5話 pierce-12
「お前らよく耐えてるぜ!」
「あんたもね!」
「加勢する!」
ディリオンが外皮を剥がし、柔らかい組織が露出した所に銃撃や斬撃を容赦なく浴びせる。フィーリクスは部位は足と言わず腕と言わず、ダメージを与えられるようになった箇所にはどこでも撃ち込んだ。まだ急所である心臓付近や首回りの外皮は無事だ。それらをディリオンが攻撃する機会を得るために少しでも敵の動きを鈍らせる必要があった。
「くそっ! させてたまるか!」
ようやくいくらか回復したらしいアーウィンが穿孔魔法を散発的に放ってくるが、でかい図体の『トロール』にまとわりつくように動く三人にうまく狙いをつけられず、当てることは能わない。ミアもまた三人へ肉薄しようと試みたが、フィーリクスが散弾タイプの銃弾に切り替え牽制し、接近を許さない。
左ひざを完全に破壊され、地面に膝を付いた『トロール』のもう片足を踏み台に、ディリオンが跳び上がる。彼を圧死させんと閉じられる両腕をかいくぐり、左の首付近に渾身の力を込めて振り下ろした。ブレードの切っ先は寸分違わず、外皮の亀裂に差し込まれその一部を剥がし取ることに成功する。『トロール』の肩を蹴って距離を取りながらディリオンが叫んだ。
「今だ! フェリシティ!」
「任せて!」
「フェリシティ! 俺の背中に!」
「オーケイ!!」
フェリシティが先程捨てたブレードは一度端末のインベントリに自動収納され、今は再び呼び出され柄だけの状態で再び彼女の手の中にある。フィーリクスが背中を貸し自ら発射台となると、踏み込んだ彼女を空中に打ち上げた。上空、『トロール』の頭上より高く。放物線の頂点に達すると刃を長めに形成し、大きく振りかぶると落下と共に敵の首元の真皮露出部に突き入れる。体内深くまでブレードを差し込まれた『トロール』は巨大な咆哮を断末魔にその身を震わせる。斜めにくずおれ、遂には地面に倒れ込んだ。心臓を破壊されたのだろう、それきり動かなくなり消滅した。
「やった!」
「すごいよディリオン、フェリシティ!」
「まだ油断するには早いぜ!」
彼はフィーリクスと、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶフェリシティに釘を刺す。アーウィンからの攻撃はまだ止んでいない。
「力作に何てことするんだ!」
それどころか『トロール』という巨大な障害物がなくなったことと、回復が進みつつあるのか魔法を発動させる頻度が上がってきていたために、三人は後退を余儀なくされる。
「まだ余力があるってのか」
「でもウィッチって無尽蔵に魔法を撃てるってわけじゃないんでしょ?」
「そのはずだ。生身だからな」
ディリオンに聞くフェリシティだが、油断は消えたようだ。表情を引き締めウィッチ二人の動向を探っている。
「つまりチャンスだ、攻めなきゃ。援護する!」
「フィーリクスの言う通りだ。行くぞ!」
「やったるぜい!」
ディリオンが先頭に立ち、フェリシティもその横に並んだ。フィーリクスはやや後方に銃を構えてアサルトライフルで連射する。それを機に先頭の二人が走り、アーウィンを狙って高速接近を始める。
「うわっ!」
「何っ!?」
直後に二人が足を止めた。行く先の地面に炎の魔法が飛来し、エージェント達とウィッチ達を分断するファイヤーウォールが発生したのだ。
「どっから飛んできたのよ!?」
「気を付けろ。つまりは、新手ってことだ」
フィーリクスも撃つのを止め二人に駆け寄った。炎の壁の向こうに幾人かの人影が揺らめくのが見える。魔法の効力が切れたか術者が意図的に消したか、炎が一斉に消え去り向こう側の様子が判明した。
「二人とも、全く目も当てられない。特にアーウィン、お前さんは問題だな」
「少しは反省してるよ」
「少しだと? はぁ、これだから成長しないんだよ」
「でもどうなってるの? 僕たちに任せてくれるはずじゃなかったの?」
アーウィンと話すのは短髪で長身の男性だ。彼の頭に手をやりわしわしと髪を揉んでいる。風が吹けば倒れそうな痩躯ではあるが、その目つきは鋭い。フィーリクス達を一瞥した際に見せた眼光は、何か汚らわしいものでも見るような、侮蔑のこもった酷薄なものを感じさせた。
「子供扱いしないでよ、ダグラス。とうに成人年齢には達してるんだ」
