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6話 radiant-4(挿絵あり)

 * * *


 フィーリクスの誕生日パーティに出席していた人物の中に、彼の同僚であるスペンサーとグレースという名のエージェントがいる。その二人は今、フィーリクスに挨拶を済ませパーティを途中で抜けたところだった。ヒューゴから受けていた捜査命令を全うするために一度MBIへと戻ろうとしていた。


挿絵(By みてみん)


「今から出れば日付が変わる前に到着できそうね」

「全くヒューゴも人使いが荒いもんだ」


 二人はコンビを組んで数年になる。冷静沈着で観察眼が鋭いと評判のあるスペンサーと、ポジティブで実践派のグレース。スペンサーはグレースより頭一つほど背が高い。彼は焦げ茶色の髪を短く刈り、締まった体型の持ち主だ。グレースは緩くカールのかかったストロベリーブロンドを肩のあたりで切り揃えており、細身のシルエットをしている。彼女の歩く様子からは機敏さが見て取れた。


挿絵(By みてみん)


「でもその分、手当はちゃんと出してくれるしいいじゃない」

「特殊とはいえ、政府機関なんだから当り前さ」

「それもそうか」


 フィーリクスとフェリシティはよく周りから、どことなく彼らと似通ったところのあるコンビだと言われていた。


「今日のパーティの主役、フィーリクスとその相棒のフェリシティ。どことなくあたしたちに似てない?」

「俺達に? フィーリクスってのは、俺とはタイプが違うように思うんだが」

「そういうことじゃなくて。なんていうか、コンビの雰囲気としてよ。雰囲気」

「なるほど、そういうことならなんとなくわかる気がするよ」

「出張から帰ったら、食事にでも誘いましょうよ」

「親睦会みたいなものか。いいんじゃないかい?」


 二人がヒューゴから受けた命令の内容はこうだ。ウィルチェスターシティを離れ、MBI支部のない周辺の小さな町の一つで、モンスターが原因で起きたと思しき事件の調査を行うこと。彼らはMBIへ戻った後準備を済ませ、今晩の内に現地に入る予定としている。


「そんな感じね。あ、ねぇこっち行きましょ」

「あんまり通りたいと思わないな」


 グレースが指さすのは、建物と建物の間の薄暗い細道だ。街はブロックごとに区画されており、大通りは広く街灯や店の明かりで道は明るい。対してブロック内の建物間は隙間がないか、あっても細く街灯はあるが、薄暗い。そのうちの一つが近道だと彼女は言う。気の乗らなそうなスペンサーにグレースがニヤリと笑う。


「あら。もしかして、怖いの?」

「そんなことあり得ると思うかい?」


 スペンサーは表情こそ変えないものの、ムッとしたようで少し語気を強めて言う。一瞬間を置いて、彼が率先してグレースの指さす先に歩き始める。そのすぐ後ろに彼女も続いた。まだそれほど遅い時間ではないにもかかわらず、表通りとは打って変わって静かなものだった。細道の両隣とも背の高い建物で圧迫感がある。スペンサーは暗所や閉所の恐怖症ではないが、あまりいい気分のする場所ではなかった。


「そうそう。これから行く場所だけど、美味しい鶏料理で有名な店があるって、ウェブで調べた情報にあった。あなた、鶏好きでしょ?」

「え? あ、ああ。そうだ。着いたら食べようか」

「何言ってるの? 到着するころは真夜中だってば」

「そうだった、すまない」

「ここのところ忙しかったし、スペンサー、あなた疲れてるのよ」


 曲がり角を過ぎれば、表の喧騒はほとんど届かず暗さも増した。スペンサーの足取りが僅かだが重くなる。それに気が付いたらしいグレースが彼の背中をつつくと、「ヒャウ」と妙な声を上げて彼が立ち止まる。心拍数が上がっているのを、彼は自覚した。


「頼むから悪ふざけはやめにしてくれ」


 スペンサーが振り返りグレースを睨むと、彼女が小さく舌を出す。どうやら、僅かばかりではあるが、恐怖心を抱いていることを彼女に気取られたようだ、とスペンサーは後悔と共に諦めの気持ちに浸った。彼女はいつもこうだった、と彼は過去を思い返す。


「あなたと組んでそれなりになるけど、からかうのはやめられない」

「そんなに面白いか?」

「面白い」


 即答するグレースに閉口したスペンサーだが、彼女の表情から笑顔が消え、彼の後ろ、道の奥を見つめているのに気が付いた。


「……言ったそばから、またからかうつもりかい?」

「スペンサー、銃を構えて。これは冗談じゃないわ」


 真剣な表情で言い、自身も銃を用意するグレースに、スペンサーも危機を感じ取った。いるのだ。彼の背後に、何かが。即座に端末を操作し、銃を出現させると素早く振り返りながら叫んだ。


「動くな! 動くと撃つ!」


 相手がモンスターかどうか、彼女は言っていない。彼は相手が人である場合に備えてそう叫んだのだが、それは無駄に終わった。


「な、何者だ君は……、いや、何なんだ? それは何……」


 スペンサーは最後まで言い切ることはできなかった。光が彼を照らし、手で顔を覆うようにしたまま硬直する。


「スペンサー!!」


 色めき立ったグレースが、持っていたバッグから何かを取り出す。スペンサーの前に立つと銃ではなく、それを相手に突き出した。


「これならどう? 昔からあなたみたいな相手にはこれだって相場が……」


 彼女もセリフを言い終えることはできなかった。次の瞬間には彼女も、もうこれ以上は何も喋ることができなくなっていた。彼女の瞳は、それが暗がりに溶け込んで消えてしまうまで、それを見つめ続けていた。


