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5話 pierce-10

「さて、どうやって死にたい? お兄ちゃん」

「そのふざけた呼び方はよしてくれ」


 ディリオンと『トロール』の戦いで轟音が何度も響くなか、フィーリクスはアーウィンと向き合っていた。


「なんだ、気に入らなかった? じゃあもっと呼んでやろうっと」

「見た目だけじゃなくて、頭の中身もお子様なんだね」

「……僕を煽ろうっての?」

「そんなつもりはないよ。ただ思ったことを言っただけさ」


 アーウィンがすっと目を細めてフィーリクスに一歩、近寄った。気に入らないと言わんばかりの、感情に任せた無造作な動きだ。ただ、相手はウィッチだ。そのように見えて、そうではない。先程も体験した不可思議な現象を念頭に、フィーリクスは彼に対する最大限の警戒を怠らない。


「後悔しないようにね」


 アーウィンがにたりと口の端を吊り上げ、躍り掛かってくる。だが彼はその場に留まったままだ。二人に分裂したアーウィンの、片方だけがフィーリクスに接近してきたのだ。


「これは……」


 フィーリクスはいささか混乱しながらも迫り来るアーウィンと後に控えるもう一人の彼の両方へと注意を分散した。片方は幻覚かもしれないが、そうではなかった場合、あっさりとやられる可能性が十分にある。


「どうするつもり?」


 声は後から、耳元すぐに聞こえた。聞こえたと同時にフィーリクスは横手に飛び込むように転がる。その際に視界の端に捉えたのは、突如姿を現した三人目のアーウィンだ。起き上がるとそのまま止まらずに走り、迫る二人目を迂回するように一人目のアーウィンに向かった。


 フィーリクスが通過したその後を、追いかけるように音もなくいくつもの何かが起きた。フィーリクスは正体は分からずとも背後に破壊の予感を感じながら一人目に接近する。斜め後ろから二人目が彼を追うが追いつかれる前に一人目に到達すると、既に伸ばしているブレードを袈裟懸けに振り下ろす。


「穴を開けるだけがこの魔法の真髄じゃないんだ。それを見せてやるよ」

「別に見たくもないね」


 避けもせず肩口から下腹までを大きく捌かれたアーウィンがそう言い残し、倒れ込みながらその身を宙に溶かした。


 フィーリクスは止まらない。とっくに出現させている銃のトリガーに指をかけている。見もせずに後ろに向けて銃弾を放った。火炎の魔法弾がその熱量を解き放ち、後ろに迫っていた二人目を燃え上がらせ焼き焦がしていく。熱による蛋白質の急激な変成のため、筋肉が一気に収縮、硬直しもがく間もなく縮こまるような体勢で倒れ伏した後消え去った。


「怖いことするなぁ。ひどいじゃないか」

「どうせ効きやしないんだ。好きにしていいだろ」

「まあ、そうなんだけどね」


 残る三人目が肩をすくめる。ディリオンは何かを掴んでいたようだった。アーウィンに軽傷とはいえ二回攻撃を通したのだ。フィーリクスにはまだそのからくりが分かっていない。そのためにいろいろと探る必要があった。


「で、どうするつもりなんだよ」


 アーウィンは煽るような口調を改めない。確かにフィーリクスは戦闘面においてディリオンに数段劣ると認識している。ただそのために相手が舐めてかかり、油断しているのはチャンスだとも捉えている。


「どうするかって? そんなの、最初から決まってる」


 フィーリクスはある推測と予測を立てていた。それを実証するため、攻撃の継続を選択する。三人目、もとい二人減らされて一人目に戻ったアーウィンへブレードを突きつける。


「予告、だよねそれ」


 一人目の指摘は無視して、右手から走り込んでくる二人目へ冷却効果のある銃弾を撃ち込む。二人目は瞬時に氷付けとなると、ひび割れ崩れさった。一人目が何か魔法を放つような動作をするが、直感でそれは本命ではないと見て取り、咄嗟に身体を左横に仰け反らせる。フィーリクスの顔面直上で不可視の魔法が炸裂する。何もない場所が僅かに球体状に歪んで見えた。地面に倒れむとすぐにうつ伏せに近い低い姿勢で飛び出せるように構える。


 丁度フィーリクスの後ろに付けるような位置取りをしていた、しかめっ面の三人目が離れて立っていた。フィーリクスは「ちっ!」と舌打ちをする彼に、ニヤリと笑ってみせる。


 それがいただけなかったと見え、一人目と三人目が同時にフィーリクスとの距離を詰めてくる。挟み撃ちにされて、フィーリクスでは若干荷が重かった。だがまごまごしていては反撃の暇どころかろくに回避もままならない。そう勘案するとフィーリクスから見て八時の方向と十二時の方向から迫る二人のアーウィンの内、距離の近い八時側へとまっすぐに駆け出す。


