6話 radiant-7
ヒューゴが語る。以前今はもう退職した、男女のコンビがいた。MBIの勤務時間外ではあるが端末の信号が途絶え、連絡が取れず所在が分からなくなったことがあったそうだ。翌日二人とも無事に出勤してきたため問い詰めたところ、意図的に端末の電源をオフにしていたことが判明した。その理由も尋ねると、観念した二人が洗いざらい話した。当時二人は交際をしていた。どうにも二人で一晩過ごしていたことを知られたくなかったがために行ったことだ、ということだった。
「要はランデブーだな」
「はいはい、デートね。で、結局その二人は何でMBIを辞めちゃったの?」
「その後、その二人は結婚することになってな。もっと安全な仕事に就いて、生活基盤を盤石なものにしたいということで転職した」
「ふうん、端末オフが理由で辞めさせたわけじゃないんだ」
「余程の過失でもない限り、そんな理由で辞めさせるなんてことはない」
「何だ、安心した」
「だからといって無闇にオフにするなよ? いつこちらから連絡を入れるとも分からんのだからな」
「へへ、分かってるってば」
釘を刺してくるヒューゴは相変わらず圧が強い。フェリシティとしても、彼から自身への評価に関しては多少気になるところだった。クビになるような事はまあ避けておこう、というくらいのものだが。
「付け加えるとしたらそうだな、それ以来、コンビの端末が揃ってオフになっている場合」
「場合?」
ヒューゴは僅かなタメを作る。
「そういう関係にあると見られる風潮ができたくらいだな」
「じゃあ今回ももしかして」
「かもしれん。とりあえず定期的に二人の端末に連絡を取ってみるつもりだ」
そうであれば、スペンサー達の心配することはないのかもしれない。昨晩の内に到着した二人。そういう仲だとして、親密な時間を過ごした。そして翌日の朝に出発したことにでもして、遅めに向こうに顔を出す。そういうことなのかもしれない。フェリシティはそう納得する。
「ねぇ、フィーリクス。あんたはどう思う?」
下を向き考え込んでいたフェリシティは顔を上げ隣を見る。そこに名前を呼んだ人物は座っていなかった。
「へ、あれ?」
素早く室内を見渡す。部屋を出て行く何者かの姿が見えた。ドアが閉まる。いなくなった人物は、フィーリクスだけだ。
「にっ、逃げられた!」
思わず叫んだ。周りの人間の失笑を買ったようだがそれを気にかける余裕はない。慌てて後を追おうとして立ち上がったが、すぐに座り込む。何か誘い方を間違っただろうかと、自問自答する。「んー」瞬き二、三回の間ほど悩んだが、ヒューゴが割り込んだせいだと思うことにした。その彼を睨んでやろうかとも思ったが彼もちょうど自室に戻ったらしく、扉の閉まる音を聞くだけに終わる。苛立つ何かを胸の内に抱えたが、表に出すのは我慢した。彼女を見る者の頬がひく付いたが、何か変なものでも食べたのだろう。
「しょうがない、一人で行こ」
もう一度立ち上がると部屋を出て射撃場へと向かう。場所は訓練場のすぐ隣だ。エレベーターに乗り込み地下へのボタンを押す。押してから、エレベーターが動き地下階に到着するまでの時間がもどかしかった。何を焦っているのか、自分の感情を解析できないまま射撃場へと入る。取り敢えず訓練の準備を開始した。
「今はとにかく撃つべし、よ」
一度目をつむる。脳裏に浮かんだのは脳天気なフィーリクスの顔だ。慌てて目を開け首を振る。もう一度目を閉じ集中するとゆっくりと瞼を上げる。
射撃場にエネルギー弾の射出音が響く。握っているのは模擬銃だ。一回十発のセットで成績からその個人の弱点を把握し改善点を洗い出す。放たれる魔法も威力は最小に抑えられており殺傷能力はない。十発撃ったが、全てが板に描かれた人型を模した的に命中していた。十発共に胸の辺りを貫いている。自身のコンタクトレンズ型HUDが自動で視界の隅にウィンドウを作成し、そこに成績を表示する。それを見ても満足はしない。
「まだまだね。……そうだ!」