 * * *


「おはよう」

「おはようフィーリクス。今日から車で?」

「そう。今後の運転は俺に任せてよ」

「頼りにしてるわよ、相棒」


 誕生日の翌朝、車での出勤を開始したフィーリクスは昨日に引き続き上機嫌だった。家から職場までそれほど遠い距離ではないが、地下鉄を利用するのに比べて車での通勤は快適度合いがまるで違う。ただ、先んじて車通勤の快適さを享受していた彼女が羨ましかった、という気持ちがあったのは疑いようのない事実だ。それと同時にそんな感情を抱く自己嫌悪も小さいながらあった。とはいえ、それは悪感情に陥るほどのものでもない。いずれ直さねばならぬ欠点であると承知しているものであり、気長に付き合っていこうという気構えができているからだった。


「これでやっと君に並んだ」

「え? 並ぶ? 何が?」

「いや、何でもないよ」

「ふうん、まあなんでもいいけど」


 隣に座るフェリシティはさして気にした風もなく、何か食べ物を口に運んでいる。円形で扁平な茶色いパンケーキのようなもので、黒いペースト状の何かを挟んだものだ。ホットサンドの一種だろうかと思い、フィーリクスが彼女に聞く。


「ところでそれ、何食べてるの?」

「どら焼きだけど?」

「何それ」


 『ドラヤキ』とは一体何だろうか。フィーリクスは食べたことはおろか、見たことも聞いたこともない物体だった。それを彼女は美味しそうにぱくついているが、あの黒いペーストの正体は何だろうか。得体のしれない物に対する好奇心が湧いてくる。


「んー。甘めのパンケーキであんこを挟んだお菓子よ」


 やはり、両側の茶色いものはパンケーキだった。フィーリクスはそれに納得するが、また新たな疑問が湧く。『アンコ』など聞いたこともない。味の想像もつかない、奇妙な単語だ。


「そうなんだ。で、アンコって何?」

「豆を砂糖で煮詰めて潰したもの。知らないの? おいしいよ?」


 彼女は何と言っただろうか。豆を甘く煮る、というような言葉が聞こえた気がした。おぞましい、何かが。


「ちょっとフィーリクス、何そんなにショック受けた顔してんのよ」

「いや、ちょっと、味が予想できなくて……」

「しょうがないわね。一口だけあげる。ヘイ、デュード、口開けて」

「あー」


 己の好奇心を呪うが最早手遅れだった。彼女が食べさしのドラヤキをフィーリクスの口に押し込む。躊躇はしたが、それをなるべく出さないように気を付けつつ、齧り取る。恐る恐る咀嚼すると、口中に食感が伝わる。思いのほかしっとりとしたパンケーキが砕けていく。何か独特の風味があるが、外皮は悪くはない。次いでアンコの部分が舌に触れ、味蕾がその味を感知した。その味覚をフィーリクスの脳に伝えてくる。その瞬間彼に衝撃が走った。


「うっ!!」

「どう? おいしいでしょ?」


 得意げなフェリシティを、フィーリクスは恨めし気な目で見つめ返す。結果は、受け入れられないものだった。舌にまとわりつく甘ったるいアンコ。口に入っている異物の気味の悪さに吐き出したい気持ちになるが、ぐっと耐えて嚥下する。


「ぅ、……お、おいしいよ」


 無理やり口を笑みの形に変える。フィーリクスは冷や汗を流し、そう返すのが精一杯だった。できれば今すぐにでもコーヒーでも飲んで、口中のドラヤキの残滓を洗い流したいところだった。


「なんかすごく不健康そうな笑顔だけど」


 フェリシティは残ったドラヤキを順調に食べ進めていき、あっという間に完食してしまう。そこへエイジが近寄ってきた。フェリシティのデスクに手をつく。


「どうだった?」

「美味しかったよ! ありがとうエイジ。フィーリクスも美味しかったって」

「フェリシティに味見させてもらったのかい?」

「口にねじ込まれた」


 事実を伝えただけだが、エイジの顔が微妙にひきつったのは気のせいだろうか。


「そ、そうなんだ。……えーと、俺の爺さんが産まれた国の味なんだよね」

「あたしのおばあちゃんが産まれた国でもあるのよね」


 どうやら、ドラヤキはフェリシティのためにエイジが買ってきたらしい。エイジの家の近くに、彼らのルーツである国のお菓子を売っている店がある、とのことだった。昨日のパーティでそのことを知ったフェリシティがエイジに依頼し、今日の朝エイジの出勤時間には開店してるというその店で購入したそうだ。


「小さいときにおばあちゃんに作ってもらったことがあってさ、あたしの好きなお菓子の上位にランクインしてるのよ」

「へぇ、でも意外だったな。エイジとフェリシティのルーツが同じだなんて」

「俺の名前は分かりやすいと思うけど、フェリシティはそうじゃないからね」

「あたしの顔は、おばあちゃんに似てるとこがあるって、パパとママが言ってた。あたしも実際にそうだと思う。ああ、ママの方のおばあちゃんね」


 フェリシティは母方の祖母がそうらしい。エイジは父方の祖父の方、ということだった。フィーリクス自身は両親、祖父母共にこの街で暮らしてきた。それより前の世代に関しては曖昧で、曾祖父あたりがこの国の南にある別の国からの移民だ、というのを祖父から聞いたことがある程度だ。


「ふぅん」


 ふと何気なしに、フェリシティを見つめる。彼女の顔立ちを改めてよく観察する。彼女と目が合った。そのまましばし、無言で彼女と見つめ合った。

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