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5話 pierce-9

 二人の戦いは熾烈と言って差し支えないだろう。ディリオンの服やアーマーの端にはあちこち穴があき、血が滲んでいる箇所もある。だが大きな負傷は負っていないようでフィーリクスは胸をなで下ろした。一方のアーウィンも無傷ではない。顔に、殴られた後があった。


「攻撃が、通ってる!?」

「本当に!? 信じられない、どうやって!?」


 フィーリクスとフェリシティは先ほど彼らの戦を見ている。フィーリクスは身をもって体感していた。妙な魔法により攻撃を当てたはずのアーウィンが忽然と消え、無事な姿で別の場所から現れる。それは今も先ほどとは変わっていないが、ディリオンの動きがアーウィンに対応し始めていた。


「すごい」


 アーウィンが、小さくとも傷を負っている。これは転機である、とフィーリクスには思えた。ミアを拘束し、アーウィンもこのまま無力化できれば。フィーリクスに勝利への道筋が見えたが、問題がある。


「あの戦いには入れそうにないね」


 フェリシティも同じことを考えていたようだ。隙を見つけて加勢するということががほとんどできそうになかった。ディリオンの身体強化の出力はフェリシティと同等くらいに見えた。そこに加えて加速の使用もしているようで、時折異様な速さで移動している。


 ディリオンが刺突を繰り出す。アーウィンの右の眼球を狙い正確に突き進むブレードは空を突く。アーウィンが首を回しながら頭を左に寄せたからだ。


 突き出されたブレードは引かれず、アーウィンの顔面に迫る。刺突から横薙ぎの攻撃に急角度、急加速で攻撃が変更された。


「くっ」


 辛うじて避けたアーウィンの頬を浅く裂いたところでその姿が虚空に溶ける。次に現れたとき、その傷は付いたままだった。ディリオンから十メートルは離れ、明らかに彼を警戒しているのは明白だ。


「どうやら読めてきたぜ」

「はっ、どうだか。偶然が二回続いただけなんじゃないの?」

「もう一度試してやる。次は確実に当てる」


 低く、凄みのある声でディリオンが言う。それに気圧されたのかアーウィンが舌打ちと共に距離をもう少し取った。ちらとミアを見て、更に顔をしかめる。


「おいミア、何やられてるんだよ」

「思ったよりも機転が利くみたいでねぇ。油断してたらこうなっちゃった」

「こうなっちゃった、って。いや、いいや。お楽しみはまだあるし」


 アーウィンがズボンのポケットに手を突っ込むと何かを取り出し、手のひらの上に載せ掲げて見せる。フィーリクスには小さい人形のような物に見えた。それはどこか見覚えのあるものだった。


 アーウィンが手のひらを傾け、手にしていたそれを無造作に地面に放り投げる。


「あっ!」


 フィーリクスも、フェリシティも思わず喫驚の短い叫びをあげる。ディリオンも息を呑んでいた。


 地面に転がった人形から何かが、肉塊が滲み出すように出現し人形を覆っていく。青黒いその色は、モンスターの血液の持つものだ。肉塊が盛り上がり巨大化する。骨格が形成され筋組織や血管が走る。その表面に岩石にも似た皮膚が生成され、粗末なぼろ切れをまとったそれが雄叫びをもって産声を上げた。


「見たことある! ええと、何だっけ。……そう、映画よ!」

「待って、俺が言う! ええと確かぐむっ!」


 四メートルほどの巨躯を誇るモンスターは、背がやや曲がっており首は恐ろしく太く頭が半ば肩に埋もれるように一体化して見える。握られた拳は成人男性の一抱えはありそうな岩のようだ。その怪物を前に、フィーリクスの口を手で押さえフェリシティが言い放つ。


「モリー・ペーターシリーズに出てくるトロール!」

「むあっ、そうそれ!」


 それは街の人間なら誰でも知っているレベルの有名な映画のタイトルだった。手をどけたフィーリクスも追随するが、それについていけない人物が一人いる。ディリオンだ。


「何だ、知ってるのか?」

「「知らないの!?」」


 口をそろえてフィーリクスとフェリシティとアーウィンがディリオンに驚愕する。


「お前もかよ」

「誰でも知ってると思って出したんだけど」


 頭に手をやり、困ったように言うアーウィン。勇んで登場したモンスターも、心なしか申しわけなさそうに縮こまっているように見えるのは、フィーリクスの気のせいだろうか。


「少なくともそこの二人は知ってるみたいだから、サプライズ成功でいいよね?」

「知るかよ」


 愛想笑いを浮かべるアーウィンに対し、吐き捨てるように言うディリオンにもちろん笑顔などはない。それはフィーリクスとフェリシティも同様だったが、何と反応すればいいのかよく分からない空気が一時支配した。とはいえそれはすぐに破られることになる。


