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6話 radiant-5

 静かな雰囲気に耐えきれなくなったか、エイジが沈黙を破る。


「ところでスペンサーとグレースは?」

「そういえば、まだ来てないな」


 フィーリクスでもフェリシティでもなく、彼の言葉に反応したのはディリオンだった。


「ああそれなら……」

「ディリオン、何か知ってるの?」


 フェリシティが彼に聞く。今名前を挙げられた二人は、フィーリクスはまだ挨拶や雑談を少々する程度だった。彼らは昨夜任務のためと言って、パーティーの途中で挨拶もそこそこに退出したのを覚えている。その彼らと普段親しくしている人物で、すぐにフィーリクスが思いつくのがディリオンだ。


「いや、特には」

「彼らは……」

「特にはって、あんたスペンサーとグレースとは仲良くしてたでしょ? しっかりしなさいよ」

「……分かったよ」


 フェリシティに咎められ、多少ばつの悪そうなディリオンが端末を取り出す。どちらかに電話をかけようというのだろう。


「あの二人なら……」

「おい、あの二人なら事件の調査で昨晩から出かけている、と昨日皆に言ったはずだぞ。ディリオンはその時にいなかったから仕方ないが、フェリシティ、聞いていなかったのか?」


 いつの間にかヒューゴがいた。再三発言しようとしたフィーリクスを遮り、丁度タイミングよく部屋に入ってきた彼のセリフに、ディリオンの手が止まる。彼はいつも何かしらタイミングがいい。実は部屋の外で、いつ登場すべきか見計らっているのではないか、と疑うほどだ。


「そうだった、今思い出した!」


 フェリシティがそう叫ぶ。フィーリクスが見れば、ディリオンが彼女をジト目で睨みつけていた。今度は彼女が恥ずかしそうに体をくねらせる。


「はは、ごめんってば」


 スペンサーとグレースのコンビは、以前フィーリクス達がそうだったように出張中のはずだ。昨日の昼過ぎに要請が入り、昨夜急遽出発することになったものだった。ヒューゴの再度の説明を聞くにつれ、ディリオンが普段の勢いを取り戻す。それとは逆にフェリシティが小さく縮こまり、恐縮していく様が見られた。


「と、ところでフィーリクス! あんた何か言いかけてたけど、何かな? いひひ」

「いや、もういいよ……」


 フィーリクスとフェリシティの会話が続かないのを好機と見たらしい。ディリオンが彼女の目の前にまで近づいてくる。


「ごまかそうたって無駄だフェリシティ。いいか、発言の前にはしっかりと裏を取る。捜査官の基本だぞ。お前は調子に乗りすぎだ。フィーリクスもちゃんとこいつを躾けておかないと、尻に敷かれるぞ」

「はぁあああ? 何よそれ! 自分のことも少しは省みなさいよ! あんただって結構外してるときあるじゃないの!」


 一瞬しおらしくなったかに見えたフェリシティだが、フィーリクスの気のせいだったようだ。そう思えるほどに回復めざましく一瞬で元に戻った。二人で何やら言い争いをしている。確かに彼女の圧はフィーリクスよりも遥かに強い。普段の態度を見れば分かることだ。その彼女の尻に敷かれるとは。


「それは、悪くない、のか……?」


 フィーリクスには、フェリシティとディリオンのやり取りなど聞こえていない。普段の仕事において彼女が強権を振るい、場を支配する。また、それ以外でも。そのような妄想が彼を支配していた。


「ちょ、ちょっとストップ、二人とも! ほら、フィーリクスも二人を止めて」


 場の雰囲気が荒れ始めていた。エイジが焦った様子で取り直そうと奮闘している。それによって現実に引き戻されたフィーリクスも、仲裁に加わることにした。フェリシティが立ち上がっている。ディリオンに飛び掛かりそうになるのを、後ろから羽交い絞めにして寸前で止めることができた。彼女の手のひらが空を掴む。次に拳を握って振り上げた。


