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6話 radiant-1

 夜道を行く一人の男性がいた。その男性は会社終わりに、行きつけのバーで飲んだ帰りだった。歓楽街を抜け、一緒に飲んでいた仲間と別れる。人の温もりのある賑やかな表通りから一本裏道へ。そこから更に細い路地を抜けもう少し進めば、彼が乗る地下鉄の駅への、少しだけだが近道となる。ほんの数十メートルほどの抜け道だ。そこを通るのは彼にとって初めてのことではない。人通りがほとんどないとはいえ、まばらではあるが街灯も設置されている。恐怖など感じたことはなかった。酒量もほろ酔い程度に抑え、気分よく帰宅し、明日もまた一日しっかりと働く。それが彼のルーティンだった。


「ん、何だ?」


 彼は細い路地に入ったところで、異変に気が付く。路地のちょうど真ん中あたり。街灯が一つ、消えていた。そこは両隣の街灯からの光量では足りず、暗がりになっている。そこに何かがいるような気がしたのだ。いや、気のせいではなかった。男性の瞳には、それが蠢く様が映っていた。男性には、最初誰か人が蹲っているのだと思われた。それは「うぅ……」小さく呻いていた。具合でも悪くしたか、飲み過ぎたか、そう考えた彼はそれに声をかける。するとそれがよろよろと立ち上がった。


「なあ、あんた、大丈夫……。あ……、う……うわ……!」


 気が付いた時にはもう遅かった。男性のいた場所を中心に一瞬強く光り、あげかけた叫び声が途切れる。彼が何かを考える暇もなく、ことは終わっていた。そしてそれきり何も起こらなくなる。彼は既に息をしていなかったが、その瞳は輝きを失っていない。彼をそのような状態にしたそれの姿を、よく映し出していた。


「こっちです! 妙な波動を検知しました!」

「よし、ついてこい」

「はい!」


 複数の人間の声が聞こえ、それがびくりと震えた。近づく気配を避けるように、それは声のする方向とは反対側に移動していく。それから、闇に同化するようにその姿を消して、消えていた街灯に光が灯る。その時にはもう、それはどこにもいなかった。


「くそ、既にやられた後か……」

「とにかく回収しましょう。準備を」

「分かってますって」


 数人が路地に入り込み、男性をシートでくるむとどこかへと運び去る。最後に残った人物は何事か考えているような素振りを見せていたが、やがてその人物もその場を後にした。


 * * *


 ある日、もう少しで正午を迎える頃合いの時間帯。フィーリクスはいつもより上機嫌だった。手に何か書かれたカードを持ち、適当な鼻歌を歌いながら自宅のリビングルームにあるソファでくつろいでいる。この日誕生日を迎えたフィーリクスは、念願の運転免許を取得したのだ。免許証自体は数日後に自宅に郵送される手はずとなっているが、今手にしている仮免許証を発行してもらっているため、本日より一人でも運転可能となっている。


 築年数は経っているが、しっかりとした赤レンガ作りのアパートメントの一室が彼の家だ。賃貸契約はもう十年を超える。もちろん最初の契約者はようやく十八歳になったばかりの彼ではない。フィーリクスには数年前まで一人同居者がいたが、今はもういない。壁に何枚もの写真が飾られており、それらのいくつかに老齢の男性が写っている。それが今は亡き同居者、フィーリクスの祖父だった人物だ。


 このアパートは、MBIから西へ出発してすぐ近くに南北に流れる大きな川を渡り南へ、車で二十分もかからない場所に位置している。似たようなアパートが建ち並ぶ、古くからある住宅街の一角だ。静かで住みやすい環境であるとフィーリクスは考えていた。


 全部屋フローリング張りで、壁紙は白。室内は内装もそれなりに古いが、掃除が行き届いており清潔に保たれている。玄関を入ってすぐがダイニングルームだ。左側に丸テーブルと椅子が四つ置かれているが、フィーリクスは現在あまり使用していない。左手更に奥はキッチンに繋がっている。玄関からダイニングルームを抜けてまっすぐ進めばそこがリビングルームだ。玄関入って右手は寝室やバスルームに繋がる扉があり、寝室には当然ベッドを置いている。が、リビングのソファで寝ることも多く、こちらも使用状況はまばらだった。概して、リビングルームがフィーリクスの主な生活空間になっていた。リビングには二、三人掛けのソファに小さなテーブル、それとテレビとパソコンがそれぞれ一台。全体として見れば決して広くはないが、この家が彼の城だ。


「思えばここまで長かったな」


 フィーリクスは免許取得までの経緯を振り返る。事前にウィルチェスター市運輸局で受付しており、筆記での試験は既に終えていた。残すは誕生日の当日、午前中に受ける実技試験のみだった。これに関しても筆記試験後に取得した仮免許で相棒のフェリシティに付きっきりで練習を見てもらい、自信があった。急発進急停止ドリフト走行など彼女の普段の運転は荒いが、この時ばかりは丁寧な指導を行ってくれた。それはつまるところ、彼女が普段の自分の運転に問題があることを認識している、ということになる。だが彼はそれは『沈黙は金』というものだろう、と胸の内に留めている。


