6話 radiant-3
「よう、初めまして。俺はエミリオだ。こっちはアクセル」
「よろしく! フィーリクスは頼りになるだろ?」
「俺はラジーブ。フィーリクスの前からの馴染みだって?」
「初めまして、ヴィンセントだ。彼はまだ経験が浅いが、うちでけっこう活躍してくれている」
フィーリクスの前からの友人と、MBIの同僚達が話をしている。夕方、誕生日パーティーが始まり、フィーリクスは「おめでとう」の言葉の次に誕生日カードやちょっとしたプレゼントをもらった。一通り皆と会話を交わした後は各自好きにやっている。普段あまり付き合いのない同僚たちにも誘いを出し、参加者の中にその姿が見られた。捜査部長のヒューゴにも声をかけていたのだが、用があると言って断られているため彼は来ていない。
フィーリクス達がいるのはMBI近くのカフェ兼バーを営業している店フォースムーン。フィーリクスやフェリシティ、その他MBIの面々の行きつけの店だ。車で数分、徒歩でも十分程度でたどり着く商業区域の中にある。夕方まではカフェのみ、酒類の提供が始まるのはそれ以降だ。その場には日中店の管理をしているシンプソンの姿もある。
「フィーリクス君、呼んでくれてありがとう。店の売り上げに貢献してくれるのも、ね」
「普段最高のコーヒーを淹れてくれるからね。今日は楽しんで!」
「ああ」
辺りを見渡せば、皆思い思いにお喋りをし、ポテトやソーセージなどの料理をつつき、あちこちから笑い声が聞こえてくる。ディーナとゾーイが隅の方のテーブル席で何かの話に熱中しており、死角から近づいたエイジに驚かされる。二人とも反射的に彼の顔面にパンチを入れた。これはまあ自業自得だとフィーリクスは呆れ半分に、立ち上がる彼を見つめる。
ゾーイを挟んでディーナの反対側にもう一人、読んだ覚えがない人物も座っている。若い男性で名前は確かネイサンだと、自己紹介で聞いた名をフィーリクスは思い出す。まだ今回を含めて二度しか会ったことがないが、ゾーイの部下で技術部副主任を務める人物だ。ゾーイ曰く腕は確かだということだった。ネイサンは彼女のパンチに驚きつつも褒めそやしている。現在ゾーイは彼と、魔法生物学者のディーナと組んで新しい装備を開発中だ。先程彼女たちがそう言ったのをフィーリクスは聞いている。彼は、その何かが楽しみで仕方なかった。
「見つけた」
ディリオンとキーネンがカウンターで、少し大人な雰囲気を醸しながらドリンクを飲んでいる。といっても中身はアルコールではない。MBIエージェントの大半が車での通勤だ。フィーリクスは二人の肩に手をかけ、間に割って入った。
「二人とも何黙りこくってるんだよ。もっと楽しまなきゃ」
「人の金で食う飯はうまい。十分堪能してる。感謝してるさ」
ディリオンの言うとおり、軽食の代金と、ワンドリンク分はフィーリクス自身が負担していた。ただしそれ以上は、各自自腹だ。
「あまり派手に騒ぐのは苦手でな。このままゆっくりと過ごす。フィーリクスも疲れたら隣に座るといい」
キーネンが静かに、力強く答える。フィーリクスはそれに頷き礼を言うとその場を離れた。フェリシティとニコがこれもまた端の方のテーブルで何事か楽しそうに話し込んでいるのが見え、邪魔をしては悪いと言い訳をして見なかったことにする。実際には女子の会話についていけないところがある、というのが主な理由だったが。
「ふぅ」
昼前にフェリシティとの電話越しに聞こえた会話といい今現在といい、フィーリクスはどうもそういうものを苦手としていた。適当な空いたテーブルを見つけ、椅子に座り込む。パーティーのホストの割にはあまり目立っていないが、これでいいと考える。
「ブー!」
「うわぁ!」
突然フィーリクスの真横、テーブルの下から湧いて出たエイジの顔面を反射的に殴った。全力ではなかったものの、彼が床にひっくり返る。
「大丈夫!」
すぐに起き上がってきた彼はそう叫ぶとフィーリクスの隣に座る。顔には今のとは別の、女性二人に殴られた跡もついている。懲りない奴だ、と呆れながらもフィーリクスは彼が何の用があって近づいてきたのか、見当が付かない。
「やあ。改めて誕生日おめでとう」
「ありがとう。どうしたの?」
「ちょっと話をしたいと思ってさ。最近調子がいいよね」
「ああ、それが自分でも驚くくらいにうまくいってるんだ」
仕事もプライベートも順調だった。MBI所属以前に比べ所得が増加、安定した。まだあまり交流のない者もいるが、同僚達ともいい関係を築けていると思っている。ここのところは、モンスターも自分達の技量にそぐわないような無茶な相手には遭遇していない。ウィッチ達も大人しく、平穏で堅実な人生であると言えた。というよりは、むしろこれまでの方が異常だったのではないかと疑っていた。ゲームに例えるならばラック値が低かったのだ、などと無用な妄想をする。