 四人目と五人目のアーウィンの気配が真後ろ近くと左手後ろに現れたのを感じ取るも、疾走は止めない。止まれば、命も止まる。そう予感したフィーリクスは狙いを一人目に絞ったままだ。複数の方向から魔法が放たれたと、何故か分かった。


 大きく上に跳ぶと、その下でいくつもの空間歪曲が起き、一瞬視線を下にやると大気が、地面が歪む様が見えた。すぐさま一人目に視線を戻すと、心底相手をバカにしたような、侮蔑を込めた嫌な笑顔で待ち受ける彼の姿がある。


 空中にいるフィーリクスは一直線に一人目に向かって落下している。単一的な動きに固定された今、狙い撃つならば絶好の機会と言えるだろう。ただそれはフィーリクスも理解していることで、折り込み済みでの行動だ。


 一人目のアーウィンが魔法を放つ。その動作は随分とゆっくりに見えた。自身の落下する速度も急激に低下したように感じられる。意識が高速化されたような、妙な感覚がフィーリクスにあった。


 空中で身を捻り後ろを向くと銃を撃つ。銃口から直接吹き出た炎が推進材となり、フィーリクスの落下する軌道を強制的に変える。身体強化で膂力を上げていないと手首が外れるか骨折するような勢いだ。その噴射はフィーリクスをアーウィンのやや左手前付近へと無理やり運んでいく。炎を吹き出させたのは一瞬で加速も一瞬だ。だが、それで事足りる。再び身を捻り一人目に向き直ると、慌てる相手の顔を拝むことができた。


 背後で起こる破壊には目もくれず、アーウィンにブレードを振り下ろす。刃が首の左側から入り、そのまま鳩尾、右下腹と正中線を斜めに突き抜けると右の太股までを切り裂く。


 一人目が血飛沫をあげ膝を付くが、その顔にもう焦りはない。彼の真後ろに六人目のアーウィンが出現しており、至近距離でフィーリクスに魔法を放ったからだ。何も言わずにくずおれる一人目のアーウィンと六人目が嗤う。一際大きい不可視の空間爆発が三者を巻き込んだ。


 立っていた六人目はまともにその威力を味わうことになった。六人目の顔の目の前で起こった空間の急激な歪みが、頭部を砕き眼球を潰し脳漿を四方にぶちまける。さざ波が立つような空間の揺らぎが、上半身もぼろ切れに変えていった。倒れゆく一人目の身体もふわりと浮いて歪みに吸い込まれ、背中が爆ぜ背骨や筋組織が破壊される。血を吐き、口からも臓物を吐きこぼして絶命した。


 フィーリクスは瞬時にバックステップし、影響範囲から逃れようとしたが無事では済まない。アーウィンの魔法は吸い込みと破壊が起きる。威力が大きいため吸い込みの力も大きく抗えない。宙にある身体が引き寄せられた。


 判断する時間は刹那の間しかなかった。ブレードを伸ばすと地面に突き立て突っ張ったが、それは空間の揺らぎの内側だ。ブレードが、それを握る右腕が、フィーリクスの目にはしなるように、波打つように映った。


 それは見た目だけではなかった。フィーリクスの右腕に激痛が走る。右前腕部が見えたとおりに変形し、それに耐えられなかった骨が砕けたのだ。壊れたブレードが地面に落ちて、すぐに消え去る。端末内インベントリに自動収納されたのだ。一命を取り留めた形だが、大幅な戦力ダウンだった。


 フィーリクスに痛みにうずくまる猶予などは与えられない。複数のアーウィンが間髪入れずにフィーリクスへの攻撃を行う。跳ねるように飛び退いたフィーリクスの一瞬前までいた場所に再び歪曲が起こり、地面が砕ける。着地し、走るフィーリクスを次々と歪みが襲うが規模は小さいため吸い込みの影響はほとんどない。とはいえ巻き込まれた結果がどうなるかは体験したばかりだ。


 新たに二人出現したアーウィンも加え撃たれた魔法の数は先ほどより倍以上に増えている。フィーリクスの背後にも、予想進路先にも更にその左右にも攻撃が置かれるが、直角に近い角度で進む方向を変え全て避けきる。急激な進路変更に身体がねじれ軋み、肺が押しつぶされてヒュウと擦れるような息が漏れた。


 フィーリクスは闇雲に逃げ回っているわけではない。包囲されるのを避けるための動き方をしている。アーウィン達がフィーリクスから見て少なくとも二人以上が直線上に並ぶように、誘導している。いや、アーウィンがさせられている、と言った方が正確だろう。


