6話 radiant-2
街で妙なものが見つかったと聞いたのは、フィーリクスが出勤してすぐのことだ。昼休み時間の半ばに、捜査課の部屋に入って最初の話題がそれだった。
「クリスタル?」
「らしい」
ヴィンセントによれば、誰かしらの人物を象ったクリスタルの像が、街の複数個所で見つかっている、ということだった。発見時期は一週間程前から昨日まで、とばらつきがあった。発見当初は事件性が薄いものと処理され、MBIへの報告が遅れたというのが理由だ。ただ、モンスターの目撃情報自体はまだなく、誰かしらの売名目的やいたずら的犯行といった、人間の手によるものの可能性もあった。そのため警察での捜査に留まっているというのが現状だと、彼は締めくくる。
「人かモンスターか、それともウィッチの仕業か」
まだことの真相が見えない今、フィーリクスが首を捻った。それを見たヴィンセントが端末を確認する。フィーリクスが気になって覗き込めば、事件報告の一覧を見ているようだ。
「確かに前の時の状況と似通っているな。ただあれ以来、奴らに関する情報は入ってきていない」
彼らが敵対しているウィッチ達に遭遇したのは、しばらく前のことだ。MBIはその後厳戒態勢でウィッチ捜索に当たったが、有用な情報は得られていない。表立った活動を控え、完全に潜伏しているとして結論付けられ、現在は任務の優先度を下げられている。
「一つ疑問なのは警察の動きだ」
「どうして?」
ヴィンセントの言葉の意味するところは何なのか。フィーリクスは先を促す。
「その発見されたクリスタル像なんだが、MBIに報告があった後でもこちらに送致されていない」
「それって問題なの?」
「多少な」
通常の事件ではなく、モンスター絡みの事件だと発覚した場合、バスターズやMBIに連絡が行く。MBIの実態を知っている警察上層部でMBI案件だと判断されれば、保管されている証拠品などが秘密裏にMBIに送致される手はずとなっている。今回の場合、通達は来たものの証拠品であるクリスタル像が警察署の保管庫に置かれたままである。それは警察がまだモンスター絡みと判断したわけではないのだろう、とヴィンセントが所見を述べた。
「通常では考えられない動きではあるんだ。像の発見場所や時間などの情報もこっちに送ってきていない」
「ただのいたずらとかで、警官の仕事で終わるようならそれに越したことはないけど」
フィーリクスはそれが杞憂に終わることを願う。その彼の言葉尻を捕らえ、異を唱える者がいた。
「それが、そうとも言い切れん事態に発展しつつあるぞ」
「ヒューゴ」
エージェント達のボス、ヒューゴが事有り顔で入室する。彼の後ろからランチから戻ったらしいフェリシティも顔を覗かせた。彼女は、リンゴを齧っている。
「なになに? 何が起きてるって?」
ヒューゴが部屋を見渡す。エージェントがある程度いるのを見計らったらしい。彼の解説が始まった。
「妙な噂を聞いた」
「どうしたんです?」
ヴィンセントが聞く。
「市長が何やら企んでいるらしい」
ウィルチェスターシティ市長、コンラッド。この街の最高権力者だ。政治に疎いフィーリクスは、つい最近まで彼の名を知らなかった。正確に言えば、これまで何度か聞いていたもののすぐに忘れ、ようやく覚えたのがつい先日という話である。
フィーリクスとフェリシティがMBIに入って間もない頃、市長お気に入りのオブジェを守れず破壊を許してしまい、彼に目を付けられた。当初は免職の危機に瀕していたが、ヒューゴが二人を守り事なきを得たという経緯がある。そして市長はMBIの存在が好きではない、という最大の問題があった。
「なんでも、警察署に選り抜きを集めた対モンスター用の秘密特殊チームを作ったそうだ。更には我々に対抗し、新装備を開発中だとか。それも科学技術のみでな」
