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5話 pierce-13

 ウィッチ達が思い思いの構えを取る。フィーリクス達に肉薄しようとしたその時、彼らのすぐ目の前の地面に複数の魔法弾が着弾し、一斉に足を止められた。彼らの出鼻をくじいた形になったそれを指揮したらしい人物が声を放つ。


「お前らの好きにはさせんぞ」


 その人物はフィーリクス達を横切り前へ出ると、ロッドを睨みつける。フィーリクスはひとまず命拾いしたことに安堵を覚えつつも、その人物の正体に驚きを隠せない。


「ヒューゴ!? どうしてここに!?」


 驚愕しているのはフェリシティとディリオンも同様だ。フェリシティなどは口をパクパクと開閉させているが言葉が出てこないようだった。だがヒューゴはフィーリクスの問いには答えない。ロッドの反応を待っているようで三人を振り返る気配はない。


「来たかヒューゴ。久しいね」

「変わらんな、ロッド」


 二人は互いの名を呼び合い、目を見つめ合っていた。が、ふとロッドの視線がヒューゴの腹部に寄せられる。


「あなたは、……少し大きくなった?」

「ほっといてくれ」


 フィーリクスからは見えなかったが、恐らくヒューゴは難しい顔をしているに違いない、と考える。


「そんなことより、まだ続けるつもりなのか」

「当たり前だろう。やり遂げるさ」

「今でも後悔してるぞ。あの時お前を止められなかったことを」

「ある意味では感謝していると言っていいだろうね」


 二人が粛々といかにも意味ありげな会話を続け、フィーリクスがそれをもう少し聞きたいと思ったとき、待ったをかける者がいた。


「ちょっと! どういうことなの!? 突然出てきて何!? 二人は知り合い!?」

「どういうことだ! ヒューゴ、答えてくれ! 俺達は囮だったって言うのか!?」


 仲間二人がフィーリクスの左右から声をあげる。彼にとっても確かに二人の言う内容はどちらも気になるものだ。だが今はトップ二人の会話の先にあるものが重要だと判断する。


「待ってくれ二人とも。気持ちは分かるけど、ここはヒューゴに任せて様子を見よう」

「でも」

「頼むよ、フェリシティ」

「うー、……分かった。でも後で絶対問いつめる」


 ディリオンも黙ってはいない。


「それは俺も同じくだな」

「もちろん。俺達にはその権利がある。義務は、果たしたよ」


 ヒューゴの後ろで小声で話をまとめ、三人は辺りに気を配る。敵の足を止めさせた銃撃は複数からだ。姿は見えないが、恐らくは周囲にエージェントを配置し、各員狙撃体勢に入っているものと思われた。これでウィッチ達も迂闊には動けないはずで、つまりフィーリクス達は事実上生き延びたと言える。もちろんまだ気の抜ける状態でないのは承知していたが、先ほどまで興奮状態にあった精神がある程度落ち着くのをフィーリクスは実感する。


「うちの職員を殺させはせんぞ」

「ヒューゴ、私にそのつもりはない。MBIのエージェントは殺さない。今回のことはうちの若いのが先走ってしまった結果だ。今も、行動不能になる程度のダメージを与えようとしただけだ。命を取ることまではしない」

「誰がそんな言葉を信じる? 腹立たしい奴め、何が狙いだ」


 ある意味朗らかともいえる調子のロッドに対し、ヒューゴはあくまで固い、厳しさを含む口調で言葉を紡ぐ。慚愧に堪えない様子のヒューゴを、フィーリクスは初めて目の当たりにしていた。ほぼ確信に近いが、自分たちを無断で囮に使ったかもしれないことに対する怒りを覚えてはいた。それでもなおその感情を越えて、彼らの過去に何があったのかという好奇心が沸き上がるのを抑えられなかった。


「それはおいおい分かることだ。取り敢えず今回は、お互い退かざるを得ないようだと思うがね」

「私は今すぐにもお前を亡き者にしてやりたいがな」

「それは叶えられない。知っているだろう?」

「今は、な」

「またその時まで、お別れだヒューゴ」


 別れの言葉にヒューゴは答えない。それを見たロッドが残念そうに首を軽く振り、踵を返した。他のウィッチ達もそれに倣いフィーリクス達を警戒しつつも後ろに下がっていく。ダグラスが何か魔法を使い、現れたのはポータルだ。ウィッチ達が順次その中へ身を投じ、この場を去っていく。そして、アーウィンだけがその場を動かない。