「そうだな、忘れてた」
ダグラスの手をどけながらアーウィンがむくれた顔で対応している。それをミアのそばでつまらなそうに見ている少女がいた。白いアッシュのかかったブルネットの長髪で、ポニーテールに束ねている。癖があるのか毛束がまとまらずにがあちこちにうねっている。
「うん。そうそう」
その彼女が何やらミアに耳打ちをしているようで、ミアが時折頷いている。
「アーウィンったらそうなんだよねぇ。困っちゃうでしょ?」
「そう? 想像通りでむしろ安心したけど」
「ミリヤムは達観しすぎてるんじゃないの?」
「ミアがまだ子供なんでしょ」
「安い挑発に乗るほどではないけどねぇ」
「引っかからないか」
「無駄なおしゃべりはストップだ」
最後のセリフを放ったのは中肉中背の二十代後半くらいの男性だった。その一言で話をしていたウィッチ全員が押し黙る。そのことで恐らく彼がこの集団でのリーダー格なのだということがフィーリクスに分かった。一歩前に進み出ると首を捻り、フィーリクス達を観察する。
「三人ともまだ若い」
彼の後ろに更にもう一人控えており、今のところ一言も発していない。体格から見て男性だが、長髪が顔にかかっており年齢や容貌は判然としない。
リーダー格を先頭に、計六名のウィッチがフィーリクス達の前に立ちはだかっていた。
「まさか、あいつら全員ウィッチだって言うんじゃないでしょうね!?」
「これまで全く見つからなかったってのに。今日はバーゲンセールでもやってんのかってくらい、うじゃうじゃ出てきやがったな」
フェリシティが慌てた様子で、ディリオンは顔を歪めて吐き捨てるように言う。だがそれも無理もない。これだけの数のウィッチから無事で帰れる自分達の姿が、フィーリクスにはどうしても想像できなかった。放心気味に乾いた声を出す。
「ははは、さすがにこれは厳しい、かな」
フィーリクスの脳裏に全滅の文字が渦巻いていた。フェリシティとディリオンはまだ体力は残っているだろう。いざとなれば、自分が囮となって二人を逃そうと、彼は既にそのように考え始めていた。
「悪いが、アーウィン達を捕まえてもらっては困るのでね。阻止させてもらう。ところで、そこの手負いの君。身を犠牲にしてでも仲間を逃すつもり、なんだろう?」
リーダー格の男性がフィーリクスを見つめながら指摘する。
「読心術は持っていないが、顔に出ているから簡単に分かったよ」
読まれていた。ポーカーフェイスの練習でもしておけばよかったと、今更ながら後悔するがもう遅い。今の彼の言葉でウィッチ達の少なくとも半数から警戒心を持たれたようで、うかつに動けなくなっていた。
「ねぇフィーリクス。さっきからじっと固まって黙ってたけど、あんたそんなこと考えてたの!?」
「まあ、最後の手段というか」
「あたしが、あんたを追いて行くって、そう思ってる?」
疑問を投げかけるフェリシティの瞳が、不安そうに左右に揺らめいている。口が僅かに震えていた。この危機的な状況で、フィーリクスからの人物評の方を気にしている。それがフィーリクスには嬉しくてたまらなかった。
「思ってないよ。だからそのときは、君が行かざるを得ない状態に持って行くつもりだった」
「どんな状態よ」
フィーリクスは無理にでも彼女に笑って見せる。彼を見るフェリシティも眉根は寄せたままではあるが、小さく微笑んだ。彼女の瞳に、まだ絶望の色はない。その彼女にフィーリクスは言う。
「最後まで諦めない。分かったよ」
「それでいい」
「俺は蚊帳の外か」
「もちろんあんたもよ」
ディリオンが割って入ると、フェリシティは彼に力強く返す。
「お前等何のんきにお喋りしてるんだよ!」
フィーリクス達の会話に痺れを切らしたのはアーウィンだ。
「ロッドもそうだよ。なんで皆してここに来たのか、後で聞くけど。早くこいつらを」
「アーウィン。話があるのはこちらの方だが、今はそれが先決だ」
頷いたリーダー格の男性、ロッドが、右手をすっと伸ばしフィーリクス達を指し示す。それだけでウィッチ達が臨戦態勢に切り替わり、獲物を狙う肉食獣のような鋭い視線でフィーリクス達を睨みつける。
「MBIのエージェントの若者達よ、終わりにしよう」
ロッドの言葉を合図に、ウィッチ達が一斉に襲い掛かった。




