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6話 radiant-6

 下手を打ったか、ヒューゴの圧力が増した気がした。そう感じられたフィーリクスは、しかし謝らず言葉を吐き続ける。


「だからお願いなんだ。当然、立場上無理強いできないのは分かってるよ。ヒューゴの判断を待つのみだ」


 彼は苦い顔のままだ。そのまま、端末を取り出し誰かに電話をかけた。


「ヒューゴだ。ダニエル、さっきの件だが……」

「何の……待て、今はまずい。かけ直す」


 通話はすぐに切られてしまった。ヒューゴが怒った様子がないところを見ると、よくあることなのだろう。再度電話がかかってくる前に、フィーリクスは彼に尋ねたいことがあった。


「今電話かけたのって」

「確かに可能性は低い。が、情報収集しておくに越したことはない。……君の願いを聞いたわけではないぞ」

「ああ、ヒューゴ」

「MBIに入ってたった三カ月の君と私とで、どれだけのキャリアの差があると思ってる。変な妄想をするな」

「アゥ、だよね……」


 こういう時によくあるパターン、照れ隠しの類ではなかった。彼に何の熱もなく淡々と諭され、フィーリクスは今度こそ気を落とす。


「ヒューゴだ」

「今ならいいぞ。それで何だってんだ?」


 彼が気付いた時には通話に出ているヒューゴがいた。着信音が聞こえないほど落ち込んでいたのだろうかと、フィーリクスが思う間にも会話は進められていく。


「さっき通話を切ったのは?」

「上役に呼ばれてな。早速証拠引き渡しの要請が正式に出たぞ。もうそっちの事務方に連絡がいってるはずだ」

「そうか、そんなところだろうと思った。……ところで、頼みがある」

「げっ、やめろやめろ。おまえさんがそう言う時は、ろくでもないことが多いんだ」


 ダニエルは実に嫌そうな声で敬遠の言葉を吐く。対するヒューゴは無言のままだ。それで、意味は通じる。


「……それで、頼みとは何だ、具体的に言ってみろ」

「そちらで保管されているクリスタル像に関する情報全てだ。画像に、発見場所、日時。通報した人物の詳細も。それから自首したアーティストとやらの情報もだ」


 今度は両者とも、沈黙を選んだ。ダニエルは今ヒューゴが言った内容に即答はできないようだ。彼はヒューゴの頼みを聞いてくれるだろうか。数秒が経ち、フィーリクスが心配になってきたころ、ようやくダニエルが返答を寄越す。その間、ヒューゴは表情をピクリとも変えなかった。


「なあヒューゴ、俺も危うい立場なんだ。あまり無茶はさせないでくれ」

「呑んでくれるというわけだな」

「これっきりだぞ? 最近になって市長からの締め付けがきつくなってる。署長以下、上役連中もピリピリしてる。特にお前らに関してな。例の特殊チームの件もある。俺だってこれ以上表立っての行動はまずい。何とかするが、少しだけ時間をくれ」

「わかった、ありがとう。今度一杯やろう」

「奢ってくれるのか?」


 問われたヒューゴは、何故かフィーリクスの方を一度ちらりと見る。すぐに視線を別の方向へと向けたが、フィーリクスはそれが意味するところが何なのか図りかねた。


「私がか? 冗談だろう」

「だと思ったよ。じゃあ切るぞ」

「ああ」


 ダニエルはヒューゴの返答に小さく笑っていた。長い付き合いというのは伊達ではないらしい。ヒューゴの性格を熟知しているようだった。


「一体彼にどんな貸しを作ってたの?」

「んん? それは、秘密だ」


 人差し指を立て、眉をひそめてヒューゴが言う。あまり似合ってないポーズだとフィーリクスには思えたが、それが顔に出ていたらしい。睨まれる結果となった。


* * *


 フェリシティは特に用事もなく平和な一時を過ごしていた。先ほどまではエイジと、共通のルーツのある国の食べ物のことで盛り上がった。今は彼も自席についている。彼は相棒のニコと、何か任務のことで集中しているようだ。


「うー」


 やることがなかった。フィーリクスは知らぬ間にどこかに行ってしまった。彼の帰りを待ちながら、室内を改めて見回す。タイミングが合ったかラジーブと目が合う。彼がウィンクをするのが見えた。何かおかしくて吹き出してしまい、彼を困惑させてしまったようだった。


「暇ね……」


 椅子にふんぞり返ってだらけたポーズを取る。頭を逆さまにし、手入れを欠かさないストレートでサラサラの長い髪が垂れた。足を使ってその場で椅子ごと回転する。上下逆さになった世界が回る。何度か回ったところで部屋の入口にフィーリクスの姿を捉えた。その瞬間動きをぴたりと止める。


「やっと帰ってきた」


 視線を彼にロックオンする。逆さまになった彼が近づいてくる様子を観察し続けた。


「どんな格好してるのさ」


 彼がそこにいる。いつも眉尻を下げた、どこか頼り気ない感じを受ける少年だ。だが、彼とはいくつかのミッションを共にこなしてきた。多少ドジなところもあるが、信頼の置ける相棒だ。それに彼と一緒にいる時間は楽しい。ちょっとつつけば面白い反応もする。


