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5話 pierce-11

 その後のことをフィーリクスははっきりと覚えていない。まず、フェリシティを抱きかかえて地面に倒れ込んでいる自分に気が付いた。次に近くの地面に直径数センチの穴が深く開けられているのを見つける。


 それなりに距離があった彼女を、アーウィンの魔法から守る時間はなかったはずだった。にもかかわらず実際に二人とも無事に回避しおおせている。その様を見ていたらしいミアが、口笛を吹いて腰に手を当てた。


「やるね。今の動きはちょっと見直しちゃった」


 彼女の言葉はフィーリクスに向けてのものだ。フェリシティも黙ってこそいるものの、敵の言葉ながらしきりに頷きミアに賛同するような素振りを見せている。我が事のようにどこか誇らしげだ。


「にしてもアーウィン、つまんないことしないでくれない?」

「やれるときにやっただけだよ。一対一なんて決めてない。誰が誰を狙ったっていいだろ?」

「情けない男ね」

「そりゃないよ。ミアだって少しずつその女に対応され始めてたじゃないか」

「はぁ? アーウィンったら目が腐っちゃったの?」


 フィーリクスは自身とフェリシティを挟みつつ行われる二人の口論を、愚にもつかない言い合いだ、と断じる。ただ確認すべきことがあったため、その間をありがたく利用することにした。


「ええと、フェリシティ。無事、だよね?」

「ええ、なんともない。あんたのおかげよ」


 フィーリクスはフェリシティの答えた内容に安堵を覚え、小さくため息をついた。


「アーウィンの攻撃に、まるで気付けなかった。あんたの動きにも気が付かなかったけど。それぐらい速かった。……ん? ちょっと! その右手!?」

「大丈夫。まだ戦えるよ」

「あいつがやったのね。ごめん、熱くなって周りが見えてなかった」

「今は冷静だろ? だったらそれでいい」

「朝にお子様だって言ったの、取り消すよ」


 心配そうに眉尻を下げるフェリシティだが、彼女に嘘は言っていなかった。まだあと少し、もう少しの時間なら戦える。そう判断しつつ、彼女を助けられたのはどうやら超スピードで動いたためということらしい、と自身の行動の記憶があやふやなフィーリクスはひとまず己を納得させる。意識して行ったことではない。納得はしても理解はできていない。それを振り払うように一度強く目を瞑り、開く。二人は手を取り合って立ち上がり、再びそれぞれの相手と対峙した。フェリシティと背中を合わせ、構える。


「うっ」


 アーウィンが悔しそうな悲しそうな顔をしていた。それを見たフィーリクスは多少なりともたじろぎ小さく呻く。ミアに言い負かされでもしたのだろうか。その彼がフィーリクスに改めて話しかける。


「何なんだよ、お前」


 彼は口調に怒りを滲ませ、険しい表情に切り替える。


「さあ、自分でもよく分からない」

「ふざけやがって」

「ふざけてるのは君だろ」


 短い会話の後お互い口をつぐみ相手の隙を窺うが、現在の状況のある変化に気が付いたフィーリクスが唐突に口を開く。


「アーウィン。またすぐに戦う気がないのなら、こんな話はどう? ある日、街で祭りがあった。皆が思い思いにイベントを楽しむなか、ある計画を立てて悦に浸っていた二人がいた」

「急に何言ってんのさ。時間稼ぎのつもり?」


 アーウィンは呆れ気味にフィーリクスの話を聞いているが、それで十分だ。


「その二人の計画は途中までうまくいってたんだ。でも邪魔する奴が現れた。そいつのせいで台無しになったんだ」

「それで?」


 アーウィンの頬がひくついた。こうも分かりやすい反応を示すとは、と少し拍子抜けする部分があったが、今までのフィーリクスの粘りに気が立っているのも手伝っているのだろうと推測する。もう一息だと、フィーリクスには思えた。