 スピードを見るならばフィーリクスが圧倒的だ。アーウィンはフィーリクスを追いきれていない。連携は自分自身のため完璧な動きでフィーリクスを狙い撃ってくるが、決定打に欠けている。それはフィーリクスの延命に重要な要素だ。


 現在五人いるアーウィンをフィーリクスは着実に一人ずつターゲットを定め倒していくつもりだった。ただ二度目の自爆攻撃は遠慮願いたいという思いもあり、迂闊には接近しない。


 フィーリクスは考える。右腕は使い物にならずブレードも使えない。左手に握る銃だけが頼りで、決着は魔法の撃ち合いになる。体調は当然ながらあまりよろしくない。戦える時間には限りがありそうだ。


「さて、ちゃんと楽しめてる?」

「そこそこね」

「ならよかったよ」


 短い会話を終えると、またフィーリクスが走り出す。空間歪曲攻撃を避けながら銃を構え狙いを付ける。三人のアーウィンが重なった瞬間に魔法弾を浴びせた。


 魔法弾は五つの小さめの弾に分裂し三人を襲う。最初の一人こそ避けたものの、後ろ二人が銃弾を浴びた。一人は腕を、一人は脇腹を凍り付かせる。


「くっ」


 痛みを感じているかは分からないが、行動が制限されたことに動揺し二人の動きが緩慢なものになる。そこを逃すフィーリクスではない。相次いで追加の銃弾を食らわせとどめを刺す。


 避けた一人が躍起になって倒そうというのかフィーリクスに執拗に追随し、それが命取りとなった。背後から狙いを定め、取ったと言わんばかりに笑みをこぼす。魔法を撃とうとした瞬間に、振り返りざまに放つフィーリクスの銃弾が頭部にヒットした。完全に凍りつき、脳が思考を放棄する。二、三歩ほどよたつきながら前に歩みでた後、力尽きて倒れ伏す。地面に打ちつけた衝撃で頭部が無残に砕け頭蓋に守られていたものが欠片をまき散らした。


「あれ、この方が楽かも」


 ディリオンやフェリシティが肉弾戦にこだわるあまり、フィーリクスもつられて敵に接近しすぎていたようだ。アーウィンのような相手には近距離よりも中距離の方が性に合っているらしかった。


 フィーリクスは銃に関して、様々な使い方があることを今までに学んでいる。一つの銃でもいくつか銃弾の種類を使い分けることが可能だと知っていた。先程の火炎魔法でジェット噴射のように加速したのも、氷魔法を散弾のように扱ったのもその知識故だ。


 倒されたアーウィン達が消滅していき、残すところはあと二人となる。また増える前にどうにか決着を付けたいところだった。気絶しそうな痛みに、戦闘継続できる時間は思ったよりも短いかもしれない、とフィーリクスは推測する。


「正直、しんどいね」


 ここまででもう幾人ものアーウィンの分身を倒しているためだろう、彼らに警戒の意志が見て取れた。二人は不用心だった今までの戦いぶりを改めようというのか、フィーリクスに近付かない。ただすぐに新手の分身が出現しないところを勘案すると、アーウィンもそれなりに消費が激しいのかもしれない。時間稼ぎをしたいのは実は彼の側なのではと思うフィーリクスは次の攻撃を仕掛けるために動き出す。


 フィーリクスが前に出ると一人はやや後ろに下がり、もう一人は横手に回り込む。射線が交差するように立ち回るつもりだろう。二人ともフィーリクスからは距離を保ち、いつでも魔法を放てるように構えている。フィーリクスもトリガーに指をかけている。銃弾に用いる魔法も選択済みだ。長くはかからない。そんな予感が脳裏に浮かぶ。


 魔法を放ったのは同時だった。フィーリクスがいる場所に空間の捻れが起きる。一方フィーリクスが放つ銃弾が飛び出したのは、地面すれすれからだ。フィーリクスはその場に伏せてアーウィンの攻撃を避けていた。向かう光弾は、正面のアーウィンの右足にヒットし、衝撃で膝から下を吹き飛ばす。バランスを崩し倒れた彼とフィーリクスの目が合った。


 アーウィンは何かを言おうとしたのだろう。大きく口を開いたが、言葉を発する前に二発目の光弾が口の中に飛び込む。彼は頭部の大部分を衝撃弾の効果で破裂させ失った。結果無言のまま消滅することとなった。


 フィーリクスは攻撃に備えるべくすぐに残った一人に注意を向け、立ち上がろうとする。躍起になって己を倒そうとしてくるだろうと踏んでいたが、その見当は外れていた。アーウィンは、フィーリクスを一瞥しただけだった。その後視線を向けたのは、未だミアと奮闘しているフェリシティの方だ。


「何を……?」


 フィーリクスが疑問に思う間もなく。アーウィンが手を彼女に向け魔法を発動させた。


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