「投資した甲斐はあったよ」


 彼女への深い感謝の念は、多大なる謝礼を支払うことで表している。具体的には食事や遊びの代金を数回奢らされた。実技試験は簡単なもので、試験官の指示に従い街を適当に走り回り不備がないか見るだけ、というものだった。何かしら減点されるようなこともなく、無事一発で試験を通過できた。仮免許証を受け取り、先程帰宅したばかりだ。


 フィーリクスは今日は半休を取っており、これから専用車両の貸し出しの手続きも兼ねてMBIに出勤するつもりだ。借りた車はアパートを出てすぐの路上に駐車する予定としていた。勤務中は相棒と一緒に出掛けるため、どちらかの車しか使わず基本的には通勤専用に近い贅沢な使い方となる。これはある種フィーリクスの所属するMBI捜査課の特権と言っていいもので、彼はそれをありがたく利用した形だ。


「さて、準備しなくちゃ」


 夕方からは友達や職場の同僚を集め、誕生日パーティーを開く予定としている。出発の準備をしようとしたその時、端末に着信があった。表示された名前は、相棒のものだ。


「ハァイ、フィーリクス。結果は?」

「聞くまでもない質問だね」

「そう、う……うっ……ぐすっ……。残念よ、安らかに眠って……」


 フェリシティが啜り泣きながらお悔やみの言葉を述べる。フィーリクスは彼女のわざとらしい演技に、つい乗ってしまった。


「そう、俺はもうダメみたいだ、後を頼んだよ……、ってそんなわけないだろ!」

「冗談よ。おめでとう、マイバディ!」


 一瞬で素に戻る彼女と電話越しに笑い合う。


「ありがとう! 君の素晴らしいレクチャーが俺を成功に導いた!」

「ふふ、当然ね。あんた、これからこっちに来るのよね?」

「ああ、もうすぐしたら出発するよ。ランチには間に合わないと思うから、適当に食べてて」

「分かった。……あ、ちょっと待って。コールウェイティングだ」

「ふうん、誰から?」

「あたし達が出会うきっかけとなった、あの祭りの時にいた子たちのうちの一人だよ」


 彼女の言う祭りの日。あの日あの時、友達との約束に遅れそうになり慌てていた。おかげでフェリシティと知り合い、モンスターを倒すために共闘し、今はパートナーとして一緒にMBIで働いている。あれから約三ヶ月が経っていた。


「ねぇフェリ、今電話大丈夫?」

「いいよ、どうしたの?」


 フェリシティの声と、通話中であるらしいその友達との声が聞こえた。どうやら彼女はこちらを待機状態にするはずが、間違えて三者通話の状態にしてしまっているものらしい。フィーリクスは口を閉じ、そのまま会話を聞くことにした。誰に見られているわけでもないが、素早く左右を見渡し異常がないか確認する。


「前に一緒に働いてるって言ってたあんたの彼氏、今日誕生日なんでしょ?」

「フィーリクスなら、あたしの相棒で友達で、彼氏じゃない」


 確かにフィーリクスはフェリシティの彼氏ではない。事実誤認はそこにはない。


「ちょっと感じよかった男の子だよね」

「あの時私のアイスクリームをキャッチした人でしょ? 祭りの日に初めて会って、同じ職場で働いて。いいなぁ。運命的な出会いって奴よね」


 どうやら向こうには一人ではなく複数いるようだ。祭りの時と同じメンバーなら四、五人くらいだろうか。


「だから彼氏じゃないってば」

「じゃああたしが今からでもアプローチしてみよっかな」

「おっちょこちょいなとこあるし、ちょっと変わってるよ?」

「そこが可愛いんじゃない、フェリったら分かってないよ!」

「じゃあ彼の誕生日パーティーに一緒に行く? 言えば多分許してくれると思うけど」


 フェリシティは本気だろうか。フィーリクスにとって聞きたいような、聞きたくないような会話が聞こえた。どこかむず痒いような感覚を覚える。


「こら、フェリ。あたし達もそこまで野暮じゃない」

「えっ、私は行こうかなって思っちゃったけど」

「ダメよジェイミー、誕生日パーティーよ? 仲のいい二人にその後に起こるだろうことを想像してよ」

「ロマンス!」

「そういうこと、ということでフェリ。報告待ってるから」

「ないない、そういうのはない。そもそもフィーリクスの友達もあたし達の同僚も来るから気にしなくていいのに。忙しいからもう切るね、また今度。……ごめんフィーリクス、ほったらかしにして。じゃあまた後で。楽しみにしてる!」

「俺も。バァイ!」


 今のやり取りをこちらが聞いていたのを知ったら彼女はどう思うだろうか。フィーリクスはそのようなことを考えつつ、立ち上がった。


「フェリ、かぁ」

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