フェリシティがリンゴを咥え、入口に突っ立ったままのヒューゴの背中を押して入室を促す。不機嫌そうに顔をしかめる彼にはお構いなしでぐいぐい押し、彼女も入室を果した。フィーリクスと手で挨拶のやりとりをし、素早く彼の横の自身の席に着く。リンゴの咥えていた部分をそのまま齧り取り、咀嚼する。飲み込むと、ヒューゴに向かって言った。
「それなら安心じゃない。並みのモンスターならともかく、あたし達が相手するようなのを倒せるとは思えない」
「だといいんだがな。何にせよ、警戒対象には変わらん。奴め、何を考えている……」
ヒューゴは腕を組み首を傾げているが、考えはまとまらないようだ。変わりに違うテーマで再び言葉を紡ぐ。
「ところで、ゾーイの作ったMDDが調整を終えた」
モンスター検出追跡装置、モンスターディテクティブデバイス。略称MDD。技術部主任ゾーイが発案、開発したモジュールの一つだ。フィーリクスが以前世話になったが、精度と感度は両立が難しいらしい。強力なモンスターは検知できるが細かい場所を瞬時に特定する精度が出ない。弱いモンスターは広域地図上での検知は難しいが、近距離での位置把握はしっかりとできる。それが限界ということだった。そして肝心な点として、これでウィッチを捉えることは不可能だということが、以前ウィッチ達が出現した時に判明していた。
「微妙に誤検知を繰り返しているが、まあ運用するにあたっては大して問題ないだろう」
フィーリクスにはヒューゴの言葉が微妙に引っかかったが、それが何なのか具体化する前に、ニコが発言する。
「あたし達が相手するのは強力なモンスター。前みたいにある程度敵の場所は把握できるってことよね? まあ、十分なんじゃないかしら?」
彼女の指摘に皆が頷く。
「それは確かにそうだが、今回のポイントはそこじゃない」
「それは?」
「それによると今のところモンスターらしき反応はない。元々弱いモンスターなら引っかからないが、その程度なら今回のような現象は起こせないはずだ」
今度は各々顔を見合わせる。それからラジーブが納得といった顔で、皆の代弁者かのごとき振る舞いで意見をまとめた。
「じゃあ、やっぱりモンスターの仕業じゃないってことか」
フィーリクスもそれに異論はなかった。MBIエージェントを始末するためのウィッチの罠、というのも考え辛いだろう。彼らのリーダー、ロッドの話を信じるならばそのはずだった。ただ、彼らは何かしら実験的にモンスターを生み出している節があった。その線ならば十分考えられたが、その場合でもMDDでの検知がない現在としては、可能性は低い。
「理論上はそうなる。ただもし、モンスターによるものだった場合」
「場合?」
ヒューゴは何か物言いたげだ。フィーリクスが聞き返す。
「市長擁する特殊部隊に先を越される可能性がある。証拠品のクリスタル像を保持したままなのが、その考えを後押ししている。それで、更にモンスターの排除に成功したならば」
「したら?」
今度はフェリシティが先を促す。
「市長の発言権拡大に繋がることになる」
「それは、避けたい事態だな」
ヴィンセントがそう言い、皆一様に難しい顔をして唸った。しばし沈黙が捜査課の部屋を支配する。各自何と言っていいのか、いいアイデアが浮かばないのだろう。そんな中、フィーリクスは考える。『警官の仕事で終わる』と彼が先程自身で言ったセリフについてだ。己の言葉にも関わらず、確かに、どこか受け入れがたいものを感じていた。
「ところで、実はうちにもあるんだ」
ヴィンセントがフィーリクスに話しかける。その調子はとても気軽なものだ。
「何が?」
「そのクリスタル像だ」
部屋中がざわついた。皆ヴィンセントに注目したようだ。午前の間にバスターズ経由でMBIにもクリスタル像が一体、運び込まれているそうだった。
「おい、ヴィンス。俺は聞いてないぞ」
「それは、まあそうだな。今初めて話したからな」
「あーもう、お前さんはいつもそうだよな」
ラジーブの突っ込みに、ヴィンセントが頭に手を添えながら釈明する。二人が何事か喋っているのを傍目で見ながら、フィーリクスは後で像を見てみようとフェリシティと取り決めた。




