1話 burstー6(挿絵あり)
地響きはますます大きくなり、地鳴りは今やはっきりと聞こえる。フィーリクスとフェリシティの二人は音と振動の伝わってくる方を向き注視する。ことの原因となるものは既に二人の目に映っていた。
「ねえ、冗談でしょ」
「俺もそう願う」
巨大な何かが二人に迫る。
クマが歩いていた。テディベアのようなかわいらしい造形のクマだ。ただそれだけならまだ笑って済ませられただろう。その冗談のようなサイズを除けば。一体今までどこに隠れていたというのか。数十メートルはある体長を誇るクマ型のモンスターは地響きを立て、屋台を破壊しながら二人に接近しつつあった。
「あれって」
「ちびっ子たちが中に入って跳ねて遊ぶやつ」
「だよね、でかい……」
「でかすぎる!」
エア遊具の一つで、空気を送り込み膨らませたドーム状の内部でエアトランポリンを楽しむ子供向け遊具だ。あるはずの送風機は恐らく背部に取り付けられているのだろう、今はまだフィーリクスのいる側からでは見えない。数十メートル程の距離を残し『巨大グマ』が停止する。
「あんなものまでモンスター化してるだなんて」
「あたし前学校で習ったよ、あんまり大きなものは過去モンスター化した記録がないって。どう見てもあれはやりすぎでしょ! どうなってるのよ!」
なぜかフィーリクスの襟首をつかんで揺さぶるフェリシティはかなり興奮している。フィーリクスはそれも無理はないと思ったが、今慌てては取り返しのつかないことになる。
「フェリシティ、落ち着くんだ! 教科書がどうだろうと、あれは現実だ。まだ誰も助けに来ない今、俺達がやるしかない!」
「そ、そうよね、分かってる。あれがもし街に出ればどうなるか。倒せるかどうかは分からないけど、せめて誰かが来るまで足止めしなきゃね」
フェリシティはフィーリクスを掴んでいた手を放す。手を胸に当て、一度深呼吸をするともう落ち着いたようだ。切り替えの良さにフィーリクスは感心する。実のところ、彼自身もかなりの興奮状態にあった。恐怖もある。二人とも服はボロボロで、体の状態も万全ではない。加えて武器と言えば鉄パイプかキックしかない。だが、まだまだやる気だけは満ち溢れていた。
「さあ、かかってきなさい!」
それが合図だったわけではないだろうが、『巨大グマ』の腹部、本来なら子供たちが出入りする為の開口部が開く。そこから小型のバルーンモンスター数十匹が一斉に湧き出てきた。
「うげぇっ、やっぱり来ないで!」
やる気は霧散した。フェリシティは気持ち悪いものでも見たように、心底嫌そうな顔でその様を見つめる。フィーリクスもげんなりしたのは同じで、持っていたパイプを落としてしまった。慌てて拾い直すと咳払いを一つ。パイプで『巨大グマ』を指し、高らかに宣言する。
「突撃ぃ!」
「やってやるぜぃ!」
フェリシティは首を振り気を取り直すと走り出す。フィーリクスも彼女のすぐ後に続いた。右から左から上から、さまざまなキャラクターのバルーンが群がってくる。
ドワーフがフィーリクスの頭をかち割ろうと斧を振りかぶる。グレイ型宇宙人が未来感あふれる銃でフェリシティを狙う。ウサギ等の小動物から犬、猫、ロバやラクダまでが野生の本能を剥き出しにして威嚇する。コボルド、インプ、グレムリンとホビットが小人連合を組んで周りを取り囲み、空からはワイバーンやプロペラ飛行機、UFOが二人を監視している。
「賑やかね!」
「なんせお祭りだからね!」
最後の決戦が始まった。
「はは、怖いって」
フィーリクスは妙に切れ味のよさそうな『ドワーフ』の斧をかいくぐり、『犬』と『猫』のコンビネーション攻撃をまとめてパイプで打ち据え地面に叩き落とす。『ロバ』に乗った『ホビット』が小さな剣を突き刺そうと突撃してきたところを、地面に転がりながらすり抜け様に『ロバ』の脇腹を切り裂いた。『ロバ』はそのまま『コボルド』達が固まっていたところに突っ込み、見方を巻き添えにして破裂する。
「あんた宇宙から来たくせに何で裸なの!」