「ねぇところで。最近といえば、フィーリクスとフェリシティ。君達二人っていつも一緒にいるよね」
フィーリクスはエイジの唐突な指摘に戸惑いながらも、ここしばらくの出来事を軽く思い出す。
「そういえばそうかも。でもそれって普通じゃないの? 彼女は相棒だ」
「そりゃそうだけど。あーでも、プライベートでもやっぱり一緒だったり、するのかな?」
「確かに、最近は運転の練習でずっと一緒だったかな。お礼で遊んだり、食事したりも。……俺のお金で」
「何か最後の感情がこもってるね。そういやここの食事代もホストであるフィーリクス持ちだろ? 大丈夫?」
「そう思うんならいくらか払ってくれる?」
「それは断る」
「だと思った。……ああ、フェリシティとはこないだこんなことがあったよ」
ボウリング場でボールを手に取るフェリシティ。投球前の構えは様になっている。助走を開始し、やや豪快なフォームでボールが投げられた。それはカーブも何もなく恐ろしい勢いでレーンの真ん中を転がっていき、ピンに当たった瞬間すさまじい音を立ててピンを散乱させる。ストライク。誠に力業だった。両隣のレーンで遊んでいた人達から憧憬と畏怖の視線を集めることに成功し、彼女は満悦といった表情だった。その場でターンを決めて天に向かって人差し指を突き上げた後、フィーリクスとハイタッチした。
「パワフルだね」
「ストライクもガーターも、常に全力投球だったよ。次に……」
ゲームセンターで遊ぶフィーリクスとフェリシティ。祭りの時の続き、とでもいうようにハイスコアを競い合う二人は、衆目を集めるのも構わずゲームに齧りついて対戦を続ける。ビデオゲーム、エアホッケー、バスケットボール入れ、モグラ叩き、UFOキャッチャー、その他色々。購入したゲームプリペイドの残高が尽きるまで遊んだ。勝敗は五分と言いたいところだったが、フィーリクスが一歩及ばない。フェリシティはそれをさも当然と受け止めており、フィーリクスの脇腹を肘で打った。それは負け越しではあっても、楽しいひと時を過ごせたと思っていた彼の笑顔を曇らせた。
「どうしても彼女に勝てない」
「落ち着いてよフィーリクス。いつものことじゃない」
「ぐぎぎぎ」
歯噛みし、震えるフィーリクスをエイジが宥める。
「まあまあ。それで、他にはないの?」
「ああ、じゃあこんなのは?」
ある日の夜、仕事終わりにフェリシティが今までやった経験がない、というビリヤードをしに出かけた。最初は手取り足取り教え、ボールを撞くフェリシティの後ろ姿、特に立派な尻や太ももなど下半身を眺めたりして楽しんでいた。ただ一つ誤算があった。彼女が見る間に上達していき、フィーリクスの腕に追いつきそうになった。もう夜も遅いから、と慌ててゲームを打ち切り翌日一人で練習を……。
「その話って……」
「いや、今のは忘れて」
つい先日二人で映画を見た。アクション大作で、二人とも楽しみにしていたものだ。チケットのみならず、ドリンクとポップコーンまで奢らされたが、映画をしっかりと楽しんだ。ポップコーンは大体フェリシティが食べた。その帰りのことだ。二人で映画の感想を言い合っているところに、同じ映画を見ていたらしい男三人組が近寄った。彼らの目的はフェリシティをナンパすることだった。下まぶたに皺を作り、あからさまに嫌そうな顔で彼女が一度断ったものの、彼らはしつこく絡む。業を煮やしたフィーリクスが彼らを排除しようとしたところ、一人に強く押されよろめいた。ついカッとなって映画を越えるアクションで三人とも伸してしまい、周りで見ていた人々の賞賛を浴びたのがフェリシティだった。
「話を聞いてると、してることはデートみたいな感じなんだけど、何か違うような。……特に最後」
「はぁ? デートぉ!? はは、いやいや。そんなつもりで彼女と遊んでたわけじゃないよ。どっちかって言うと親友とつるんでる、って感覚なんだけど」
「ふぅん、親友ね……。話をありがとう、フィーリクス」
彼は一連の話を聞いて満足したらしい。すっと席を立つと移動していった。彼の目的は何だったのか、フィーリクスは考えあぐねる。その時不意に肩を叩かれ、振り向けばフェリシティがいた。いつもの不敵な笑顔で彼を見つめる彼女は、雑然としたバーの雰囲気の中でも埋もれず輝く確かな魅力がある。フィーリクスは彼女に微笑み返した。それだけで通じる何かがあるというように。
「ドリンクのお代わりはあんた持ちでいいんだっけ?」
「自己負担でお願い……」