「ねぇちょっと、皆私のこと忘れてない」


粘着弾で地面に貼り付けられ、無力化されたままのミアだ。彼女が、もぞもぞと動き出す。


「それを剥がそうってんなら、そこのモンスターの力でも借りないと無理でしょ」


 幾度かやられた恨みからか、フェリシティが挑発する。にやにやと薄ら笑いで見下ろし、相手を悔しがらせようとしている。彼女のその行いをやや子供じみたものだと内心思うフィーリクスだが、当然口には出さない。にも関わらず隣に来た彼女に軽く肘でわき腹を小突かれた。


「な、何?」

「そういう顔してた」

「どういう顔だよ」

「あたしのこと、バカにした」

「今そんなこと言ってる場合」

「もちろん、そうよ! そういうの、すぐに分かるんだからね!」


 ぶちり、と音がした。フェリシティの頭の血管が切れた音ではない。ミアがいる場所から聞こえたものだ。目にしたものに、フェリシティは驚きを隠せない。


「大型モンスター並のパワーがあるってわけ!?」

「仲間割れしてる場合じゃないって、言ったでしょ?」


 粘着弾を力任せに引きちぎりながら、ミアがおもむろに起き上がる。ちぎられた粘着物質が効力を失い霧散する。彼女が、自力で自由を手にした瞬間だった。


「君にはあれできない?」

「出来るわけないでしょ。あたしをなんだと思ってるの?」

「強くて凄いパートナー」

「……そ、それは、そう。……そうね、ありがとう」


 フェリシティとこそこそ話すフィーリクスだが、彼女ほどの驚きはない。ミアの余裕の表情から何か隠している手があるもと思っていたためだ。ただ、まさか力任せに拘束を解くとは思っておらず、目を疑ったのは確かだ。


「お前らさっきから、人生最後になるかもしれない会話がそれでいいの?」


 アーウィンが呆れたように二人を振り返る。それに追随するようにミアが頷き、手を宙に差し出す。


「アーウィンの言うとおりね。でも仲良さそうで妬けちゃうなぁ。……さあ、早く続きをしようよ」


 そのセリフを皮切りにミアとアーウィン、そして『トロール』が迫る。


 『トロール』が大地を踏みしめ前進を開始した。地を揺らし、その超重量を皆に知らしめる。ターゲットはディリオンのようで、アーウィンの彼を相手にしたくない意図が見える。


 巨体の割りに動きは早く、一歩の歩幅も大きいため十メートル以上はある距離でも、瞬時に詰めることが可能だ。


 『トロール』が足を後に振り上げその後前方へ打ち出した。走り込んできた勢いを乗せて超重量の蹴りをディリオンにぶつけようという試みだ。当たれば骨は粉々に砕け、内蔵が幾箇所も破裂して即死は免れない。恐るべき威力の蹴りはしかし空を切る。当たるとの確信があったのだろう。敵は全力で蹴り抜いたらしく、バランスを崩しよたつく事態となる。


 初手の渾身の一撃を見送ったディリオンは敵の斜め後ろ、軸足の側の相手の死角に回り込んでいる。加速の効果による高速移動で刹那の間に移動した彼は既にブレードを振り始めている。


「もらった!」


 ディリオンも全力の攻撃だ。敵が敵だけに、出し惜しみして戦闘の継続時間が長くなるほど、手痛い反撃を食らい戦闘不能になる恐れが増える。つまり短期決戦が望ましい相手と言えた。ディリオンの選択は正しいものだとフィーリクスは分析する。


 ディリオンのパワーとスピード、それとエネルギーブレードの切れ味をもってすれば容易く『トロール』足を切断できるはず、とフィーリクスは期待する。そうなれば片足だけになり、たまらず地面に手を突いた『トロール』をあちこちなます切りにするだけだが、そうはいかなかった。


 敵は見た目以上に硬質の皮膚を備えていたようだ。火花を散らし、甲高い音と共にブレードが弾かれる。


「何っ!?」


 ディリオンも切断出来ないどころか弾かれるとは想定していなかったためか、驚きを声に出した。が、それだけだ。その場に留まり相手の反撃を待つほど愚かではない。素早く退避に移り、彼に気付いた敵が振り下ろす腕を難なくかわす。


 拳が地面に叩きつけられると、そのエネルギーは振動と轟音、破壊をもたらす。破砕された地面が辺りに飛び散るが、その勢いたるや散弾のごときだ。


「くぉっ!」


 二次的な攻撃となった土塊や小石の嵐がディリオンを襲う。直撃すれば全くの生身ならば相当なダメージを与えられるところだが、彼の判断は的確だった。咄嗟にブレードの幅を広げ地面に突き立てる。砂礫の大半をそれで凌ぎ、一部防ぎきれなかったものが腕や胴を掠めていくが、被害を最小限に押さえることに成功する。


「なんて奴だ」


 余波だけでこの威力とは、直撃すれば風船のように弾け飛ぶかもしれない。フィーリクスは脳裏に浮かんだその恐ろしい光景を振り払うように頭を左右に軽く振り、接近する相手に全神経を傾ける。


 ウィッチ二人もまたそれぞれ動いている。ディリオンと『トロール』が争う中アーウィンがフィーリクスへ、ミアがフェリシティを倒すべくにじり寄る。

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