思いついたことを早速実践する。的の頭部にフィーリクスの顔を想像で貼り付ける。それめがけて再び十発。
「よし!」
頭部からはみ出さずに撃ち抜いた。先程よりも着弾位置が狭い範囲に収まっている。二セットとも満点だ。満点だが。
自分は誘いから逃げたフィーリクスに怒っているのだろうか。
「よし、じゃないよね……」
そうではない。彼は何か考え事をしているようだった。彼の話をもっとちゃんと聞けばよかったのだと小さく後悔する。想像上とはいえ彼の顔を的にしたことに、罪悪感が足下から急速に這い上がってくるのを感じた。
「あ……」
フィーリクスがこの場にいるわけではなかったが、妙な気まずさを覚える。床がぐらついたような気がして踏みしめる。彼への怒りからやったことではない。確かだ。では、ということは、自分は彼を、彼と……。
「すごいね!」
「ヒャウ!」
変な声が出た。驚きによりフェリシティの考えはそこで中断される。横を見れば、「何だ、エイジじゃない」彼がいた。
「何だ、とはご挨拶だね」
エイジは後ろの壁にもたれ掛かるとフェリシティをじっと見つめる。彼女も少しの間見つめ返す。彼は背丈はフィーリクスと同じくらいだ。つまりはフェリシティよりも頭一つほど背が高い。体型もこれまた同じく、フィーリクスと似た細身のシルエットを持っている。やや顔の彫りが浅いのは、フェリシティと同じルーツの血を引いているからだろう。
「ほら、続けて続けて」
エイジに急かされ、半ば義務的に銃を構え直す。三セット目を撃ち始めた。一発、二発。
「ところでフェリシティ、今夜は空いてる?」
三発撃って一度止めた。振り返る。
「何、急に?」
「あのさ、もしよければなんだけど、ちょっと遊びに行かないかい?」
「あんたと?」
そういえばエイジとはよく喋るが、まだ一緒に遊んだことはなかったはずだ、と記憶をさらう。また構えなおして四、五発目を撃つ。構えは解かずに、エイジに話しかける。
「別にいいけど、何して遊ぶの?」
「やった! あ、いやなんでもない」
特に断る理由はなかった。どら焼きの恩もある。六、七発目を撃つ。ここまでも全弾命中している。
「ん? ほら、どこで遊ぶのか言いなさいよ。でないとあたしが勝手に決めちゃうけど」
「あっ、ごめん。そうだね、近くのゲームセンターはどう? こう見えても俺もゲームは得意な方なんだ」
「いいよ、それにしよう!」
八発目を撃つ。命中。
「あそうだ、フィーリクスも……」
「いつも、ナチュラルに彼と一緒にいようとするんだね」
九発目は、的を外した。
「そういえば、何でだろ?」
何故なのか。その理由を考える。彼は仕事上での同僚であり、相棒である。また、最近は個人的な付き合いの頻度が上がっている。親友と言っていいだろう。それで、それから。
「フィーリクスはあたしの友達だし、その気兼ねするっていうか、理由は分かんないけど。ああでも、それって多分……」
「ね、ねぇフェリシティ! それはそれとして、たまには違う『友達』と遊ぶのもいいんじゃない?」
フェリシティは少しの間だけ考え込む。十発目は撃たずに銃を台の上に置いた。
「うーん、そうね、そうかも。二人で行きましょ」
考えはまとまらず、それ以上の自己探究は止めて楽な方へと流れることにする。
「また夕方に」
「うん」
返事をしたエイジが射撃場を出て行くのを見送った。台の上の銃に手を置く。残り一発は果たして的に命中させられるだろうか。また考えそうになるがやめた。勢いよく持ち上げて構えるとろくに狙いを定めずに撃った。結果は見ない。HUDのウィンドウも成績が表示される前に消す。きびすを返して射撃場を出た。
* * *
夕方、ひとまずの調べ物を終えたフィーリクスは捜査課を出る。コーヒーを煎れようと給湯室へ向かうところだった。
「結構疲れる」
ダニエルから手に入れた資料を精査し、必要な情報を頭に入れた。画像から得られたクリスタル像の特徴と、像の発見場所及び時間だ。アーティストに関しては、何も引っかかるものがなくスルー気味だった。コーヒーを煎れた後、マップ上に仕入れた情報を記載するつもりだ。それを元に、いるであろうと仮定した敵の出現傾向が分かれば、という腹積もりでいた。