「逃げるの!?」


 思わず口をついて出たのだろう。フェリシティが、そう叫んでいた。アーウィンの横まで来たとき立ち止まったロッドが、動かない彼に言葉をかける。


「構うな、行くぞ」

「僕に任せてくれるって言ってたのに。一方的に撤退を決めて、何なんだよ」

「相手の力を見るだけ、と言ってたはずだったな」

「うっ、それは……」


 三度文句を言うアーウィンにロッドは横目に彼を見やる。


「MBIもそこまで馬鹿じゃない、ということだ。なるほど確かに一人一人の力は我々には及ばないだろう。だが、だからこそ知恵を絞り、工夫をこらして我々に追随する。決して侮っていい相手ではない、ということだ」


 アーウィンがびくりと震える。先の戦闘で思い当たることがあったからだろう。


「それを忘れれば、我々も容易く敗れ去る。アーウィン、肝に銘じておけ」

「……分かったよ」


 また進み始めたロッドを追うように大人しく振り返り歩き始める。ロッドもポータルの彼方へ消え、最後にアーウィンが残る。彼もこのまま退場するのだろうと、そうフィーリクスが思った矢先だ。


「この芋虫野郎!」

「なっ、フェリシティ!? 待って!」


 またしてもフェリシティが叫ぶ。更にそれだけには留まらず、彼女が駆けだしていた。彼女を掴んで止めようと思わず伸ばしたのは折れた右腕だ。フィーリクスは彼女を止められない。


「何だと!?」


 フェリシティの言葉に苛立ちを覚えたのか、アーウィンが足を止め振り返る。その瞬間彼の顔面にフェリシティの跳び蹴りが炸裂した。


「フィーリクスの腕のお返しよ!」


 無様に地面を滑り転がるアーウィンを、華麗に着地を決めたフェリシティが見下ろす。追撃をしようというのか彼に詰め寄ろうとする彼女を、すぐ後を追っていたフィーリクスが羽交い絞めにし後ろに無理やり下がらせる。彼女のそれはあまりに無謀な行為だ。


「今の君の一撃は僕の心を貫いた」


 よろけつつも立ち上がったアーウィンは、更に後ろにさがる。この戦闘での彼への一番のダメージだった。これ以上の攻撃意志はないようだったが、呟くように言った彼の言葉にフィーリクスもフェリシティも耳を疑った。


「何言ってんの?」


 信じられないと言うように、フェリシティが目を丸くして聞き返す。フィーリクスにも信じられなかったが、アーウィンの顔面が、蹴りを喰らった場所以外も赤くなっていることに気が付いた。それも怒りの感情に由来するものではなく。


「確かに無能でも馬鹿でもないね、なかなかやるじゃないか」

「褒めたって許さないんだからね!」


 言葉とは裏腹に馬鹿にされているように感じたのだろう、フェリシティが怒りを見せる。握りこぶしを震わせる彼女を見ながら、フィーリクスはフェリシティとは逆の感想を抱いていた。アーウィンが彼女に何を感じたのかが分かった気がしたからだ。


「いや、フェリシティ。あれはどうも……」

「黙れ!」


 ピシャリと言い放ち、ようやくアーウィンもポータルの向こうへ姿を消す。そのポータルも虚空に掻き消え、これ以上は何も起きなかった。完全に敵の気配が消え、あまりに唐突と言えば唐突な幕引きに、フィーリクスは長く息を吐きだした。直後、意識レベルの急速な低下を感じ取る。


「フィーリクス!?」


 二、三歩よたつきながら歩きへたり込む。それから、その場に落ちている黄色い斑点の入った黒い石を拾い上げるとポケットに押し込む。力尽きて倒れ込み視界が暗転していくなか、何かを叫ぶフェリシティに支えられたのが分かった。全ての感覚が途絶えていき最後に思ったのは、アーウィンはマゾである、ということだった。


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