「まあまあ落ち着いてよフェリシティ。俺達の仕事ぶりを見せてやればいいんだ」

「そ、そうね。……分かった」

「ありがとう」


 不承不承な感じではあるが、フェリシティの力が弱まった。彼女をすっと解放したところ、また飛び掛かりそうになったのでもう一度羽交い絞めにした。


「だから、ダメだってフェリシティ!」

「離しなさいフィーリクス。あいつとは、今! ここで! 決着をつけてやるわ!」


 落ち着きを取り戻さないフェリシティだが、次のある音を聞いて急におとなしくなった。それは、ヒューゴの持つ端末の着信音だ。電子音が室内に鳴り響く。ヒューゴがそれに応答すると皆が静まり返り、彼の会話に耳をそばだてる。彼は周りの期待に応え、スピーカーホンに切り替えた。


「私だ、ヒューゴだ」

「やぁ、ヒューゴ。久しぶりだな」

「ダニエル! 元気にしてたか?」


 どうやら知り合いらしいが、相手は何者だろうか。皆がそのように思っているだろうとフィーリクスは考える。


「まあな。それより、吉報、と言っていいのか、事件解決の知らせだ」

「それは、具体的にはどんなものだ?」

「最近やたらと見つかってたクリスタル像。あれを設置したとかいう馬鹿が自首してきたんだよ」

「何だと!?」

「まあそう驚くなよ」


 ダニエルの話を要約するとこうだった。先ほど、若い男性が警察署を訪れた。彼はまだ若く、自分のことを現代アートをテーマに活動するアーティストだと名乗った。今まで見つかったクリスタル像は全て彼が制作したもので、動機は有名になるための仕掛け。つまりは売名行為、ということらしかった。ダニエルは、これから彼をこってりと絞る、と言い話を締めくくった。


「何とも人騒がせな奴がいたもんだ。最近の若い奴ってのは分からん」


 そう感想をこぼしたヒューゴはダニエルに礼を言い、通話を終えた。大きなため息を一つつく。フィーリクスは、昨日MBIにて保管しているクリスタル像をフェリシティと共に見ていた。その時細部までよく作り込まれた『作品』だという感想を持ったが、それで正解だったのだろうかと首をひねった。


「今のダニエルって人、誰なの? 警察の人っぽいけど」


 フェリシティが質問する。その質問はフィーリクスもしたかったものだ。ただ、彼の予想に関しては外れていたらしい。周りのメンバーの様子を見ると、皆もの知り顔だ。その中の一人、ヴィンセントが口を開く。


「フェリシティ、正解だ。彼はヒューゴの古い知り合いで、警察署に勤務する警部だ。学生時代からの付き合いだとか。たびたび情報交換をしているそうだが、何かヒューゴに借りがあるらしい」

「へぇ」

「ちなみに、彼は警部の身ではあるが、警察内部では数少ないMBIの実情を知っている者の内の一人だ」


 内情を知らなかったのはフィーリクスとフェリシティの二人だけだったようだ。周りに驚きの反応などは見られない。


「よかったな。また一つ賢くなった」

「ディリオン!」


 彼はフェリシティに対し、おちょくるような物言いをした。これ以上争いが再発しそうな燃料投下をする前に、フィーリクスが止めに入る。幸いなことに、彼はこれ以上何か言う気はないようだった。場が落ち着いたのを見ると、ヒューゴが再び口を開く。


「ともかく、これでクリスタル像に関する話はお終いだ。みんな通常の業務に戻れ」

「最初っから違うって思ってたのよね」

「面白くなるかと期待してたのになぁ……」

「あの件どうなってたっけ」


 ヒューゴに注目していた皆が好き勝手言いながら、それぞれの仕事に取り掛かる。フェリシティももはや興味を失っていた。エイジと同郷に関する話題を再開したようだ。『サシミ』がどうだとか、フィーリクスの知らない言葉が聞こえる。こうして、ほんの一時MBI捜査課を騒がせた話題は、影を潜めることになった。少なくともフィーリクス以外は、だ。席を立ち、コーヒーでも淹れようと部屋を出たところで、同じく部屋から出たヒューゴに呼び止められた。


