方不明者リストなんだけど」
「なるほどな、手伝おう」
「あたしも」
三人で今までに発見された像と行方不明者の照合を行う。リストは警察署とデータベースを共有しており、随時更新されているものだ。見るからに不良っぽい少年、真面目そうな少女、疲れた表情の中年男性に、曖昧そうな老人。家族や知人から提出を受けた、本人たちの近影が登録されている。老若男女、様々な人種を当たっていく。
行方が分からなくなってから捜索願が出されるまでタイムラグはある。ここ数日にいなくなった者ならば、届け出されていない場合のほうが多いかもしれない。それでも、半分以上合致する不明者が判明し、マップに追記することができた。この結果から得られること、それは行方不明者がクリスタル像に変えられたのだ、という主張を補強するものだ。
「ふむ、今この街で起きていることが分かった。MBIが動くには十分だ。ご苦労だったな」
「いや、まだ情報が不足してる。俺達の出番だとしても、これだけじゃ敵の出現予測ができない」
「うーん、何かもう一つ……。そうね」
ニコが行ったのは発見時刻と、行方不明者が最後に目撃された情報とを照らし合わせること。クリスタルに変えられた時間を絞り込む作業だった。
「これでおおよそだけど、敵の活動履歴を割り出せる」
リストと像の照合が完了している分全てに三人でその処理を施す。精度は完全とは言い難いが、充分だった。
「大分絞られたな」
「ニコのおかげだ。ありがとう」
「褒めてくれてありがとう。後で何か奢ってもらおうかしら」
「今そんなにお金に余裕がないから、来月まで待ってもらっていい?」
「冗談よ。それはさておき」
最後に発見されたのがスペンサー達だ。それまでのルートから出現が予測されるのは、そこから少し北へ行った場所。予想エリアをまるで囲む。
「この辺りは何があるんだっけ」
「ゲームセンターだ。俺がよくフェリシティと行く場所だよ」
予想出現時刻は、日没から夜明けまで。フィーリクスはフェリシティとエイジの会話を思い出す。彼女たちが行く予定のゲームセンターに併設されたカフェがあると言っていた。ゲームセンターはいくつかあるが、近場でそれが該当するのはそこだけだ。今二人はそこにいるはずだった。そして、もう日は落ちた。
「ちょっと待って。今スペンサー達の画像を見てたんだけど、何か妙なポーズを取ってる」
ニコが大画面に画像を転送し表示させる。スペンサーは腕で顔を覆うように、グレースは、手に何かを持って突き出している。
「他の像にもスペンサーみたいなポーズのものがあった。だがグレースは、これはどういうことなんだ」
ヒューゴが疑問を呈するが、二人とも沈黙を保つ。それに対する答えをまだ持たないが、フィーリクスは何か引っかかるものを覚えていた。
「行こう。フェリシティとエイジが危ない」
「ん? 二人がどうかしたのか?」
意外そうな顔のヒューゴのその表情は、先程フィーリクスとニコが二人でいるところを見たのと同じものだ。フィーリクスは、言葉に言い表せないもやっとしたものを胸の奥に感じたが、押し殺した。
「二人は、ここで遊んでるはずなんだ」
「そうか、ならば連絡を取っておこう。フィーリクス、ニコ。君達は現場へ向かってくれ。残業になるが、手当は出す」
「そうこなくっちゃ! ……マジで金欠なんだ」
フィーリクスはニコにそっと囁く。彼女が快活な笑みを見せた。
* * *
様々な色や音で埋め尽くされている広い空間に、その元となるものを発生させるのに幾つか貢献する者がいる。ゴーグルをかぶり、コントローラーを手に持って動き続けるフェリシティとエイジだ。二人は今、約束通りゲームセンターで遊んでいた。最新式のVRを利用したゲーム機器が用意されており、二人はそれをプレイしている真っ最中だ。二人の前面には大型ディスプレイが設置されている。それにプレイ中の内容が表示され、周囲の人間の興味を引くようになっていた。
「難しいけど、結構おもしろいねこれ」
「並んだ甲斐があった!」
一回あたりの料金は他のゲームに比べ高めに設定されており、普段フェリシティがフィーリクスと遊ぶときにはやったことがなかったものだ。今回はエイジが奢るということで、いくつかほかのゲームで遊んだ後これにも挑戦した。ただ、出てしばらく経つとはいえ人気のゲームのため、遊ぶためには列に並ぶ必要があった。それをこらえ性のないフェリシティがエイジに宥められながら順番を待ち、先程ようやくプレイを開始したものだ。
「それにしてもすごい、うまいね! うわっ、危ない!」
「任せてっ!」
初プレイではあるが、既に今までのスコアを塗り替え記録更新中だ。ギャラリーも数を増やしつつある。ジャンルはシューティングアクションで、様々な武器を用いて敵キャラクターを倒していくという割とオーソドックスなものである。
「こういうの得意なの。ほらそこ!」
「ワゥ!」
「ナイスショット」
フェリシティ操る筋骨隆々の男性キャラクターと、エイジの選んだ細身の女性キャラクターが敵を打ち倒し、ステージを進めていく。中盤のステージに差し掛かったところで、騒がしい空間に新たな音が追加される。電話の通知音で、二人の端末からだ。だが、二人ともそれに応答することはない。
「フェリシティ、敵そっち行ったよ!」
「全て破壊してやる!」
VRゴーグルにより視界のみならず聴覚も、外界からの情報を遮断しているためだ。なおかつ騒がしいゲームセンター内の環境にあっては、聞き取れないのも無理はないだろう。加えて、ゲーム内での視界の妨げにならないよう、HUDの通知も一時オフにしていたことも手伝っていた。それらの事由により、二人が最後まで着信に気が付くことはなかった。
「ついにファイナルステージよ!」
「俺もう付いていけそうにないよ。フェリシティが頼りだ」
「何泣き言言ってんのよ、フィーリクスなら……」
「フェリシティ、君は……」
「……いえ、何でもないの」
フィーリクスなら、恐らく彼とならもう少し余裕を持ってゲームを進められるだろう。だが、それを言ってしまえばよくない結果が待っている。そういう予感がフェリシティにあった。何とか言いとどまったフェリシティは、今を楽しむべきだと判断し、ゲームに集中する。
「多分あともうちょっとだよね」
「エイジ、最後まで気を抜かないでよ」
「分かってる」
最後のステージも半ばほど進み、クリアまでもうすぐであろうところまで攻略する。その時、今までゲーム画面を映し出していたゴーグルが急に真っ暗になり、音も途切れてしまった。
「何も見えない!」
「これはゲームの演出なの!? まだラスボスまで行ってないんだけど!?」
そう叫んで、異変に気が付いた。静かになったのはVRゲームだけではなかった。ホール全体に鳴り響いていた様々なゲームの音が、一斉に止んでいた。聞こえるのはそれに戸惑う人々のどよめきや囁き声だけ。ゴーグルを外してもなお、二人の視界は暗闇に覆われていた。