「ん?」
給湯室に行く途中の廊下の曲がり角にさしかかったとき、更に奥の角へ消える人影が見えた。その角を曲がれば給湯室がある。すぐに見えなくなってしまったが、体型と髪からフェリシティの後ろ姿だと確信する。彼女も紅茶か何か飲みに来たのかと思い、早足で彼女に追い付こうとした。
「フェリ……」
角を曲がるすぐ手前で、彼女が一人ではないことに気が付いた。話し声が二人分聞こえたからだ。名前を呼びかけようとして思わず止めてしまう。角の陰に隠れ、息を潜める。
「それで、ゲームセンターの後はどこに行くの?」
「すぐ近く、っていうか隣にあるカフェでお茶して終わり」
「そっか、そりゃそうだよね」
「まさか何か期待してた?」
「そういう訳じゃないんだけど」
フェリシティと一緒にいるのは、エイジだ。気配から察するに給湯室の前で立ち話をしているようだった。何かこの後彼と約束をしているらしい。
「じゃあどういう?」
「うーん、そうね。フィーリクスと遊ぶときはいつも時間を忘れちゃうから、彼に管理を任せてる」
「そ、そうなんだ。じゃあ今日は俺が見ておくよ。ちゃんと夜遅くにはならないようにする」
「そう? ありがと」
二人の会話を盗み聞きするフィーリクスの胸中を、自分は何をやっているのだろうかと、愚かしさを恥じる気持ちが支配しつつあった。何もやましいことないのだ。堂々と二人の前に出て会話に混ざればいい。なんなら、一緒に遊びに行こうと、いやそれはどうだろうか。彼女達は全く自分を誘う気はない感じで話を進めている。割って入るのは無粋の極みでは。取り留めもなく考え続ける。胸の奥で何かが叫んでいるような。
「そんなところで突っ立って、何してるの?」
「ヒィイイ!」
喉から心臓が飛び出そうになる。相手はフェリシティ、ではなかった。声をかけられたのは後ろからだ。いつの間にか、ニコがすぐ近くに佇んでいた。
「ニ、ニコ! びっくりさせないでよ」
「あら、そんなつもりは全然なかったのに」
「いや、気にしないで。ちょっと考え事をしてたからさ」
「ふうん、まあいいけど、って何してるの?」
ニコに訝しがられるのもまあ無理はないだろう。フィーリクスは自分の行為がおかしいと自身でも分かっていた。角の部分に張り付いて、その先にいるだろうフェリシティ達の動向を探っているのだ。彼女に自分がここにいるとバレたかどうか気が気ではなかった。
「しっ! 静かに……あれ、いない?」
覗き見るが誰もいない。幸いなことに、考え事をしていた間に二人はどこかへ場所を移したようだった。
「角の先に誰かいる?」
「え? いや、誰もいないよ」
「フィーリクスって、ちょっと変わってるわね」
ニコに冷めた目で見られ、フィーリクスは恥ずかしさを禁じ得ない。
「あー、よく言われる。特にフェリシティから」
「二人とも変わってる。あたしの相棒もそうだけど」
「ニコ、そういう君はどうなの?」
フィーリクスは探るようにニコを観察する。やられっぱなしではなるものかと、相手に妙なところがないかじろじろと見回した。
「あたし? あたしは普通。常識人だもの。変なことなんか言わないししない……、そんなにあたしのことを見つめないで。何かむずがゆい」
彼女は恥ずかしさからか、体を軽くひねる。腕を組んでフィーリクスを睨みつけた。しばらくお互いに無言だったが、どちらからともなく吹き出し、二人して笑う。
「そうね、あたしもちょっとは、変なところがあるかも。人間誰でもそうだけど」
「やっと認めたね」
ニコをからかうようにニヤリと笑う。彼女もまた挑戦的な笑みをその顔に浮かべていたが、急に真顔になった。
「あ、そうだ! こんなことしてる場合じゃなかった!」
「何かあったの?」
「聞いて驚かないで。スペンサーとグレースの車が、どっちも地下駐車場に置きっぱなしだったのよ!」