「納得のいかない顔だな」

「ヒューゴ」

「ついてこい。話がある」


 はたから見て、そんな表情を浮かべていたのだろうか。フィーリクスはヒューゴと二人廊下を歩く。向かう先は誰も使っていない小会議室だ。


「こんなところまで来て、何の話?」

「まあ座れ」


 椅子の数が十席の小さな部屋だ。飾り気のない長机が二つ、長辺を接するように並べてられている。ヒューゴは五席ずつ向かい合うように置かれた椅子の一つをフィーリクスに勧めると、自身は机を回り込み、フィーリクスの斜め向かいに座った。


「実はな、さっきの電話の後、ダニエルからすぐにメールが来たんだ」

「内容は?」


 確かにヒューゴが通話を切ったあと、端末を何やら確認していたのをフィーリクスは見ていた。メッセージに書かれているものが何か問題なのだろうか。


「まだ正式なものではないが、こちらで保管しているクリスタル像があれば、至急署へ送致しろと警察上層部が言ってるらしい。恐らくは、それほど間を置かずにこちらに要請が来るだろうとも。……どう思う?」

「何で俺にそんなことを聞くの? ってのがまず一番かな」


 先程、電話が終わったあの場ですぐに聞けば他のエージェント達の意見も聞けたろう。それを何故、フィーリクスを選び、わざわざ別室にまで連れ出したのか。


「正直、君には期待しているんだ」

「あぁ、ヒューゴ!」


 フィーリクスは期待という言葉に目を輝かせ、腰を浮かせかけた。


「と言うのは建前だ。君以外、事件への興味を失っていた。そんな連中にまともな意見が聞けると思うか? つまり、他より少しマシというだけだ」

「まあ、そうだよね。そんなところだよね」


 すとんと座り直し肩を落としたフィーリクスだが、気落ちはしていない。思考はきっちりと働いていた。


「普通に考えればこうだよね。実際モンスターは関係ない事件だったから証拠を回収するだけ」

「君はそうは考えていない、だろ?」


 ヒューゴは、そのことを見透かしていたのだろう。当然のように指摘する。フィーリクスの話の続きを待っているようだ。


「そう。実はアーティストが自首してきた云々ってのはブラフ。モンスターの存在を示す情報か証拠を、独自に掴んだ市長と特殊チームが動き出した」

「それは考えすぎだな」

「え? でも」

「確かに、ダニエルが何か知らせてくるときは、大概何かきな臭いことが起きたときだ。だが、今回の件に関してはフィーリクス、君の考えは半分は間違いだろうな」

「それはどういう?」

「モンスターはいない。単に、実績稼ぎの一環だろうと私は思っている。昨日フェリシティが言ってたとおり、モンスターと戦える水準には達していないだろうしな」


 ヒューゴは、何を考えているのだろうか。認識の違いを正すためにここへ連れて来たのか。まさか自分に対して、何か妙な疑いでも抱いてるというのか。そこまで考えて、現状では判断材料が乏しく考えてもらちが明かないと、フィーリクスは思考を切り替える。今は目の前の問題の解決に全力で取り組むべきだ、と結論付ける。


「それでヒューゴ、要請があったら応じるの?」

「特別な理由がなければな。現在のところは、ない」

「一つお願いがあるんだ」

「それは何だ?」


 ヒューゴは腕を組み、気難しげな顔をしている。いつもそうといえばそうであるが、今は普段よりも厳めしい雰囲気を醸し出していた。通るものであるかは分からないが、一先ず要望を伝えることにした。


「向こうが持ってるクリスタル像に関する情報が欲しい」

「そう易々とは渡さんだろうな」

「ダニエルは? 何か貸しがあるんでしょ?」

「ほう、他人の貸しを、君が回収しようというわけか。それも上司の私から」


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