「二人はそりゃ腹が立っただろうね。それで、それ以降もうまくいかないことが続いたりして、溜まった鬱憤を晴らす場を求めてたんだ」

「それが今だって言いたいの? それでその二人ってのはまさか僕とミアのことを言ってるんじゃないよね?」


 完全に食いついた。だが敢えて相手の質問には応えない。肩をすくめてみせただけだ。


「一つ言えるのは、その二人はとても立派とは言えたもんじゃないってことだよ。なんていうか、ただのバカだ」


 バカの一言が特に響いたようだ。不機嫌そうにアーウィンがまくしたてる。


「ああ。僕の謹製のバルーンモンスターを潰したのは、お前だったんだな。あの村の件だけでも許せないってのに、何回も僕の邪魔を? 許さない」


 アーウィンは冷静を装ってはいるが、声に震えが出ている。内心は怒りに満ちているのだろう。成功だった。


「おやぁ? 俺は自分のことを言ってただけなんだけどね。あの日俺はあの祭りでゲームを楽しんでたんだ。フェリシティとハイスコアを競ってね」

「ちょっと待った! てことはフィーリクスが言ってたバカってあたしのこと!?」


 急に話に話って入ったのは背後のフェリシティだ。


「いや、言葉のあやだから気にしないで」

「分かった!」


 そう言う彼女に、アーウィンは訳が分からないという風に眉をひそめて首を振り、フィーリクスはよく理解しているという様に頷く。


「あの時まで俺は一般人だった。あの事件を機にMBIのエージェントになったんだ」

「ねぇ。さっきから何が言いたいんだよ」

「俺達に邪魔をされたって言うけど、自分達がまいた種だって話だよ」


 それがきたのは丁度フィーリクスが話し終えた直後だ。石くれが、アーウィンの頭上に落ちてきた。


「痛っ! 何だよ!?」


 アーウィンがぼやき、小石が当たった頭頂部を手でさする。直後に顔が青ざめた。その瞬間倒れ込んできた『トロール』に、短い悲鳴を残して押し潰された。


 アーウィンの頭部に当たったのは正確には石ではない。恐ろしく硬質な『トロール』の外皮の一部だ。モンスターと戦い続けていたディリオンは、最初こそエネルギーブレードによる攻撃が外皮に弾かれ押され気味だった。だが彼は何かしらの方法で攻勢に転じていたのだ。岩のような外皮のいくらかを削がれた『トロール』は真皮を剥き出しにされ、筋組織にまでディリオンのブレードを食い込まされていた。それは脚部に対して重点的に行われており、体勢を崩し倒れたところにアーウィンがいたのだ。そこまでモンスターを誘導していたのはディリオンの手腕だが、直前までアーウィンが気が付かなかったのはフィーリクスの挑発に乗せられていたところが大きかった。


「あ、危なかった……」


  今し方倒れた『トロール』が起き上がる。狙いは変わらずディリオンを睨み、怒りをまき散らすかのように咆哮をあげた。挑発するように手招きする彼めがけ、己が復讐のため地響きを立て突進を開始する。


 そこからやや離れた、別の場所から現れたアーウィンはやはり無事だ。だが、これまでのやり取りでディリオンが気が付いていたらしい彼の弱点を、フィーリクスも見つけていた。


「そのまま潰されてた方がよかったって、そう後悔することになる。君の攻略法が分かった」

「はぁ!? 適当なことを!」

「んー、痛い目に合いたいならそう思っておけばいいと思うよ」

「そうするさ」


 そう言うアーウィンだが今まであった余裕が消し飛んでいた。フィーリクス達に安易に接近されないよう、魔法を即放てるように構えている。エージェント二人に自身の弱点を見抜いたと宣言され、否定しつつも慎重な姿勢を取らざるを得ないものとフィーリクスには見えた。


「フィーリクス、プランは?」

「ここからは固まって戦おう。アーウィンがまた君を狙ってくるかもしれない」

「分かった」

「作戦会議は終わった?」


 フェリシティとの会話に割り込んだミアが突っ込んでくる。腹部を狙い打ち込まれる右拳の突きを、フェリシティはブレードの刃を斬り下ろして向かい撃つ。


 ミアもそのまま自ら斬られにいくわけはない。突き出しかけていた拳を急制動で上に跳ね上げブレードの腹に手の甲を添え外側に払う。フィーリクスはこの反応速度と判断の速さには驚かされっぱなしだった。


 流されたブレードはミアの肩を掠めるか掠めないかのところを打ち下ろされていき、柄ごと地面に落下した。フェリシティがブレードを手放したのだ。カウンターを狙っていたミアもこれには驚いたか目を見開き、しかし既に彼女の左足がフェリシティの側頭部を狙って跳ね上げられている。


 フェリシティはこの瞬間を狙っていたのだろう。鋭いまなざしでミアの蹴りをしっかりと捉え、腰を落とし姿勢を低くしてかわす。ミアの懐深く、ほぼ密着するように接近し彼女の股と腰に手を回す。そして勢いよく掬い投げ、背中から地面に叩きつけた。鈍い音が響き、ミアが一瞬硬直する。


「ぐっ、かはっ……!」


 これはさすがに効いたようだ。硬直後、ミアが口を大きく開くが呼吸はままならない。息を吸い込めず開閉させるだけだ。額に脂汗を浮かせ苦悶の表情を浮かべている。


「どう!? これでも気持ちいいっての?」

「ぐ、くっ」


 仰向けのまま咳き込むミアに、フェリシティは勝ち誇ったように腕を組んで見下ろした。


「いや、フェリシティ。油断は禁物だろ? アーウィンへの警戒も怠らないでよ」

「おっと、そうだった」


 フェリシティは首を振りちらりとアーウィンに視線を寄せる。フィーリクスも目を離していないが彼はまだ動かない。その隙に、ミアが一瞬ではね起きると素早い動きで距離を取り、アーウィンのそばへと寄った。


「そう、油断ね。君も、結構やるじゃん。やられちゃった」


 そう言うミアはあまり消耗した様子はない。どうやら苦しんだのはブラフだったようだとフィーリクスは推測する。


「思ったよりもダメージがなかったか。頭から落とせばよかった」

「可愛い顔して怖いこと言うねぇ」


 ミアが目を細めてフェリシティを見る。そこに場違い的に妙に蠱惑的な色が含まれているのを見つけたフィーリクスは思わず身震いした。決してウィッチとは仲良くなれない。そんな予感を感じさせるものだと思われた。フェリシティも同様の感想を得たものらしい。


「うぇっ、気持ち悪い……」


 顔をしかめて敬遠するフェリシティに苦笑するも同意し、フィーリクスは相手の二人を改めて観察する。アーウィンはそれなりに疲弊させたつもりだった。事実分裂体や魔法を放ってきていない。回復待ち状態、とみていいだろう。ミアの方は何事もないように振る舞っている。実際見立て通りダメージは小さいように思えた。


 その四人の間へ再びディリオンと『トロール』が争いながらなだれ込む。これはディリオンがわざと行ったことだろうと、フィーリクスはフェリシティを促しディリオンに加勢するために動く。


 ディリオンがブレードを振るうたびに『トロール』の外皮が削られていく。外皮そのものには文字通り歯が立たない。しかし彼は外皮のひび割れ部分を目ざとく見つけ出し、そこから剥がしにかかっている。敵も静止しているわけではない。絶え間なく動き続け隙を窺い、機があれば確実にダメージを蓄積させている。非常に粘り強い戦い方を見てフィーリクスはただ感心した。

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