フェリシティは『グレイ』の放つ怪しげな光線を避けながら接近し、回し蹴りで叩きのめす。倒れ伏す『グレイ』の背後から飛び出してきた『ウサギ』の耳をひっつかみ、近くを飛ぶ『プロペラ飛行機』に向かって投げつけた。バランスを欠いた『プロペラ飛行機』は『ウサギ』と絡み合いながら地面に墜落すると律儀に爆発炎上する。近くにいた『インプ』に引火すると苦しみながら息絶え、それを見た『グレムリン』が恐れおののいた。
次々と元に戻ったバルーンが夜空を舞う中、各自戦いを続ける二人は再合流し背中合わせにお互いの戦果を確認しあう。
「こっちは十二匹! そっちは!?」
「こっちは十五匹! やった、勝った!」
フィーリクスは背中越しにフェリシティの喜ぶ様を実感する。不思議と悔しくはなかった。それどころか彼女と競い合うのが楽しいとさえ思えた。
「まだ勝負はこれからだろ?」
「だといいわね!」
強気で笑う二人にモンスター達が襲いかかる。
『鎧の騎士』が槍で二人をまとめて貫こうと突撃と鋭い突きを繰り出す。背中で押し合い距離を取った二人の間を猛然と走り抜けた。もう一度近づいた二人、フェリシティがフィーリクスの腕を掴むと振り回し『騎士』に向かって放り出す。
「行ってらっしゃい!」
「うおおお!?」
彼はぎりぎり制御できる速度で突っ込み、がら空きの『騎士』の背中へ。その勢いで繰り出す攻撃は鎧パーツの隙間を通し首筋へと到達する。敵が倒れ消滅するのも確認せずに次に視線を向ける先は迫りくる『ユニコーン』だ。極彩色のサイケデリックな柄の角で彼を串刺しにしようと首を振るう。
フィーリクスは跳びあがり『ユニコーン』の頭上を越えると、角を掴み背中にまたがり叫ぶ。
「ハーイヤァー!」
『ユニコーン』はスピードを緩め彼を振り落とそうと立ち上がり激しく身震いする。フィーリクスが耐えきれずに地面に落とされるが、『ユニコーン』の立ち止まった位置が悪かった。既にフェリシティの射程範囲に入っていた『ユニコーン』は、その頭部に強烈な後跳び回し蹴りをくらい地面に叩き伏せられ敢え無くその命を終わらせる。
「ただいま!」
「お帰りなさい!」
タッチしながら二人は周囲を見回す。すぐに新手が横から飛び掛かり、空からも追撃がくる。二人は散開しお互い次のターゲットに向かおうとするが、そこへ地響きがきた。『巨大グマ』が動き出したのだ。
「やばい、奴が来る!」
「これは避けては通れないわね」
小型モンスター達が巻き添えを避けるためか一旦下がる。代わりに『巨大グマ』がとうとう二人の目の前にまで迫ってきた。
フィーリクスは握っていたパイプを見つめる。元々耐久力に優れた物ではない。鋭かった先端はボロボロでもうあまり使い物にはならなさそうだ。フェリシティも大分息が上がっている。彼女の蹴りもあの『巨大グマ』に通用するかどうかは疑わしい。
「こうなりゃ」
「やけね!」
二人が『巨大グマ』に向かって突っ込もうとしたその時だ。
「よく持ちこたえたな、一般人!」
「後は任せろ!」
突然見知らぬ男性二人組がフィーリクス達の目の前に躍り出た。
「誰? 何よあんた達!?」
「MBIのエージェントだ!」
「MBIぃ?」
振り向きもせずに答えた人物に、フェリシティはいらだちを交えてオウム返しにする。
「嬢ちゃん達にはあいつの相手は荷が重いだろ、下がってな!」
浅黒い肌の細身の男性が片方の手のひらを後ろに突き出し、フィーリクス達に後退するように要求する。
「できれば引き続き雑魚たちの相手をしてくれると助かるがな」
がっしりとした体型の男性がこちらをちらりと振り向き、爽やかに歯を見せて微笑んだ。MBIエージェントであるらしい二人の言葉に、フェリシティが憤慨した様子で食ってかかる。
「にゃにぃ、さては嫌な奴ね!」
「いや、待ってくれフェリシティ。ここは様子を見よう」
フィーリクスは、歯をむいて彼らに威嚇する彼女を制しながら辺りの警戒を行う。
「なんだってMBIなんかがここにいるのかは知らない。彼らが戦えるのかどうかも。でも、こいつらをどうにかしなきゃいけないのは確かみたいだ」
距離を取っていたバルーンモンスター達がまたじりじりとにじり寄ってくる。いきなり現れて偉そうな態度を取るMBIにフィーリクスも多少の怒りを覚えたのは確かだ。ただ、自分とフェリシティの状態を考えれば『巨大グマ』は結構な自信を持っていた新手に任せた方がいいだろうと判断する。