「あんたを待ちわびるポーズ」

「余計分かんないよ」


 起き上がり素早く百八十度向きを変えて、苦笑いする彼と正対した。


「長時間どこへ行ってたのよ」

「部屋を出てから十分も経ってないって」

「あんたとは時の流れが違うのよ。あたしのタイムスケールは雄大かつ繊細なの」

「はは、何だいそれ? まあフェリシティがそう言うんならそうなんだろうね」


 多少変なことを言ってもそれなりに返してくるのが彼だ。一つ、彼に議題を出してやろう。彼なら応えてくれるだろう。彼女はそう心づもりをするとフィーリクスに微笑みかける。


「で、暇なんだけど。あたしとあんた、どっちが射撃がうまいと思う?」

「急にそんな顔してどうしたの? っていつものことか」


 いつもどんな顔をしてるというのか。彼女としてはただ、優しく笑みを浮かべたにすぎない。敵意などないことを知らせるために歯を見せ、分かりやすく大きく口を吊り上げているだけだ。ただ少しばかり彼との競争が楽しみで、できれば彼に競り勝ちたいという思いが顔に漏れ出ているかもしれないが。


「格闘戦ではいつもあたしが一枚上手。それはさておいて、射撃での勝負はあんまりしたことがないでしょ?」

「確かに」


 彼は負けず嫌いだ。その闘争心を焚きつけることに成功したようだ。彼の片眉がピクリと動いた。そういうときの彼の癖のようなものだと、フェリシティは知っている。


「じゃあ今から早速」


 実のところ、射撃においては彼の方が腕が上だとフェリシティは考えている。普段勝ってばかりいるのだ、たまには彼に花を持たせるのもいいだろう。いや、やはりダメだ。本気は出す。妥協するのは彼女のポリシーに反していた。


「でも、ちょっと調べたいことがあってさ」

「んん?」


 どうやら雲行きが怪しい。いつもなら、二つ返事でイエスと答えるはずだった。


「また今度でもいいかな?」

「後回しにできないの?」

「それが……」

「スペンサーとグレースには会ったか? ……どうした? 私が派遣した二人に何か問題でも?」


 ヒューゴが電話をしながら捜査課に戻ってくる。彼の入室のタイミングはどうにも絶妙に悪い。部屋に盗聴器でも仕掛けてるんじゃないの、などと考えながら睨みつける。


「何だって? ……そうか、今しばらく待ってくれれば到着するとは思うんだが、念のため別の人員の準備もさせておく」


 ヒューゴの通話内容を聞くに、スペンサーとグレースが向かった先の現地の誰かしらへ連絡したようだ。昨夜出発した二人がまだ任地に到着していないそうだった。場所からすると、昨晩の内には到着していておかしくない距離だと判断する。


「いつも言ってるけど、自分の端末で見ようよ」

「何で? 別にいいじゃない」


 フィーリクスの肩にのしかかり、一緒に彼の端末の画面上に映し出されるマップを確認したものだ。腕を彼の首に回して体を預けているせいか、彼が若干苦しそうだがそれは気にしない。ついでに何となく彼の体臭を嗅いだ。多分気付かれてはいないはず、と何でもないフリをする。


「さて」


 ヒューゴが部屋を見渡した。代わりの人員を誰にしようかと考えているのだろう。彼と視線がかち合う。愛想笑いをしながら小さく手を振ると、彼の表情が変なものでも見るようなものに変わる。彼女は一瞬指名されるかもと思ったが、ヒューゴは何故かフィーリクスの方をちらりと見やっただけだった。そのままフェリシティ達はスルーし、別の人間に視線を定める。


「サーストン、マーク」

「はいボス」


 ヒューゴはサーストンとマークという、フェリシティやフィーリクスの同僚を指名し出向命令を下す。追加でごく短時間で準備するように申し付けた。


「なるべく早く向かいます」

「あの二人に関しても、何か分かればすぐに連絡しますよ」

「とんぼ返りになるかもしれんが頼む。こちらからも状況が更新され次第連絡を入れるようにする」


 フェリシティは自分に仕事を振られなかったことに安堵し、ため息をつく。暇だったとはいえ、地方へ赴きたい気分ではなかった。


「あの二人は一体どうしたんだ」


 ヒューゴはスペンサーかグレースのどちらかに電話をかけるようだ。


「ん? なんだ、おかしいぞ」

「どうしたんで?」


 キーネンが耳聡く通話の内容を聞きつけたようだ。


「キーネンには聞こえたか。スペンサーの端末に連絡を取ろうとしたんだが、通じない。そういうアナウンスが流れた。……ダメだ。グレースの方も同じだ」


 MBIにおいて各人員に支給される端末に通信が繋がらない。それは、端的に異常事態を示している。通常であれば、空間を飛び越え魔術的に接続されている各端末には、MBIから魔力が絶えず供給されている。普通の携帯電話などと違って、バッテリー切れなど起こらない。意図的に端末の電源をオフにでもしない限り、圏外になることもない。そのはずだった。


「ねぇ、それってやばいんじゃないの?」


 フェリシティは自分の腕を抱きかかえながら言う。敵などいないのに左右を見回し、警戒を始めた。フィーリクスが彼女の肩に手を置く。微笑みかける彼は彼女の心の機微を読み取ったのだろう。


「あの二人なら大丈夫だよ、俺達よりもはるかにキャリアが長い。多分現地で、誰かに会うより先にモンスターに出くわしたんだ。それで端末を奪われるとか、取り込まれるとか、操られたりして同士討ちで……。あ、やばいかも」

「可愛そうな二人!」


 フィーリクスがフェリシティを落ち着かせようと試みた結果、二人ともパニックに陥った。その様を冷静に見つめていたヒューゴが語りかける。


「盛り上がっているところ悪いが、実はな、前にもこういうことがあった」

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