「お願いだ。一旦下がろう」
疲労も溜まり、先ほどは頭に血が上りかけていた。死ぬ覚悟もないのにヤケになって敵いそうにもない相手に突っ込むところだった。だがこの二人が登場したことで彼は落ち着きを取り戻す。人は属する群れが大きいと安心する生き物なのだと、実感する。自ら死ぬ必要はない。彼らが負けそうなら、その時はフェリシティを連れて逃げよう。彼は内心そう決意していた。
「そうね、分かったわよ」
フェリシティは怒りを鎮めると辺りを見回し、深刻そうな顔をしながらフィーリクスに近寄る。
「実はあたしもそろそろ体力の限界なの」
彼女がそっと耳打ちする。彼はそれを聞いて微笑みを返した。
「知ってる」
「あら、ばれてたか」
「まあね。さて、最終戦第二ラウンドといこうか」
彼はそう言うとMBIエージェント達の戦いにも注視しつつ、残ったモンスター達の掃討にかかった。
先ほどは倒せなかった『ドワーフ』がきらめく斧をフィーリクスの頭上に振り下ろす。
「俺は薪割りの薪じゃない!」
彼がパイプでその斧を受けると、パイプが真っ二つに断ち切られる。だがそれは計算のうちだ。斜めにカットされたパイプは新たに鋭利な断面を得て切れ味を復活させる。長さは果物ナイフ程度になったが彼にはそれで十分だ。
彼は斧の二振り目がくる前に『ドワーフ』の顎下からパイプを突き入れ捻った。血の代わりに空気を吹き出した『ドワーフ』は力尽きくずおれると破裂、消滅する。
「えげつないわね」
フェリシティがそんなことを言う。彼女は弓を放とうとしていた『エルフ』の後ろに回り込み、飛び上がりながら首に足を絡めると首を絞める。『エルフ』は持っていた弓と矢を地面に落とした。
「あれって別パーツだったんだ」
フィーリクスは直接戦いに関係ないところに関心を寄せる。『エルフ』がタップしもがくがフェリシティはもちろんそれで力を緩めるわけがない。力を増し締め上げるとありもしない首の骨が折れたのかそれとも窒息したのか、力なく倒れ込む。彼女はエルフが倒れる前に飛び退いており消滅する様を見届けた。
「君も大概だろ?」
「へへ、そうかなぁ」
フェリシティがニヤニヤと笑ってごまかした。その彼女の後ろ、上空から『ワイバーン』が強襲をかける。
「しゃがんで!」
フィーリクスは咄嗟に声をかけパイプを投げつける。『ワイバーン』がその鉤爪で彼女を切り裂く前に、胴体にパイプが突き刺さる。パイプから激しく空気が漏れ出した『ワイバーン』は墜落しもがいていたが、やがて萎んで消滅した。
「助けられたね」
「いいってことよ」
フィーリクスは得意げに言ってみたものの、武器を手放してしまったことにより周りのモンスター達が好機と捉えて押し寄せてくる。
「ちょ、うわ、マジで? ちょっと待って!」
慌てて逃げまどうフィーリクスの鼻を掠めて、パイプがものすごい勢いで通過する。それは今まさに彼に覆い被さるように襲ってきた、マントを付け全身タイツを身にまとった筋骨隆々の『スーパーヒーロー』の胸に突き刺さる。
「ヒィッ!」
短く上がった悲鳴はフィーリクスが発したものだ。『ヒーロー』は勢い余って吹っ飛ぶように仰向けにひっくり返り、片手を胸の傷に当てもう片方の手を天にかざす。まるで悲劇のヒーローの最期を見ているようだとフィーリクスの目には映る。周りにいたモンスター達も同様のようで、彼が死にゆく様を静かに見守った。
「映画か何かの見過ぎじゃないの?」
近づいてくるフェリシティに冷たくあしらわれ、『ヒーロー』は力なく腕を垂らすと息絶え消滅する。パイプがむなしく地面に転がり、彼は天に還っていった。
「借りは作らない。作ってもすぐに返すのがあたしの主義なの」
「一歩間違えれば俺がああなってたよ」
「ちゃんと狙ったからあんたには当たらない! ……嘘、ごめん。投擲には慣れてなくて」
ばつの悪そうな顔で彼女が告白する。フィーリクスは顔を引きつらせて転がっているパイプを拾い上げた。彼女の行動にやや引いたが、呼吸を整えると気持ちを切り替え彼女に向き直る。
「怒ってはいないよ。さ、早く残った連中をやっつけよう」
「ありがと」
二人はハイタッチを交わし、周囲にまだまだいるバルーンモンスターを蹴散らしにかかった。